You are my Beginning 作:コンスタンシア
【Side: 葛城裕也】
「…このビルだな」
スマホの地図アプリから顔を上げ、足を止めて辿り着いたビルを眺める。
冬の澄んだ空に向かってそびえ立つオフィスビル。 その上階に備え付けられている看板には、大きく『EAGLEJUMP』の文字が掲げられていた。
(なんだか不思議な気持ちだ)
アメリカにいた頃もクライアントの会社へ出向くことはよくあった。
しかし、"昔からの友人が働いている会社"へ来るのは初めてだ。それ故に、自分と彼女たちの日常が交わり、少しだけ自分の世界が広がった気がして嬉しくなる。
エレベーターに乗り込み、受付ロビーのある階へ辿り着くと、既にクリスティーナさんが受付に立っており、葉月さんと何やら話し込んでいた。
「あ、葛城さん、お待ちしていました」
「お久しぶりです、クリスティーナさん、葉月さん。 今日はよろしくお願いします」
「やあ、今日はわざわざありがとう」
「今、皆さんを呼んできますので、葛城さんはこの先のカフェテリアでお待ちください。 こちらです」
クリスティーナさんに案内され、オフィスエリアに併設されているカフェテリアの一角へ。既にミーティングの準備がされている席へ座る。
(なるほど…普段はリフレッシュルームやカフェテリアとして運用しつつ、ミーティングでは可動式のパーテーションで区切ったりも出来るようになっているのか…)
これまで、巨大な開発スタジオから、小規模のスタジオまで様々な開発環境を見てきたけれど、どこも規模や使い方に応じて細かな工夫がされていて面白い。
イーグルジャンプのカフェテリアも、社員がリラックスしてアイデアを出せそうな温かみのある空間だ。
そんな事を思いながら周囲を見渡していると、クリスティーナさんが数人の女性スタッフを引き連れて戻ってきた。
「お待たせしました。 まずは顔合わせといきましょうか」
彼女の言葉の意図を察し、立ち上がってカバンの中から名刺ケースを取り出す。
「は、はじめまして! 新規タイトルのディレクターをやらせて貰ってます。 モーションの篠田はじめです。 宜しくお願い致します!」
こちらが行動するよりも先に、ショートヘアの彼女…篠田さんは勢いよく頭を下げて名刺を差し出してきた。
こういった外部のクリエイターとのやり取りに慣れていないのか、少しだけ緊張が混ざって上擦っている声色。
その一生懸命な姿に、2年前…スタジオに入りたてで、右も左も分からずガチガチになっていた自分の姿を見ているような感じがした。
(俺も名刺交換は凄く緊張したっけ…その時は向こうのクライアントも、ベテランのクリエイターの方も、優しくリードしてくれていた)
(…そういえば、『肩の力を抜いて、気楽にいこう』と声を掛けてもらったりもしたっけ)
俺は彼女を…そして、このやり取りを少し緊張した面持ちで見守っている他の人達をリードするように、柔らかい笑みを浮かべて名刺を取り出し、挨拶を返す。
「はじめまして、個人でオーディオ制作をしています、葛城です。 クリエイター同士、もっと気楽にして頂いて大丈夫ですよ。 こちらこそ、宜しくお願い致します」
「はい! ありがとうございます!」
篠田さんの顔がパッと明るくなる。
彼女の元気な返事で、場の空気がふわりと軟化するのを感じた。やはり、皆少なからず外部の人間である俺に対して緊張をしていたらしい。
「ウチもご挨拶させてください」
ふんわりとした雰囲気の、関西弁を喋る女性がそう言って篠田さんの横に並ぶと、手に持っていた名刺ケースから自分の名刺を取り出す。
「この後、説明があるプロジェクトでアートディレクター担当しとります。 飯島ゆん言います。 宜しくお願い致します」
「オーディオ制作をしています、葛城です。 こちらこそ、宜しくお願い致します」
「私からも良いでしょうか?」
「はい、大丈夫ですよ?」
先程の二人とは違い、理知的で落ち着いた雰囲気の女性が名刺を差し出してくる。
「このプロジェクトのリードプログラマーを担当します。 阿波根うみこです」
「オーディオを制作しています、葛城です。 阿波根さん…珍しい苗字ですね」
交換した名刺を持ち直しながら軽く会話をすると、彼女の目が一瞬鋭く光ったような気がした。
「えぇ…実家が沖縄なので本州では聞きなれない名字かと思います……ですので、私の事は "うみこ" と呼んで頂けたら幸いです」
阿波根という苗字によほどコンプレックスがあるのか、食い気味な彼女の言葉に少しだけ気圧されながら答える。
「わ、わかりました、うみこさん。 …リードのエンジニアという事は、桜さんや鳴海さんと同じセクションですか?」
「えぇ、桜さん、鳴海さんは私の部下に当たります。 ひょっとしてご友人でしたか?」
「はい。 桜さんとは高校時代の友人です。 その繋がりで今年の成人式に鳴海さんとも知り合いました」
「なるほど…。 桜さんのご友人という事は、涼風さんとも交友があるのでしょうか?」
「そうですね。 涼風さんも高校からの友人です」
「へぇ、青葉ちゃんのお友達やったんですね!」
「私達も青葉ちゃんとは席が近いので、交友があるんですよ!」
友人たちの名前を出した途端、話を聞いていた飯島さんや篠田さんが楽しそうに話に加わってくる。
彼女たちを通じて、どんどん輪が広がっていく。ビジネスの場でありながら、友人の話題で笑い合える。それだけで少しだけ新鮮で、心地よい感覚だった。
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全員と名刺交換を終え、それぞれがクリスティーナさんに案内されて席に着く。
手元には人数分の資料が配られた。
「では、名刺交換も終わったところで、キックオフミーティングを始めさせて頂ければと思います」
『宜しくお願い致します』
全員のトーンが、落ち着いた仕事に対する姿勢へと切り替わる。
「早速ですが、まずは本案件の内容を葛城さんへ共有します」
「今回、葛城さんに協力いただきたいのは、弊社の新規タイトル『ドッヂボールファイト』のサウンド部分になります」
「企画書は事前にメールで送らせて頂いておりますが、ザックリと説明をさせて頂くと…」
クリスティーナさんと篠田さんから、ゲームの概要やターゲット層、目指すプレイフィールについての熱のこもった説明が行われる。
「プロジェクトのご説明、ありがとうございます。 とても面白そうなゲームですね! 先ほど "サウンド部分" と仰っていましたが、具体的な担当範囲をお聞きしても良いですか?」
「もちろんです。 葛城さんにご協力いただきたいのは、正直なところ "サウンドの仕様" の全てを見て頂きたいところなのですが…対応が難しい範囲もあるかと思いますので、本日はそこの擦り合わせをさせて頂きたいです」
「サウンドの全て…という事は、私はオーディオディレクターとしての立ち回りを望まれている…という認識で合ってますか?」
「…はい。 今回のプロジェクトは若手の育成も兼ねており、ベテランは少数の態勢で動いています。 その為、外部リソースを使わなくてはいけない専門的な部分は、トップにベテランを据えたいと思っています」
「…なるほど…それが "サウンド" と」
「はい。 弊社のサウンドはBGMや効果音を含め、全て外部の制作会社との協力で成り立っています。 その為、それらの発注からクオリティコントロールまでをも篠田さんに任せてしまうのは、流石に荷が重すぎると判断しました」
「そうですね。 ただでさえサウンドは "専門領域過ぎる" が故に、プロデューサークラスの方でも舵取りに苦労されています。 今回、篠田さんがディレクターをするのが初という事であれば、サウンドのコントロールは他の専門の人間がやった方が良いですね」
手元の資料に視線を落とし、少しだけ言葉を区切った。
「ここで『私が全体を見ます』と言ってしまうのは簡単なのですが……実は4月からフランスのブルーローズの方でサウンドを見て欲しいとカトリーヌさんからオファーを受けておりまして…3月の末には日本を発つ予定なんですよ」
俺がブルーローズの話を打ち明けると、クリスティーナさんは目を見開き、愕然とした表情でこちらを見た。
「あ、あの子に先を越された!? くっ…もっと早く、連絡を入れるべきでした……あっ…し、失礼しました…取り乱してしまいました」
「…しかし、そうなると全体を見て頂くのはやはり難しいですか…」
「…リモートでも問題ないのであれば、お引き受けする事は可能です。 他社の案件もリモートで見ていた事があるので、こちら側の制作・管理体制に問題はありません」
「本当ですか!? そのご提案はこちら側としても有難いです。 是非、お願い致します」
クリスティーナさんがホッと胸を撫で下ろす。
「承知いたしました、お引き受けします。 では、私がオーディオディレクターとして全体を見る以外の…実作業となるサウンドアセットの制作、BGMや効果音はどうされますか?」
「…BGMの方は、お母様である葛城明菜さんにご依頼しようとしていたのですが、現在お仕事の数をセーブされているようでして…」
「…そうですね…去年過労で倒れて以降、母には仕事の受注数について家族で言及していますので、それについては申し訳ございませんがご容赦頂けると有難いです」
「いえ、ご家族の事ですから当然かと思います。 それでどうしようかと思っており、この件も葛城さんにご意見を伺えたらと思っています」
クリスティーナさんの言葉に、しばし考える。
母が受けられないとなると、俺の手持ちのカードで最も信頼できるのは1つ。
(日本と海外とではゲームBGMの考え方が少し違うけれど、そこは俺が間に入って舵取りをすれば大丈夫…か)
「…… "Giverny"…。 私の在籍していたスタジオはどうでしょうか?」
「葛城さんが在籍されていたという事は、ロサンゼルスの会社ですか?」
「はい。 彼らとのやり取りであれば、私が一番勝手を知っているので舵取りも難航せず進められますし、BGMと効果音の制作を全て任せることが出来ます」
「クオリティのコントロールやフィードバックなど、イーグルジャンプさん側との橋渡しは私が行うので、コミュニケーション面でも問題ない筈です」
「やり取りに時差が生じますが、急ぎの対応が必要な場合は、私自身が作業に当たります」
「時差の問題が懸念ですが、そこを葛城さんがカバーして頂けるのであれば、こちら側としても問題はありません」
「ありがとうございます。 では、制作のラインはそれで。……後は、サウンドの組み込み部分をどうするか…なのですが、今作は内製のゲームエンジンでしょうか?」
開発に関する質問はクリスティーナさんではなく、うみこさんが答えてくれる。
「今作はフェアリーズストーリーやPECOのゲーム性とは大きく離れているので、汎用の外部ゲームエンジンを使用する想定です」
「なるほど…となると、組み込みも初になるかとは思いますが、サウンドの実装はどうされます?」
「プロジェクトの規模的に、あまり多くのプログラマーの工数をサウンド周りに割くわけには行かないので、できれば組み込み部分もお願いしたい所ではありますが…葛城さんはどこまで触れるのでしょうか?」
うみこさんは、若干心配そうな顔でこちらを見て質問を返してきた。
エンジニアサイドがサウンドにあまり詳しく無いのと同様に、サウンドクリエイターもプログラムについてはあまり詳しくないのでは?と思っていても不思議ではない。
実際、音の制作はできるけれど、それ以外の工程は"専門外"というサウンドの人間は世の中に沢山いる。
「前職ではサウンドの実装部分まで担当してましたので、『Unify』と『PhantomEngine』のどちらかであれば、ゲーム実装まで対応できますよ」
「Unifyでの開発想定なので、こちらとしては組み込み部分も対応して頂けると助かりますが…組み込んだ後の調整はどうでしょうか?」
「調整…といいますと?」
「アセットの実装をお願いした場合、その後に発生する値の調整です。 例えば、効果音やBGMの同時発音数制御やループの調整といった、"アセットを置くだけでは解決しない" 調整の事です」
(…凄いな)
うみこさんの的確な懸念を聞いて、内心で感心してしまった。
この部分の話になってくると、エンジニアもサウンドに任せきりにしてしまう事が多い。
…にも関わらず、そこを心配して質問してくるという事は、処理負荷や音楽的な破綻など、"的確な処理の重要性" を理解しているという事。
(流石は今まで内製エンジンでゲームを作ってきただけの事はある…)
「サウンド以外の人間からその懸念が出てきた事、正直驚きました…。 いえ、うみこさんが懸念されていることは最もです。 その部分をしっかり設計しないと、ゲームが破綻しかねない」
ゲーム開発全体に言える事ではあるけれど、サウンドも "ただゲームエンジンの中にファイルを入れればよい" というモノではない。
もちろん、実装すれば "とりあえず、音は鳴る" ……しかし、それだけではいけないのだ。
「ご提案なのですが、ゲームエンジンと連携させられる、サウンドの管理・設計に特化したミドルウェアを導入するのはどうでしょうか?」
「ミドルウェア…ですか?」
「はい。ミドルウェア側でサウンドアセットの管理、値の調整、オーディオシステムの設計を行います。 ゲームエンジンへは、その処理をしたアセットを組み込むだけです」
「うみこさんが懸念されている、発音数制御やループポイントなども全てミドルウェア側で管理・設計するので、後からエンジニア側で調整しなければいけない、という事態は発生しません」
「なるほど…外部ツールでの一元管理と設計ですか…」
「はい。 ただ、これには "ミドルウェアの導入費用" と "ゲームエンジン側の事前準備" が必要となるので、私の一任では決めることができません。 ですので "ご提案" です」
「導入費用に関しては、プロデューサーとして上に確認します。 とはいえ、これで弊社側の開発が円滑に進み、プログラマーの負担が減るのであれば導入してみるのもありかと私は思います」
クリスティーナさんが眼鏡を直しながらそう発言をする。
…以前、母の代役の件でお会いした時は、事態が事態だった為に少々冷徹な印象を受けたが、こうしてクライアントとして話してみると、社員の負担や開発リソースの事をとても大切に考えている人だと分かる。
「ゲームエンジン側の事前準備…と言っていましたが、具体的にはどのような準備でしょうか? それによってはプログラマー側も対応を変えなければいけません」
2つ目の懸念点に、うみこさんが即座に反応する。
チーフであり、リードのエンジニアとしては真っ当な反応だ。この辺をブラックボックスにしたままいざ開発に乗り出して事故る…という話は、何度も聞いたことがある。
「ゲームエンジン側にSDK(ソフトウェア開発キット)をインストールする形で、ゲームエンジンとミドルウェアを繋いで頂きたいんです」
「なるほど…。 私も前職で外部のゲームエンジンを触ったことがあるとは言え、サウンドのミドルウェアの導入は初めてです」
「SDKについては知見がありますが…マニュアル頼りとなると、それだけでは不安が残りますね」
「3月の末までに導入が決まるのであれば、私が再度こちらへ伺って、開発環境へのインテグレート(統合設定)を行う、という案もありますがいかがでしょうか?」
「インテグレートも前職で対応経験があるのでサポートは可能です」
「そこまで見れてしまうのは凄いですね…。 大和さん、3月末までに導入を検討頂く事はできますか?」
うみこさんが、クリスティーナさんへ決済を仰ぐ。
「わかりました。 葛城さんがフランスへ行ってしまってからでは遅いので、なんとか今月中に導入できそうか上と掛け合いますね」
「葛城さん、後ほど導入を検討するソフトウェアの名前と資料を教えて頂けると助かります」
「わかりました。 後ほどメールで詳細をお送りしますが、『V-Wave』という名前のミドルウェアです」
「V-Wave…ですか…ありがとうございます。 メールでの詳細、お待ちしています。 …では、サウンドの話が一旦落ち着いた所で、次の進行スケジュールの話ですが…」
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「…今日のアジェンダはこの位ですね。 皆さん、葛城さん、お時間取って頂き、ありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました。 お疲れ様でした」
『お疲れ様でした』
キックオフミーティングはつつがなく終わり、それぞれが自席に戻る為、席を立つ。
(俺も帰るかな…)
「葛城さん、エレベーターまでお送りしますね」
「ありがとうございます。 よろしくお願いします」
クリスティーナさんの言葉に頷いて、彼女についてカフェテリアを後にする。
「まだまだ寒い日が続くので、お身体に気を付けてください。 エレベーター丁度来ましたね」
「そうですね。 クリスティーナさんもお気を付けください。 今日はありがとうございました」
「こちらこそ、ありがとうございました。 引き続き、よろしくお願いします」
「宜しくお願いします」
クリスティーナさんに丁寧に見送られて、一階のビルの入り口まで降りる。
ドアを開くと、彼女の言った通り、まだまだ冬の冷たい風が吹き込んできた。
エントランスからビルの外に出ようとしたところで、コート姿の涼風さんと桜さんにバッタリと遭遇する。
「あれ? 葛城くん? どうしてウチに?」
「遊びに来たって感じではなさそうだよね? ほたるんもいないし」
桜さんが周りを見渡して言う。たしかに、プライベートで2人に会いに来るのであればほたるも誘う筈だから、彼女の推測は間違っていない。
「今日はイーグルジャンプさんの新規タイトル関連で呼ばれたんだよ。 サウンドを手伝ってほしいってさ」
「えー!じゃあ、"あの案件" のサウンドは葛城くんが担当してくれるんだ!」
桜さんが途端に目をキラキラさせながら聞いてくる。
「担当するといっても、サウンドのディレクターとして舵取りと実装を担当するだけだから、BGMや効果音の制作自体は他に任せる感じだよ」
「それでも、葛城くんみたいな凄い人がサウンドを担当してくれるの有難いよ!」
「ありがとう。 桜さん」
「そういえば、葛城くん。 ほたるんの事ってもう聞いたの?」
「うん? ほたるの事って?」
聞き返すと、涼風さんは少し言いにくそうに、遠慮しがちに話しはじめた。
「えっと、ほたるん…4月からフランスのゲーム会社に1年間行っちゃうみたいなんだ。 その話、葛城くんは聞いてるのかな?って…」
涼風さんは "余計なことを喋ってしまったかもしれない" というような感じで目をギュッと閉じて、俺の言葉を待ってるようだった。
「あぁ、その話。 うん、ほたるから直接話してもらって知っているよ。 もちろん、俺も彼女の想いには賛成だし、背中を押してあげたよ」
「そ、そうなんだ…よかったぁ、聞いてて…」
「でも、そうなると葛城くんも寂しいんじゃないの?」
今度は桜さんが、安堵する涼風さんに変わって、少し心配そうな顔でそんな事を聞いてくる。
「まぁ、寂しいかどうかって言われたら、寂しいかな。 だから、俺もフランスに行くんだけどね」
「…そっか…葛城くんもだからフランスに……って…えぇー!?」
「ウソ!? 葛城くんもフランス行っちゃうの!?」
二人がほぼほぼ同時に俺の言葉の意味を理解して大声を上げた。
「そんなに意外かな? これでも高校中退して渡米してる人間だから、行こうと思えば割と何処へでも行けるんだけどな」
「それはたしかにそうだけど…」
「そうだよ…それに、お仕事はどうするの?」
「大丈夫。 向こうでの仕事は見つけてある…というか、ほたると同じ会社だよ」
「え!? そうなの? もー、それなら早く言ってよ」
桜さんが、肩透かしを食らったように頬を膨らませる。
「そうだよー。 でも、それなら私達も安心してほたるんを送り出せるかな」
「そうだね。 葛城くん、フランスでもほたるんの事、しっかり護ってあげてね」
二人の柔らかな笑顔に、俺も深く頷く。
「あぁ、もちろんだよ」
「…じゃあ、お昼休み終わっちゃうから、そろそろ私達はオフィスに戻るね」
「葛城くん、また今度ほたるんと一緒に会おうね」
エレベーターに乗る涼風さんと桜さんを見送ってから、俺は駅の方角へ足を進めた。
『私達も安心してほたるんを送り出せるかな』
『ほたるんの事、しっかり護ってあげてね』
先程のやり取りの中で、涼風さんと桜さんが言ってくれた言葉を思い出す。
どちらも彼女を心から心配してくれている言葉…。過去に留学をしているとはいえ、大切な友人がまた遠く離れた地へ行くわけだから、心配しない筈がない。
(ほたる。 君はとても良い友達を持ったね)
彼女たちの温かい友情にそんな事を思っていると、ポケットの中でスマホが震え、メッセージが入る。
差出人は、ほたる。
『裕也くん、お疲れ様。 今、大学の授業が終わって、今日は裕也くんと過ごしたいなって思ったんだけど…いいかな?』
少し控えめな、そんな彼女の可愛いワガママに、俺の口角は自然と緩んだ。
『ほたるもお疲れ様。 うん、大丈夫だよ。 俺も丁度外に出てたから、大学まで迎えに行くよ』
『やった、ありがとう! じゃあ、校門の前で待ってるね?』
『まだ今日も寒いから、最寄り駅に着いたら連絡を入れるよ。 それまでは暖かい建物の中にいて大丈夫だよ』
『優しいな~。 うん、じゃあ、お言葉に甘えてそうさせてもらおうかな。 連絡待ってます』
彼女のメッセージと、一緒に送られてきた嬉しそうに飛び跳ねるキャラクターのスタンプを見てから、俺はスマホをポケットにしまって歩き出す。
…この案件が本格的に走り出し、さらにフランス行きの準備が始まれば、彼女との時間を少なからず削らなくてはいけなくなるだろう。
そうなる前に、少しでも多くの時間をほたると…大好きな彼女と一緒に過ごしたい。
冬の冷たい風に吹かれながらも、俺の足取りはどこまでも軽かった。