You are my Beginning   作:コンスタンシア

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Episode 23 - 近くて遠い距離

[Side:ほたる]

 

スタジオ最寄りの駅ビルにあるレストランで、あおっちとねねっちによる即席の尋問会を終えた後。

私たちは二人並んで、夜の帰り道を歩いていた。

 

「……」

「……」

 

会話がない。

さっきまであんなに騒がしかったのが嘘みたいに、二人の足音だけが響いている。

あおっち達には、スタジオでの『妻』発言について、「あそこに入り込むための咄嗟の嘘だよ」と説明して、なんとか納得してもらった。

でも、その時に冷やかされた言葉たちが、今の沈黙をより気まずくさせている。

 

――ううん、違う。

 

私が言葉を発せない理由は、単なる恥ずかしさだけじゃなかった。

脳裏に焼き付いているのは、今日のスタジオでの光景。

一流のプロフェッショナルたちを相手に、堂々と指揮をしてみせた裕也くんの背中。

迷いのない指示。完璧な仕事。

お母さんの代役という重圧など微塵も感じさせず、あの場を支配していた彼。

 

(……遠いな)

 

隣を歩いているはずなのに、彼の姿がひどく高く、遠い場所にあるように感じてしまう。

アメリカでの二年間。

彼は私が想像していた以上に、厳しい世界で戦い、そして結果を出してきたんだ。

それに比べて、私はどうだろう。

美大へ進学をしただけの、ただの学生。

彼に甘えて、守ってもらってばかりの子供。

 

(私は、そんな彼の隣に居ていいのかな?)

 

暗い影が心に落ちる。

彼とこの先も一緒にいたい。その気持ちに嘘はない。

でも、それは彼を縛ってしまうことになるんじゃないか?

世界で活躍できる彼の足を、私が引っ張ってしまうんじゃないか?

今の私は、彼とは釣り合っていないんじゃないか?

自己嫌悪にも似た感情が、胸の奥で渦を巻く。

お互いの家の近くまであと少しという場所で、私はたまらず足を止めた。

 

「……ねぇ、裕也くん」

 

呼びかける声が震える。

彼が振り返る。街灯に照らされたその顔を見ることができなくて、私は俯いたまま言葉を絞り出した。

 

「私たちって……このまま一緒にいて、本当に良いのかな?」

 

「……え?」

 

「私……わたし、は……君を縛ってたり……してないかな?」

「裕也くんのこれからを閉ざしてしまうくらいなら、私……」

 

喉が熱い。涙がこぼれそうになる。

言いたくない。でも、言わなきゃいけない気がした。

 

「……一緒にいない方が、いいかもしれな――」

 

そこまで言いかけた時だった。

ふわりと、彼の匂いが近づいたかと思うと、私の唇が塞がれた。

 

「――んっ!?」

 

唇に触れる温かさと、至近距離にある彼の瞳。

え? き……す?

なんで?

思考が真っ白になり、身体が硬直する。

私が状況を理解するよりも早く、彼は唇を離すと、そのまま私を優しく抱きしめた。

 

===================

[Side:裕也]

 

「ねぇ…裕也くん……。 私たちって……このまま一緒にいて、本当に良いのかな?」

 

二人で歩き始めた時から、彼女の様子が少しおかしかったのは気付いていた。

スタジオでの緊張の反動か、それとも友人たちに冷やかされたせいかと思っていた。

けれど、彼女が絞り出した言葉は、予想よりもずっと深刻なものだった。

問いかけ……ではあるけれど、それは半分以上、自分自身への独白のようだった。

彼女の声が震えている。

 

「裕也くんのこれからを閉ざしてしまうくらいなら、私……」

 

その先の言葉は、想像がついた。

 

――一緒にいない方がいい。

 

俺は、彼女の口からその言葉だけは言わせてはいけないと思った。

理屈よりも先に身体が動く。

彼女の肩を掴み、その震える唇を、自分の唇で塞いだ。

 

少々強引な手段だった事はわかっている。

彼女から拒絶されても仕方ないと思っていた。

しかし、唇を離した瞬間に見た彼女の瞳に、拒絶の色はなかった。

代わりにあったのは、『なんで? どうして?』という、あどけない疑問の色。

俺はたまらなくなり、彼女を強く抱きしめた。

華奢な肩が、腕の中で小さく震えている。

 

「そんな事を言わないでくれ。 俺は "君といたいから"、"君と歩きたいから" 一緒にいるんだ」

 

言葉を重ねる。

心の内を、全てさらけ出すように。

 

「向こうでの2年間も、辛いことや逃げ出したいことは山ほどあった。でも、"君がいてくれるから"、日本に帰れば "君がいるから" ……そう思えたから、頑張ってこれたんだ」

 

「……うぅ……」

 

「だから、君は俺を縛ってたりなんかしていない。むしろ逆だ。俺は "ほたるだから、君だからずっと一緒にいたい" って思うんだ。だから……そんな事を言わないで、自分を卑下しないでくれ。ほたる」

 

俺の一方的な独白を聞き、腕の中の彼女がくしゃりと顔を歪め、嗚咽を漏らし始める。

人通りのある歩道だとか、誰に見られているとか、そんなことはどうでもよかった。

彼女が落ち着くまで、ずっと彼女を腕の中に収めたまま、子供をあやすようにその頭を撫で続けた。

しばらく経つと、彼女の震えが収まり、ゆっくりと顔を上げた。

泣いて赤くなった目元と、まだ潤んでいる瞳。

その顔が、どうしようもなく愛おしく映る。

 

「……裕也……くん?」

 

彼女の小さな呼びかけで、俺は見惚れていた意識を現実に引き戻した。

そうだ。伝えなきゃいけないことがあったんだ。

 

「あぁ、ごめん。 ……そうだ。明後日の祝日の月曜日、2人でどこか行かないか?」

 

慌てて、先ほどまで考えていたプランを口に出す。

スタジオでの仕事ぶりを見せた後だからこそ、どうしても伝えたかったこと。

 

「それって……"デート" に誘ってくれてるって思っても……いいんだよね?」

 

上目遣いで、不安げに聞いてくる彼女。

俺は彼女の瞳を真っ直ぐに見つめ、しっかりと答える。

 

「あぁ。月曜日、デートしないか?」

 

===================

[Side:ほたる]

 

彼に抱きしめられ、耳元で告白にも似た言葉を聞く。

 

『君がいてくれるから、頑張ってこれたんだ』

『ほたるだから、君だからずっと一緒にいたいって思うんだ』

 

彼の紡ぐ言葉の一つ一つが、凍えていた私の心に染み渡っていく。

嬉しくて、そして愛おしくて、自然と涙が溢れて止まらなかった。

私は彼の重荷じゃなかった。

彼が頑張る理由になれていたんだ。

その事実が、何よりも私を安心させてくれた。

彼の腕の中でしばらく泣きじゃくり、ようやく落ち着いて顔を上げると、彼と目が合った。

そして、不意に提案された言葉。

 

『明後日の祝日の月曜日、2人でどこか行かないか?』

 

心臓が跳ねる。

 

(――それって…?)

 

今までも二人で出かけたことはあったけれど、今のこの流れで、その誘いは特別だ。

そう思った私は、確認せずにはいられなかった。

 

――勘違いだったら、嫌だから……。

 

「それって……"デート" に誘ってくれてるって思っても……いいんだよね?」

 

私の不安が伝わったのか、彼は力強く頷いてくれた。

 

『あぁ。月曜日、デートしないか?』

 

その言葉を聞いた瞬間、胸の中にあった黒いモヤが完全に晴れて、キラキラとした光が差し込んだ気がした。

 

「うん、行きたい!」

 

私は涙を拭って、今できる精一杯の笑顔で彼に伝える。

 

「私も、君と……裕也くんとデート、したいです」

 

===================

[Side:裕也]

 

『私も、君と……裕也くんとデート、したいです』

 

涙の跡が残る顔で、それでも花が咲くように笑う彼女。

そんな彼女を見て、俺の胸は温かいもので満たされた。

守りたい。この笑顔を、これからもずっと一番近くで見ていたい。

 

「よし、じゃあ決まりかな」

「行きたいところを明日にでも相談しよう」

 

そう伝えて、彼女の手を優しく握り、家までの帰り道を歩き始めた。

少し前までは、緊張して触れることさえできなかった手。

彼女もワンテンポ遅れて、キュッと握り返してくれる。

その小さな手の温もりが、俺に勇気をくれる。

隣を歩く彼女の横顔を見ながら、俺は強く思った。

 

(このままの幼馴染のような関係も心地よかったけど……これじゃあいけないな)

 

今日のスタジオでのこと、そして今の彼女の不安。

曖昧な関係のままでは、彼女を不安にさせてしまうだけだ。

 

(俺がしっかりとケジメを付けないと。 …もう逃げるのは止めにしよう)

 

月曜日のデート。

そこで彼女に本当の言葉を伝えよう。

夜空を見上げ、固くそう誓った。

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