You are my Beginning 作:コンスタンシア
[Side:裕也]
茹だるような夏の暑さが少しだけ落ち着き、朝夕の風に徐々に秋の気配が混じり始めた9月。
俺と彼女はあの日以来、時間のある時は極力一緒に過ごすようになった。
もちろん、彼女は美大での課題や自主制作、俺は請け負った自身の仕事と、お互いに時間の取れない日はある。
それでも彼女は「少しでも顔が見たい」と、時間を見つけては俺と過ごしたいと言ってくれる。俺も全く同じ気持ちだった。
ただ隣を歩いて帰るだけ。一緒にご飯を食べるだけ。そして、お互いに空いている日はデートをする。
そんな何気ない日常が、今はたまらなく愛おしく、幸せを感じていた。
(……確か、再来週の土曜日はほたるもスケジュールが空いてるって言っていたっけ?)
カレンダーを見ながら、秋のデートプランを練っていた時のこと。
手元のスマホが震え、着信音が鳴った。
ディスプレイに目をやると、そこには『Mark Taylor』の文字。
(マークさんから? この間の仕事の件かな?)
マークさん。彼はロサンゼルスのスタジオで一緒に仕事をしていたクリエイターだ。
ロサンゼルスへ来る前は日本のゲーム会社にいたらしく、日本での暮らしやゲーム文化に詳しくてすぐに仲良くなった。
俺が日本に帰るのとほぼ同時期に、彼はカナダのゲームスタジオへ転職したが、今でも度々、そこの会社で扱うタイトルの仕事を依頼してくれる。
「はい、葛城です」
『やあ、ユーヤ! この間はありがとう! 土壇場の依頼だったのに対応してくれて助かったよ!』
相変わらずの陽気な声がスピーカーから響く。
「いえいえ、ああいった時の対応は凄く判断が難しいですもんね。 私であればいつでも力を貸しますよ」
『流石、心強いね! …あぁ、そうだ。 今日電話をした理由なんだけど…』
『再来週、日本で "東京ゲーム展" があるだろ? 実はウチの会社も出展予定なんだ』
「あぁ、もうそんな時期ですね。 確かにマークさんの会社、大きいですもんね」
毎年9月に開催される、国内最大級のゲームの祭典。
カナダにも開発スタジオを置くあの会社なら、間違いなく巨大なブースを構えるはずだ。
『会社の方針的にも "日本の市場" は必ずターゲットに入れたいってなっているからね』
『ユーヤに手伝って貰ったタイトルもそこで大々的にプレスを打つつもりなんだそうだ』
『そこで相談なんだが、ユーヤ。 ゲーム展に行く気はないかな?』
マークさんに時々サウンドを頼まれている新作のアクションゲーム。それが日本で大々的にお披露目される…。
クリエイターとしては非常に興味を惹かれる提案だ。
「とても魅力的な提案ですけど…ビジネスデイ…ですよね? 今のところ招待を貰っていないのでちょっと難しいですね…」
業界関係者向けのビジネスデイは事前の登録や招待券が必須だ。フリーとして日本に戻ってきたばかりだし今年はパスするつもりでいた。
『あぁ、そうか。 先に話すべきだったね。 実は、タイトルの発表は "一般日" の1日目なんだ。』
『といっても、ビジネスデーと違って一般日は人が沢山並ぶだろ? だから、ウチの会社からスタッフパスを2枚発行するから、友達や恋人とどうかな?って思ってさ』
「それはとても嬉しいのですが、スタッフパスって私が貰っちゃってもいいんです?」
『大丈夫だよ。 君はそのタイトルの仕事を受けてくれてるし、関係者じゃないか! それに、久しぶりに日本へ帰ってるんだ、日本のゲーム業界にも触れてきなよ』
粋な計らいに、俺の顔が自然とほころぶ。
「…ありがとうございます! では、お言葉に甘えて2枚頂きますね」
『OK! 後でメールで送るから、当日に専用の入り口でバッジと交換してくれ! じゃあ、楽しんできなよ!』
通話が切れる。
スマホを見つめたまま、早速頭の中でシミュレーションを行った。
(再来週の土曜日か…専用の入り口なら ほたる に無理させずに入れるか…丁度2枚もらえるって事だし…よし)
一般入場の凄まじい待機列に彼女を並ばせるのは論外だが、関係者用の入り口からスムーズに入れるなら問題ない。
そのまま連絡先を開き、一番上にピン留めしている彼女の名前をタップした。
……ワンコール……ツーコール。
『もしもし? 裕也くん?』
すぐに繋がった電話越しに、彼女の弾むような声が聞こえる。
「こんばんは、ほたる。 今大丈夫?」
『えへへ、こんばんは、裕也くん。 うん、大丈夫だよ。 どうしたの?』
彼女の嬉しそうな口ぶりに、俺の口角も自然と上がっていく。
「ありがとう。 実は、カナダのゲームスタジオにいる友人から、東京ゲーム展ってイベントのチケットを貰ったんだけど…再来週の土曜日、まだスケジュール大丈夫なら一緒に行かないか?」
『うん、行きたい! …あ、でも…去年あおっちが行ってきたって言ってたから少し調べてみたんだけど…一般の人が入場できる日って人が凄く多いんでしょ?……私、大丈夫かな?』
即答してくれたものの、彼女の声に少し不安が混じる。
確かに去年もそうだったみたいだが、年々一般日の来場者数が上がっていると俺も記事で目にしていたし、彼女が尻込みするのも無理はない。
「貰えるチケットは専用の入り口だから入場は大丈夫だよ。 中は俺も雰囲気を見たいだけだから、少しずつゆっくり見ていくつもり」
何より、彼女に無理はさせたくない。彼女の様子を見つつ、最寄りの建物のカフェやレストランで休めばいいし、人並みは俺がしっかりガードする事もできる。
「せっかくチケットを2枚貰ってるからさ。できれば ほたる と一緒に行きたいなって…」
少しの沈黙。
電話越しに、彼女が小さく息を吸う音が聞こえた。
『わかった。 私もちょっと興味あったし、裕也くんとなら一緒に行きたいな!』
不安を上回る明るい声での承諾。
「ありがとう、ほたる」
俺はホッと胸を撫で下ろしながら、再来週の新しいデートの約束を交わした。
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[Side:ほたる]
いつものように裕也くんに家まで送ってもらって、家族でご飯を食べた後、自分の部屋で一息つく。
最近は、大学の後期に向けた課題や自主制作で忙しく、裕也くんも頼まれているお仕事で忙しい日々を送っていた。
すれ違いになっちゃうかな、と最初は不安だった。
けれど、恋人になってからは、大学の帰りに彼の家に寄ってみたり、帰り道の駅で待ち合わせて一緒に帰ったり。
"少しの時間でも一緒にいたい" を私は彼にぶつけている。 彼もそんな私の気持ちを優しく、しっかりと受け止めてくれている。
今日も、彼は少し外出していたらしく、夕方に『一緒に帰られないか?』と連絡が来たときには、スマホの画面を見つめたまま、自分でもわかるくらいに顔がニヤついてしまっていた。
それくらい、"あの日" から、私の日常はとても華やかに色付いていたのだ。
(連絡したいけど…さっきまで一緒だったし、迷惑…かな?)
ベッドに寝転がりながら、私は彼とのメッセージ画面を開き、文字を打っては消してを繰り返していた。
『もう会いたくなっちゃった』なんて、いくら恋人でも重すぎるかな。
彼なら絶対に受け入れてくれるってわかってはいるけれど、やはり少し躊躇ってしまう。
そんな風に一人で悶々としていると、手に持っていたスマホの画面が突然切り替わり、着信音を鳴らした。
画面に表示された名前に、心臓が跳ねる。
――『葛城裕也』
私は無意識にベッドの上で正座をし、佇まいを直してから、素早くコールボタンをタップした。
「もしもし? 裕也くん?」
『こんばんは、ほたる。 今大丈夫?』
耳元に響く、いつもの優しい彼の声。
「えへへ、こんばんは、裕也くん。 うん、大丈夫だよ。 どうしたの?」
さっきまで会っていたのに、声を聞いただけで顔が綻んでしまう。
……いや、鏡は見れていないけれど、きっとだらしないくらいにニヤけていたと思う。
『東京ゲーム展ってイベントのチケットを貰ったんだけど…再来週の土曜日、まだスケジュール空いていたら一緒に行かないか?』
彼からの、新しいデートのお誘い。
「うん、行きたい!」
私は考えるより先に、二つ返事で返していた。
しかし、返した直後に、以前あおっちから聞いて、自分でも調べてみた内容を思い出して、ハッとする。
「…あ、でも…去年あおっちが行ってきたって言ってたから少し調べてみたんだけど…一般の人が入場できる日って人が凄く多いんでしょ?……私、大丈夫かな?」
正直、自信が無かった。
去年あおっちが送ってきてくれた写真には、会場を埋め尽くすような途方もない数の人が写っていた。
…一般の日は、あれより人が多いと記事で見た……そんな人の多い所に行って、人酔いして体調が悪くなって、裕也くんに迷惑をかけてしまったらどうしよう。
……そんな不安が急に湧き出てくる。
『貰えるチケットは専用の入り口だから入場は大丈夫だよ。 中は俺も雰囲気を見たいだけだから、少しずつゆっくり見ていくつもり』
私の不安を察したのか、彼が優しくフォローを入れてくれる。
『せっかくチケットを2枚貰ってるからさ。できれば ほたる と一緒に行きたいなって…』
「……っ」
その少しだけ甘えるような言葉に、たまらないほどの愛しさがこみ上げた。
迷惑をかけるかもしれないという不安よりも、彼と一緒にいたいという気持ちが勝る。
私も、彼が仕事にしている "業界" の事をもっと知りたい。
それに何より、"私と一緒にいたい" と思ってくれる彼の愛情に、真っ直ぐに応えたいと思った。
「わかった。 私もちょっと興味あったし、裕也くんとなら一緒に行きたいな!」
私は不安を振り払い、ありったけの想いを込めて彼に答える。
『ありがとう、ほたる』
電話の向こうから、彼のホッとしたような、安堵の吐息が聞こえた。
(ふふっ……君も、断られないか緊張してくれてたんだね)
いつも堂々としている彼の、普段は見せない余裕のない一面。
それを知ることが出来て、なんだかとても嬉しい自分がいる。
「ふふっ、再来週、楽しみにしてるよ。 裕也くん」
私は電話を切った後も、スマホを胸に抱きしめてそんな事を呟いた。
胸の奥がぽかぽかと温かい……私は最高に幸せな気持ちで、お風呂へと向かうのだった。