You are my Beginning 作:コンスタンシア
【Side: 星川ほたる】
午前中の光が、アートチームのフロアにじんわりと差し込む。
大学と違ってオフィスフロアにはデザイナー特有の静けさが広がっている。私もタブレットのペンを握り、モニターの中のキャンバスと参考のデータを往復していた。
下絵には3Dのレイアウトを敷いている。奥行きのある遺跡の空間、崩れかけたアーチ、遠景に霞む山脈。そこに光と影を、ブラシで少しずつ載せていく作業。
(まだ空気感が薄いな……もう少し遠景を霞ませて)
集中し始めて、どのくらい経った頃だろう。
「おぉおう!? もうそんなに描けるのかよ!?」
背後から突然の大きな声が降ってきて、思わず肩がびくりと跳ねた。
(——び、びっくりした)
振り返ると、ミラさんが身を乗り出すようにして私のモニターをまじまじと見つめている。その表情は心底驚いている様子だった。
「この間、私に『どうやって描いてるんですか?』って聞いてきたばかりだろ!?」
ミラさんらしい勢いのある言葉。 驚きはしたけれど、それよりもその言葉が嬉しくて、聞き返さずにはいられなかった。
「ほんとうですか? デジタルマットペイントですよね、今。本やネットで勉強したりしてて……」
「本? どんな本なの?」
私の机の上に目をとめたミラさんが、参考本を手に取ってパラパラとめくり始める。最初はゆっくりと、次第にページを捲る速度が増していって——。
「って、これ全部日本語じゃない! 私読めないわよ!」
「そ、それは日本語の参考書ですから……フランス語だと私が読めなくて……」
そう。この本は私が一番勉強しやすいように探した日本語で書かれた技術書。裕也くんとパリの書店を何軒もまわって、ようやく見つけ出したものだった。
「どうしたの? ミラ、ほたる。 ……あら? これは3Dを下地に描いてるの?」
私たちのやりとりが気になったのか、クロエさんもいつの間にか横に立ってモニターを覗き込んでいる。
「はい……。まだ練習中ではあるんですけど、少しずつ覚えてきたんです」
「確かに先々週、私がデジタルでの方法を見せてあげたけど……まだ一月も経っていないのに、この上達速度はすごいわね……」
(そんなに……かな)
自分の中ではまだミラさんやクロエさんのように描けるわけじゃない。
でも、二人に言葉をかけてもらえることが少しだけ気恥ずかしくて、それと同時に——じわりと胸のあたりが温かくなっていく。
少しずつではあるけれど、私にも力がついてきている。そう思えた。
「それにしてもこの上達速度はヤベェって……お! なぁなぁ、コウ」
「ん? どうしたの? ミラ」
コーヒーを手に席へ戻ってきた八神さんをミラさんが呼びとめる。
八神さんも私たちが集まっているのが気になったのか、椅子に腰掛けながらこちらを向いてミラさんの言葉に答えようとする。
「日本人ってこんなに上手いやつばかりなの? コウといい、ほたるといい……」
「なんなんだよ……」
少しぼやきながら、そんなことを八神さんに向けて言うミラさん。八神さんは苦笑いしながら私のモニターをちらりと見る。
「いや、ほたるは上手い方だよ。すごくね」
「え!? そ、そんなことないですよ」
「あはは、謙遜はなしだよほたる。そもそもここはクリエイターの中でも上澄みの集まりだしね」
(上澄みの集まり……)
八神さんにそう言われると、じわじわと実感が追いついてくる感覚があった。
確かに、他の学生の子たちよりは描ける方だと思っているけれど、それでも八神さんやあおっちのレベルにはまだまだ遠い。
「ほたるは、見て、聞いて、試して、すごい勢いで吸収して上達してる。 それは事実なんだからもっと胸を張らなきゃ」
「そ、そんな…」
「後は……」
八神さんが何かを言いかけて、ふっと口を閉じた。
私がその先の言葉を待っていると、八神さんは少しだけ微笑んだ後、言葉を続ける。
「……ううん。やっぱり止めた。 これはほたるが自分で気づかないと意味がないから」
「……私が自分で気づけないと意味がない……」
「うん。 ここで私が答えを言うのは簡単だけど、それだと本当の意味でほたるが成長できないからね」
カラッとした表情でそんな事を言う八神さん。
多分だけど、八神さんには、今の私にはまだ見えていない何かが見えている。そう感じた。
「あ、そっか……」
「? どうしたんですか? 八神さん」
八神さんは何かを思い出したように、ふっと笑う。
「いや。 このやりとり覚えがあるなと思ったら、青葉の時にも同じような事を言ったっけなって」
「あおっち…青葉ちゃんにもですか?」
「うん。 青葉も自分のデザインで悩んでた時があってね。その時にも同じようなやり取りをしたんだよ」
「そうだったんですね。 …青葉ちゃんはその後、ちゃんと答えを出したんですか?」
私の問いに八神さんはくすりと笑ってから続ける。
「うん。 しっかり出してきたよ、答え。 その結果もPECOの中で証明されてる」
「あ……PECOでのお話だったんですね」
「そうだよ。 青葉の答えはちゃんとPECOに登場するキャラクターとして描かれてる。 ほたるはプレイした?」
「はい! どのキャラクターも魅力いっぱいで可愛くて、素敵な作品でした。 私は特にラスボスの女王サマがお気に入りで」
「……そっか。 青葉が聞いたら凄く喜ぶと思うよ」
八神さんは少しだけ驚いた顔をした後、笑顔になる。
「……あんた達…いい加減フランス語で喋ってくれないかしら? 日本語だと私やクロエさんがわからないんだけど?」
その表情の意味を聞こうとしたところでミラさんが私たちの会話に割って入る。 どうやら、気付かない内に日本語で会話をしていたみたい。
「ご、ごめんて、ミラ」
八神さんが苦笑いしながらミラさんを宥める。 彼女はフッと息をはいて言葉を続けた。
「そういえば、ほたると同時期に入社してきた日本人のやつも化け物じみてるって話題になってたっけ」
(私と同時期に入った日本の人…裕也くん…かな?)
「名前は確か……か、カツラギ? ユーヤって言ったっけ。今まで空席だったサウンドに入って、入社当日から案件ブン回してるって噂になってるよ」
やはりというか、ミラさんが話題に出した日本人というのは裕也くんのことだった。私は静かにミラさんの話に耳を傾ける。
途中、八神さんと視線が合った。小さなアイコンタクト。私は黙って首を振る。
(彼は私の彼氏さんなんです——なんて、見せびらかすことはしたくないもの)
彼は彼。私は私。私は裕也くんとお付き合いしている。ただ、それだけでいい。別に大々的に触れ回る必要はない。
ミラさんの話にクロエさんも全体ミーティングの彼の姿を思い出しているのか、唇に手を当てながら答える。
「……確かに、紹介されてすぐカトリーヌから進捗を聞かれても平然と問題点を指摘しながら、自分のペースに持っていっていたわね、彼」
「あぁ、そっか、クロエさん達はこの間の全体ミーティングで見かけてるんですね。……で、どうなんですか? 噂では案件ブン回してるってことで結構ガツガツしてる人って聞いたんですけど」
ミラさんは興味津々といった感じでクロエさんの言葉を待つ。
(ガツガツしてる人……裕也くんはそんな乱暴そうなイメージの人じゃないんだけどな)
どうやら、裕也くんの仕事への真剣さがそのまま彼の性格となって一人歩きしているようだった。本当の彼はそんな乱暴な人じゃない。むしろ——。
私はそこまで考えて少しだけ顔を赤くする。
「実際に話したことがないから私のイメージにはなるけど、全体ミーティングでの彼からはそんなガツガツしてる雰囲気には見えなかったわね。どちらかと言えば、仕事に対して真面目で物腰の柔らかそうな印象だったわ」
クロエさんの抱く彼のイメージは一人歩きしているものとは180度違っていた。
(うん、裕也くんはやっぱりクロエさんのイメージだよ)
私はそのことが嬉しくて、つい頬を緩ませてしまう。
けれど、それも束の間だった。
「へぇ! クールだけど柔和な天才クリエイター……良いじゃない。今度、サウンドの部屋覗きに行こうかしら……」
(……)
「あ……」
八神さんの短い声が遠くに聞こえた気がしたけれど、今の私には関係なかった。
(ミラさん、今なんて言ったの? "クールだけど柔和な天才クリエイター"? 違う。 "今度覗きに行こうかしら"……誰を?)
頭の中でそんなことを考えるにつれて、黒いモヤモヤがじわじわと溢れてくる。
「ほ、ほたる? どうしたの……?」
ミラさんもそれを感じ取ったのか、ぎこちなく私の方を振り向いて声をかけてくる。
「知りませんッ! ちょっとお手洗いに行ってきますッ」
私はミラさんの言葉を遮るように立ち上がり、その場から立ち去る。
(ミラさんに悪気はないのはわかってる……わかってるけど……)
さっきの言葉は、笑って済ませるのは少し…だいぶ難しかった。
「今のはミラが悪いよ……」
「何の話!?」
後ろから、八神さんの呆れた声とミラさんの叫び声が聞こえてくる。廊下に出て、少し速足で歩きながら——自分の耳がじんわりと熱くなっているのに気づく。
(……わかってる。わかってるよ)
ミラさんは裕也くんのことを知らない。悪気なんてどこにもない。だから怒るのはおかしいって、わかってるのに。
脚が自然とトイレとは反対の方向に向く。下の突き当たり、少し奥まったロビーへ続く通路。
——今はただ、このモヤモヤを取り払うために、なんとなく、歩きたい。それだけだった。
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【Side: 葛城裕也】
「すまないね、ユーヤ。BGMのモックアップまで作らせてしまって」
「いえ、そんな。私は本来、作曲の方が得意ですし……何より、案件の楽曲まで見させてもらえるなんて光栄ですよ」
「そう言ってくれて助かるよ」
朝から俺とカトリーヌさんはUtopiaの楽曲の方針について擦り合わせていた。
今作の想定楽曲数はおよそ80曲ほど。バリエーションなどを含めると100曲前後。その内の何曲かはオーケストラによる生録を想定しているから、量産期間は圧倒的に短い。
手戻りのリスクを減らすために、まず俺がリファレンスとなる曲を制作し、そのニュアンスやイメージに合わせて量産してもらう方法を取った。
アウトゲーム、フィールド、街や村の拠点エリア、そしてバトル——。バトルの仕様がようやく落ち着いたのが今週だったから、その制作は今週から来週にかけてが山になる。
「どうでしょうか? 大ラフとはいえ、抑えるべきポイントは抑えているつもりなのですが」
「うん。ちゃんと完成稿が想像できるラフに仕上がっているね。曲の方向性もボクの思っていた通りのものだ。これならUtopiaのどのバトルシーンにも合うと思う」
「……その言い方をされるってことは、100%納得はしてくれていない感じですね?」
「……ッふ、あははは。流石よくわかってるじゃないかユーヤ」
「えぇ、そりゃもう。Khazanで経験済みですからね」
カトリーヌさんとの最初の仕事——Khazanの楽曲の時に同じような回答をされた経験がある。
あの時は言葉を真に受けて同じ方向性で完成稿を提出して、手厳しいフィードバックをもらった。今思えばいい思い出だ。
「いや、この楽曲自体はとてもいいと思う。これは完成稿まで持っていってもらって大丈夫だよ」
「ただ……Utopiaでは良くある平凡なBGMにはしたくないんだ。そうだな、例えばこの曲をベースにリズムやメロディがリアルタイムで切り替わったら面白くないかい?」
カトリーヌさんは子供のようなしたり顔でそんな提案をする。
「インタラクション要素を入れるってことですか? ……確かに面白いと思いますが、どのパラメータをトリガーとするかを仕様に落とし込まないと事故るので、この辺はしっかりと擦り合わせる必要がありますよ」
インタラクション——つまり、プレイヤーの情報に合わせて、ゲーム側がリアルタイムで演出方法を変える事。
BGMであれば、ゲームの進行度合いやプレイヤーのステータス、パラメータを受けて、楽曲の一部や全体を大きく変えたりできる。
これによってプレイヤー側の没入感を高めたり、ゲームの情報を聴覚的に伝えられる表現方法だ。
「そうだね。この部分はエンジニアも呼んで仕様を擦り合わせた方が良さそうだ。切り替わるとしたらどんなことができそうなんだい?」
カトリーヌさんの質問に過去、自分がやってきた実装例を思い起こす。
「そうですね……この曲をベースとするなら、"曲のテンションを変える"、"旋律を変える"、"楽器の構成を変える"あたりでしょうか」
どれも昨今ではよく使われているインタラクションの方法ではあるけれど、それ故に効果は絶大。
もちろん、ちゃんとしないとバグという形で破綻が現れてしまうから、仕組みの設計は大変だ……しかし、こういった実装をするだけで、ゲームがより一層華やかになる。
「なるほど……例えばだけど、バトルで勝てそうになったら楽器を追加する、という変化は可能なのかな」
「可能ですね。それであればエネミー側の体力パラメータを拾って、楽器の数をインタラクションさせる方法で十分実装が可能です」
「ふむ。じゃあ、この辺は後日皆で擦り合わせるとしよう」
「わかりました」
カトリーヌさんが自身のタスク帳にBGMの擦り合わせに関する事をメモしていく。
普段、ノートPCを広げて仕事をしているカトリーヌさんには珍しい、アナログな手帳。前になぜ手帳なのか?と尋ねてみた事がある。
その際には『ボクはセクションを移動しながら直接話し合うのが好きだからね。だから、直ぐに書き込めるように手帳にしてるのさ』と言っていた。
「あとはラスボスとキングス・ハンド戦のBGMか……」
「正直、この2体が一番重いかなと」
PCの画面に共有されているラスボスとキングス・ハンドの資料を表示させる。
ラスボスの資料には "Validé On part là-dessus!(これで進めよう)" と記載がある。
けれど、キングス・ハンドの資料のデザイン部分には "À retravailler(要、再検討)" と記載されていた。
「そうだね。どちらも一応、ボクの中でBGMの構想はあるんだ」
「そうなんですか? どんなイメージなんです?」
「具体的な曲調までは考えられていないけど、この2体に関してはフェーズによって異なったBGMが欲しい。特にキングス・ハンドは物語の進行で3回戦うことになる。その全部が同じBGMだったら興醒めだろう? だからフェーズによって専用のBGMが欲しいんだ」
確かに、言われてみればそう感じる。
自分をプレイヤーに置き換えて考えてみると、同じモンスターの戦闘が同じBGMで3回発生する……2回目くらいからスキップしたい衝動に駆られそうだ。
「ずっと同じBGMだと聴いている方も飽きてきますね。 曲調は似せたり、アレンジする形ですか? それとも、ガラリと変えます?」
「うーん、そうだね……。これはデザインが完成してからでないとなんとも言えないけれど、ボクとしてはガラリと印象を変えたいかな」
「了解です。デザインの方はいつ頃完成になりますか?」
「それはまだボクにもわからない。けれど、年が変わる前には決まると思う。僕が期待している2人だからね、デザインもきっと素晴らしいものになるさ」
カトリーヌさんはくすりと笑いながら、キングス・ハンドの没案を眺めている。
(……2人、か)
その2人の中に彼女がいたらいいな。と願望を抱きながら画面に目をやる。
「あぁそうだ。このキングス・ハンドとラスボスのBGMでもインタラクションを入れて欲しいと思っていたんだった」
「この2体にもですか? BGMの変更ではなく?」
カトリーヌさんは忘れていたと言わんばかりに言葉を発する。
「うん。この2体のBGMでは戦闘で一番熱くなる演出シーンでサビを持ってきて欲しいんだ。日本のFinalQuestの最新作でも同様のことをやっていたと思う」
FinalQuest。
初代発売以降、ずっと人気を保ち続けている老舗ゲームIP。
去年発売したばかりの新作では美麗なグラフィックと王道に回帰した世界観設定、そして壮大なフルオーケストラで演奏されたBGMが話題をよんでいた。
「えぇ。確かにあのタイトル、BGMのサビも含めたゲーム演出が実装されていましたが……カトリーヌさん、本当に色々な国のゲームをプレイされているんですね」
「ボクはディレクターという肩書き上、面白そうなゲームを実際にプレイして研究する必要があるからね」
「そのストイックさは尊敬しますよ。ああいったインタラクションをさせるなら、明確なサビを作る必要がありますね……2体のボスを印象付けるにはいいアイディアだと思います。 ラスボスの方でスケッチを作ってみますね」
「ありがとう、よろしくお願いするよ。 さて、これである程度は固まったね。 ユーヤ、これからお昼でもどうだい? 最近見つけた良い店があるんだ」
PCに表示されている時計をみると丁度お昼時、13:00を指している。
どうりで先ほどから、お腹が鳴っているわけだ。
「いいですね。ぜひご一緒させてください。 ほたるからもカトリーヌさんが見つけてくる店は美味しいって聞いてます」
「ハハハ。それはなかなかプレッシャーだね。でも、ユーヤも気に入ると思うよ。財布を持ってくるから先にロビーで待っていてくれないかい」
「わかりました」
カトリーヌさんと別れて、ロビーへ続く通路を歩いていく。
その途中で——よく見知った後ろ姿が目に入った。
彼女は、少し早足で廊下を歩いている。
「ほたる」
「え? あ、裕也くん!」
振り返って俺を認識すると、ぱっと表情が明るくなるのが見てとれた。
パタパタと足音をさせながら、こちらに向かってくる。
ほたるは俺の前で立ち止まると、なにやら考え込む仕草をしている。
数秒、黙ったまま。
それから——。
「……えい!」
気づいた時には、抱きつかれていた。
「ほ、ほたる? どうしたの?」
「ごめんね。少しの間こうさせて?」
(会社の廊下…なんだよな……まぁ、いいか)
何も言わずに、そのまま待つ。
5秒。10秒。20秒。
ほたるの背中がゆっくりと上下した。
「……ふう。ありがとう、裕也くん」
少しの沈黙の後、満足したのかほたるがそっと離れる。
「いいんだけど、大丈夫? 何かあった?」
「ううん、なんでもないの。ただ……裕也くんをギュッてしたくなっただけ」
そう言って、少しだけ赤い頬を緩ませながら微笑む。
(……本当に、なんでもないのか?)
少し引っかかるものはあったが、彼女がそう言うなら何も言わずにおく。
「ほたるー!」
彼女の背後から、声が響いた。2人揃ってそちらを向く。
ショートヘアの女性が、早足でこちらに向かってきていた。
「ミラさん……」
ほたるの声に緊張が混じる。
女性はほたるに駆け寄ると、勢いよく頭を下げた。
「ほたる……さっきはごめんなさい。知らなかったとはいえ、ちょっと無神経過ぎたわ」
ほたるは少しだけ動揺した様子を見せた後、表情をほぐして彼女に向かって言葉をかける。
「私の方こそ、ムキになっちゃってごめんなさい。……えっと、せっかくなので紹介しますね」
少しだけ間があった。
「彼がサウンド部署の葛城裕也くん。それと……私の彼氏さんです」
徐々に声が尻すぼみになっていく。
(……こういうところが、な)
心の中で苦笑する。
俺たちの関係を他人に話すとき、まだ慣れていないのか決まって言葉の端がしぼんでいく。
彼女のそういうところも、なんとなく可愛いと思ってしまう。
「初めまして。Utopiaのサウンドを担当しています、葛城裕也です」
彼女だけに紹介させる訳にもいかない。そう思って、俺は一歩前に出る。
「初めまして。私はアートのセクションリーダーをしているクロエよ」
最初に挨拶を返してくれたのはブロンドの髪をした女性。
クロエと名乗ったその女性には見覚えがあった。
「クロエさん……確か、前回の全体ミーティングの際にいらしてましたよね」
「えぇ、覚えててくれて嬉しいわ。 アートもサウンドと関わることがあると思うから、今後ともよろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
「私はミラ。クロエさんやほたる、コウと同じくアートチームに所属してるわ」
クロエさんと入れ替わりで、紅色のショートヘアの女性ーーミラさんが言葉を交わしてくれる。
「ミラさん、よろしくお願いします」
「よろしく。……まさか、ほたるにボーイフレンドまでいるなんて……神様はちょっと不公平じゃないかしら?」
ミラさんはバツが悪そうにそっぽを向きながら、そんなことをぼやく。その言い方がおかしくて、思わず少しだけ苦笑する。
「おや、なにやら賑やかなことになっているね。ユーヤ、彼女たちもランチに誘うのかい?」
後ろからカトリーヌさんの声が聞こえて、振り返る。
「……そうですね。親睦はランチを取りながらがいいと思いますし。ほたる達もどうかな? 今からカトリーヌさんとお昼に行くんだけど」
カトリーヌさんの提案に乗る形で、ほたる達をランチへ誘う。
ミラさんと何かあったみたいだし、こうやって親睦を深めるのも悪くない。
「あら、いいわね。ご一緒させてもらおうかしら」
クロエさんが少しだけお茶目なトーンで返してくれる。
それに続いて、ミラさんが「私も!」と声を上げ、後から追いついてきた八神さんも頷く。最後にほたるが、少し嬉しそうに「うん、行きたい」と言ってくれた。
「決まりだね。それじゃあ、行こうか」
カトリーヌさんの声が、廊下に柔らかく響き、皆でロビーへと向かう。
少し前を行くカトリーヌさんとクロエさん。その後ろをミラさんと八神さんが続く。
自然と、俺とほたるが列の一番後ろになる。
隣を歩くほたるがちらりとこちらを見上げてくる。さっきまで赤かった頬が、今はやわらかく緩んでいた。
「ねぇ…裕也くん」
「ん?」
ほたるが小さな声で話しかけてくる。
「今日のランチ、一緒に食べられて嬉しいよ」
「俺もそう思うよ」
短く返す。
ほたるはそれを聞いて、こそっと笑う。まるで内緒話みたいな、小さな笑い声。
前の方でミラさんが何か言いかけて、クロエさんに「またそういうことを言う」と咎められている声が聞こえてきた。八神さんが「わかるけどね」とミラさんにフォローを入れる。
その声と笑い声がまじり合いながら、ロビーへ続く廊下に流れていった。