You are my Beginning 作:コンスタンシア
[Side:裕也]
『UoH』という世界的タイトルの判明は、二人のクリエイター魂に火をつけてしまったようだ。
桜さんと涼風さんは、アイスティーのグラスを脇へ押しやる勢いで、テーブルに身を乗り出してくる。
その瞳には、純粋な興味と、底知れない才能への探求心が宿っていた。
「ねえねえ、他には? 他にはどんなタイトルのサウンドを作ったの? 有名どころ、他にもあるんでしょ?」
「私も知りたい! 葛城くんが関わってた作品、全部チェックしたいかも!」
二人の勢いに、俺は圧倒されながら苦笑いを浮かべ、手元のアイスティーに視線を落とした。
グラスの中で氷が触れ合い、涼やかな音を立てる。
ふと隣へ視線を向けると、普段は控えめなほたるまでもが、熱を帯びた瞳で俺を見つめていた。
「……私も、ちょっと気になるかも。裕也くんが向こうでどんな『音』を作っていたのか、もっと知りたいな」
上目遣いにそう言われてしまっては、断る理由などどこにもない。
ただ、マニアックなゲームタイトルばかりを列挙しても、専門外のほたるには伝わりにくいだろう。
俺は少し顔を上げ、少し考えた後、ゲームという枠組みを超えた、ある「体験」の話をすることにした。
――誰でも知っていて、かつ自分が担当した中で一番楽しく、記憶に残った仕事だ。
「そうだな……」
俺は一つ息を吐き、言葉を選ぶ。
「……俺がいたところはさっきも言った通り、"ゲームの音を作る事に特化した専門のスタジオ"」
――ただ、作っていたモノは "ゲームだけじゃない"。 ゲームの考え方を流用した作品にも"ゲームオーディオの考え方を落とし込む"事をしていたんだ」
「どういうこと? ゲーム以外にってゲームくらいしか思いつかない…」
「うーん……ゲームみたいに遊ぶ"何か"ってこと?」
涼風さんが首を傾げ、桜さんも不思議そうな顔をする。
「半分正解…かな。ユーザーが "自分で物事を決めながらプレイ体験をする" というのは、何もゲームの中だけの話じゃない」
「最近じゃ『インタラクティブ』……なんて言われ方をするユーザー主導での体験。それはゲームだけじゃなくて、遊園地なんかにも取り入れられているんだ」
俺は一呼吸置いて、その名前を口にした。
「俺があのスタジオに入って最初に話を貰った仕事であり、一番最後に形になった仕事」
「フロリダにある "Fantasia Resort" の "PLANET WAR" エリアにある『Falcon : Lightning Fast Run』
……流石に音楽そのものではないんだけど、アトラクションの効果音と、音の仕組みの構築と実装を担当したんだ」
「…もっとも、これも俺一人だけの力じゃなくて、スタジオの皆が支えてくれてたからやり遂げられた仕事ではあるんだけどね」
「「ええええええええっ!?」」
桜さんと涼風さんの絶叫がテラス席でも迷惑になりかけたので、俺は慌ててシーッと指を立てる。
ほたるも目を見開いて口元を押さえている。
――うん。 やはり、この名前の威力は絶大だ。
「Fantasia って……あの有名なテーマパークの!? しかもフロリダの本場のやつ!?」
「『PLANET WAR』って……映画のやつだよね!? すごい……!」
「Fantasia はここ日本にもあるし、俺も小さい頃に連れて行ってもらって凄く思い入れがあったんだ。だから、その話を聞いたときは本当に嬉しかったよ」
俺は当時の興奮を思い出しながら言葉を紡ぐ。
だが、桜さんはまだピンときていない様子だ。
「え? でもなんで? 遊園地の乗り物でしょ? ゲームとは関係がなさそうになのに……」
「確かに…… Fantasia の本社にそういう専門のお仕事をする人達がいるって聞いたことがあるよ」
ほたるが疑問を口にする。鋭い。
「正解」
俺は彼女の指摘を肯定して続けた。
「確かに、"イマジニア" …社内に技術集団がいるね。でも彼らは "あくまで今までのアトラクションを作る事に特化した人たち" なんだ」
「さっきも言ったけど、ユーザーが自分で操縦したり、選択をして体験が変わる "インタラクティブ性" は、どうしても通常の乗り物の作り方ではなく、"ゲーム体験を前提とした作り方" が必要だった」
俺は指を折って説明する。
「そこで、Fantasia社はアトラクションの制御にゲームエンジンを採用するという選択をした。
でも、彼らは箱モノの設計や素材は作れても、それをゲームエンジンの中に実装するノウハウがなかった。……当たり前だけど、彼らはゲームクリエイターじゃないからね」
「うちのスタジオはそういったゲームエンジンに音を組み込む作業……テクニカルサウンドデザインも商売の1つとしていたから、Fantasia との協業に至ったって感じだよ」
「へぇー……! そんな裏側があったんだ……!」
「俺も音楽は作れても、そこから先の工程はアメリカへ渡る前に少し勉強した程度だったからね……最初は苦労したよ」
「でも、最後の最後でやっと形になって、そのアトラクションは今もフロリダで動いている」
「最終調整で1か月フロリダに滞在しないといけなかったのは、今ではいい思い出だけどね」
俺の話を聞き、3人は思わずといった様子でため息をつく。
尊敬の眼差しが少しこそばゆい。
「あれ? ……最後の仕事って事は、そのスタジオを辞めちゃったの?」
涼風さんが核心を突く質問をしてきた。
その言葉に、ほたるもハッとして俺を見る。
彼女はずっと気にしていたのだろう。「私が日本にいるから、夢を諦めて帰ってきたんじゃないか」と。
「……辞めたというよりは、送り出してもらった……が正しいのかな」
俺は遠くを見つめるようにして、あの日のボスの言葉を思い出した。
「Fantasiaの仕事が終わった後、ボスであるダニエルさんに呼び出されてね。またいつもの『飲みに行くぞ』って内容かと思っていたら、そこで告げられたんだ」
俺は少しだけ、隣にいるほたるの方を見てから続けた。
「ダニエルさんの言葉を要約すると…
『お前は18歳からこのスタジオにいて、もう20歳だ。作曲や音に関わる仕事はこれからも続けていくと思うが…20代という時間は人生においてとても大切な時間だ』って」
「『それをこのスタジオだけで終えて欲しくない。もちろん、今のお前を手放すのは私たちにとっても大きな損失だ……けれど、それでもお前にはもっと広い世界を見てほしい』」
ボスの太く、温かい声が蘇る。
「『このスタジオはお前の第二のホームだ……困ったらいつでも戻ってきていい。だから、これからの数年間は、"お前の好きなように生きてみろ"』って言われたんだよ」
「だからまずは、こうして日本に帰ってきたんだ」
俺の言葉を聞いた3人の表情が、ふわりと和らぐ。
特にほたるは、安堵したような、それでいてどこか嬉しそうな顔をしていた。
「いい職場に巡り会えたんだね……」
涼風さんがしみじみと言う。
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[Side:ほたる]
「ねえねえ、他には? 他にはどんなタイトルのサウンドを作ったの?」
ねねっちとあおっちが、目を輝かせて裕也くんに食いついている。
私も……実はすごく気になっていた。
裕也くんがアメリカでどんな仕事をしていたのか。
「ゲームの音」と一言で言っても、私には想像もつかない世界だから。
「……私も、ちょっと気になるかも。裕也くんが向こうでどんな『音』を作っていたのか、もっと知りたいな」
私が少しだけ期待を込めて呟くと、彼は少し考えてから語り始めた。
彼が口にしたのは『Fantasia Resort』。
そして『PLANET WAR』という、誰もが知っている超有名な映画の名前。
――そのアトラクションの音を、彼が作った?
「ええええええええっ!?」
二人の絶叫に驚きつつ、私も信じられなくて口元を押さえた。
――あの Fantasia? フロリダの本場の?
そんな夢みたいな場所に、裕也くんが関わっていたなんて。
「… Fantasia の本社にそういう専門のお仕事をする人達がいるって聞いたことがあるよ」
私がそう聞くと、彼は「正解」と笑って教えてくれた。
アトラクションにゲームの技術が使われていること。
その「橋渡し」として、彼のいたスタジオが必要とされたこと。
専門的なことは難しいけれど、彼が「ただ音を作る」だけじゃなく、「体験を作る」ために奔走していたことは伝わってきた。
1ヶ月もフロリダに滞在して、作り上げたアトラクション。
私の知っている幼馴染は、想像以上に遠く、高い場所で戦っていたんだ。
「あれ? ……最後の仕事って事は、そのスタジオを辞めちゃったの?」
あおっちの質問に、私の心臓が跳ねた。
一番、聞きたかったこと。そして、一番怖かったこと。
――もし彼が、日本に残した私のために、その輝かしいキャリアを捨てて帰ってきたのだとしたら。
私は彼の夢を奪ってしまったことになる。
裕也くんは「辞めたというよりは、送り出してもらった」と言って、当時のボスの言葉を語り始めた。
『このスタジオはお前の第二のホームだ。困ったらいつでも戻ってきていい』
『これからの数年間は、"お前の好きなように生きてみろ"』
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がじわりと温かくなった。
彼は何かを諦めて帰ってきたんじゃない。
「好きなように生きる」ために、自分で選んで、ここへ帰ってきたんだ。
ふと、この間彼に言われた言葉が蘇る。
――『ゆっくり歩いて行こう』
あの言葉の意味が、ようやく腑に落ちた気がした。
彼は、その大切な"時間の使い方"に、私と一緒に歩むことを選んでくれたのかもしれない。
――もしかして……私を選んでくれたのかな?
そんな自惚れかもしれない考えが頭をよぎり、顔が熱くなる。
でも、今の彼を見ていると、それが勘違いじゃないと思えてくる。
「スタジオに居る時よりはセーブしているけど、そのスタジオからの仕事は受けているよ」
現役のクリエイターとして働きながら、私のそばにいてくれる。
そんな彼の選択が、たまらなく嬉しくて、愛おしかった。
ねねっちやあおっちと笑い合う彼の横顔を見ながら、私はテーブルの下で、そっと自分のスカートを握りしめた。