You are my Beginning 作:コンスタンシア
[Side:裕也]
1日中水族館を回って、夢のように楽しかった時間は、少しずつ終わりを迎えようとしていた。
夕方。閉館時間を知らせるアナウンスを聞きながら外に出た私たちは、島の反対側にある海辺のスポットを二人で歩く。
「……」
「……」
2人揃って、会話はない。
けれど、それは一昨日までの不安で押しつぶされそうな "気まずい沈黙" ではなく、お互いの体温や呼吸を感じ合い、気持ちが通じ合っているかのような……そんな "心地の良い沈黙" だった。
沈みかけた夕日が、海面をオレンジ色に染め上げている。
波打ち際からは、優しく穏やかなさざ波の音が聴こえていた。
(…私はもう、逃げない。 今ここで、君に "好き" って言うんだ)
決意を胸に、私は彼の腕に回していた手をそっと放した。
そして、少しだけ前を歩いてから、彼の方へ振り返る。
夕日を背にしているから、私の顔は逆光で少し見えにくいかもしれない。それでも、真っ直ぐに彼の瞳を見つめた。
「裕也くん、今日はありがとう。 それから、私ね……」
「ほたる。待って!」
その続きの言葉を言おうとした時。
彼が少しばかり大きな声を出して、私の言葉を制止した。
(――え……?)
私の時間が、ピタリと止まる。
……待って? ……って、どういう事?
(……勘違い……だった? ……早すぎた……? ……迷惑……だった……?)
彼の拒絶の意図を探してしまい、冷たい黒い感情が頭の中を急速に埋め尽くしていく。
息の仕方を忘れそうになった。
けれど、そんな私の恐怖と心配は、続く彼の言葉で杞憂に終わる。
「君の覚悟を遮ってごめん。 けど、"君が言おうとしていた言葉" は、男である俺から言わせてほしい」
(――あ……)
彼が私に何を伝えたいのか。
何を、私より先に言わせて欲しかったのか。
それが分かってしまい、止まりかけていた心臓が、今度は破裂しそうなほど早く鼓動を打ち始めた。
(――なんだ……なんだ、君も同じ気持ちだったんだね……わたしの、私の勘違いじゃなくて……良かった)
安堵と喜びで、目頭が熱くなる。
「うん、わかった。 裕也くん……君の言葉を聞かせて?」
私は溢れそうになる涙をこらえ、静かに彼の瞳を見据え、彼の言葉を待った。
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[Side:裕也]
波打ち際から、規則正しいさざ波の音が返ってくる。
まるで世界に2人しかいないかのような、静寂で穏やかな空間。
その静寂を破る様に、彼女は微かに潤んだ瞳で、けれど何かを強く決意した瞳で俺を見据えて言葉を紡ぎ始めた。
『裕也くん、今日はありがとう。 それから、私ね……』
――その先の言葉は、痛いほど分かってしまう。
分かってしまうからこそ、"俺から彼女に伝えたかった"。
「ほたる。待って!」
俺が思わず強い口調で制止すると、彼女は時が止まったかの様な表情をした。
そして次の瞬間、その大きな瞳に "絶望" の色が垣間見えた。
しまった、と思った。言葉を遮られたことで、拒絶されたと勘違いさせてしまった。
(違う。 俺は君を拒みたかったんじゃない)
「君の覚悟を遮ってごめん。けど、"君が言おうとしていた言葉" は、男である俺から言わせてほしい」
手が微かに震えていて、今にも崩れ落ちそうな彼女に向かって、安心させるように言葉を紡ぐ。
――きっと、俺が伝えたい事と、彼女が伝えようとしてくれた事は "同じ意味" だから。
「うん、わかった。 裕也くん……君の言葉を聞かせて?」
彼女はホッとしたように微笑むと、真っすぐに俺の瞳を見据えてくれた。
俺は小さく一息吐くと、彼女の瞳を真正面から見据えながら、ずっと胸の奥に秘めていた言葉を紡ぐ。
「星川ほたる さん」
「……はい」
「貴方の事が、ずっと……ずっと好きでした」
夕風に言葉がさらわれないよう、はっきりと。
「高校の頃に君の事が好きだと自覚して、けれど君を縛りたくないと思って、幼馴染の距離感に甘えてしまっていた……」
「……」
彼女は何も言わず、静かに俺の言葉に耳を傾けてくれている。
「けど、そんな関係はもう終わりにしたい。 俺は君と新しい関係でこれからを一緒に歩いて行きたいんだ」
「……貴方の事が大好きです。 だから、俺と付き合って頂けませんか?」
彼女の潤んだ瞳を見つめながら、俺は全ての想いを言葉に乗せた。
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[Side:ほたる]
『星川ほたるさん』
彼が私の名前を呼ぶ。
私が大好きな、少しだけ低めの声色と優しいトーン。
「……はい」
『貴方の事が、ずっと……ずっと好きでした』
(うん。私もずっと……ずっと好きだったよ?)
『けれど君を縛りたくないと思って、幼馴染の距離感に甘えてしまっていた……』
彼の痛切な告白に、私は心の中でくすりと笑ってしまった。
(ふふっ、やっぱり私たち、似た者同士……だったんだね)
お互いを大切にし過ぎていたが故に、相手の未来を縛るのが怖くて踏み出せなかった。
そんな臆病で、不器用な関係。
でも、もうそれも終わりだ。
『俺は君と新しい関係でこれからを一緒に歩いて行きたいんだ』
そんな彼の言葉に、嬉しさと愛おしさが溢れて止まらない。
『貴方の事が大好きです。 だから、俺と付き合って頂けませんか?』
彼が紡いだ言葉。
私がずっと望んでいて、そして、私が今日必ず伝えようと思っていた言葉。
私は震えた声で答える。
悲しいんじゃない。嬉しくて……嬉しすぎて、涙が止まらないんだ。
「……ッ……はい。 わたしも裕也くん……貴方の事がずっと、ずっと好きでした」
涙でぼやける視界の中、私は彼に向かって精一杯の想いを返す。
「だから、私を……幼馴染なんかじゃなくて、君の……ううん、君だけの『特別』に……恋人にしてください」
私はそう返事をするのと同時に、たまらなくなって彼の胸に飛び込んだ。
トン、と軽い衝撃を受け止めた彼は、私を優しく抱き留め、強い力で抱きしめてくれた。
彼の心臓の音が、私の耳に心地よく響く。
(もう、我慢しなくていい……もう、引け目を感じなくてもいいんだ……)
(君の心が、気持ちがちゃんと伝わった。 私の心も、気持ちをちゃんと伝えることが出来た)
彼に包み込まれるこの温かさが、何よりも幸せだった。
(ありがとう、裕也くん。 大好き)
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[Side:裕也]
腕の中にすっぽりと収まっている彼女。
夕暮れの海辺で、俺たちはしばらくの間、無言で抱きしめ合っていた。
すると、彼女が腕の中で少しだけ顔を上げ、潤んだ瞳で俺を見上げながら、とんでもないことを言ってきた。
「ねぇ、裕也くん。 ……キス……しよ?」
「ッ……」
(いきなり、それは反則だって……)
真っ赤な顔で、背伸びをするように見上げてくる彼女。
そんな彼女のあまりにも可愛いおねだりに、思わずニヤけそうになるのを必死に抑え込む。
断る理由なんて、あるはずがない。
「あぁ、丁度俺もしたいって思ってた」
彼女の言葉に、心からの喜びをもって応えた。
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[Side:ほたる]
『あぁ、丁度俺もしたいって思ってた』
彼が少しだけ声を上擦らせて答える。
(ふふっ、裕也くん。 顔に "それは反則" って書いてあるよ?)
いつも大人ぶっている彼の、照れ隠しのようなその反応が可愛くて、私は涙ぐんだままクスリと笑った。
「……」
私は彼を見つめたまま少し顎を上げ、ゆっくりと瞳を閉じて彼を待つ。
潮風の匂いに混じって、彼自身の優しい香りが近づいてくる。
「……ん……」
唇に、柔らかな温もりが重なる。
一昨日の夜、歩道でされたような焦燥感のあるキスじゃない。
お互いの気持ちを確かめ合うような、深く、甘く、ずっと長い時間のキス。
波の音だけが響く中、私たちはゆっくりと唇を離した。
目を開けると、すぐ目の前に、少しだけ頬を赤くした彼の顔があった。
きっと私の顔も、夕日と同じくらい真っ赤なのだろう。
けれど、心の中はこれ以上ないくらいの幸せに満ち溢れていた。
――私の、恋人としてのファーストキスは、涙みたいに少ししょっぱくて、でも、とびきり優しい味がした……。