校舎上階。窓際。
グラウンドでは三人の攻撃が重なっている。
玉犬の軌道、釘の穿ち、真希の踏み込み。
精度は確実に上がっている。
それでも禪院総司には当たらない。
否。
当たる前に、わずかにずれている。
家入硝子は煙を吐きながら静かに言った。
「……避けてはいる」
五条悟が小さく笑う。
「うん。そこ大事」
「動いてないわけじゃない。ちゃんと避けてる」
「ただ、最小動作すぎて認識されてないだけ」
眼下では、総司の重心が僅かに沈み、軸がほんの僅かにずれる。
それだけで攻撃が外れていた。
「重心の沈み、軸のずらし、接触点の回避」
「全部やってる」
「しかも無駄が一切ない」
硝子が目を細める。
「呪力で弾いてるわけじゃないのね」
「メインは肉体」
五条は即答する。
「呪力は補助。入力に反応して最適な動きを通してるだけ」
「だから壊れないし、攻撃もしてない」
「避けて、ずらして、成立させてないだけ」
短い沈黙。
五条は窓の外を見たまま続けた。
「昔の彼はね」
「呪力も少ないし、出力も乏しいし、オマケに直接戦闘も苦手っていう状態だった」
硝子の指がわずかに止まる。
「……禪院で?」
「術式なし。呪力量も並以下。出力も低い」
「本当に何もできなかったよ、最初は」
グラウンドでは、攻撃がまた紙一重で外れる。
「で、そこで掘り当てたのが御三家に残ってた古い技術」
「落下の情」
硝子が静かに呟く。
「領域対策の保険」
「そう」
五条は頷く。
「領域の必中に呪力をぶつけて相殺することに趣を置いている呪力のカウンタープログラム」
「本来はあくまで領域対策のひとつに過ぎない技術」
「でもあいつはそこに可能性を見た」
視線が細くなる。
「入力に対して呪力が自動で反応する“処理構造”そのものにね」
「で、改良した」
「物理的、呪術的攻撃に呪力が反応し、反応した呪力が肉体を最適に動かす形に」
硝子が小さく言う。
「……常時自動反応」
「そう」
五条は軽く笑う。
「問題はそこからだよ」
「その状態を“常時維持”しようとした」
窓の外。
三人の攻撃密度がさらに上がる。
それでも総司の動きは崩れない。
「当然リソースが足りない」
「呪力量も少ない。出力も低い。術式もない」
「だから次にやった」
口調は軽いまま。
「術式がないなら必要ないでしょ、って」
「領域展開と、それに準ずる技術――展延の使用を生涯禁止にした」
硝子が静かに煙を吐く。
「……常時処理維持のための縛り」
「うん」
五条はあっさり肯定する。
「さらにね」
「いずれ攻撃を受けなくなるなら、って考えて」
「反転術式の使用も縛った」
「それだけじゃない」
「己に反転術式をかけて貰うことも同時に禁じた」
硝子の目がわずかに細くなる。
「回復という選択肢の完全放棄」
「そう」
五条は頷く。
「自分で使う可能性も、他者に治される可能性も、両方切った」
「被弾=蓄積ダメージ確定の設計にしたわけだ」
グラウンドでは、総司は未だ攻撃していない。
ただ避け続けている。
最小で、最短で、最適に。
「展開しない。展延しない。回復しない」
「高コストで拡張系の選択肢を全部封印」
「その結果、呪力の運用先が一点に固定された」
硝子が静かに言う。
「……落下の情の常時運用への全振り」
「正解」
五条は笑う。
「先に技術ありき」
「後から、維持のために機能を削ぎ落とした」
「呪力が少ないから無駄を削る」
「出力が低いから一点特化」
「術式がないから基礎処理に全振り」
短い沈黙。
五条がふと思い出したように続ける。
「そういえばさ」
「彼、あの状態にちゃんと名前をつけたらしいよ」
硝子の視線がわずかに動く。
「……名前?」
「うん」
五条は肩をすくめる。
「名前があるのとないのじゃ、呪術的にも存在の仕方が変わるからね」
「術式じゃなくても、概念として固定される」
「自己認識が定義になる」
窓の外。
総司は変わらず、静かに避け続けている。
「体が勝手に動く肉体操作の極」
「“身勝手の極意”って」
硝子の煙がわずかに揺れる。
「……大層な名前ね」
「でしょ?」
五条は小さく笑う。
「でも理にはかなってる」
「落下の情の改良、常時自動反応、縛りによる一点最適化」
「それら全部を一つの“到達状態”として定義した名前だ」
「しかもあいつは意識して入るんじゃない」
「常にそこにいる」
グラウンド。
攻撃はさらに鋭くなる。
それでも当たらない。
最小で。
最短で。
最適に。
硝子がぽつりと呟く。
「……まあ、だとしても」
一拍。
「あのレベルまで達するのは、途方もないことだけどね」
五条は小さく笑った。
「だよね」
視線は一切外さない。
「理屈は説明できる」
「構造も理解できる」
一拍置いて、静かに結論を落とす。
「でも“実装”できる術師は、ほぼいない」
窓の外。
禪院総司は未だ攻撃していない。
ただ、避けている。
そして五条は、楽しげに呟いた。
「大層な名前だけどさ」
「中身はちゃんと、あの通りだ」