You are my Beginning   作:コンスタンシア

3 / 37
Episode 2 - 再会 II

[Side:裕也]

 

「……ふふっ、裕也くんだ~」

 

熱に浮かされたような、甘く、あどけない呟き。

その言葉が鼓膜を震わせた瞬間、俺の思考は完全に停止した。

 

え?

今、なんて――。

 

彼女はそのまま糸が切れたように脱力し、俺の膝の上で深い眠りへと落ちていく。

 

(……まさか)

 

ドクン、と心臓が早鐘を打つ。

俺は震える指先を、彼女の瞼に掛かる前髪へと伸ばした。

汗で額に張り付いた髪を、そっと払いのける。

露わになったその寝顔を、まじまじと見つめた。

透き通るような白い肌。

長い睫毛。

少しだけ大人びた輪郭。

けれど、そのあどけない唇の形も、記憶の中にある面影と、ピタリと重なる。

 

(……ほたる?)

 

嘘だろ。

息を呑む。

俺が一番会いたかった人が、今、俺の目の前にいる。

俺は呆然としながら、けれど確かな愛おしさを込めて、彼女の頬に触れようとして――躊躇い、また髪を撫でた。

写真で顔は見ていたはずだった。

フランスとアメリカ、距離は離れていても、お互いの成長は知っているつもりだった。

それなのに、目の前に現れた彼女に気づかなかったなんて。

 

(俺もまだまだだな……)

 

苦笑が漏れる。

具合が悪くて顔色が優れないせいもあるだろう。

けれど、それ以上に、彼女が俺の記憶よりもずっと、綺麗で、大人びた女性になっていたからだ。

高校生の頃の、あの守ってあげたくなるような少女の面影を残しつつ、今の彼女には、何か一つの道を歩んできた人間特有の、凛とした空気が混じっていた。

規則正しい寝息が聞こえ始める。

先ほどまでの苦しげな呼吸は落ち着き、安らかな表情に戻っていた。

俺の太腿に伝わる彼女の体温と重みが、これが夢ではないことを教えてくれる。

 

「……」

 

俺はもう一度、彼女のさらさらとした髪を、今度はゆっくりと撫でた。

愛おしさが、胸の奥から溢れ出して止まらない。

ずっと伝えたかった言葉。

ずっと、この距離で言いたかった言葉。

風が木の葉を揺らす音に紛れさせるように、俺は眠る彼女へそっと囁いた。

 

「ただいま、ほたる」

 

その言葉は、誰に聞かせるわけでもなく、けれど確かな誓いのように、五月の風に溶けていった。

 

===================

[Side:ほたる]

 

ふわりと、意識が浮上する。

まどろみの中で感じていたのは、心地よい風と、頭の下にある確かな温もりだった。

 

(……枕?)

 

いや、違う。

いつものベッドの柔らかさじゃない。

もっと硬くて、でも不思議と安心できる、しっかりとした感触。

まるで、誰かの膝の上にいるみたいな……。

ゆっくりと、重たい瞼を持ち上げる。

視界が白く滲んでいる。

木漏れ日がキラキラと揺れていて、眩しい。

 

(私……どうしたんだっけ)

 

確か、家に向かって歩いていて、気分が悪くなって……。

そこで記憶が途切れている。

夢を見ていた気がする。

すごく都合のいい、幸せな夢を。

ぼんやりとする視界の中、誰かが私を覗き込んでいるのがわかった。

逆光で表情まではよく見えない。

ただ、そのシルエットと、私に向けられている心配そうな気配だけが、肌を通して伝わってくる。

夢の続きかな。

それとも、通りがかりの親切な誰か?

でも、この安心感は……。

期待と不安が入り混じったまま、私は震える唇を動かした。

 

「裕也……くん……?」

 

もし違ったらどうしよう。

そんな恐怖を押し殺して、祈るようにその名前を呼ぶ。

時が止まったような静寂。

風が木の葉を揺らす音だけが響く中、頭上のシルエットがふっと動いた気がした。

 

「おはよう、ほたる」

 

低く、落ち着いた声が降ってくる。

 

「……体調は、大丈夫?」

 

その声を聞いた瞬間、私の心臓がドクンと大きく跳ねた。

間違いない。

何百回、何千回と、海を越えた通話越しに聞いてきた声。

電波のノイズが混じっていない、空気を震わせて直接鼓膜に届く、本物の「彼」の声。

その優しい抑揚も、少しだけ語尾が下がる癖も、私の知っている彼そのものだった。

 

(あ……)

 

夢じゃない。

幻聴でもない。

一気に視界が晴れるように意識が覚醒する。私は驚きに見開いた目で、目の前の「彼」を凝視した。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。