You are my Beginning   作:コンスタンシア

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Episode 1 - 再会 Side:星川ほたる

まぶたの裏に、まだ油絵具の匂いがこびりついている気がした。

徹夜続きでキャンバスに向かっていたせいか、それとも大学の課題と個人の制作を詰め込みすぎたせいか。

足元のアスファルトが、ぐにゃりと歪んで見える。

 

(……あ、れ? 地面が……近い)

 

視界の端が白くチカチカと明滅していた。

5月の日差しって、こんなに刺すように痛かったっけ。

フランスに居た頃のあの乾いた石畳の熱さとは違う、じっとりとまとわりつくような日本の湿気。

それが今の私には、少しだけ重すぎたみたい。

家に帰って、少しだけ横になろう。

そう思っていたはずなのに、身体は言うことを聞いてくれなかった。

ガクン、と膝から力が抜ける。

とっさにガードレールに手を伸ばしたけれど、支えきれずにその場にうずくまってしまった。

 

(うう……気持ち悪い……)

 

世界が回る。

呼吸をするたびに、肺の中の空気が熱くなっていくような感覚。

通り過ぎる車の音が、遠く、水の中にいるみたいに響く。

誰かに助けを求めなきゃいけないのに、声が出ない。

喉が張り付いて、指先一つ動かすのが億劫だった。

このまま、アスファルトに溶けてしまえたら楽なのに。

そんな、ぼんやりとした思考が頭を支配しかけた時――。

 

「――……か?」

 

誰かの声がした。

影が落ちて、焼き付くような直射日光が遮られる。

 

「……こえますか?」

 

男の人の声。

低くて、でもどこか焦っているような、優しい響き。

知らない人のはずなのに、不思議と怖さは感じなかった。

何かが口元に触れる。

冷たい感触。

 

「……水です。飲めますか?」

 

コクリ、と喉が鳴った。

流れ込んでくる冷たい液体が、干からびた身体に染み渡っていく。

ああ、美味しい……。

でも、それを飲み込む力さえ、もう残っていなかった。

意識がまた、暗い水底へと沈んでいきそうになる。

その時だった。

 

「Sorry, I need to move you to the shade…」

 

え……?

耳元で響いた、流暢な英語。

聞き慣れないはずの言葉なのに、その発音のリズム、声のトーンが、私の記憶にある『何か』を強く揺さぶった。

電話越しに聞いていた、少し低くなった彼の声と重なる。

 

(……うそ)

 

次の瞬間、身体がふわりと浮き上がった。

固いアスファルトの感触が消え、代わりにしっかりとした腕の温もりに包まれる。

知らない男性に抱き上げられているはずなのに、抵抗しようという気は起きなかった。

むしろ、その腕の中があまりに心地よくて、懐かしい匂いがして――。

 

(この匂い……知ってる)

 

揺れる視界の中で、私は必死にまぶたを持ち上げた。

木陰のベンチ。

頬を撫でる風が、少しだけ涼しい。

ゆっくりと、私をベンチに寝かせてくれる動作は、とても丁寧で、壊れ物を扱うみたいに優しかった。

ぼやける視界の先、私の顔を心配そうに覗き込む、逆光のシルエット。

背が高くて、肩幅が広くて。

記憶の中の『彼』よりもずっと大人びていて、精悍な顔つき。

 

(……あ)

 

夢なのかな。

きっと、熱に浮かされて都合のいい夢を見ているんだ。

だって、彼は今頃、遠い海の向こうにいるはずだから。

でも、それでもいいや。

こんなに素敵な夢なら、もう少しだけ見ていたい。

朦朧とする意識の中で、私の口元が自然と緩んだ。

 

「……ふふっ、裕也くんだ~」

 

熱のせいか、舌がうまく回らない。

ふにゃっとした、しまりのない笑顔になってしまった気がする。

目の前の彼が、驚いたように目を見開いたのが見えた。

その顔がおかしくて、愛おしくて。

私は彼への再会の言葉を紡ぎきる前に、安心感という温かい闇の中へと、意識を手放した。

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