You are my Beginning 作:コンスタンシア
[Side:裕也]
テラス席を吹き抜ける風が、先ほどまで張り詰めていた緊張感を優しくさらっていく。
桜さんと涼風さんの指切りを見届け、俺はホッと胸を撫で下ろした。
グラスの縁についた水滴が、陽射しを受けてキラキラと輝いている。俺は氷が溶けて少し薄まったアイスティーを一口飲み、喉を潤した。
涼風さんは目尻に残った涙を指先で拭うと、改めて俺の方に向き直り、深々と頭を下げた。
「葛城くん……本当にありがとう。さっきの話、すごく腑に落ちたっていうか……納得できたよ」
「いや、俺は一般論を言っただけだよ。二人が元の仲良しに戻れてよかった」
「ううん、葛城くんのおかげだよ。……友達だからこそ、なぁなぁにしちゃいけない部分ってあるんだなって改めて思ったよ」
涼風さんが照れくさそうに笑うと、隣でパフェの残りを突っついていた桜さんが、ふと思い出したようにスプーンを止めた。
「そういえば……さっき『クリエイターとして』って言ってたけど、葛城くんって今はゲームクリエイターなの?」
彼女は小首を傾げ、不思議そうに俺を見る。
その瞳には、純粋な好奇心と、少しの違和感が混ざっていた。
「確か、アメリカ行っちゃった時は『音楽を作りたい』って言ってたよね? 向こうで入社したのはゲーム会社だったの?」
「ああ、そうか。向こうの話題は日本には届きにくいもんね……」
俺は隣に座るほたると視線を合わせた。
彼女は「説明してあげて」と言うように、優しく微笑んで頷いてくれた。
その笑顔に背中を押され、俺は改めて二人に向き直る。
「俺はゲーム会社には入っていないよ。けれど、一応括り的にはゲームクリエイターにはなるのかな?」
「んん?? どういうこと?」
「所属していたスタジオがゲームオーディオ…ゲームの音を作る専門の会社だったからね。"色々なゲームの音をつくっていた"んだよ」
「だから『ゲームの音楽』はもちろん、それ以外の…
例えば、『効果音』や『音声収録』だったり、それこそ今、桜さんが勉強しているプログラムの部分…『サウンドに特化したゲーム実装』も経験したよ」
俺はアイスティーのグラスを回ながら、彼女たちに説明する。
――そう。 ゲーム制作には "インハウス" と "アウトソース" の2種類の開発体制がある。
涼風さんや桜さんが今まで経験したのは"インハウス"でのゲーム開発。 対して、外部制作と呼ばれる "アウトソース" は、専門領域を任される場合が多い。
ゲームにおけるサウンド制作なんかは良い例だ。
「……まあ、もっともさっきの話題は『ゲームクリエイター』だけでなく、絵描きでも音楽家でも……クリエイティブを志す人全員に当てはまることだからね。
プロとアマチュアの境界線、対価と責任の話は、どの業界でも、どの業種でも共通の悩みだから」
そんな俺の言葉に、二人は驚いたように顔を見合わせた。
どうやら、俺が思っている以上に「俺の仕事」に興味を持ってくれたようだ。
「え!? じゃあ、色んなゲームを作ってたの!?」
桜さんが身を乗り出し、テーブルに両手をつく勢いで食いついてきた。
「どんなタイトルがあったの? 教えて教えて! もしかして私が遊んだことあるやつかも! 私ね、洋ゲーも結構やるんだよ!」
「私も知りたい! 葛城くんがどんな曲や効果音を作ってたのか気になる!」
涼風さんも興味津々といった様子で瞳を輝かせている。
二人のゲーマーとしての熱量に少し圧倒されていると、今まで静かに見守っていたほたるが、助け舟を出すように口を開いた。
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[Side:ほたる]
二人の食いつきっぷりに、裕也くんが少しタジタジになっている。
その様子がなんだかおかしくて、私はクスクスと笑いながら、以前彼から聞いていたタイトルのことを思い出した。
確か、彼が向こうで「忙しいけど充実してる」って言ってた時期に関わっていた作品だ。
私が詳しくないジャンルだけど、それでも名前くらいは聞いたことがあるような……。
「えっと……確か……『Union of Heroes』だったかな? ……ごめんね? 私、ゲームはあまり詳しくなくて、合ってるかわかんないけど……」
記憶を頼りにタイトルを口にする。
確か、略して『UoH』って呼んでた気がする。
そのタイトルが空気に触れた瞬間。
ねねっちとあおっちの動きが、まるで動画の一時停止ボタンを押したみたいにピタリと止まった。
スプーンを持つ手が空中で静止し、瞬きさえ忘れたように固まっている。
数秒の沈黙の後。
「「『Union of Heroes』って… UoH!? ……本当に!?」」
二人の声が見事にハモり、カフェのテラス席に響き渡った。
周囲のお客さんが驚いてこちらを見るけれど、二人はそんなことお構いなしだ。
まるで信じられないUMAでも見るような目で、裕也くんを凝視している。
「え、えぇっ!? 世界大会とかやってる、あの超ビッグタイトル!?」
ねねっちの声が裏返っている。
「嘘でしょ!? 私、あれのアートワーク集持ってるよ!? 確かにゲーム内のどの曲もオーケストラだったけど……あれに葛城くんが関わってるの!?」
あおっちも、有名人に会ったファンのような顔つきになって、顔を紅潮させている。
二人のあまりの反応に、裕也くんは「あはは」と照れくさそうに笑いながら、アイスティーのグラスを回している。
「うん。『Union of Heroes』で合ってるよ、ほたる」
「やっぱり! すごい……そんな有名なゲームのお仕事してたんだ」
私が感心していると、彼は謙遜するように手を振った。
「流石に、あのゲームのサウンドを俺一人で作ったっていう訳では無いんだけどね。何せ世界規模のタイトルだし、そもそも俺は途中からの参加だしね」
彼は苦笑しながら語る。
「あのゲームは、ウチのスタジオの作家総出で曲を書いているんだよ。俺が担当してたのはフィールドやバトル曲の一部、それから効果音と音声、サウンド実装だね」
「もちろん、まだ現役で続いているゲームだから、この間も『効果音を幾つか手伝ってくれ』ってメッセージが飛んできていたよ」
「すごい……すごすぎるよ、葛城くん……」
ねねっちが口をポカンと開けて放心している。
「私、めっちゃプレイしてるよ! ランクマッチとか回してるし! なんなら昨日もログインしたし!」
「まさか、あのゲームの音を作った人が目の前にいるなんて……。私、あのゲームの世界観が大好きなの。音楽も、絵も、全部」
あおっちが、祈るように手を組んで裕也くんを見つめる。
そこにあるのは、ただの友人への親愛だけでなく、同じ作り手としての深い尊敬の眼差しだった。
二人の興奮ぶりを見て、私は自分のことのように鼻が高くなった。
(ふふん、すごいでしょ?)
私の大好きな人は、遠い国で、こんなにも大きな足跡を残してきたんだ。
クリエイターとして活躍する友人たちですら驚くような実績。
それを「仕事のひとつ」としてサラリと言ってのける彼が、やっぱり一番かっこいいなと改めて思った。