You are my Beginning 作:コンスタンシア
[Side:裕也]
「……ふふっ、裕也くんだ~」
熱に浮かされたような、甘く、あどけない呟き。
その言葉が鼓膜を震わせた瞬間、俺の思考は完全に停止した。
え?
今、なんて――。
彼女はそのまま糸が切れたように脱力し、俺の膝の上で深い眠りへと落ちていく。
(……まさか)
ドクン、と心臓が早鐘を打つ。
俺は震える指先を、彼女の瞼に掛かる前髪へと伸ばした。
汗で額に張り付いた髪を、そっと払いのける。
露わになったその寝顔を、まじまじと見つめた。
透き通るような白い肌。
長い睫毛。
少しだけ大人びた輪郭。
けれど、そのあどけない唇の形も、記憶の中にある面影と、ピタリと重なる。
(……ほたる?)
嘘だろ。
息を呑む。
俺が一番会いたかった人が、今、俺の目の前にいる。
俺は呆然としながら、けれど確かな愛おしさを込めて、彼女の頬に触れようとして――躊躇い、また髪を撫でた。
写真で顔は見ていたはずだった。
フランスとアメリカ、距離は離れていても、お互いの成長は知っているつもりだった。
それなのに、目の前に現れた彼女に気づかなかったなんて。
(俺もまだまだだな……)
苦笑が漏れる。
具合が悪くて顔色が優れないせいもあるだろう。
けれど、それ以上に、彼女が俺の記憶よりもずっと、綺麗で、大人びた女性になっていたからだ。
高校生の頃の、あの守ってあげたくなるような少女の面影を残しつつ、今の彼女には、何か一つの道を歩んできた人間特有の、凛とした空気が混じっていた。
規則正しい寝息が聞こえ始める。
先ほどまでの苦しげな呼吸は落ち着き、安らかな表情に戻っていた。
俺の太腿に伝わる彼女の体温と重みが、これが夢ではないことを教えてくれる。
「……」
俺はもう一度、彼女のさらさらとした髪を、今度はゆっくりと撫でた。
愛おしさが、胸の奥から溢れ出して止まらない。
ずっと伝えたかった言葉。
ずっと、この距離で言いたかった言葉。
風が木の葉を揺らす音に紛れさせるように、俺は眠る彼女へそっと囁いた。
「ただいま、ほたる」
その言葉は、誰に聞かせるわけでもなく、けれど確かな誓いのように、五月の風に溶けていった。
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[Side:ほたる]
ふわりと、意識が浮上する。
まどろみの中で感じていたのは、心地よい風と、頭の下にある確かな温もりだった。
(……枕?)
いや、違う。
いつものベッドの柔らかさじゃない。
もっと硬くて、でも不思議と安心できる、しっかりとした感触。
まるで、誰かの膝の上にいるみたいな……。
ゆっくりと、重たい瞼を持ち上げる。
視界が白く滲んでいる。
木漏れ日がキラキラと揺れていて、眩しい。
(私……どうしたんだっけ)
確か、家に向かって歩いていて、気分が悪くなって……。
そこで記憶が途切れている。
夢を見ていた気がする。
すごく都合のいい、幸せな夢を。
ぼんやりとする視界の中、誰かが私を覗き込んでいるのがわかった。
逆光で表情まではよく見えない。
ただ、そのシルエットと、私に向けられている心配そうな気配だけが、肌を通して伝わってくる。
夢の続きかな。
それとも、通りがかりの親切な誰か?
でも、この安心感は……。
期待と不安が入り混じったまま、私は震える唇を動かした。
「裕也……くん……?」
もし違ったらどうしよう。
そんな恐怖を押し殺して、祈るようにその名前を呼ぶ。
時が止まったような静寂。
風が木の葉を揺らす音だけが響く中、頭上のシルエットがふっと動いた気がした。
「おはよう、ほたる」
低く、落ち着いた声が降ってくる。
「……体調は、大丈夫?」
その声を聞いた瞬間、私の心臓がドクンと大きく跳ねた。
間違いない。
何百回、何千回と、海を越えた通話越しに聞いてきた声。
電波のノイズが混じっていない、空気を震わせて直接鼓膜に届く、本物の「彼」の声。
その優しい抑揚も、少しだけ語尾が下がる癖も、私の知っている彼そのものだった。
(あ……)
夢じゃない。
幻聴でもない。
一気に視界が晴れるように意識が覚醒する。私は驚きに見開いた目で、目の前の「彼」を凝視した。