You are my Beginning 作:コンスタンシア
[Side:ほたる]
スタジオ最寄りの駅ビルにあるレストランで、あおっちとねねっちによる即席の尋問会を終えた後。
私たちは二人並んで、夜の帰り道を歩いていた。
「……」
「……」
会話がない。
さっきまであんなに騒がしかったのが嘘みたいに、二人の足音だけが響いている。
あおっち達には、スタジオでの『妻』発言について、「あそこに入り込むための咄嗟の嘘だよ」と説明して、なんとか納得してもらった。
でも、その時に冷やかされた言葉たちが、今の沈黙をより気まずくさせている。
――ううん、違う。
私が言葉を発せない理由は、単なる恥ずかしさだけじゃなかった。
脳裏に焼き付いているのは、今日のスタジオでの光景。
一流のプロフェッショナルたちを相手に、堂々と指揮をしてみせた裕也くんの背中。
迷いのない指示。完璧な仕事。
お母さんの代役という重圧など微塵も感じさせず、あの場を支配していた彼。
(……遠いな)
隣を歩いているはずなのに、彼の姿がひどく高く、遠い場所にあるように感じてしまう。
アメリカでの二年間。
彼は私が想像していた以上に、厳しい世界で戦い、そして結果を出してきたんだ。
それに比べて、私はどうだろう。
美大へ進学をしただけの、ただの学生。
彼に甘えて、守ってもらってばかりの子供。
(私は、そんな彼の隣に居ていいのかな?)
暗い影が心に落ちる。
彼とこの先も一緒にいたい。その気持ちに嘘はない。
でも、それは彼を縛ってしまうことになるんじゃないか?
世界で活躍できる彼の足を、私が引っ張ってしまうんじゃないか?
今の私は、彼とは釣り合っていないんじゃないか?
自己嫌悪にも似た感情が、胸の奥で渦を巻く。
お互いの家の近くまであと少しという場所で、私はたまらず足を止めた。
「……ねぇ、裕也くん」
呼びかける声が震える。
彼が振り返る。街灯に照らされたその顔を見ることができなくて、私は俯いたまま言葉を絞り出した。
「私たちって……このまま一緒にいて、本当に良いのかな?」
「……え?」
「私……わたし、は……君を縛ってたり……してないかな?」
「裕也くんのこれからを閉ざしてしまうくらいなら、私……」
喉が熱い。涙がこぼれそうになる。
言いたくない。でも、言わなきゃいけない気がした。
「……一緒にいない方が、いいかもしれな――」
そこまで言いかけた時だった。
ふわりと、彼の匂いが近づいたかと思うと、私の唇が塞がれた。
「――んっ!?」
唇に触れる温かさと、至近距離にある彼の瞳。
え? き……す?
なんで?
思考が真っ白になり、身体が硬直する。
私が状況を理解するよりも早く、彼は唇を離すと、そのまま私を優しく抱きしめた。
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[Side:裕也]
「ねぇ…裕也くん……。 私たちって……このまま一緒にいて、本当に良いのかな?」
二人で歩き始めた時から、彼女の様子が少しおかしかったのは気付いていた。
スタジオでの緊張の反動か、それとも友人たちに冷やかされたせいかと思っていた。
けれど、彼女が絞り出した言葉は、予想よりもずっと深刻なものだった。
問いかけ……ではあるけれど、それは半分以上、自分自身への独白のようだった。
彼女の声が震えている。
「裕也くんのこれからを閉ざしてしまうくらいなら、私……」
その先の言葉は、想像がついた。
――一緒にいない方がいい。
俺は、彼女の口からその言葉だけは言わせてはいけないと思った。
理屈よりも先に身体が動く。
彼女の肩を掴み、その震える唇を、自分の唇で塞いだ。
少々強引な手段だった事はわかっている。
彼女から拒絶されても仕方ないと思っていた。
しかし、唇を離した瞬間に見た彼女の瞳に、拒絶の色はなかった。
代わりにあったのは、『なんで? どうして?』という、あどけない疑問の色。
俺はたまらなくなり、彼女を強く抱きしめた。
華奢な肩が、腕の中で小さく震えている。
「そんな事を言わないでくれ。 俺は "君といたいから"、"君と歩きたいから" 一緒にいるんだ」
言葉を重ねる。
心の内を、全てさらけ出すように。
「向こうでの2年間も、辛いことや逃げ出したいことは山ほどあった。でも、"君がいてくれるから"、日本に帰れば "君がいるから" ……そう思えたから、頑張ってこれたんだ」
「……うぅ……」
「だから、君は俺を縛ってたりなんかしていない。むしろ逆だ。俺は "ほたるだから、君だからずっと一緒にいたい" って思うんだ。だから……そんな事を言わないで、自分を卑下しないでくれ。ほたる」
俺の一方的な独白を聞き、腕の中の彼女がくしゃりと顔を歪め、嗚咽を漏らし始める。
人通りのある歩道だとか、誰に見られているとか、そんなことはどうでもよかった。
彼女が落ち着くまで、ずっと彼女を腕の中に収めたまま、子供をあやすようにその頭を撫で続けた。
しばらく経つと、彼女の震えが収まり、ゆっくりと顔を上げた。
泣いて赤くなった目元と、まだ潤んでいる瞳。
その顔が、どうしようもなく愛おしく映る。
「……裕也……くん?」
彼女の小さな呼びかけで、俺は見惚れていた意識を現実に引き戻した。
そうだ。伝えなきゃいけないことがあったんだ。
「あぁ、ごめん。 ……そうだ。明後日の祝日の月曜日、2人でどこか行かないか?」
慌てて、先ほどまで考えていたプランを口に出す。
スタジオでの仕事ぶりを見せた後だからこそ、どうしても伝えたかったこと。
「それって……"デート" に誘ってくれてるって思っても……いいんだよね?」
上目遣いで、不安げに聞いてくる彼女。
俺は彼女の瞳を真っ直ぐに見つめ、しっかりと答える。
「あぁ。月曜日、デートしないか?」
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[Side:ほたる]
彼に抱きしめられ、耳元で告白にも似た言葉を聞く。
『君がいてくれるから、頑張ってこれたんだ』
『ほたるだから、君だからずっと一緒にいたいって思うんだ』
彼の紡ぐ言葉の一つ一つが、凍えていた私の心に染み渡っていく。
嬉しくて、そして愛おしくて、自然と涙が溢れて止まらなかった。
私は彼の重荷じゃなかった。
彼が頑張る理由になれていたんだ。
その事実が、何よりも私を安心させてくれた。
彼の腕の中でしばらく泣きじゃくり、ようやく落ち着いて顔を上げると、彼と目が合った。
そして、不意に提案された言葉。
『明後日の祝日の月曜日、2人でどこか行かないか?』
心臓が跳ねる。
(――それって…?)
今までも二人で出かけたことはあったけれど、今のこの流れで、その誘いは特別だ。
そう思った私は、確認せずにはいられなかった。
――勘違いだったら、嫌だから……。
「それって……"デート" に誘ってくれてるって思っても……いいんだよね?」
私の不安が伝わったのか、彼は力強く頷いてくれた。
『あぁ。月曜日、デートしないか?』
その言葉を聞いた瞬間、胸の中にあった黒いモヤが完全に晴れて、キラキラとした光が差し込んだ気がした。
「うん、行きたい!」
私は涙を拭って、今できる精一杯の笑顔で彼に伝える。
「私も、君と……裕也くんとデート、したいです」
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[Side:裕也]
『私も、君と……裕也くんとデート、したいです』
涙の跡が残る顔で、それでも花が咲くように笑う彼女。
そんな彼女を見て、俺の胸は温かいもので満たされた。
守りたい。この笑顔を、これからもずっと一番近くで見ていたい。
「よし、じゃあ決まりかな」
「行きたいところを明日にでも相談しよう」
そう伝えて、彼女の手を優しく握り、家までの帰り道を歩き始めた。
少し前までは、緊張して触れることさえできなかった手。
彼女もワンテンポ遅れて、キュッと握り返してくれる。
その小さな手の温もりが、俺に勇気をくれる。
隣を歩く彼女の横顔を見ながら、俺は強く思った。
(このままの幼馴染のような関係も心地よかったけど……これじゃあいけないな)
今日のスタジオでのこと、そして今の彼女の不安。
曖昧な関係のままでは、彼女を不安にさせてしまうだけだ。
(俺がしっかりとケジメを付けないと。 …もう逃げるのは止めにしよう)
月曜日のデート。
そこで彼女に本当の言葉を伝えよう。
夜空を見上げ、固くそう誓った。