You are my Beginning 作:コンスタンシア
[Side:裕也]
「もう~! 英語でからかうなんて酷いよぉ! 寿命が縮むかと思った!」
広場からカフェへと向かう道すがら、桜さんが頬を膨らませて抗議の声を上げた。
隣を歩く涼風さんも、「心臓に悪いよぉ……」と胸を撫で下ろしている。
俺とほたるは顔を見合わせ、苦笑しながらも小さく謝った。
「あはは、ごめんごめん。二人の反応があまりに良くて、つい」
「むぅ……葛城くん、向こうに行って少し意地悪になった?」
「そうかな? アメリカンジョークのセンスが磨かれただけだよ」
軽口を叩き合いながら、俺たちは目的のカフェへと到着した。
アンティーク調のレンガ造りの外壁に、パステルカラーのパラソルが並ぶテラス席。
駅前の喧騒から少し離れた、落ち着いた雰囲気の店だ。
「わぁ……かわいいお店」
店内に足を踏み入れた瞬間、ほたるが声を上げた。
各テーブルには小さな季節の花が飾られていて、照明も柔らかい暖色系。
壁に掛けられた絵画や、メニュー表のデザインひとつとってもセンスが良い。
「ここ、前から気になってたんだよね。色彩の使い方がすごく素敵……」
ほたるが目を輝かせながら、店内を見渡している。
その横顔は、ただ可愛いだけでなく、何か創作のインスピレーションを受けているような真剣な眼差しだ。
(……すごく気に入ってるな)
俺は心の中でメモを取る。
彼女が喜ぶ場所を知れたのは収穫だ。
(今度、また連れてきてあげようかな……二人きりの時に)
そんなことを考えながら、俺たちは店員に案内され、風通しの良いテラス席へと腰を下ろした。
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[Side:ほたる]
「お待たせいたしました。季節のフルーツパフェと、アイスティーです」
運ばれてきた彩り豊かなスイーツに、場が一気に華やぐ。
ひとしきり写真を撮ったり、一口食べて「美味しい!」と感想を言い合ったりして場が和んだ頃、向かいに座るねねっちがそわそわとし始めた。
膝の上には、大切そうに抱えたノートPCがある。
私とねねっちがテーブルの下でメッセージのやり取りをしている間、あおっちと裕也くんはパフェの感想を言い合っている。
私はテーブルの下で小さく拳を握り、「大丈夫だよ」という合図を送った。
「……っ……あのね、私! ゲームを、作ったんだ!」
意を決したねねっちの声が、テラス席に響いた。
彼女は震える手でノートPCを開き、画面をあおっちに見せる。
「え……?」
あおっちがスプーンを止めた。
画面に映し出されたは3Dで表示されたタイトル画面。
プロ顔負けとはいかないまでも、そこには確かに「形になった世界」があった。
「うそ!?」
あおっちは目を丸くして、食い気味に画面を覗き込む。
驚きと、称賛と、そしてほんの少しの戸惑いが混ざった表情。
「これ、ねねっちが一人で……? すごい……!」
「えへへ、頑張ったんだよ。うみこさんにも見てらったりして」
「うみこさん?!……ほたるんは、知ってたの?」
あおっちの視線が、不意に私に向けられた。
その瞳の奥にある寂しさに、胸が締め付けられる。
(……やっぱり、そうだよね)
あおっちはプロのクリエイターとして、ゲーム会社で働いている。
一番近くにいた親友のねねっちが、自分の知らないところでゲームを作っていた。
「どうして教えてくれなかったの?」という感情が生まれるのは当然だ。
「うん。……私は少し前から相談されたりしてたから」
私が若干遠慮気味に答えると、あおっちは「そうなんだ……」と小さく呟き、俯いてしまった。
パフェのアイスが溶けていくように、場の空気がシュンと沈む。
「あ、あおっち、ちがっ……あのね……」
ねねっちが慌てて何かを言いかけるけれど、焦りで言葉が出てこない。
どうしよう。
せっかくのお祝いの席なのに、二人の間に壁ができちゃう。
私は助けを求めるように、隣に座る彼を見た。
(裕也くん、助けて……!)
私の視線に気づいた彼は、静かにアイスティーの入ったグラスをコースターに置き、ゆっくりと話しはじめる。
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[Side:裕也]
ほたるの瞳から「助けて」という切実な信号を受け取った。
俺はグラスを置き、二人の会話に割って入る。
これは単なる仲違いじゃない。
「プロ」と「アマチュア」、そして「友人」という関係性が入り混じった、クリエイター特有の悩み。
「……桜さんは多分、涼風さんの一番近くで、君の"仕事ぶり"や"忙しさ"を見てきているから "まずは自分一人で完成させたい" って思ったんじゃないかな?」
俺の言葉に、俯いていた涼風さんが顔を上げる。
「そして何より、桜さんが "今の涼風さんの実力" を知っているからこそ、お願いができなかったんだと思う」
「え……?」
「確かに、プロの現場で活躍している涼風さんに相談して描いてもらえれば、自分で描くより100倍良いグラフィックが上がってくる。
それは間違いないと思うし、今よりもゲームのクオリティはグッと持ち上がるよね。 けどそれは、それ相応の金額を支払って初めて対等……トントンになるってことだ」
クリエイターにとって、技術は商品だ。
友人でも…いや、"友人だからこそ"、その価値を軽んじてはいけない。
それは相手への敬意があればあるほど、高く感じる壁だ。
「涼風さんは友達だから『お金なんていいよ』って言うかもしれない。
けど、桜さんはきっと『今の涼風さんに手伝ってもらうなら、ちゃんとお金を払うべきだ』って考えてくれているから。……今回は1人で頑張ろうって、そう判断したんじゃないかな?」
俺が視線を向けると、桜さんがハッとしたように顔を上げ、必死にコクコクと頷いた。
「う、うん! そうなの! あおっちはプロだから……私の練習みたいなゲームに巻き込むのは申し訳なくて……」
「練習……?」
「何事もいきなりぶっつけ本番で大成は難しいからね…こういうのは練習あってこそ。それが今回って事なんじゃないかな?」
俺は言葉を続ける。
ほたるが心配そうに見守る中、できるだけ丁寧に、二人の絆を補強するように。
「そうだな…俺がもし"桜さんの立場"なら、練習の次のステップ……より多くの人にプレイしてもらえるゲームを作る時に『お金を払ってでも涼風さんに相談』をするかな」
「お金を払ってでも……」
「うん。だって、せっかく友達が素敵な絵を描いてくれるんだ。より多くの人の手に触れて欲しいって思うのが普通だよね」
俺は涼風さんの目を見て、諭すように告げた。
「桜さんの葛藤も、涼風さんの疎外感も凄くわかるよ。
この問題は、クリエイターとして仕事をしている側の人間にはあまり想像ができなくて、その人を間近で見てきた人間にしか分からない感覚だと思うからね」
俺の言葉が染み渡るように、涼風さんの表情から強張りが解けていく。
彼女はゆっくりと視線を桜さんに戻した。
「ねねっち……そうだったの?」
問いかけられた桜さんは、溜め込んでいた想いを吐き出すように、ぽつりぽつりと話し始めた。
「……うん。あのね、あおっち」
震える声。でも、そこには強い意志が込められていた。
「あおっちは、すごいよ。会社で頑張ってて、エンドロールに名前が載ってて……私にとって、すごく遠い場所でキラキラしてるプロのクリエイターなんだよ」
「ねねっち……」
「だからね、今の私の……ただ勉強のために作ったゲームに、あおっちの絵を使っちゃダメだと思ったの。それは、あおっちの才能の無駄遣いだから」
桜さんは深呼吸をして、少しだけ照れくさそうに、でも誇らしげに笑った。
「私がもっと勉強して、プログラミングも上手になって……いつか本当に『沢山の人に遊んでもらいたい』って思えるようなすごいゲームを作れるようになったらね」
「うん……」
「その時は、ちゃんと依頼料を払って、あおっちにキャラクターデザインをお願いしたいの! 友達としてのお願いじゃなくて……仕事仲間として、対等に依頼したいの!」
カフェのテラスに、桜さんの宣言が響く。
それは、幼馴染への甘えを捨てた、一人のクリエイターとしての決意表明だった。
涼風さんの大きな瞳から、ぽろりと涙がこぼれ落ちる。
彼女は慌てて袖で拭いながら、満面の笑みを浮かべた。
「……うん! わかった! 私、待ってる!」
涼風さんは身を乗り出し、桜さんの手を握った。
「その時は、絶対に引き受けるから! 世界一かわいいキャラ、描くからね!」
「えへへ……約束だよ、あおっち!」
二人が笑い合い、指切りをする。
その光景を見て、ほたるも安堵したように胸を撫で下ろし、俺に向かって小さく「ありがとう」と口パクで伝えてきた。
俺は悪戯っぽく片目を瞑って応え、アイスティーのグラスを持ち上げる。