後追い星は願う   作:メメント森

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それを人は始まりと呼ぶ
落ちた雫


 

 ──あぁ、なんて辛そうな表情(かお)をするんだろうか。

 

 霞み始めた視界に映る君の表情はとても辛そうに見えた。強く揺れている瞳が僕をずっと捕まえては離さない。まるで、(オレ)が何処かに行くのを止めようとしているかのようだ。

 酷く疲弊しているように見える君に対して、僕はかける言葉が見つからない。いやきっと、かける言葉が見つからないのはお互い様だろう。さっきから何度も喉元まで上がってきた言葉を飲み込もうとする君の様子が目に入る。まるでかける言葉を吟味しているかのようだ。

 言葉を選ぼうとしている弊害だろうか。言葉が少し漏れ出ては、その口を閉じる。そんな行為を彼は何度も繰り返している。何度も何度も繰り返した上でようやく口から紡がれた言葉にはいくつもの葛藤が滲み出ていた。

 

 

 「……どうして」

 

 …………あぁ、どうして君はそこまで優しいのだろうか。

 迷惑を散々かけた僕に対し、やっとの思いで出てきた言葉がそのようなものであるとは。まったく、君はいつも優しすぎるよ。ほんとに。自分を蚊帳の外に置いてまで人を優先できるのは、君の良いところではあるけど悪いところでもあると思うんだよね。

 だからさぁ…………、そんな表情をしないでよ。

 

 

 残念なことに、今の僕にはそんな簡単な一言を伝えることすらできそうにない。

 視界は歪み、喉は閉じていく。閉じ始めた喉は、言葉を発することを拒む。

 まるで、僕の意思がそうだと言わんばかりに。

 

 

 「────」

 

 

 どうやら、もう時間らしい。

 結局、僕は最後の最後まで彼に迷惑をかけてしまうらしい。

 思い返せば、ずっとそうだった気がする。彼らを想い、彼らのためとたくさんのことをしてきた。でも、どれも結局は彼らを悲しませてばかりだ。相も変わらず、僕は彼らに迷惑をかけてばかり。きっと、彼らからしたら、僕の存在は疫病神か何かだろう。

 …………何もしてあげられなかったな。

 

 

 「……ごめんね」

 

 

 閉じていた喉を力の限り開く。

 ようやく開かれた喉から発せられる言葉はなんともまぁ、掠れていた。言葉の節々が尖っているかのような錯覚に陥りそうになる。

 

 

 「──!?ッ」

 

 

 しかしまぁ。最後にかける言葉が謝罪の意になるとは。

 正直、今際の際でかける言葉がこのようなものになろうとは、あの頃には想像もつかなかった。

 …………最後の最後にこんな情けない言葉をかけちゃってごめんね。

 

 

 「──ッッッ」

 

 

 君の叫ぶ声が聞こえた気がする。

 なんて言ったんだろう。表情から読み取ろうに視界は歪みまくってよくわからない。

 けど、きっと君のことだしなぁ。眉間に強く皺を寄せて怒るように叫んでいるのが容易に想像がつくよ。

 それこそ、会社の上司みたいな怒り方だったりしてね。君は昔からおっさん臭いからなぁ。そんな風に怒っていても不思議じゃないか。それこそ、前にみんなで焼肉を食べに行ったときとかさ──

 

 

 …………最後の最後に何考えてんだろうな本当に。

 今更、全部遅いってのにね。罪を重ねすぎた僕に道なんて残ってないし、これ以上君たちといるわけにも行かない。

 きっと、未だに過去を懐かしみ、未来に想いを馳せてしまうのは、この日々が愛おしいからだろうか。

 たとえ、偽りの日常であっても、この日々は愛おしいものであった。

 本当に、本当に──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──最後に会えたのが君で

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──お前で良かった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……アクア

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 

 「……ッッヴ」

 

 

 首が強く締められ、咄嗟に目が覚める。

 寝起きの重たい瞼を頑張って開き、俺の首を強く締めている人と目を合わせようとする。目が合った途端に首を絞める力が強くなった気がする。

 

 

 「げほっ……!」

 

 

 この野郎、目を合わせた途端に首を締める力を強くしてきやがった。ざけんな。何が嬉しくて毎日毎日、親の首締めで目を覚まさなくちゃいけないんだっての。モーニングコールにしては、少し過激すぎるだろ。毎度のことであるが、流石に首を絞められて目が覚めるのは兎にも角にも目覚めが悪すぎる。

 

 

 母親の過激なモーニングコールから解放されたのはそれから五分後ぐらいのことであった。

 

 

 現状を見るに明白なことではあるが、母親は俺のことが嫌いみたいだ。まぁ、理由なんて分かりきっている。俺が血縁上の父にあたる人物と酷く似ているからだ。母は俺のことが嫌いではあるが、本質は少し違う。俺の血縁上の父親にあたる人物、"カミキヒカル"を酷く憎んでいるのだ。

 

 

 訳を話すと少し長くなるが、俺の血縁上の父親にあたる人物は"カミキヒカル"になるが、戸籍上の父親は別人である。そう、別人であるのだ。

 何故、血縁上の父親と戸籍上の父親が違うのか。それはそれは至ってシンプルな話ですよ。母親は、戸籍上は父親にあたる者と婚姻関係を結んでいたのにも関わらず、"カミキヒカル"との間に肉体関係を作ってしまったのだ。しかも、あろうことか子供まで成してしまったってわけ。

 最初は、父も気づいていなかったのだろう。生まれて間もない俺を自分の息子であると信じており、強く溺愛していたものだ。しかし、ある程度成長すると、父は違和感に気づいてしまったのだ。俺には、明らかに二人の子供ではないことを示す特徴があったからだ。

 

 

 それは何か。

 

 

 そう、髪色である。父も母も髪色は黒かった。にも関わらず俺の髪色は金色に等しいものであった。故に、父は母を強く問い詰め真相を暴いた。

 結果として、母の不貞な行為は明るみになり父は家を出て行ってしまったのだ。

 

 

 自分自身の行いが招いた自業自得な結果にも関わらず、母は自らが抱く憎しみの向ける先を"カミキヒカル"としたのだ。

 そして、成長していくたびに"カミキヒカル"の特徴を宿していく俺には強い憎しみを持って接するようになり、日に日に当たりが強くなっていく一方だった。そして気がついたら、日常において暴力や暴言が当たり前となっていた。

 

 

 「……ったく、いくら何でもやりすぎだっての」

 

 

 毎日過激なモーニングコールで起こされることとか、ストレス発散の如くサンドバッグにされたりすることに対して多少の文句こそあれど、別に俺にとっては些細なことに過ぎない。

 普通の児童であればきっと歪んだ性格になっていたに違いない。それこそ、強いトラウマを抱えたりしていたはずだ。

 

 

 けど、俺は違う。

 

 

 俺はそんじょそこらの児童とは違うのさ。

 何故かって。それは俺が俗に言う転生者と呼ばれる者だからだ。

 そう、俺には前世の記憶があるのだ。

 

 それは普通の人生だった。可もなく不可もない、至って普通な人生そんな人生。順当に学校に通い、歳を重ねては進学をする。ありふれた人生の一つだった

。けど、そんな普通の人生にも突然終わりがやってくる。

 俺は事故にあってしまった。車道から飛び出てきたトラックから、反射的に通行人を守ろうと動いてしまった。そして、気がつくとこの世界に転生していた。

 

 

 転生して間もない頃、俺は気づいた。

 この世界は、俺が前世でハマっていた数ある作品の一つである『推しの子』の世界であると。

 

 

 きっかけは単純なことだった。

 母は俺に暴力を振るうとき、強く誰かの名前を非難する。その名前こそが、この世界が『推しの子』であるとたらしめるものであった。この世界におけるラスボス的存在、"カミキヒカル"だ。主人公の肉親にして主人公が存在意義。

 流石にそこまでのレベルとなるヒントがあれば、この世界がどのようなものか理解することなんて容易いことだった。

 

 

 「……んまぁ、この程度なら数日したら治るかー」

 

 

 ある程度成熟した精神と『推しの子』の存在。

 この二つの存在は、母からの虐待に等しい行為に対し、トラウマが形成されるのを抑える効果があった。

 達観した価値観はときに心の余裕を生み出す。そのせいか、年齢にそぐわない逸脱した俺の精神は、母からの非人道的行為に対してどこまでも他人的であった。別に痛めつけたいのならいくらでもやればいいと、怒りをぶつけたて満足するならば好きなだけすればいいと。どこまでいっても、他人事のように感じられた。

 

 

 ……まぁ、だからと言って過激なモーニングコールはさすがに勘弁してほしいものである。

 毎朝、首を絞められて起こされるのは流石に心臓に悪すぎるのだ。せめて、平手打ちとか殴打とかで抑えてくれないっすかね。呼吸できなくて目が覚めるのは流石にきついんすよ母上ェ。

 

 

 とまぁ、こうして俺の『推しの子』ライフは始まったわけだが、問題点もいくつかある。もちろん、母上からの虐待もその一つではあるが、一番の問題は情報だろう。さまざまな問題を解決していくためには、まずは情報が必要不可欠である。

 当面の予定として、情報収集になりそうだ。とは言っても、今の俺は年少にも満たないガキんちょ。しばらくは、過激なモーニングコールに怯えるだけの日々を送るだけになりそうだ。解せん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 今思い返すと、このときの(オレ)は考えが甘かったのだ。創作物の世界に転生して、きっと浮かれていたからだろう。

 ネットの海に無数に存在する二次創作たち。その中でも、オリジナルの主人公が登場するものは大抵ご都合的な話ばかりだ。本来、物語というものは作者の気まぐれによって内容が大きく変化する。あらすじに沿わせるため、納得のいかない内容であった、評価があまり良くはなかったなどと理由はさまざま。理由はどのようなものであれど作者によって内容は大きく変わる場合がある。

 ようは作者の願望が投影されるものこそが作品だ。特に二次創作にはそれが顕著に出る傾向がある。

 

 

 だから俺は、勘違いしてしまった。

 自らが愛したこの世界に転生した自分を、二次創作に登場するような主人公とばかりに思ってしまったのだ。そのような存在であれば、辛い思いをしたって、いつかは良い結末を迎えるに違いないと信じていた。虐待を受けようが、母から愛されなかろうが、いつかきっと自分が望む展開が訪れるはずだと。

 だから、アイを守り、アクアを救い、ルビーを笑顔にする。それが自分には可能であると。

 そう、過信していたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──だから、俺は守れなかったのだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──故に、俺は向き合い続ければならない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──己の罪と罰に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──二人をハッピーエンドに連れていく

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──そのためになら、俺は悪魔にだって魂を売ってみせる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これは復讐劇もなければ、トップアイドルを目指すような成長物語でもない。

 一人の少年が、苦しみながら足掻いて己の罪と向き合う贖罪の話である。

 

 

 

 

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