You are my Beginning   作:コンスタンシア

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Episode 3 - 再会 III

[Side:裕也]

 

「…ッ……」

 

彼女は、目を見開いたまま、瞬きも忘れたように俺を見つめていた。

その瞳は、まだ夢と現の境界を彷徨っているように揺れている。

 

『本当に……裕也くん?』

 

声には出さないけれど、その視線が痛いほどに問いかけている。

俺は少し困ったように、けれど隠しきれない再会の嬉しさを滲ませて、苦笑を浮かべた。

今はまず、彼女を安心させてあげるのが一番だと思ったから。

 

「うん……日本に帰ってきたんだ」

 

なるべく柔らかく、彼女の心に届くように言葉を紡ぐ。

その言葉を聞いて、彼女の肩からふっと力が抜けたのがわかった。

強張っていた表情が緩み、安堵の色が広がる。

けれど、まだ顔色は白いままだ。

額には脂汗が滲んでいるし、呼吸も浅い。

無理に動かさない方がいいだろう。

俺はそのまま、膝の上にある彼女の頭にそっと掌を置いた。

昔、よくこうして頭を撫でていたことを思い出す。

彼女が落ち着くまで、今はただ、こうしていよう。

木漏れ日が彼女の顔に落ちる影を、俺の手が優しく遮る。

しばらくの間、公園には風の音だけが流れていた。

 

彼女の呼吸が、少しずつ深く、ゆっくりとしたリズムに変わっていく。

頬にほんのりと赤みが差してきたのを確認して、俺は静寂を破った。

 

「最近、大学の方はどう?」

 

何気ない会話で意識をはっきりさせた方がいいのかもしれない。

俺の問いかけに、彼女は少しだけ視線を泳がせた後、自嘲気味に口元を歪めた。

 

「……楽しいよ。課題も多いけど、やりたいこともたくさんあって」

 

消え入りそうな声だけれど、そこには確かな充実感が滲んでいた。

でも、すぐにその表情が曇る。

 

「でも……ちょっと頑張りすぎちゃったかも。自主制作と課題が重なってて、ここ数日あんまり寝てなくて……」

 

「…。相変わらずだな、ほたるは」

 

「あはは……面目ない……」

 

彼女は力なく笑うと、自分の腕で身体を支えようと力を入れた。

 

「もう……大丈夫、だと思う。帰らなきゃ……」

 

「無理するなよ?」

 

「平気、平気……」

 

制止しようとする俺の手をすり抜けて、彼女はゆっくりと上半身を起こし、ベンチから立ち上がろうとする。

ふらつきながらも両足で地面を踏みしめ――。

 

「あっ……」

 

一歩踏み出した瞬間、彼女の身体がガクンと傾いた。

まるで糸が切れた操り人形のように、膝から崩れ落ちそうになる。

 

「――っ!」

 

反射的に手を伸ばし、倒れる寸前で彼女の身体を支える。

華奢な肩が、俺の腕の中で小刻みに震えていた。

――やっぱり、限界なんだ。

 

(…このまま歩かせるわけにはいかないな)

 

俺は覚悟を決める。

家まではもうすぐだ。なら、いっそ。

 

「ほたる、少しごめん」

 

「え……?」

 

断りを入れると同時に、俺は彼女の背中と膝裏に腕を回した。

身体を持ち上げると、彼女の驚いたような息遣いが胸元にかかる。

いわゆる「お姫様抱っこ」の形だ。

本来なら背負った方が安定するし、俺としても楽なのだが――今の彼女は膝丈のスカートを履いている。

幼馴染とはいえ、今の年齢でそれを捲れさせてしまうような格好は避けたかった。

 

「ゆ、裕也くん!?」

 

「じっとしてて。家まで送るから」

 

腕の中の軽さと、伝わってくる微かな体温。

俺は彼女を落とさないようしっかりと抱き抱え、再び歩き出した。

 

===================

[Side:ほたる]

 

「うん……日本に帰ってきたんだ」

 

その言葉を聞いた瞬間、張り詰めていた緊張の糸がぷつりと切れた。

夢じゃなかった。

幻覚でも、願望が見せた幻でもない。

目の前にいるのは、本当に『彼』なんだ。

安心して、涙が出そうになるのをぐっと堪える。

でも、身体は正直だった。

安堵したせいか、それとも久しぶりに聞いた彼の声の心地よさのせいか、泥のような重さが全身にのしかかってくる。

 

(ダメだ……まだ、ふらふらする……)

 

「最近、大学の方はどう?」

 

彼が気遣うように聞いてくれる。

心配かけたくない。

私は精一杯の強がりで、口角を持ち上げた。

 

「……楽しいよ。課題も多いけど、やりたいこともたくさんあって」

 

でも、すぐに自嘲の笑みが漏れる。

結局、無理がたたってこんな無様な姿を見せてしまっているんだから。

 

「でも……ちょっと頑張りすぎちゃったかも」

 

「…。相変わらずだな、ほたるは」

 

心配を含んだ苦笑をする彼の表情は昔と変わらない。

それが嬉しくて、私は「もう大丈夫だから」と自分に言い聞かせるように立ち上がろうとした。

自分の足で歩かなきゃ。

久しぶりの再会なのに、いつまでも彼に迷惑をかけていられない。

そう思って、地面を踏みしめた、はずだった。

 

「あっ……」

 

足に力が入らない。

世界がぐらりと傾いて、地面が迫ってくる。

 

(倒れ――っ!)

 

目を閉じた瞬間、硬い衝撃は来なかった。

代わりに、ぐっと強い力で身体を引き寄せられる感覚。

 

「ほたる、少しごめん」

 

耳元で、彼の声がした。

次の瞬間、視界がふわりと高くなる。

 

「え……?」

 

背中と膝裏に感じる、熱いくらいの体温。

身体が宙に浮き、気づけば私は、彼に抱き上げられていた。

これって、いわゆる……お姫様抱っこ……!?

 

「ゆ、裕也くん!?」

 

驚きで声が裏返る。

慌てて暴れようとしたけれど、彼の腕は岩みたいに安定していて、びくともしない。

 

「じっとしてて。家まで送るから」

 

短く告げる彼の横顔が、すぐ目の前にあった。

真剣な眼差しで前を見据える瞳。

引き結ばれた口元。

高校生の頃よりずっと広くなった肩幅と、分厚くなった胸板。

 

(あ……)

 

背負うんじゃなくて、抱き上げる形を選んでくれたのは、私のスカートを気遣ってのことだって、すぐに分かった。

そういう、細かすぎるくらいの優しさが、昔から大好きで。

トクン、トクン、と。

胸元から、彼の心臓の音が直接伝わってくる。

それとも、これは私の鼓動だろうか。

恥ずかしくて、顔から火が出そうだ。

近所の誰かに見られたらどうしよう。

いい歳して、お姫様抱っこなんて。

でも……。

 

「……ん」

 

抵抗する気力なんて、とっくに残っていなかった。

私は観念して、彼の首にそっと腕を回し、その広い胸に顔を埋めた。

懐かしい匂い。

頼もしい腕の感触。

ずっと、ずっと待っていた温もりが、今ここにある。

 

(……帰ってきたんだ、本当に)

 

熱のせいにして、私はもう少しだけ、この贅沢な特等席に甘えることにした。

 

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