You are my Beginning   作:コンスタンシア

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Episode 28 - 東京ゲーム展

[Side:ほたる]

 

朝起きて、クローゼットを開く。

今日は待ちに待った、裕也くんとゲーム展の日。

彼の前だし、可愛いって言って貰えるようなワンピースを着ていきたいけれど、今日はそれは封印だ。

 

(裕也くん、会場はすごく広くて結構歩くって言ってたし…今日は動きやすい恰好の方がいいかな)

 

彼は "私のペースに合わせてくれる" と言ってくれていたけれど、彼に余計な心配を掛けてしまうのは嫌。今日は割り切ってしまった方が良い。

 

(…よし、決めた)

 

私は、いつものワンピースやスカートではなく、パンツスタイルを選ぶ。

けれど、それでも彼に「可愛い」って言って貰えるように、トップスのブラウスや小物のコーディネート、それにメイクは一生懸命頑張るつもり。

 

(お洋服もお化粧も、これで大丈夫…かな)

 

鏡の前で最終チェックをしてから、私は玄関のドアを開けて外に出る。

9月も終わりに近づいてきて、少しひんやりとした秋の風が私の髪を優しく撫でた。

 

「うん、今日もいい天気」

 

私はそう呟いて、彼の家へと向かう。

今日の待ち合わせは "いつもの公園" ではなく、彼の家。

どんな一日になるんだろう。ワクワクしながら、私は足取り軽く歩き始めた。

 

===================

[Side:裕也]

 

朝食を食べて、ガレージへと向かう。

"東京ゲーム展" の会場はここからだと結構距離があり、電車をいくつか乗り継いでいく必要がある。

 

(…高校1年生の頃、一度だけ一般日に行ったことあるけど、帰りが地獄だったんだよな…)

 

何十万人という人が一気に最寄り駅に駆け込むため、駅のホームに人が溢れ返り、押し潰されそうになって危なかった記憶が鮮明に蘇る。

流石にそんな殺人的なラッシュを、大切な彼女に経験させるわけにはいかない。しかも巨大な会場を一日歩き回った後だ。きっと彼女も疲労困憊だろう。

そんな訳で、今日の "東京ゲーム展" には車で向かう事にした。

 

幸い、少し離れてはいるけれど、休日に止められる駐車場を予約する事ができたし、これなら行きも帰りも人混みを避けて向かえそうだ。

車は父親のだが、ロサンゼルスでも日常的に運転していたし、帰国後に国際免許も切り替えたので運転に不安はない。

車のシートアレンジを整え、後部座席に積んでおく日用品のチェックをする。

 

(ティッシュ…ウェットティッシュ、飲み物は…行きやサービスエリアで調達する方がいいか…)

 

準備を終え、運転席のドアを閉めると、丁度彼女が家の前まで歩いてきてくれた。

 

「おはよう、ほたる」

 

「あっ、おはよう。 裕也くん!」

 

彼女は俺を見つけると、花が咲いたように嬉しそうな笑顔で駆け寄ってくる。

パンツスタイルも新鮮でよく似合っている。

 

「お待たせしちゃったかな?」

 

「まさか、時間ぴったりだよ。 今日の格好も良い感じだね、可愛いよ」

 

「ありがとう。 嬉しいな!」

 

この待ち合わせのやり取りも、すっかりこなれてきた感じがして嬉しくなる。

 

「さっき、車から出てきたみたいだけど…今日は車…なのかな?」

 

「あぁ、流石に徒歩と電車だと、イベントの帰りに大変な目をみそうだからね。今日は車で行こうかなって」

 

「ふふっ、やった。 ドライブデートだね?」

 

彼女はとても嬉しそうに目を細めて聞いてくる。その無邪気な笑顔に釣られて、俺も自然と笑い返していた。

 

「あぁ、ドライブデートだな」

 

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[Side:ほたる]

 

彼にエスコートされて、助手席に座る。

これまでに何度か彼の運転する車に乗せてもらっているけれど、私は彼の運転がとても好きだ。

運転をしている彼の横顔はもちろんだけど、それ以上にブレーキの踏み方やカーブの曲がり方一つ一つに、"私を…大切な誰かを乗せて走っている" という彼の心遣いが感じられて、とても心地が良い。

 

「ありがとう。 裕也くん、運転任せちゃってごめんね?」

 

「いやいや、全然平気だよ」

 

優しい声で答えてくれる彼に、心の中で『ありがとう』ともう一度お礼を言う。

 

(私も早く運転免許を取って、彼と一緒にお出かけしたいな)

 

助手席で守られているだけじゃなくて、次は彼だけに負担を掛けるんじゃなく、私が運転して彼にもドライブを楽しんでもらいたい。

最近はそんな事を思っていたりする。

 

『さあ、行こうか』

 

「うん、よろしくお願いします!」

 

===================

 

高速道路に乗り、途中サービスエリアで休憩をしている時のこと。

彼が自分のタブレットを操作して、私に画面を差し出してきた。

 

「そういえば、今日の午後から芳文堂のブースで "PECO" がお披露目になるみたいだよ」

 

「え、そうなの? ……本当だ。 八神さんも登壇するみたいだね」

 

私はタイムテーブルの記事を目で追う。

あおっち……涼風青葉の文字を探すけれど、登壇者のリストにその名前は見当たらなかった。

 

「涼風さん、次のタイトルではこういった場で登壇できるといいな」

 

少し残念そうにした私の気持ちを汲み取ってくれたのか、彼はそんな優しい言葉をかけてくれる。

 

「…うん。 あおっちなら、いつか絶対に立てるって思ってる」

 

ふと、一つの思いが頭をよぎった。

 

「裕也くん。私、このお披露目のイベント、現地で見たい……ダメ…かな?」

 

彼にも仕事の繋がりで見たい出展や、行きたいイベントがあるかもしれない。それは分かっているけれど、私はダメ元で彼に尋ねてみる。

 

「もちろん、いいよ。 午後ならお昼を早めにとって、少し早めに並んでしまえば大丈夫な気がする。待ち時間が少しできちゃうけど、ほたるが大丈夫そうなのであれば」

 

彼は嫌な顔一つせず、私の願いを最優先にしてくれた。

 

「ありがとう! うん、私、頑張るね」

 

===================

 

駐車場に車を止めて、私たちはゲーム展の会場へと足を向かわせる。

まだ会場に着く前の道中だというのに、見渡す限りのたくさんの人が同じ方向へ歩いている。

 

「…ッ…」

 

人の波に飲まれそうになり、私ははぐれてしまわないように、彼の右腕にキュッと両手を回してしがみついた。

 

「大丈夫? ほたる」

 

「うん、まだ大丈夫だよ」

 

会場の前に着くと、私たちは長蛇の一般列の横を通り抜け、関係者用の専用ゲートまで向かう。

事前に手配があったのか、並ぶことなくスムーズに入場することができた。

 

「まだ比較的空いてそうだから、今のうちに雰囲気だけグルっと見ようか」

 

「うん、流石に並んでいる人がいっぱい入っちゃうと、歩けなくなっちゃいそうだしね」

 

チケットと交換で手渡された『GUEST』と書かれたバッジをプレートの中に入れて首から掛けると、巨大な会場の中へと入っていく。

 

「すごいっ…!」

 

私は、目に飛び込んできた会場の雰囲気と、ゲーム企業の出展ブースのスケールの大きさに完全に圧倒された。

ニュースや写真で見るのと、実際に身体で体験するのとでは、音も、光も、熱気も、何もかもが違う。

 

「あ、あの大きなブース…"スニー" って書いてある」

「… "ナメコ" のブースも凄く大きい…」

「裕也くん、見て! "ガガ" のブース、凄く大きなディスプレイ!」

 

初めて見るゲーム展に、自分でもわかるくらい興奮気味に彼に話しかけてしまう。

私でも知っている大手のゲーム会社は、建物のような物凄く大きなブースを構えていて、私の気分は遊園地に来た小学生そのものだった。

 

===================

 

チケットをくれた会社さんへのお礼と挨拶を終えた私たち。

混雑を避けて近くの商業ビルで早めのお昼ご飯を食べ、カフェで少し休憩した後に、再び会場に戻る。

 

目指すのは、芳文堂のブース。イーグルジャンプの新作 "PECO" のお披露目イベント。

裕也くんの予想通り、お昼時に並び始めることが出来たため、ステージ前方のかなり良い席に座る事ができた。

私たちより前の最前列付近の席は、どうやら首からパスを下げた関係者席のようだ。

 

(もしかしたら、あおっちやねねっちも居るのかな?)

 

そんな事を考えながら、イベントの始まりを待つ。

 

予定通りの時間にイベントが始まった。

照明が落ち、"PECO" のプロモーションムービーがステージ上の巨大な画面で流れる。

 

「……ッ」

 

私はただただ、息を呑んでその映像に見入っていた。

可愛いキャラクターたちが、生き生きと動き回り、美しい世界を冒険している。

 

(あおっちとねねっち…私の親友の2人は、こんなに凄いゲームを作っていたんだ)

 

――こんなに、キラキラ輝いてるんだ

 

そう思うと、嬉しい気持ちと同時に、また別の熱い気持ちが胸の奥で芽生えてくるのを感じた。

 

(焦りじゃない…ましてや妬みでもない……これは…? この気持ちは?)

 

胸の奥から湧き上がる衝動。この時に芽生えた感情を、私はまだはっきりと自分の言葉で理解できずにいた。

 

『まずは映像をご覧いただきました、イーグルジャンプの新作タイトル "PECO" …』

『次にメインビジュアルを担当した、八神コウにお話を聞きたいと思います』

 

司会として登壇されている遠山さんの淀みない進行で、ディレクターの葉月しずくさんが挨拶を終え、八神さんへのインタビューへと流れる。

 

(八神さん…どんなお話をするんだろう)

 

私は、マイクを持って壇上に立つ彼女を見つめて、言葉を待った。

 

『八神コウです。 先ほど流れたゲーム映像は、ご満足いただけたでしょうか?』

 

八神さんの堂々とした問いかけに、会場から割れんばかりの拍手が鳴り響く。私や裕也くんも、彼女たちの素晴らしい仕事に称賛を送る様に力いっぱい拍手をする。

 

『…クレジットにもあるんですが、そのほとんどのデザインを、頑張ってくれた人間がいるんですよ』

 

(え?)

 

八神さんの予想外の言葉に、私の心臓の鼓動が早くなる。

 

『この会場にいるかな………あ、いた……青葉。 ここまで上がっておいで』

 

そんな八神さんの言葉と一緒に、関係者席の最前列から、見知った小さな背中が立ち上がった。

彼女は戸惑いながらも、八神さんに手を引かれて壇上に上がる。

 

(あおっち…!)

 

『す、涼風青葉と申します! キャラクターデザインを担当させて頂きました!』

 

マイクを手渡されたあおっちが、緊張で声を上擦らせながらも、しっかりと名乗る。

 

『私の管理のもと、涼風には "PECO" のキャラクターのほとんどを担当してもらいました。 弊社のこれからを担う、期待の若手です』

『……来月発売の "PECO"、是非ご期待ください!』

 

あおっちが自己紹介をすると、それに合わせるかのように八神さんが、"PECO"のキャラクターのほとんどを彼女に任せたこと、そして彼女が一人の立派なキャラクターデザイナーであることを、大観衆の前で堂々と宣言した。

その光景を見て、私はたまらず目頭が熱くなった。視界が涙で滲む。

 

(あぁ…私の親友は、こんなに凄い事を成し遂げたんだ。 会場の皆が "PECO" を…あおっちの描いた絵を、キャラクターを、割れんばかりの拍手で迎え入れてくれている)

 

「すごい…すごいよ、あおっち!」

 

私は目に涙を浮かべながら、親友の最高の晴れ舞台を、手が痛くなるほどの拍手で称賛した。

 

===================

 

「あおっち!」

 

「え!? ほたるん!? 葛城くんも!」

 

イベントが終わった後、私達は関係者席に残っていたあおっち達を見つけて、急いで声を掛けた。

 

「あおっち! イベント見てたよ! キャラクターデザイナーデビュー、本当におめでとう!」

 

私はこの言葉を、どうしても直接伝えたくて仕方がなかった。…だって、私たちは親友なのだから。

 

「見てくれてたんだ! ありがとう、ほたるん!」

 

あおっちの目にも、いっぱいの涙が浮かんでいる。

そうだよね、頑張ってきた本人が、私以上に嬉しいはずだもの。

 

「葛城くんもありがとね!」

 

「あぁ。 来月発売の "PECO"、楽しみにしてるよ」

 

裕也くんも、優しい笑顔で彼女に称賛の言葉を送る。

 

「青葉ちゃんー。 控室の方で八神さん達が呼んでんでー」

 

関西弁を話す、金色で短めのツインテールをした可愛らしい女の人が、あおっちを呼びに来た。

 

「ゆんさん! わかりました、すぐ行きますー!」

 

「じゃあ、私たちは先に帰るね」

 

これから関係者の挨拶などもあるだろう。

流石に今回は部外者の私たちが長居するべきではない。そう思って、私はあおっちに声を掛ける。

 

「うん、今日は来てくれてありがとね! ほたるん、葛城くん」

 

「ううん、親友の晴れ舞台をこの目で見れて本当に良かった。 じゃあ、また今度ね!」

 

そういって、私たちはまだ "PECO" の熱気が残っているブースを後にした。

 

「裕也くん…今日は連れてきてくれてありがと。 とっても素敵な日になったよ」

 

「それは良かった! まさか、涼風さんが壇上に上がるとは思ってなかったけど、おかげでいい思い出になったな」

 

彼とそんなやりとりをしながら、私は再び彼の腕に手を回し、充実感に包まれながら会場の出口に向かう。

 

===================

[Side:裕也]

 

ゲーム展からの帰り道。

渋滞を避けるための裏道を通りながら、俺は静かな車内でハンドルを握っていた。

 

「……すぅ…すぅ」

 

隣の助手席を見ると、一日歩き回って疲れたのか、ほたるがシートベルトに寄りかかるようにして、静かな寝息を立てて眠っている。

そんな彼女の心地よい寝息をBGMに、車をゆっくりと走らせる。

 

(それにしても、今日は色々な事があったな)

 

あんなにはしゃいでいるほたるを見たのも久しぶりだったし、

何より、涼風さんがイーグルジャンプの期待の新人として大勢の人の前に立った瞬間は、同業者として非常に胸が熱くなるものがあった。

 

(涼風さんのあの姿を見て、ほたるはどう感じたのだろうか?)

 

信号待ちで停車し、眠る彼女の横顔を見つめる。

さっきまでの彼女を見ている限り、以前まで彼女が抱えていた、自分だけが取り残されていくような "焦り" は感じられない。

純粋な祝福と、そして何か新しい熱を帯びたような、力強い瞳をしていた。

 

「…今日の出来事で、君にどんな変化が起きるかはわからない…」

 

俺は前を向き直し、アクセルを静かに踏み込みながら呟く。

 

「けれど、俺は君の側で、ずっと支えていくつもりだよ」

 

幸せそうに眠っている彼女に向かって放ったその誓いは、夕暮れの車内に静かに溶けていった。

 

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