You are my Beginning   作:コンスタンシア

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Episode 25 - 水族館と二人の共通点

[Side:裕也]

 

電車をいくつか乗り継いで辿り着いたのは、海に浮かぶ人工島が丸ごと一つのテーマパークになっている巨大な水族館。

潮風が心地よく頬を撫でる。

駅を降りてゲートへ向かう間も、ほたるは俺の右腕に自分の腕を回したまま、目の前に広がる景色に目を輝かせていた。

 

「ここの水族館は初めて来るけど、その様子だと ほたる も初めて?」

 

俺がそう聞くと、ほたるはパッと顔を上げて、嬉しそうに微笑んだ。

 

「うん、初めてだよ! あおっちやねねっちとも来た事なかったし、裕也くんと行ったところも別の水族館だったから」

 

たしかに昔、自由研究のために二人で行ったのは、もっと近場にある小さな水族館だったな…。

"初めての場所" を共有できたことが嬉しいのか、彼女の弾むような声色が、俺の緊張を少しずつ解きほぐしてくれた。

チケット窓口でフリーパスを購入し、ゲートをくぐって館内へと足を踏み入れる。

 

広大な敷地内には、様々なテーマの水槽が点在していた。

海獣たちのエリアでは、水面から顔を出すアザラシの愛らしさに癒され、巨大なシロクマが水中にダイブするダイナミックなスケールに、二人して「おおっ!」と驚きの声を上げる。

幼馴染という気安さと、デートという特別な緊張感。

その両方を楽しみながら、俺たちはゆっくりと順路を進んでいった。

 

===================

[Side:ほたる]

 

順路の途中で現れたのは、頭上までガラス張りになっている巨大なアーチ状の水槽だった。

頭の上をエイやサメが悠々と泳ぎ、無数の小さな魚たちが群れをなして光を反射している。

青い光に包まれたその空間は、まるで本当に海の底を歩いているようで、その迫力とロマンチックさに、私たちは二人して言葉を失った。

 

(凄く綺麗……)

 

ふと、横にいる彼を見上げる。

裕也くんも、口を少し開けたまま、その幻想的な光景に圧倒されているのがわかった。

水槽の青い光が、彼の横顔を優しく照らしている。

 

(ふふっ、やっぱり、こういう時間、いいな)

 

私はそう思うと、腕を組んだまま、少しだけ彼の肩に自分の頭を傾けてもたれ掛かった。

 

(ちょっぴり恥ずかしいけど、デートだもん。いいよね?)

 

彼が少しだけビクッとしたのが伝わってきたけれど、振り払われることはなかった。

そのまま彼と館内をゆっくり歩きながら、お互いの近況や、再会する前の話になる。

私は、前々からずっと疑問に思っていたことを彼に聞いてみることにした。

 

「そういえば、裕也くんのいたスタジオの事、調べたよ」

「全て英語だったから、翻訳機能を使ってにはなっちゃうんだけど…実績とか見ても凄くプロフェッショナルな事をやっていたよね」

 

彼は「調べてくれたんだ」と少し照れくさそうに笑う。

 

「そこで気になったんだけど、裕也くんはどうやってあのスタジオに入ったの?

「前におじさまが電話で『ダニエルに託してよかった』って言ってたけど、ダニエルさんって代表の方…だったよね?」

 

小さいころから彼を見てきているから、贔屓目に見ても彼の実力が凄い事はわかっている。

けれど、フランス留学を経験して、私も世界がどれだけ広いかを知った…。

だからこそ、彼の入社までに経緯が気になった。…普通の高校生が、いきなりあんな凄い海外のスタジオに潜り込めるものなのだろうか。

 

「あぁ、そっか。入った経緯については話してなかったよね。 ダニエルさん、大学時代に父さんのルームメイトだったんだ」

 

「えっ、そうだったんだ!」

 

「父さんとは頻繁に連絡を取り合っているみたいで、俺も何度か自分の作品を見て貰っていたんだ…後は、母さんの事も知ってるかな」

「作品も見て貰っていたし、思い切って俺からダニエルさんに話を持っていってみたんだ。結果的にそれが良かったのかな…ダニエルさんに話を聞いてもらえたんだ」

「Webで面談した時に "母親を超えたい" って伝えたら、凄く驚いた顔で『いい夢だ! いいね、その夢手伝ってあげるよ』って言ってくれて、採用を貰ったんだ」

 

彼が当時を思い出すように、少し遠くを見つめながら語る。

 

「もちろん、コネだ。って言われないように最低限の知識は渡米前に勉強したし、向こうでも必死にしがみついたけどね」

 

「ふふっ、クリエイター魂ってやつだね?」

 

私がからかうように笑うと、彼も照れ隠しのように笑った。

 

「はは、確かにその通りかもな!」

 

彼の始まりや、向こうでどれだけ努力して、頑張っていたか。

その足跡を聞いて、胸の奥がとても暖かくなる。

 

(これは私と彼だけが知っている秘密…だよね?)

 

そんな事を思っていると、今度は彼が私の方を向いて聞いてきた。

 

「ほたるはフランスではどんな感じだったんだ?」

 

「え!? 私は…その、学生としての留学だったし、そこまで大それた事はしていないよ?」

 

彼の凄い武勇伝の後に話すようなことは何もない。

でも、何か一つでも、私がフランスで見てきた綺麗なものを伝えたくて。

 

「あ、でも、カトリーヌさんのお家が凄く素敵だったから、毎朝外に出てキャンバスに絵を描いていたよ」

 

「ん!? 待った…。 今、カトリーヌさんって言った? …"あのカトリーヌさん"だよな?」

 

裕也くんが、急に足を止めて目を丸くする。

 

――そうか、私…。

「私もホームステイするよ。とは言ったけど、どこの…って言ってなかったね」

「裕也くんも知ってる "そのカトリーヌさん" だよ? あの人の家でホームステイをさせてもらってたの」

 

私はクスリと笑いながら答える。

 

「……これはまた、凄い縁だ…」

 

彼が信じられないといった様子で、感慨深そうに呟く。

 

(ふふっ、本当にそうだよね…)

 

「私も裕也くんの口から名前が出た時に凄くびっくりしたんだよ?」

「…あれ? でもカトリーヌさんって英語喋れるのかな? あの人なら喋れそうな気もするけど…実際に聞いていたのは日本語とフランス語だけだし…」

 

私がふと、そんな他愛もない疑問を口にした瞬間だった。

私の中で、時間が止まる。

 

『Ah, au fait, je parle aussi un peu le français.(あぁ、実は、少しだけどフランス語も喋れるんだよ)』

 

「…………え?」

 

耳に聞こえた彼の声は、日本語でも英語でもない。

私がつい数か月前まで、毎日聞いていた言語。

 

「え、ウソ!? なんで?」

 

私は、彼が流暢なフランス語を喋ったことに物凄く驚いた。

――だって、そんな素振り、今まで全く見せてくれてなかったから。

彼は私の驚く顔を見て、少し得意げに、でも照れくさそうにする。

 

「前に、フランスの美術誌を取り寄せてたって言ったろ? 中身を開いてみたら当たり前だけど、フランス語しか書いてなくてさ、訳もわからず眺めてたら上から声が掛かってね」

「『それフランスの雑誌だろ? なんでユーヤが読んでんの?』って、ジャン…フランス人のクリエイターに聞かれたんだ」

「『友人がフランスに留学してて情報を知りたいんだけどフランス語はさっぱり』って答えたら、『じゃあ、教えてやるよ』って感じで気付いたら丸2年、彼からフランス語を教わってたんだ」

 

さらりと語られたその事実に、私は言葉を失う。

彼は、私が遠い国でどんな景色を見て、どんな勉強をしているのかを知りたくて。

そのためだけに、美術誌を取り寄せ、私のいる国の言葉まで勉強してくれていた。

 

(私を見つけてくれてただけじゃない…。彼はしっかりと理解しようともしてくれていたんだ)

 

その事実だけで、胸が、心が、ちぎれそうなくらい暖かくなり、頬が熱を持ったように熱くなる。

 

「そうだったんだ! ふふっ、私たち、凄い共通点だね」

 

私は、彼の腕に回している手に、キュッと少しだけ力を入れる。

彼に貰ったたくさんの温もりと優しさを、少しでもお返しするように。

 

「クスッ…そうだな」

 

彼は、はにかんでそんな事を言ってくれる。

その笑顔が、そんな彼の不器用な優しさが、とてつもなく嬉しかった。

巨大水槽の青い光の中で、私は彼の腕の温もりを感じながら、心の中でそっと呟いた。

 

(――ああ、私は君を好きになって、本当に良かった…)

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