You are my Beginning 作:コンスタンシア
【Side: 葛城裕也】
休日の朝。いつもより少し早く起きて朝食を済ませ、部屋の中を軽く掃除する。
先週から休日はほたるとこの家で一緒に過ごす事になった。
彼女なりに"カトリーヌさんに認めてもらうための自主学習"として色々と勉強をしたいらしい。
彼女に頼ってもらえている。そのことが、今の自分には嬉しかった。
ある程度掃除を終えて、珈琲を淹れていると、玄関のチャイムが鳴る。
「やっほ、裕也くん」
「おはよう、ほたる」
玄関を開けて、少しだけおめかしをしている彼女を迎え入れる。
「お邪魔しま~す」
先週から引き続き、明るい声。それだけで彼女の心の状態が分かって、安心する。
「凄くいい香り! 珈琲、作ってたの?」
「あぁ、久しぶりにゆっくり淹れようかなって。ほたるも飲む?」
「うん! あまり苦いと飲めないから、カフェオレにしようかな」
「わかった。ちょっと待ってて」
彼女の分も作るためにキッチンへと向かう。
「ふふ、ありがとう。裕也くん」
背中越しに彼女の柔らかい声が届き、ミルクを温めながら、自然と自分の口元が緩んでいることに気がついた。
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二人して珈琲とカフェオレを飲みながら、勉強の準備を始める。
彼女は先週から使ってもらっているデスクの周りを見て、小さく声を出す。
「あれ? 先週来た時より環境が綺麗になってる? 椅子も変わってるよね? わ、座り心地がいい!」
「作業に集中するためにはまずは環境からって事で、今週中に色々取り寄せたんだ。気に入ってくれて嬉しいよ」
「えへへ、愛されてるな~。ありがとう、裕也くん」
腕に小さく抱きついてきた彼女の体温を感じながら、そっと頭を撫でる。彼女も嫌がることはせず、くすぐったそうにしながらも頭を押し付けてくる。
そんな彼女がたまらなく愛おしい。
「そういえば、今日はどんな事を調べるつもりなの?」
「えっとね、今週の中頃からデザインに集中するのを一旦やめて、周りを見てみる事にしたの」
「そしたら、アートチームの先輩の人が3DCGを下地にデザインをしてて……調べたら、デジタルマットペイントっていう技法みたいで」
「マットペイント?」
「うん。あ、ごめんね、流石に美術の専門用語になっちゃうから説明するね」
ほたるは慌てた様子で、どこから説明しようか悩んでいる。
「マットペイントは元々、昔の映画でも使われていた美術的な表現なの。カメラで撮影できない場所だったり、空想の世界だったりを美術で表現していたんだよ」
「最近だとCGで作れちゃうんだけど、昔にCGなんて技術は無かったから、全部美術の筆で奥行きや世界観を表現してたの」
「へぇ……それは凄いな。今だとなんでもCGでリアルな背景が作られてるけど、そう考えると昔の人は工夫で乗り切っていたのか……」
「ふふ、何とかして世界観を表現しようって気概が凄いよね。それで、デジタルイラストでも同様の……ううん、もう少し出来る範囲が広がっているのが、デジタルマットペイントなんだって本に書いてあったの」
「そっか、CGモデルを使う事で空間上のカメラも使えるから、より高度なアングルや撮影も出来るって事か……なるほど……凄く面白い技法だね!」
彼女の言葉の意味と、デジタル特有の手法——その点と点が繋がって、彼女が覚えようとしていることの全貌が見えた気がした。
2次元上で絵を描くだけじゃなく、もっと先の、3Dの空間を扱うスキル…それは今の業界で求められている "次の一歩" そのもの。
「裕也くんなら私の拙い説明だけでも理解してくれるって思ってたよ。本とか色々買ってみたけど、私だけじゃまだソフトウェアの事、全然分からないと思うから、色々サポートしてほしいの」
「もちろん、俺もほたるの仕事の事もっと知りたいし、わからない所は一緒にやっていこうか」
「やった! ありがとう。じゃあ、勉強始めるね」
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参考書を読みながら黙々と作業をしているほたるを横目で見ていると、スマホの着信が鳴る。
画面に表示された名前は、クリスティーナさん。
「はい、葛城です」
『あ、葛城さんですか?』
「はい、お久しぶりです。クリスティーナさん」
『ご無沙汰しています。突然のお電話スミマセン』
「いえいえ、大丈夫です。どうかされましたか?」
クリスティーナさんから告げられたのは、UIの方向性が固まったので、SEの相談をしたいというものだった。
可能であればこの後打ち合わせに参加してほしいらしい。
「私は大丈夫ですけど……今日って休日ですよね? 時差があっても日付は同じなはず……」
『えぇ……少々スケジュールが圧迫してまして……今日は午後から休日出勤されてる方が多いんですよ』
「なるほど……」
『とにかく、ご参加いただけるとの事、すごく助かります。ミーティングルームのURLはこの後すぐメールで送りますので、スミマセンがよろしくお願いいたします』
「わかりました。お待ちしています」
電話を切ると、隣で息を殺していたほたるが、ゆっくりと息を吐く。
「いや、そこまで存在を消さなくても良かったのに」
「……裕也くんのお仕事の邪魔をしたら悪いかなって」
そう言いながら、彼女は俺に向かってサムズアップをする。
「…お仕事の電話?」
「うん。クリスティーナさんからで、イーグルジャンプ案件の打ち合わせがしたいって」
「あのドッジボールのゲーム?」
「そうそう。ゴメン、ちょっとだけ仕事させてもらうよ」
「ううん、全然大丈夫だよ。打ち合わせ、頑張ってね」
「ありがとう」
彼女の頭を優しく撫でてから、自分のPCが置いてあるデスクに移動する。
既にミーティングルームのURLが届いていて、後は打ち合わせに参加するだけ。
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『葛城くん久しぶり!』
URLから会議通話に入る。すると、覚えのある声が聞こえてモニターを確認すると、以前顔を合わせたメンバーに加えて涼風さんと桜さんが座っていた。
「涼風さん、久しぶり! 今日は二人も参加してるんだね」
その名前を口にした途端、後ろでほたるがソワソワし始めた気配が伝わってきた。振り返らなくても分かる。そんな彼女の反応に、頬が緩みそうになるのを堪える。
『うん、今日はUI部分の打ち合わせがメインになるからって事で、UIを担当してる私とねねっちが呼ばれてるんだよ』
「UIまで担当することになったのか……凄いな、涼風さん」
『えへへ、それほどでもないよー』
ほたるの方を振り向かなくても、彼女が会話を聞こうと息を殺しているのが分かる。
俺は何も言わずに、音声の出力をヘッドホンからスピーカーへと切り替えた。…彼女にも内容が聴こえるように。
「あ……」
彼女の小さな声が漏れたのと入れ替わるように、クリスティーナさんが口を開く。
『葛城さん、今日は休日にも関わらずご参加ありがとうございます』
「いえ、私は全然問題ありません」
『ありがとうございます。では、さっそくUIのSEについて打ち合わせをさせてください』
「よろしくお願いします」
『先ほど涼風さんが仰ってくれたように、今作「デストラクションドッジボール」……略してDDBのUIデザインを涼風さんに、実装部分を桜さんに担当して頂くことになりました』
「デストラクションドッジボール……正式タイトル決まったんですね、おめでとうございます」
『はい。お伝えが遅くなってしまい申し訳ございません。メールではずっと仮タイトルで進行してしまっていましたね』
「いえいえ、これでリリースに一歩近づいたわけですし、気にしないでください」
『ありがとうございます。涼風さんにはDDBのUIデザインを一から構築し直して頂き、私や篠田さんのチェックも一通り済んだ状態となります』
『細かい調整は発生するかと思いますが、大きな方向性やデザインの軸は共有させて頂いたUIデザインでリリースまで持っていく形となります』
「なるほど……承知いたしました。このデザインに合わせてSEを付けていく認識で問題ないですか?」
『はい、私たちもその認識でいます。SEを制作頂くにあたり、このデザインシート以外にも必要な素材があれば教えていただけますと幸いです』
「そうですね……今の共有データだとSEの方向性を決める事はできますが、具体的な音を制作するのは難しいので、このシートとは別に動いているUI演出動画を頂きたいです」
『あ! 確かに! この状態だとUIが動いていないから音を付けることができないってことだよね?』
涼風さんが、なるほどと言わんばかりの勢いで身を乗り出して聞いてくる。しかし、その様子をクリスティーナさんにやんわり咎められて、少し照れくさそうにしている。
「うん、涼風さんの言う通りで、UIのSE制作は基本的に演出と尺感を見て作っていくから、実際に動いているデータを見ながらじゃないと難しいんだ。…なので、別途演出の動画を頂けるとありがたいです」
『承知いたしました。演出動画が揃い次第の共有とさせていただきます。これは…涼風さん側でもできそうですか?』
『はい、私の方で動画をキャプチャして共有します!』
『それなら、私もUIキャプチャ手伝います!』
後ろから、小さな呟きが聞こえた。
「ふふっ、あおっちとねねっち、凄く楽しそう」
スピーカーから聴こえる友人たちの声を、ほたるは優しく笑いながら聴いている。
『わかりました、では涼風さん、桜さん、よろしくお願いします。これを踏まえて、一度スケジュールの認識合わせをさせてください……まずは……』
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クリスティーナさんの進行で、制作や実装、コードフリーズまでのスケジュールが組み立てられていく。
共有された内容を手元でメモしながら、こちら側のスケジュールも頭の中で組み直す。
『……ひとまず、本日すり合わせる内容はこんなところでしょうか』
「はい、こちら側も欲しい情報を頂けたので、問題なく進行できると思います」
『わかりました。では本日はこの辺で終わりましょう』
打ち合わせの締めに入りかけたその時、涼風さんの声が少し大きく響いた。
『あ、あの! 葛城くんに少し聞きたいとがあって、この後まだお時間大丈夫そう……でしょうか?』
途中から敬語が混じっていく。その切り替わり方がおかしくて、苦笑しながら彼女に答える。
「あぁ、うん。私はまだ大丈夫なので、この後少し話しましょうか」
『ありがとうございます!』
安心したのか、声色がぱっと明るくなる。
『では、涼風さんと残りたい人以外はこの場で解散としましょう。葛城さん、改めて本日はご参加くださり有り難うございました』
「いえいえ、こちらこそ本日はありがとうございました。引き続き、よろしくお願いします」
声のトーンから察するに、クリスティーナさんも少し気を遣ってくれたのかもしれない。そう思いながら言葉を返す。
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他の参加者が退出して、画面越しに見えるのは涼風さんと桜さんだけになった。
「それで? 聞きたい事ってなんだったの?」
後ろでほたるの息を呑む音が聞こえる。
『えっと、全然大した事じゃないんだけど……ほたるん、元気かなって。ちょっと気になっちゃって』
『あ! それは私も思ってた! ほたるん、お仕事で無理してないかなってあおっちと二人で心配してたんだ~』
なるほど。仕事の話ではなく、ほたるのことが心配だった——それが涼風さんの聞きたいこと。
(…それなら、やる事は一つ)
「それは本人に直接聞いてみたらどうかな?」
俺は後ろにいた彼女の方を振り返って、手招きをする。
「ほたる、おいで」
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【Side: 星川ほたる】
『ほたるん、元気かなって。ちょっと気になっちゃって』
『お仕事で無理してないかなってあおっちと二人で心配してたんだ~』
スピーカー越しに聞こえてきた二人の声に、胸の奥が温かくなる。
自分がこんなに大切にされていたこと。離れていても、心配してもらえていたこと。それが今の私には、たまらなく嬉しかった。
「……っ」
声を出して伝えたい。元気だよ、って。私も頑張ってるよ、って。こっちに来て、あおっちやねねっちの凄さが分かったんだよ、って。
その時、裕也くんが振り返って、私に向かって声をかけた。
「ほたる、おいで?」
いつも通りの優しい声。私のことを思ってくれている、あの温かさが含まれた声色。
「っ、うん!」
『え、うん?』
『あれ? この声って……』
心が先走って出た少し大きな声。向こう側にも聞こえたのか、二人のそんな声が返ってくる。
「ありがとう、あおっち、ねねっち! 私は元気だよ!」
二人の心配を取り払うように、今の私にできる精一杯の笑顔と声で伝えた。
『えええぇ、ほたるんずっと居たの!?』
『き、き、機密情報……漏洩問題ッ!!』
突然画面に顔を見せた私に驚いたのか、二人はさっきまでの打ち合わせの内容のことで慌てている。
ねねっちなんて椅子から半分立ち上がりかけていて、あおっちは目を丸くしたまま固まっている。そんな姿がおかしくて、つい笑ってしまう。
「ふふふ、あはははっ、二人とも大丈夫だよ。私と裕也くん、前のレコーディングの後にイーグルジャンプさんとNDA、機密保持の契約を交わしてるから」
『な、なんだ~そうだったんだね。ビックリした~』
『ほんとだよ~、でもほたるん元気そうで安心したよ』
二人がホッと息を吐くのが画面越しに分かった。…セキュリティ意識がすごく上がっていることに少し驚いたのは、内緒にしておこう。
「うん、二人とも心配してくれてありがとね!」
裕也くんが座っていた椅子を譲ってくれる。少し高さを調節して、画面越しに二人を見た。
(二人とも日本で会った時と変わらない……ううん、あの時以上にキラキラしてる)
『そっちでのお仕事はどう? 頑張ってる?』
ねねっちが聞いてくる。元気だけど、私は少しだけ本音も交えて答える。
「勉強の毎日だけど、凄く楽しいよ。…でも、お仕事で八神さんと張り合う必要が出てきちゃってて、苦戦中…かな」
『八神さん、凄く上手いでしょ?』
あおっちが苦笑しながら言う。一番近くで八神さんを見てきたあおっちだからこその言葉と表情。
「うん、凄く上手いし、手がすごく速い。これがお仕事をする人のペースなんだって思った。それに、デザイン以外にも気を配らないといけないから…あおっちとねねっちの凄さが改めてわかったんだよ」
『ほたるん……』
私の声の奥にあるものを感じ取ったのか、ねねっちが心配そうに名前を呼ぶ。
『ほたるんなら大丈夫、きっとその壁を乗り越えられるよ!』
あおっちが真っ直ぐにこちらを見て言い放つ。 同情なんかじゃない。その声色には力があって、私を信じてくれている響きがあった。
『うん! ほたるん、凄く絵が上手いもん! きっと直ぐに上達してブルーローズのメインデザイナーになれるよ!』
今度はねねっちが精一杯の声で励ましてくれる。ねねっちの声にも、信じてくれている温かさがちゃんとあった。
(私より先に前を歩いて、成長した二人に支えられてる…。そっか、私は一人で戦ってる訳じゃないんだ)
離れていても、画面越しでも、二人はちゃんと私の味方でいてくれている。その事実が、今の私にはどんな言葉よりも心強かった。
「ありがとう二人とも。おかげで凄く元気が出たよ!」
『良かった~! ……あれ? ところで、何で葛城くんの家にほたるんが居るの?』
『それは私も思ってた! 恋人同士だし全然おかしくはないんだけど……凄くタイミングが良かったから』
『ま、まさか、もう同棲とかしちゃってるの!?』
「え!? ど、同棲なんてしてないよ!? 休日は裕也くんのお家で自分の勉強をしてるんだよ!」
ねねっちの口から飛び出してきた言葉に驚いて、つい早口で訂正してしまう。
(同棲…どうせい……。確かに今日も朝から夜まで裕也くんの家で過ごすつもりだったけど……あうう)
『え~、本当に? ……怪しい……』
ねねっちが疑いのこもった声で追及してくる。私の反応が面白いのか、あおっちもクスクス笑っている。
「あうう……」
「ははは、その辺で勘弁してあげて二人とも。ほたる、顔真っ赤だから」
後ろから裕也くんの声が聞こえた。
彼は私の隣まで来ると、新しく淹れてくれた紅茶のグラスをテーブルに置いてくれる。いつの間に用意してくれていたんだろう。
「ありがとう、裕也くん」
紅茶を口に含んで、熱くなった体を冷ます。氷の入った飲み物が喉を通っていく感触が、とても心地よかった。
『あ~、見せつけてくれちゃって、この~』
『ほ、ホントに同棲してないの?』
「うん、まだ同棲は先かな。今はほたるも俺も会社の事で頭がいっぱいだしね」
『まだ、って事は……』
『私たちのほたるんが、葛城くんに……』
「も、もう! 裕也くん!」
"まだ" という一文字に込められたニュアンス。
今はまだだけど、将来的には——そういう意味だって、二人にもちゃんと伝わってしまっている気がして私はまた顔が熱くなる。
(凄く嬉しいけど、今言うのは反則だよ……)
『ほたるん、顔がまた赤くなってる』
『可愛いなぁ~』
「もう~、あおっち達まで」
からかう二人の声を聞きながら、もう一口紅茶を飲んだ。
その時、画面の向こうからアラームの音が聞こえてくる。
『あ、いけない! この後、ひふみ先輩と打ち合わせがあるんだった』
あおっちがスマホを確認しながら、次の予定のことを思い出したらしい。
楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。
「じゃあ、今日のところはこの辺でお開きかな?」
『うー、もっとほたるんと話していたいけど、流石に行かなきゃだよね』
『次はほたるんと直接話せる時までお預けだね』
二人が少しだけ名残惜しそうな声を出してくれる。それが嬉しくて、私はできるだけ明るい声を出す。
「そうだね! 次は三人で会ってお話ししよ? その時までに私も沢山話せる事、増やしておくね」
私の声にあおっちもねねっちも、笑顔で頷いてくれる。
『私たちもいっぱい話題を作っておくね!』
『うん、その時を楽しみにしててね、ほたるん!』
「うん! 楽しみにしてる。今日は二人ともありがとね! 二人の気持ち、凄く嬉しかったよ!」
通話が終わる前に、ちゃんと伝えておきたかった。
今日の私がどれだけ二人に元気づけられたか——それが伝わるように。
『えへへ、照れちゃうな~。じゃあ、ほたるんまた今度ね! 葛城くんも今日はありがとう!』
「いやいや、こちらこそありがとう! じゃあ、また今度」
「あおっち、ねねっち、またね!」
『うん、またね!』
『バイバイ、ほたるん!』
通話が終わり、部屋に静けさが戻ってくる。
スピーカーからはもう何も聞こえない。でも、胸の中にはまだ二人の声が温かく残っていた。
「ん、ん~! ……ありがとね、裕也くん」
少しだけ背伸びをしてから、私は彼に感謝を伝える。
「うん? あぁ、せっかく友人がいたんだから、ほたるも話したいかなって思ってさ」
「その事もありがとう、なんだけど……その、同棲の事……とか、私たちのこの先のことも考えてくれてて」
自分の口から改めて "同棲" という言葉を出そうとするけれど、やっぱりまだ恥ずかしくて声が尻すぼみになっていく。
「あぁいや、あれは俺もそうしていきたいなっていう願望だから……もし嫌だったら気にしないでくれ」
裕也くんはバツが悪そうに横を向きながら話す。その仕草が、あれが本音だったんだって教えてくれていて、胸がきゅっとなる。
「い、嫌なわけないよ! むしろ逆で、私もブルーローズのお仕事が落ち着いたら、同棲の事、真剣に考えたいって思ったの」
「その……この先、裕也くん以外の人と歩んでいくことなんて考えてないし……け、結婚の前段階として、同棲も経験してみたい……から」
少しだけ——ううん、私にしては結構な勇気を出して、ずっと心の中にあった願望を口にする。
以前までは、裕也くんの返答を、彼の考えを聞くのが怖かった。 けれど今なら、聞ける気がした。
「……ありがとう。俺もほたる以外は見えていないよ。ただ、同棲の前にまずは婚約をしたいかな。そこは男として責任を取らせてほしい」
裕也くんは少し照れくさそうに、でもまっすぐな目で答えてくれた。
その言葉で、自分がどれだけ大切に思われているかが分かって、胸の奥がとても温かくなる。
だから私も彼に伝える。私も貴方しか見ていないよ、って。その時を、ちゃんと待っているよ、って。
「ふふっ、大切にしてくれてありがとう、裕也くん。……うん、その時が来るのを楽しみに待ってるね」
彼に抱きついて、少しだけ長くキスをした。
(日本にいた時は恥ずかしくてなかなかできなかったキスも、今なら……ううん、もっといっぱい裕也くんと触れていたい)
そんな自分の変化に驚きはしたけれど、不思議と嫌な気持ちはなくて、心地よかった。
唇を離して、少し照れくさそうに笑ってから、中断していた勉強に戻ることを提案する。裕也くんも賛成してくれて、二人でまたノートPCを覗き込みながら黙々と進めていく。
今日もこのまま夕方まで一緒に過ごして、ご飯も一緒に食べよう。
夜にはカトリーヌさんの家へ帰らなくちゃいけないけれど——いつかきっと、彼と一緒にベッドで眠って、朝一緒に起きられる日が来る。
その日を、楽しみに待っていよう。