You are my Beginning   作:コンスタンシア

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Episode 4 - ほどける心

[Side:裕也]

 

腕の中にある温もりを揺らさないよう、俺は意識して足裏全体で地面を踏みしめるように歩く。

本来なら、どこへ向かえばいいのか聞くべきところだろう。

けれど、俺の足は自然と彼女の家の方向を選んでいた。

まるで自分の家に帰るのと同じくらい、この道順は身体に染み付いている。

幼馴染の特権、と呼ぶには少し気恥ずかしいけれど、今はその記憶に感謝した。

腕の中で小さくなっていた彼女だったが、少しずつ落ち着きを取り戻してきたのか、ポツリポツリと言葉をこぼし始めた。

 

「……あおっちね、イーグルジャンプに入社したんだよ」

 

「へぇ、あのイーグルジャンプに? 涼風さん、すごいな。夢を叶えたんだ」

 

「うん。ねねっちもね、デバッグのアルバイトだったけど、あおっちの会社で一緒にお仕事してたんだよ」

 

「桜さんがデバッグ? あの子の事だから、涼風さんが心配…だったのかな? でも、その行動力は桜さんらしいね」

 

「ふふ、そうだね……2人とも凄いんだよ?」

 

彼女の声は弾んでいる。

友人の活躍を心から祝福している、優しい響きだ。

けれど、その声の端々に、微かな陰りが見え隠れしているのを俺は聞き逃さなかった。

自分だけが取り残されているような、漠然とした焦燥感。

腕の中から伝わってくる緊張が、彼女の不安を物語っている。

 

(……焦ってる…のか)

 

俺は歩調を緩めず、けれど彼女に届くように、意識して声を張った。

 

「…ほたるもしっかりと、前に進んでるよ」

 

「……え?」

 

彼女が俺の胸元で顔を上げ、不思議そうに瞳を揺らす気配がした。

 

「この間、メッセージで見せてくれた絵。……あれ、グランプリを取ったんだろ?」

 

「――っ」

 

腕の中の身体が、ビクリと跳ねた。

 

「うそ……私、絵はたしかに裕也くんに見せたけど、賞……コンテストのことなんて言ってなかったのに……」

 

掠れた声で漏れる彼女の動揺。

俺は苦笑交じりに、視線を前の道に向けたまま答える。

 

「向こうにいた時も、日本とフランスの美術ジャーナルは時間のある時にチェックするようにしてたんだ」

 

「……え?」

 

「フランスの…結構大きな規模のコンテストだったよね? 受賞者の特集ページ、ほたるの絵が大きく掲載されていたんだよ。『Hotaru Hoshikawa』の名前と一緒にね」

 

「見……ててくれたの……?」

 

「ああ。それに、ロサンゼルスで一緒に仕事をしたクライアントにも、君の事を知っている人がいたんだ」

 

これは嘘じゃない。

打ち合わせ後に呼び止められて、話を聞いた時の誇らしさは、自分のこと以上だった。

 

「『日本人の学生がフランスでグランプリを取っていたわ! 君もそうだけど、日本の若者は才能あふれる人が多いのね』って、驚いてたよ」

 

「そん、な……」

 

「だからさ」

 

俺は立ち止まり、少しだけ腕の中の彼女に視線を落とした。

長い睫毛が震え、大きな瞳が潤んでいる。

 

「“自分だけ”なんて思わなくていい。焦らなくていいんだよ」

 

友人の背中を追いかける気持ちは痛いほどわかる。

でも、彼女は彼女のペースで、確実に結果を残している。

それを、一番近くで――いや、一番遠くからでも、俺は見ていたつもりだ。

 

「君が思っている以上に、周りはちゃんと君を見てる」

 

風が凪ぎ、一瞬の静寂が降りる。

俺は確信を込めて、彼女の瞳を見つめ返した。

 

「もちろん……俺も含めてね」

 

「ッ……うん、ありがと……裕也くん」

 

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[Side:ほたる]

 

「へぇ、あのイーグルジャンプに? 涼風さん、すごいな。夢を叶えたんだ」

 

「桜さんがデバッグ? あの子の事だから、涼風さんが心配…だったのかな? でも、その行動力は桜さんらしいね」

 

あおっちや、ねねっちの話をする時、私はどんな顔をしていただろう。

友達の夢が叶っていくのは、素直に嬉しいし、自分のことのように誇らしい。

でも、その光が強ければ強いほど、自分の足元に伸びる影も濃くなる気がして…。

 

(私だけ、置いていかれてるのかな……)

 

フランス留学も経験した。大学でも評価されている。

頭では分かっているのに、心が追いつかない。

焦りみたいなものが、胸の奥でチリチリと燻っていた。

そんな私の弱音を見透かしたように、頭上から彼の声が降ってくる。

 

「ほたるもしっかりと、前に進んでるよ」

 

え?

思わず顔を上げる。

 

「この間見せてくれた絵。……あれ、グランプリを取ったんだろ?」

 

心臓が、大きく跳ねた。

 

(……うそ)

 

喉の奥が引きつる。

だって、言ってない。

あの絵の画像を送った時、私は「コンテストで賞を取った」なんて一言も添えなかった。

本当は、言いたかった。

『凄いね』って、『頑張ったね』って褒めてもらって、勇気を貰いたかった。

でも、彼は海の向こうで、私の想像もつかないくらい厳しい世界で戦っている。

そんな彼に、「私のことを見て」なんて甘えるのは違うと思った。

余計な心配や、期待を押し付けたくなかった。

だから、せめて『私が描いたんだよ』って事実だけを伝えたくて、絵だけを送ったのに。

 

「日本とフランスの美術ジャーナルは時間のある時に見るようにしてたんだ」

 

彼の言葉が、染み渡るように響く。

 

「フランスの結構大きな規模のコンテストだったよね? グランプリの掲載ページ。ほたるの絵が大きく掲載されていたんだよ」

 

知っていたんだ。

私が隠していた「結果」も、その裏にあった「努力」も。

彼は、私が言葉にしなくても、海を越えた遠い場所から、ずっと見つけてくれていた。

 

「それに、ロサンゼルスで一緒に仕事をしたクライアントにも、君の事を知っている人がいたんだ」

 

彼が続ける言葉の一つ一つが、凍えていた自信を溶かしていく。

 

「だからさ、“自分だけ”なんて思わなくていい。焦らなくていいんだよ」

 

トクン、トクン、と背中越しに伝わる彼の鼓動が、言葉に熱を持たせる。

 

「君が思っている以上に、周りはちゃんと君を見てる」

 

風が止まった気がした。

彼の視線が、私の瞳を射抜く。

 

「もちろん……俺も含めてね」

 

(あ……だめだ)

 

視界が滲んで、熱いものがこみ上げてくる。

貧血のせいなんかじゃない。

ただ、嬉しくて、切なくて。

遠い国にいても、時差があっても、彼はしっかりと私を見てくれていた。

その事実だけで、胸の奥が火傷しそうなくらい熱くなる。

私は涙を見せないように、彼の胸板にぐり、と顔を押し付けた。

シャツ越しに伝わる体温に、今はただ、縋っていたかった。

 

「……うん、ありがと……裕也くん」

 

震える声でそれだけ伝えるのが、今の私にできる精一杯だった。

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