後追い星は願う   作:メメント森

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 自分は壊れていないと信じ込む主人公って良いですよね。なんとなくですけど。


愛を残して

 

 

 ──私は間違っている。

 

 

 あの人に捨てられてから、私は少しずつ壊れていった。いつしか、辛い思いをして産んだ愛しき我が子を、憎悪の対象へと変えていた。私は夫がいる身でありながら、当時の年齢にして十五歳の少年と子を成してしまったのだ。勿論、(カミキヒカル)に子供を養う力なんてなく、年齢差などを考慮しても社会的に悪者なのは私だ。息子の父が彼だとしても、彼に縋る手段なんてものはなく、夫もこんな私に寄り添うはずもない。私がこの子を一人で育てていかねばならないのは、私自身の罪に対する罰であり贖罪なのだ。

 私は、自らの罪に赦しを乞うように一人でこの子を育て始めた。いや、育ていたと言うべきなのだろう。成長していくこの子は、次第に彼の姿を彷彿とさせる面立ちと変わっていった。そんなこの子を見ていると私は、この現状に対する不満が少しずつと溢れ出していた。

 

 

 最初はありふれた普通の不満だった。

 私との間に出来た子なのだから、育児に関して少しは力を貸してくれてもいいのではないだろうか。金銭面などで力になれないとしても、この子の面倒を少しぐらいは見てくれてもいいのではないだろうか。そんな、不満が沸々と溢れて出していく。

 それでも最初は、自らの罪を思い返しその考えを心の奥底へと抑えつけた。浮ついた気になってしまったのは私だ。だから、私が一人で育てていくしかないと。けれども、一度湧き出した不満というものは減ることなどないらしい。不満を一つ思い浮かべば、次には二つに。文句を一つ言えば、次に出る文句は二つに。気がつけば私は引き返せないところまで来ていた。

 血の繋がった我が子に彼を重ねて、思いつく限りの罵詈雑言を浴びせるようになっていた。良くない。間違っている。そんなことは自分でもわかっていても、一度壊れた不満の蛇口はもう止まらない。

 

 

 気がつけば、この子も自らの足で歩くようになり、自らの意思で言葉を発するようになっていた。

 そんなこの子の姿を見て、私はこの子に彼を投射してしまい、この子に浴びせる罵詈雑言の数は次第に増えていき、気がつけば暴力すら振い始めていた。

 

 

 私が間違っている。私が間違っている。私が間違っている。

 頭では何度も理解している。それでもこの子を責める口が、この子を痛めつける手が止まろうとしないのは、私の心が壊れているからだろう。

 この子が大人になった時、きっと私への思い出は辛いものばかりとなるはずだ。自分の親を思い返しても、辛い虐待の思い出しかないなんて、どれだけ残酷なことか。

 

 

 だから、私は止めないといけない。

 自らの犯した罪に新たな罪を重ねることを。

 この子の未来が少しでも間違った道に逸れてしまう前に。今更私にできることなんて高が知れている。今の行いを止めることは、口に出すだけなら難しいことではない。けれど、頭がそれを理解していたとしても、体が、心がそれを拒むのだ。

 

 

 ──この子が最初に発した言葉は、私への哀れみだった。

 

 

 可哀想に。

 ただ、一言だけこの子は呟いた。それ以降、この子は私に何の言葉も介さない。それもそうだろう。生まれながらにして、自分を痛めつける親を誰が親と思うだろうか。誰がそんな親と話したいと思うだろうか。私を憐れんだように見るその瞳には、何も映していないように感じられた。ただ、機械的に哀れだと決めつけてそれで終わり。きっと、この子にはそれ以上でもそれ以下でもないのだろう。

 

 

 ──きっと、この子は壊れている。

 

 

 私がこの子を壊してしまったのだ。

 生まれながらにして受け続けてきた、暴力や暴言の数々。これらがこの子の心を壊してしまったのだろう。

 あぁ、私はなんて罪深いのだろうか。私がこの子に持ち合わせる贖罪なんてものはほとんど残っていない。きっと、私が何をしてもこの子の瞳に映る私は憐れな母親のままなのだ。

 

 

 ならば、私にできる贖罪なんて決まっている。

 この子がこれ以上壊れてしまわないように。私はこの子の背中を押さなければならない。

 

 

 ──でも、後悔がないと言えば嘘になっちゃうかな。

 

 

 ──本当なら、貴方が健やかに成長する様子をずっと眺めていたかった。

 

 

 ──けど、それは許されない。

 

 

 ──夫を裏切り、貴方に手をかけてしまった私が今更赦されるなんて道はもうない。

 

 

 ──だからせめて、貴方の行く末が少しでも明るいことを信じて。

 

 

 ──その前に、最後に一つだけ言わないといけないことがあるの。

 

 

 ──お母さんね、貴方のこと沢山叩いちゃったし、悪口も言っちゃった。

 

 

 ──けどね、これだけは言える。

 

 

 ──世界で一番に貴方のことを、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──愛しているわ、雫(ごめんなさい)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ※

 

 

 俺が三歳の頃、母は自殺した。

 きっかけが何であったかなんて、俺にはわからない。最初は、死ぬほど憎んでいた父を彷彿とさせる俺のことを育て続けて心が壊れてしまったかと考えていた。でも、母は殆ど無関係にあった祖母に俺の今後を託すように言い残していた。まるで、俺の身を案じているようだった。この行動にどのような意図があったかなんて、母が亡くなった今、もう確かめる手段はない。

 

 

 別に、自分のことを痛めつけていた母が自殺しようと俺には何も関係ない。

 これで俺は『推しの子』の世界を堪能することができるのだ。そんな事実の前では、自らを害しようとしていた母の死など好都合でしかない。

 生前、俺が『推しの子』を読んでいて納得のいかなかった展開を俺自身がどうにかできるかもしれない。そう考えるだけで心が強く踊るものだ。

 

 

 そのはずなのに、俺の心は何かを訴えている。

 別に、母のことも虐待のような日々もどうでもいいはずだ。他人事のように切り捨てたはずのそれらは、今の俺には関係のないものであるはずだ。

 ……関係ないはずだろ。

 

 

 ──愛してる、雫。

 

 

 「……別に、だからどうしたって言うんだよ」

 

 

 母の最期の言葉が、何度もよぎる。

 自らに対してかけられた言葉に対して、俺は何を思うのだろうか。

 何度考えてもその言葉の意味も理由もわからないままである。

 

 

 「……そんなことより、これからどうすっかなぁ。いくらハマっていたと言えど、作中の主要人物たちの活躍していた年代まで詳しく覚えているわけじゃないんだよなぁ」

 

 

 俺自身がこの世界への介入を望んだとしても、問題はいくつもある。現状でいえば、タイミングの把握だろう。

 アイの活躍などから、ある程度の時間軸は予想がつく。しかし、ある程度である。細かにわかるわけではない。また、物理的距離の問題もあるのだ。原作の情報だけでは、アイ含めた主要人物たちの居場所は図り切れない。

 だから、俺が作品そのものに介入するためには、俺と主要キャラの物理的距離を近づけること。これが前提としてできなければ、俺はスタートラインにすら立つことすらできやしない。

 

 

 「……うーん、どうしたもんか」

 

 

 「どうしたんだい、雫?」

 

 

 「あ、ばあちゃん。……いやぁ、少しだけ悩み事があって」

 

 

 「……おばあちゃんに言ってみたら解決できる内容かい?」

 

 

 「んまぁ、解決はできないかな?だから、気にしないで!多分、そのうち何とかなるからさ」

 

 

 今話しかけてきたのは、母が亡くなった後に俺を引き取ってくれた母の祖母である。すなわち、俺から見て曽祖母に当たる人である。どうやら、俺の祖母に当たる人はかなり昔に音信不通となっているらしく、母が俺を託せるであろう肉親が曽祖母しかいなかったのだ。

 曽祖母、とは言っても母は幼くして俺を産んでいる。それこそ、年齢だけで見るとあの星野アイと大差ない。故に、一般家庭における祖母と孫ぐらいにしか歳の差は存在せず、俺も気軽に「ばあちゃん」なんて呼ぶ間合い柄だ。

 

 

 「……そう言えばおばちゃん、お隣さんに引越しのご挨拶をしなきゃならないんだけどね。雫も一緒に来るかい?」

 

 

 「んー、挨拶かぁ。……別に行ってもいいけど、どうしよっかなぁ」

 

 

 「雫と同じぐらいの年頃のお子さんもいるみたいだし、友達になれるんじゃないかね。私たちと同じ苗字みたいだし、これも何かの縁かと思って来てみたらどうだい?」

 

 

 「ほーん、同じ苗字ねぇ……。ん?同じ苗字?てことは、星野ってこと?」

 

 

 「そうだよ、同じ星野さんさ。私にゃよくわからんが、何でもテレビで有名な方らしくてね、ここがせきゅりてぃ?の都合上丁度良かったんだとよ。」

 

 

 何とびっくり、俺の今世での苗字は星野である。

 母がなき今、ばあちゃんに引き取られて生活しているわけであるが、別にそれで苗字が変わったというわけではない。元々、星野という苗字だったのだ。

 …………父が"カミキヒカル"で、母の旧姓が星野ときたら何か事情がありそうではあるが、少なくとも今の俺には確かめようがないのが現状である。

 

 

 「みばれ?を気にして、隣が誰もいないとこにしたみたい。でもまぁ、後から私たちが来ちゃったって感じらしくてね」

 

 

 「えらくべっぴんさんなもんでね、お子さんもすごい煌びやかで可愛らしい子だったよ。……まぁ、うちの雫の方が何倍も可愛いがね」

 

 

 「……いや、そこで急に俺を褒められても」

 

 

 十中八九、彼女達だろう。

 これは嬉しい誤算だ。望み描いたことが向こうからこっちにやってきたのだ。

 

 

 しかしまぁ、気になることもいくつかある。

 まず第一に、俺の記憶が違わなければ彼女たちはもっと豪華な家に住んでいた記憶がある。俺とばあちゃんが住んでいるのは、何の変哲もない普通のマンションだ。ドームライブの前に引っ越しを行うとしても、もう少しセキュリティのしっかりとしたところに住むのが普通のはずだ。

 アイの活躍はテレビでよく見かけている。五反田監督の作品も存在していた。金に困っているわけではないのは確かだ。

 

 

 だが、何はともあれ第一の課題はクリアした。

 これから俺の『推しの子』生活が始まる。そう考えると気分が高揚する。俺が愛したこの世界に自分が存在するどころか、介入することができる。どのように立ち回ろうかだなんて醜い妄想を何度もしてきた俺からすると、その事実はとても甘美なものなのだ。

 

 

 俺がこの世界に介入したい理由と大きいのは、アクアの死である。生前、『推しの子』を読んでいて、納得がいかなかったというか、受け入れられなかったのが最後のアクアの死だ。何度も思ったことがある。自分が『推しの子』の世界にいて、かつ、アクアたちに接触する機会があるのであればと。アクアの死を受け入れられなかった俺は何度そう思ったことか。

 ……別にいいだろう。好きだった作品に実際に転生したのだから、自分が望むような未来を思い描くことや、その未来を自分で作り上げることを想像することぐらい。俺はハッピーエンドが好きなんだよ。

 

 

 「おーい、何してるんだい。そろそろ挨拶に行くよ」

 

 

 「ごめん!今行くよ、ばあちゃん」

 

 

 こうして、『推しの子』に紛れ込んだ異端(オレ)は一番星たちとの邂逅するのだった。

 

 

 

 

 

 

 ──そして、これが全ての始まりでもあることを(ボク)はまだ知らない

 

 

 




 最低でも週一ペースで投稿したい......。

 そんなこと思う私なのでした。ところで皆さん、好きな曇らせ物ってどんな曇らせ物ですか?え?私はどうなのかって?うーん、私は無自覚で周りを曇らせていく話が全般的に好きですねぇ。
 
 なぜそんなことを聞くのかって?なんとくなくですけどなにか?ええ、なんとなくです。
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