You are my Beginning 作:コンスタンシア
[Side:裕也]
「…ッ……」
彼女は、目を見開いたまま、瞬きも忘れたように俺を見つめていた。
その瞳は、まだ夢と現の境界を彷徨っているように揺れている。
『本当に……裕也くん?』
声には出さないけれど、その視線が痛いほどに問いかけている。
俺は少し困ったように、けれど隠しきれない再会の嬉しさを滲ませて、苦笑を浮かべた。
今はまず、彼女を安心させてあげるのが一番だと思ったから。
「うん……日本に帰ってきたんだ」
なるべく柔らかく、彼女の心に届くように言葉を紡ぐ。
その言葉を聞いて、彼女の肩からふっと力が抜けたのがわかった。
強張っていた表情が緩み、安堵の色が広がる。
けれど、まだ顔色は白いままだ。
額には脂汗が滲んでいるし、呼吸も浅い。
無理に動かさない方がいいだろう。
俺はそのまま、膝の上にある彼女の頭にそっと掌を置いた。
昔、よくこうして頭を撫でていたことを思い出す。
彼女が落ち着くまで、今はただ、こうしていよう。
木漏れ日が彼女の顔に落ちる影を、俺の手が優しく遮る。
しばらくの間、公園には風の音だけが流れていた。
彼女の呼吸が、少しずつ深く、ゆっくりとしたリズムに変わっていく。
頬にほんのりと赤みが差してきたのを確認して、俺は静寂を破った。
「最近、大学の方はどう?」
何気ない会話で意識をはっきりさせた方がいいのかもしれない。
俺の問いかけに、彼女は少しだけ視線を泳がせた後、自嘲気味に口元を歪めた。
「……楽しいよ。課題も多いけど、やりたいこともたくさんあって」
消え入りそうな声だけれど、そこには確かな充実感が滲んでいた。
でも、すぐにその表情が曇る。
「でも……ちょっと頑張りすぎちゃったかも。自主制作と課題が重なってて、ここ数日あんまり寝てなくて……」
「…。相変わらずだな、ほたるは」
「あはは……面目ない……」
彼女は力なく笑うと、自分の腕で身体を支えようと力を入れた。
「もう……大丈夫、だと思う。帰らなきゃ……」
「無理するなよ?」
「平気、平気……」
制止しようとする俺の手をすり抜けて、彼女はゆっくりと上半身を起こし、ベンチから立ち上がろうとする。
ふらつきながらも両足で地面を踏みしめ――。
「あっ……」
一歩踏み出した瞬間、彼女の身体がガクンと傾いた。
まるで糸が切れた操り人形のように、膝から崩れ落ちそうになる。
「――っ!」
反射的に手を伸ばし、倒れる寸前で彼女の身体を支える。
華奢な肩が、俺の腕の中で小刻みに震えていた。
――やっぱり、限界なんだ。
(…このまま歩かせるわけにはいかないな)
俺は覚悟を決める。
家まではもうすぐだ。なら、いっそ。
「ほたる、少しごめん」
「え……?」
断りを入れると同時に、俺は彼女の背中と膝裏に腕を回した。
身体を持ち上げると、彼女の驚いたような息遣いが胸元にかかる。
いわゆる「お姫様抱っこ」の形だ。
本来なら背負った方が安定するし、俺としても楽なのだが――今の彼女は膝丈のスカートを履いている。
幼馴染とはいえ、今の年齢でそれを捲れさせてしまうような格好は避けたかった。
「ゆ、裕也くん!?」
「じっとしてて。家まで送るから」
腕の中の軽さと、伝わってくる微かな体温。
俺は彼女を落とさないようしっかりと抱き抱え、再び歩き出した。
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[Side:ほたる]
「うん……日本に帰ってきたんだ」
その言葉を聞いた瞬間、張り詰めていた緊張の糸がぷつりと切れた。
夢じゃなかった。
幻覚でも、願望が見せた幻でもない。
目の前にいるのは、本当に『彼』なんだ。
安心して、涙が出そうになるのをぐっと堪える。
でも、身体は正直だった。
安堵したせいか、それとも久しぶりに聞いた彼の声の心地よさのせいか、泥のような重さが全身にのしかかってくる。
(ダメだ……まだ、ふらふらする……)
「最近、大学の方はどう?」
彼が気遣うように聞いてくれる。
心配かけたくない。
私は精一杯の強がりで、口角を持ち上げた。
「……楽しいよ。課題も多いけど、やりたいこともたくさんあって」
でも、すぐに自嘲の笑みが漏れる。
結局、無理がたたってこんな無様な姿を見せてしまっているんだから。
「でも……ちょっと頑張りすぎちゃったかも」
「…。相変わらずだな、ほたるは」
心配を含んだ苦笑をする彼の表情は昔と変わらない。
それが嬉しくて、私は「もう大丈夫だから」と自分に言い聞かせるように立ち上がろうとした。
自分の足で歩かなきゃ。
久しぶりの再会なのに、いつまでも彼に迷惑をかけていられない。
そう思って、地面を踏みしめた、はずだった。
「あっ……」
足に力が入らない。
世界がぐらりと傾いて、地面が迫ってくる。
(倒れ――っ!)
目を閉じた瞬間、硬い衝撃は来なかった。
代わりに、ぐっと強い力で身体を引き寄せられる感覚。
「ほたる、少しごめん」
耳元で、彼の声がした。
次の瞬間、視界がふわりと高くなる。
「え……?」
背中と膝裏に感じる、熱いくらいの体温。
身体が宙に浮き、気づけば私は、彼に抱き上げられていた。
これって、いわゆる……お姫様抱っこ……!?
「ゆ、裕也くん!?」
驚きで声が裏返る。
慌てて暴れようとしたけれど、彼の腕は岩みたいに安定していて、びくともしない。
「じっとしてて。家まで送るから」
短く告げる彼の横顔が、すぐ目の前にあった。
真剣な眼差しで前を見据える瞳。
引き結ばれた口元。
高校生の頃よりずっと広くなった肩幅と、分厚くなった胸板。
(あ……)
背負うんじゃなくて、抱き上げる形を選んでくれたのは、私のスカートを気遣ってのことだって、すぐに分かった。
そういう、細かすぎるくらいの優しさが、昔から大好きで。
トクン、トクン、と。
胸元から、彼の心臓の音が直接伝わってくる。
それとも、これは私の鼓動だろうか。
恥ずかしくて、顔から火が出そうだ。
近所の誰かに見られたらどうしよう。
いい歳して、お姫様抱っこなんて。
でも……。
「……ん」
抵抗する気力なんて、とっくに残っていなかった。
私は観念して、彼の首にそっと腕を回し、その広い胸に顔を埋めた。
懐かしい匂い。
頼もしい腕の感触。
ずっと、ずっと待っていた温もりが、今ここにある。
(……帰ってきたんだ、本当に)
熱のせいにして、私はもう少しだけ、この贅沢な特等席に甘えることにした。