You are my Beginning   作:コンスタンシア

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Episode 31 - 歩む道と重なる未来

【Side: 星川ほたる】

 

「送ってくれてありがとね、裕也くん」

 

「気にしないで。俺がただ一緒に居たいだけだから」

 

いつものように家の前まで送ってくれた彼に、私は少しだけ頬を染めながらお礼を言う。

 

「もう…そんなに甘やかされてたら、私、ダメになっちゃうよ?」

 

彼の優しさは、私をいつも温かく包み込んでくれる。楽しい時、悲しい時…落ち込んだ時。

小学生の時からずっとそうだったけれど、恋人同士になった最近ではより一層、彼の底なしの優しさに助けられてきた。

だからこそ、私は照れ隠しで彼に少しだけ意地悪を言ってみる。

 

「ははっ、ほたる はそんな事にはならないって信じてるからだよ。 君は自分の芯を持ってる子だからね」

 

彼はさも当然の様に、揺るぎない声で言う。

 

(……本当にズルい)

 

私に対する信頼とか、愛情とか、何もかもが集約されたようなその言葉に、私はただただ "ズルい" と思うしかなかった。

けれど、心と体は正直で、高鳴る鼓動を抑えきれず、顔を真っ赤にして答える。

 

「じゃあ、ダメになっちゃったら、その時は責任…取ってもらおうかな? …ふふっ、じゃあね、また明日裕也くん」

 

彼の答えを聞く前に、自分から話を断ち切って彼と玄関先で別れる。

 

(…流石にその答えを今聞けるほどの勇気はないや…)

 

自室に戻ってきた私は閉めた扉に背中を預け、熱い深呼吸をする。

半年前にようやく幼馴染から恋人へと一歩を踏み出した私達には、責任だなんて、まだまだ先の…ずっと先の話だから…。

 

(ううん…それだけじゃない)

 

彼と…裕也くんと対等に一緒に歩いていくためには、まずは「自分の道」をしっかりと決めるのが先だ。

私はそんな事を考えて、自室のベッドに腰を下ろす。

 

「卒業してからの進路…か」

 

ため息のように、言葉が漏れる。

高校生の頃、あおっちに言った言葉を思い出す。

 

『…でも、いい先生に出会えたらもっと上手くなれると思う』

『私たち以外にも夢を追っている人はいるんだよ?』

『手加減したら夢は追えないよ』

 

…美大に入って、確かに実力のある先生に教えて貰って、評価もしてもらえた。

フランスへの留学が大学で認められて、コンテストでも実力を認められた。

けれど、それでも "私が本当になりたい" と心から思える仕事は、まだはっきりと見えてこない。

ちなつ先生やあおっち、ねねっち と過ごした高校での1年。

そして、美大に入ってから師事してきた先生を見てて思ったのが、"先生…美術の教員" になりたいという目標だった。

けれど、今の私は "教員になりたい" という『夢』を、胸を張って言えずにいた。

それは最近のあおっちやねねっち、紅葉ちゃんを見ていて『自分の描いた絵でお仕事をしたい』と思ってしまったから…。

 

――ゲーム展で見た、"八神さんやあおっちの眩しさ"。

 

"彼女たちが作った…デザインした絵が、何百人というお客さんから認められ、盛大な拍手を送られていたあの瞬間"。

私にはあの瞬間が、とてもキラキラと輝いて見えた。

そして『先生になりたい』という夢の隣に芽吹いた『クリエイターとして進んでいきたい』という新しい気持ち。

その2つの蕾の間で迷って、立ち止まってしまっている。

 

「やっぱり…あおっち と 裕也くんはすごいなあ…」

 

そんな呟きが、暖房で少し温まってきた室内に溶ける。

あおっちは美大を蹴ってまで今の会社に高卒で入社して夢を追った。

裕也くんは、高校という日本であれば誰しも卒業する過程を振り切ってまで単身渡米して、今の地位を掴み取った。

二人の圧倒的な行動力に、私はただただ感心するしかなかった。

 

「ひゃあ!」

 

いきなり鳴り響いたスマホの着信音に、思わず大きな声を上げる。

普段、この時間帯に電話が鳴る事は無い為、私はバクバクする心臓を落ち着かせながらディスプレイを見る。

 

「…あ…」

 

そこに表示されていたのはカトリーヌさん。

私は直ぐに画面をタップして電話に出る。

 

「もしもし、星川です」

 

『やあ、ほたる。 元気にしてたかな?』

 

全く変わっていないカトリーヌさんの陽気なテンションに、少しだけ頬が緩む。

 

「お久しぶりです、カトリーヌさん。 はい、変わらず元気にやってますよ」

 

『それはよかった。 今日はちょっと ほたる に提案があって電話したんだ』

 

…提案? 何のことだろう?

 

「提案…ですか?」

 

『そうさ。 その前に一つ聞いてもいいかな?』

 

「? はい、大丈夫ですよ?」

 

『ありがとう。 ほたる、キミは就職についてはどう考えているんだい? 日本の大学だと早ければ2年生の段階から動き始めると聞くが…』

 

「あはは、そうですね。 最近だと2年生から始める子もいるって私も聞いてます。 ただ、私は…その、まだ自分の進路に迷っていて…」

 

『…フム。 少し話してみなよ』

 

「え?…でもカトリーヌさん、忙しいんじゃ…」

 

『僕は "キミに用が合って" 連絡をしたんだ。 その為の時間だと思えば問題ないさ』

 

「…わ、わかりました。 じゃあ、長くならないように説明…しますね」

 

私は促されるまま、自分の進路について打ち明けた。

『元々は教員になりたかったこと』、けれど『絵を描く仕事の魅力も捨てきれない事』

私の話を聞いたカトリーヌさんは少しの沈黙の後、言葉を紡ぐ。

 

『…それなら、これから言う言葉はキミにとって "これからを決める" 大きな指標になるかもしれないね』

 

「えっと…それはどういう?」

 

『僕が今日、キミに連絡をした理由の話さ。 ほたる、ブルーローズでデザインをしてみる気はないかい?』

 

カトリーヌさんからのまさかの提案に、私は目を見開いた。

 

「ブルーローズ…カトリーヌさんが在籍されているゲーム会社…ですよね? でも…私、商業でのイラスト経験は少ないですよ?」

 

『そう。僕はアート上がりのディレクターだから、一定の採用権は持っていてね』

 

『キミの絵の実力は僕も認めている。 キミには僕のプロジェクトのアートチームに入って欲しいんだ』

 

『…もちろん、大学の事もあるだろうから、まずは1年間だけでもブルーローズに来てみる気はないかな?』

 

「…ッ」

 

カトリーヌさんが私の実力を認めてくれて、自分の開発チームに欲しいと言ってくれている。

私はその事実に、どうしようもない嬉しさがこみ上げた。

私の絵が、実力が、あおっち達の様なプロの世界でも認めて貰えている。

嬉しさの余り、私は『はい!』と即答しそうになる。

しかし、次の瞬間、浮かんできたのは裕也くんの事だった。

彼は "私の為" に日本に帰ってきてくれた。"私が安心して歩けるよう" に今も、日本にいてくれている。

そんな彼を差し置いて、自分だけフランスに行くのは…彼に対する裏切りではないだろうか?

 

(それに…私はもう、君と離れ離れじゃ生きてなんて行けないよ…)

 

一度、彼を見送ってわかった、自分の脆さ。

…今度は私が見送られる側になって、また遠く離れて一人ぼっちになるのは…嫌だ。

 

「…」

 

自分の気持ちを押し殺し、唇を嚙みながら、カトリーヌさんからの誘いを断ろうとした所で、ふと、彼の言葉を思い出す。

 

『君のやりたいようにやってみたらいい。 俺はずっと君に味方だし、ずっと君の隣に居るから』

『高校中退して単身渡米した経験の持ち主だぞ? もし、日本を出るってなったら、その時は俺も一緒だ』

 

――そうだよね。 君はそういう人だよね。

 

私は彼の言葉に背中を押されるように、カトリーヌさんへ強い意志で返事を返す。

 

「ありがとうございます。 はい、私で良ければ是非、カトリーヌさんの元でお仕事をさせてください!」

 

ごめんね、裕也くん。 この事は今度ちゃんと話すから、今は目の前のチャンスを優先させて…。

 

『…。 まさか、こんなに早く返事が貰えるとは思ってなかったよ。 もう一人に聞かせてあげたいくらいの即答さだ』

 

恐らく、私以外のクリエイター…もしくは学生にも声を掛けていたのだろう。

…タッチの差でチャンスを手にできる、できないが変わるって裕也くんも言っていたっけ。

 

『ありがとう、ほたる。 じゃあ、準備は進めておくから、春からよろしくお願いするよ』

 

「はい、こちらこそ、よろしくお願いします!」

 

私は電話越しに深くお辞儀をして通話を切る。

短時間で行われた濃い出来事に私はまだ頭の整理が追いつかず、そのままベッドに倒れ込むように横になる。

舞い降りてきた1つのチャンス。 私の将来を決める為の重要な一歩。

そして何より、学生の自分が通用するかはわからないけれど、あおっちやねねっち、裕也くんの見ている世界を少しでも見ることができる。

そんな期待感を感じつつ、彼にどう説明しようかという現実的な考えに直面する。

 

(裕也くん…どんな反応をするの…かな?)

 

怒らせちゃうかな……自分勝手だって…。 …それとも、このチャンスを祝福してくれるのだろうか?

私はそんな思考の迷路を彷徨い、気付いたら眠りに落ちてしまっていた。

 

――今度会った時にしっかり伝えられますように…。

 

===================

【Side: 葛城裕也】

 

その日、クリスティーナさんから届いたメールを読んでいる最中にスマホの着信が鳴る。

 

「凄く珍しい人から…」

 

ディスプレイに映っているのは『桜ねね』の名前。

 

「こんばんは、桜さん。 どうしたの?」

 

『あ、よかった! 葛城くん、出てくれた』

 

(なんかテンパってる感じかな? トーン的にはそこまで大事ではなさそうだけど…)

 

「うん? まずは、落ち着こうか。 どうしたの?」

 

『あ、うん。 ゴメンね』

 

通話越しに彼女が大きく深呼吸する声が聞こえる。

 

『えーっとね、今日あおっち達とご飯を食べてたんだけど、そこで皆がお酒飲んじゃって、酔いつぶれちゃってて…』

 

「あー…まぁ、成人したし、気になるお年頃…だよね」

 

俺は向こうで "クリエイターの酒癖の悪さ" を知っているからそうは思わないが、日本の新成人は確かに憧れがあるのかもしれない。

 

『そう…なのかな? と、とにかく、あおっちだけじゃなくて、ほたるん も酔っちゃってて、帰り道心配だから』

『葛城くん、迎えに来てあげて欲しいんだ』

 

「ふむ、迎えに行くのはいいんだけど…酔った人を歩かせるのは少し大変だからね…ちなみに、ほたる は今日、パンツスタイル?」

 

『ううん、今日はスカートで来てるよ』

 

「あー…なるほど。 となると、おぶるって訳にもいかないか…」

「…よし、わかった。 車出すから乗っていきなよ。 この間の成人式のメンバーで合ってるかな?」

 

『ホント!? 凄く助かる! うん、あの時のメンバーだよ。 この後、住所送るね』

 

「了解! 少し待ってて」

 

通話を切って、父さんに理由を話して車を借りる。

桜さんから送られてきた住所は、幸いここから30分くらいの場所だった。

 

===================

 

「葛城くん、送ってくれてありがとう。 私とあおっちの家は近いから、ここで大丈夫だよ」

 

桜さんが大きめの公園に差し掛かったところで、声を掛けてくれる。

 

「わかった。 じゃあ、ここなら一旦停めてても大丈夫そうだし、ここでいいかな?」

 

「ありがとう、大丈夫だよ」

 

車を停車させて、後部座席…桜さんの乗っている側のドアを開く。

 

「よいしょっと…ほら、あおっち行くよ。 …歩ける?」

 

「うん…ありがと、ねねっち。 車の中で少しだけ酔いがさめてきたよ」

 

「葛城くんもありがとね」

 

「いやいや、それよりもここからの帰り、気を付けてね」

 

「うん、大丈夫だよ。 ありがとう」

 

「はいー、気を付けます~」

 

二人を見送って、車を発進させる。

助手席に座っているほたるは、いつの間にか静かな寝息をたてて眠ってしまっていた。

 

===================

 

「ほたる。 着いたよ、起きて」

 

「んん……あれ…ここは…?」

 

家のガレージに着き、彼女を優しく揺すって起こす。

まだ酔いが回っているらしく、記憶が曖昧みたいだ。

 

「ここは俺の家。 皆酔っちゃってたから、桜さんが連絡くれて、車で皆を送ってきたんだよ」

 

「そうだったんだぁ、えへへ、ありがとう。裕也くん」

 

ほたるがフニャリとした、無防備な笑顔を向ける。

 

(この顔も可愛くていいけど、まずは彼女を家まで送り届けないとな…)

 

「ほたるの家まで送り届けるけど、ここから歩けそう?」

 

「ちょっと待ってね…うん、大丈夫そうかも。 まだ少しふわふわするけど、歩けるよ」

 

「良かった…じゃあ、行こうか」

 

そう言って、車を降りた彼女に手を差し出す。彼女も手を握った後、そのまま俺の腕に両手を回して歩き出す。

 

===================

 

寒空の下、お互いの体温を感じながら歩いていると、見慣れた小さな公園までたどり着く。

この公園を過ぎれば、彼女の家までもう少し。そんな時、ほたるが声を掛けてきた。

 

「…ねぇ、裕也くん。 公園で少しお話しない?」

 

彼女を見ると、酔いのせいか少し赤い顔…しかし、俺を見つめる瞳には、いつものふんわりとした雰囲気とは違う "何かを決意した光" が込められていた。

 

「…あぁ、いいよ。 あまり、遅くなりすぎない程度に…な」

 

「ありがとう。 ふふっ、そんなに遅くなりはしないよ~」

 

彼女と公園の冷たいベンチに腰掛ける。

ひんやりとした冷たさがあったが、隣に居る彼女の体温で直ぐに温まる。

 

「それで? どんな話を聞かせてくれるんだ?」

 

可能な限り優しいトーンで彼女に言葉を掛ける。

 

「…うん……えっとね」

 

彼女は言いよどみながら、俺の肩にコツンともたれ掛かる。

しばらく、無言で彼女の体温を感じながら言葉を待っていると、「よし…」という小さな気合いの言葉と共に彼女は立ち上がる。

 

===================

【Side: 星川ほたる】

 

『それで? どんな話を聞かせてくれるんだ?』

 

彼は冗談めかして聞いてくる。 きっと、改まった雰囲気を察してくれて、少しでも私が話しやすい様にしてくれたのだろう…。

そんな彼の優しさが、胸にしみる。

 

(もう少しだけ…私に勇気を頂戴…裕也くん)

 

私は彼の肩にもたれ掛かる。

お付き合いしてから、時々こうしてもらっているけれど、彼の優しさが体温と一緒に感じられる、私のとても大好きな時間。

 

「…よし…」

 

どのくらい時間がたっただろう? 私は決心して立ち上がり、彼の目の前に立つ。

数日、悩んでも答えが…伝え方が分からなかった…けれど、今なら、きっと言える気がした。

 

「裕也くん、私ね。 フランスで…カトリーヌさんの所で1年間お仕事してきたい」

「裕也くんやあおっち達が見ている景色を私も見てみたいんだ。 …だから、フランスに行ってもいい…ですか?」

 

最後の方は彼への申し訳なさから遠慮気味になり、敬語になってしまった。

でも、私の素直な気持ちは彼にぶつけた。 

彼はまだ驚いた表情をしている。

 

「えーと…フランスに行きたいのは伝わったけど、もう少し詳細に教えてくれる?」

 

先ほどの言葉だけでは要領を得ないのか、彼は混乱したようにそんな事を言ってくる。

私もそれに応えるように、自分が悩んでいた事、自分の将来への思い、そしてカトリーヌさんとの電話での会話を順に説明する。

 

「…」

 

説明し終わった後、怒られるかもしれないと恐る恐る彼を見ていると、彼は少し考えこんだ後、笑うようにフッと息を吐き出す。

 

===================

【Side: 葛城裕也】

 

『…自分の道を決める為にも、カトリーヌさんの所で働いてみたいって思ったの』

 

ここ数日、彼女に何があったのかを聞く。

 

(なるほど…それで『フランスで1年働いてきたい』という事か)

 

これは彼女自身の問題だ。

俺は止めるつもりもないし、その権利もない。

彼女を "縛る" のではなく、"応援してあげたい" とすら思う。

 

(しかし、そうなると、こちらの返答も伝えるべきだな)

 

「…ふっ」

 

俺は笑いながら息を吐くと、ポケットからスマホを取り出す。

彼女が驚いている中、着信履歴からカトリーヌさんの番号をタップする。

 

『Bonjour, Yuya (やあ、ユーヤ)』

 

電話はワンコールで、フランスにいる彼女へと繋がる。

 

「Désolé de vous déranger si tard.(遅い時間にスミマセン)」

 

『いやいや、こちらはまだ午後だよ。 それで? 用件はなにかな?』

 

「『この間、ご提案頂いたオーディオリードの件…是非、やらせてください』」

 

そうカトリーヌさんへ返した言葉は、自分でも判るほど迷いのない、清々しいトーンをしていた。

 

『もちろんさ…しかし、どんな心境の変化だい?』

 

「『その…悩む必要がたった今なくなりましたので』」

 

『? まぁ、いいか、こちらとしても願ったりだからね。

 それじゃあ、オンボーディングの日程はまた連絡するよ』

 

通話が切れ、そのまま彼女に目を向けると、何が起こったのかが全く分かっていない様子で目をぱちくりさせている。

 

(今度は、俺が説明する番…だな)

 

===================

【Side: 星川ほたる】

 

言葉を待っていると、突然彼はスマホを取り出し、電話を掛け始める。

 

(えっ…え? …裕也くん…?)

 

オロオロとする私を他所に、電話は相手へと繋がる。

 

「Désolé de vous déranger si tard.(遅い時間にスミマセン)」

 

(フランス語? という事は、フランスの誰かと喋ってる?)

 

「『この間、ご提案頂いたオーディオリードの件…是非、やらせてください』」

 

(オーディオ…リード?)

 

私は彼が口にした言葉についていけていない。

『オーディオ』という単語で彼のお仕事関係というのは辛うじて理解できたけれど、それ以外の全貌がつかめない。

 

「『その…悩む必要がたった今なくなりましたので』」

 

(悩む必要? …裕也くんも何かに悩んでいたの?)

 

通話が終わり、スマホを下ろした彼は真っすぐに私を見る。

 

――裕也くん…あの…

 

そう口に出そうとしたけれど、言葉が出てこない。

 

「…実はこの間、ある仕事のオファーを受けていたんだ」

 

「…え?」

 

彼は私を安心させるように、少しずつ、ゆっくりと言葉を紡ぎ始める。

 

「そのオファーは "一緒にゲームを作らないか? 君に任せたいポジションがあるんだ" って内容だった」

 

「今まで外部でしかゲーム開発に携わってこなかったから、その提案は俺にとってとても魅力的だったよ」

 

彼の言葉を聞いて、私は自分の事の様に嬉しくなる。

しかし、期待の詰まった言葉とは裏腹に彼の表情は暗くなった。

 

「けれど、そのオファーを受ければしばらく日本から離れることになる…君と一緒に居られなくなってしまう」

 

「そう思って、俺もここ数日…君にどうやって説明しようか、それともオファーを断ろうか、悩んでいたんだ」

 

彼はそう言って自嘲気味に笑う。

 

「そんな! 裕也くんがやりたい道に進むべきだよ」

 

思わず、大きな声を出してしまう。 

…私の事を考えて、自分のやりたい道を閉ざす君なんて見たくなかった。

 

「ほたるなら、そう言ってくれるってわかってた…けど、俺も君と離れるのが嫌だったんだ」

 

彼がポツリと本音をこぼす。

 

「あ……」

 

(…あぁ、そっか…君も私と同じ気持ちだったんだね)

 

自分の手をギュッと握る。

 

「…けど、ほたるが想いを打ち明けてくれたおかげで、俺も前に進む決心がついた」

「なにより、一緒の場所で仕事が出来るって聞けて安心したんだ」

 

そう言葉を区切ると、彼は立ち上がって私の両手を優しく握り、真っ直ぐに見つめながら、しっかりと言葉を紡いでくれる。

 

「行くよ。 俺もフランスへ…君と一緒の場所、ブルーローズへ」

 

最初のフランス語の時点で予感はしていた…もしかしたらって…そうだったらいいなって…。

でも、彼の口から直接言葉を聞いて、私は嬉しくて涙が止まらない。

 

「ありがとう、裕也くん。 私、わたし頑張るね」

「だから、これから先もずっと…ずっと一緒にいてください」

 

プロポーズの様な言葉を投げかけるが、今の私にはそのことを気にしている余裕はなかった。

離れ離れになってしまう事を覚悟していた私の心には、暖かい安堵と、彼へのどうしようもない愛おしさが溢れて止まらないから。

私は涙を流しながら、彼に強く抱きついた。

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