You are my Beginning   作:コンスタンシア

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Episode 7 - ご機嫌な理由は?

[Side:ほたる]

 

駅の改札前。

私の通う大学はここからバスで少し行った先にある。

彼の目的地である市役所は、この駅からもう一本電車を乗り継がなくてはいけない。

なので、私たちはこの駅で一旦、別れることになる。

 

「それじゃあ、またあとで連絡する」

 

そう言って手を振ってくれた裕也くんの姿が、まだ瞼の裏に残っている。

改札を通り、人混みに紛れていく背中を見送る時、寂しさよりも「また会える」という確信が胸を満たしていた。

ほんの数日前まで、海を隔てていた距離が、今はまたご近所さんの距離になった。

その事実を噛みしめるだけで、人の多かった電車の息苦しささえ、今の私には心地よい春の喧騒に感じられた。

 

バスを降り、大学へと続く並木道を歩く。

桜の彩りが薄れ、新緑となりはじめた木々の木漏れ日が、アスファルトに綺麗な模様を描いている。

いつもなら課題の構成や、色彩のバランスで頭がいっぱいになって見過ごしていた景色が、今日は鮮やかに目に飛び込んでくる。

 

(……ふふっ)

 

自分の右腕を、そっと左手で撫でてみる。

今朝、彼の腕に抱きついた時の感触。

硬い筋肉と、体温。

そして、戸惑いながらも受け入れてくれた彼の優しさ。

思い出すだけで、口元が緩んでしまうのを止められない。

 

「あ、星川さん おはよう!」

 

校門をくぐり、油絵の具の匂いが漂うアトリエ棟へ向かおうとした時、背後から聞き慣れた声がした。

振り返ると、同じアトリエに通う友人たちが数人、大きなキャンバスや画材バッグを抱えて歩いてきていた。

 

「おはよう! みんな早いね」

 

私が挨拶を返すと、友人たちは一瞬きょとんとして、それから顔を見合わせた。

 

「ちょっと待って。ほたるちゃん……なんか今日、雰囲気が違わない?」

 

友人の一人が、不思議そうに首を傾げながら近づいてくる。

 

「そう? いつも通りだよ?」

 

「いやいや、全然違うって! 昨日は心配になるくらい切羽詰まった顔をしてたんだよ?」

 

「そうそう! それなのに今日は妙に肌ツヤいいし、オーラがピンク色っていうか……凄くキラキラしてる!」

 

「ええっ、そんなことないよ?」

 

友人たちの遠慮ない指摘に、私は苦笑するしかなかった。

確かに昨日は最悪だった。

言われた通り、切羽も詰まってて、貧血で倒れかけて、精神的にも追い詰められていた。

でも、今の私は違う。

私にだけ効く"特効薬"のおかげで、世界が輝いて見えるのだ。

 

「何かいいことあったの? コンクール…はまだ少し先だし…うーん?」

 

「あ、それとも欲しかった画材が手に入ったとか?」

 

みんなが口々に推測を並べる中、グループの中で一番勘の鋭い子が、私の顔をジッと覗き込んだ。

彼女はニヤリと口角を上げると、私たちにしか聞こえないくらいの声の大きさで、核心を突いてくる。

 

「…もしかして、好きな人とか……あるいは、彼氏でもできた?」

 

「へっ!?」

 

心臓が高鳴る。

図星を突かれた動揺で、顔が一気に熱湯につけられたみたいに熱くなる。

 

――彼氏

 

その甘美な響きが、頭の中でリフレインする。

まだ、そこまではいっていない。

"恋人"という名前はついていない。

でも、昨日の夕方、手を繋いでもらって眠ったこと。

「ゆっくり歩いていこう」と言ってくれたこと。

そして今朝の、恋人のような距離感。

 

(……ううん、もうほとんど、そうなんじゃないかな)

 

否定する言葉が見つからない。

というより、否定したくなかった。

私のこの高揚感は、間違いなく彼――裕也くんがくれたものだから。

 

「なになに、その真っ赤な顔! ホントに!?」

 

「えーっ、誰!? 同じ学科の人!? 詳しく聞きたい!」

 

私の反応を見て、友人たちが一斉に色めき立つ。

好奇心に満ちた視線が集まる中、私は画材バッグを胸にギュッと抱きしめ、熱い頬を隠すようにして、とびきりの笑顔を作った。

 

「――秘密だよ!」

 

これ以上言ったら、全部喋ってしまいそう。

彼の優しさも、かっこよさも、私だけが知っている彼の声も。

今はまだ、この幸せな秘密を、私の中だけで大切に温めていたい。

 

「えーっ! ケチー!」

 

「ほたるちゃんが私たちに隠し事…!」

 

彼女たちの可愛いブーイングを背に受けながら、私は逃げるようにアトリエへと小走りで向かった。

窓から差し込む光が、画架に立てかけられた白いキャンバスを照らしている。

今日の私なら、きっと今までで一番、優しくて温かい色が描ける気がした。

 

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