禪院の逸脱者   作:シン2001

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第4話

「なにそれ、ずっる!!」

 

 釘崎の叫びが、張り詰めていた空気を揺らした。

 

 総司は動かない。

 三人の正面に立ったまま、重心だけがわずかに沈んでいる。

 呪力は全身に薄く、均一に纏われ続けていた。

 出力の偏りも、揺らぎもない。

 ただ一定の密度で維持されている静かな呪力。

 

「考えなくても避けられるってこと?」

 

 釘崎の問いに、総司は即座に答える。

 

「結果的にはそうだ」

 

 短い肯定。

 

 その瞬間、真希の目が細くなる。

 

「私と玉犬で前衛。恵と野薔薇は援護だ」

 

 総司から視線を外さないまま、淡々と指示を出す。

 

「恵、武器出せ」

 

 伏黒がわずかに躊躇う。

 

「……いいんですか?」

 

「どうせまともに当たりゃしねぇ」

 

 断言に近い声音だった。

 

 伏黒の影が揺らぎ、影の中から游雲が現れる。

 真希がそれを受け取った瞬間、重心が一段低く落ちた。

 

 次の瞬間。

 

 真希と玉犬が同時に地を蹴る。

 

 左右からの挟撃。

 互いに回り込む軌道で回避先を限定する、合理的な連携。

 

 玉犬が低く潜り込み、喉元へ噛みつく最短距離。

 同時に真希が踏み込み、游雲を横薙ぎに振り抜く。

 

 踏み込みは深い。

 体重移動も正確。

 直撃すれば防御ごと崩れる一撃だった。

 

 だが。

 

 総司の両腕が、体の前で静かに交差した。

 

 右腕で玉犬の突進を受け、

 左腕で游雲の軌道に触れる。

 

 真正面から止めたわけではない。

 接触点をわずかに外し、力の進行方向だけを滑らかに調整している。

 

 鈍い衝突音が重なる。

 

 それでも総司の足は一歩も動かない。

 踏ん張りも、力みもない。

 

 次の瞬間、腕が解ける。

 

 押し返すでも、弾くでもない。

 受けた力の向きに沿って流すだけ。

 

 足元が半歩未満だけ踏み替えられる。

 

 それだけで二つの力のベクトルが交差した。

 

 玉犬の身体が浮く。

 同時に真希の体勢が崩れる。

 

 軌道が入れ替わる。

 

 真希と玉犬の位置が交差するように入れ替わりながら、互い違いに後方へ吹き飛ばされた。

 

「ちょっと待って! 避けるんじゃないの!?」

 

 総司は視線だけを向ける。

 

「最適化された動きとは、何も避けるだけではない」

 

 淡々とした声。

 

「攻撃された瞬間に、最適解を選択するだけだ」

 

 間髪入れず、釘崎が動く。

 

 複数の釘を指に挟み、金槌で連続して打ち放つ。

 直線、斜め、低空。

 回避先を面で制圧する配置。

 

 総司の上体が数センチ傾く。

 腕が自然な軌道で一本の釘を捌く。

足先がわずかに回転し、低空の釘を成立位置から外す。

 

 すべて最小動作。

 当たらない位置に収まっているだけの処理だった。

 

「全部対応されるって思ってたわよ!」

 

 釘崎が叫ぶ。

 

「芻霊呪法――簪!」

 

 捌かれた釘が呪力を帯びる。

 

 次の瞬間。

 

 総司の腕の外側、肩の横、至近の空間で呪力爆発が連鎖する。

 回避動作そのものを狩る近距離爆破。

 

 だが爆発が成立する直前。

 

 総司の足が地面を離れた。

 

 足先が空気の層に触れる。

 本来は意味の無い空中での2歩目が空気の“面”を捉えるよう蹴る。

 

 身体がわずかに浮く。

 爆発がその直下で炸裂した。

 

 続く爆発もすべて至近距離。

 それでも総司の身体は落ちない。

 

 空気をさらにもう一度蹴る。

 

 極小の連続動作で滞空時間をわずかに延長し、爆心から立体的に位置をずらす。

 

 上空から雷光が落ちた。

 

「よくやった釘崎!」

 

 伏黒の声と同時に、鵺が雷を纏って急降下する。

 簪で回避を強制し、着地の瞬間を狙う時間差の突撃。

 

 総司の右腕がわずかに前へ出る。

 

 落下の情。

 

 呪力のカウンタープログラムが作動する。

 

 鵺の雷が腕に触れた瞬間、纏った呪力が即座に反応する。

 雷の呪力に対して適切に呪力が働き相殺と受け流しが同時に行われる。

 

 電流は体内に通らず、表層を滑るように流れて霧散した。

 

 同時に左手が上がる。

 

 向かってくる鵺の頭上へ、片手を静かに載せる。

 掴まない。押さえ込まない。

 接触点を起点にするだけの最小接触。

 

 つま先が地面を軽く蹴る。

 

 円をなぞるように重心が前方へ流れ、身体が滑らかに持ち上がる。

 上半身が先に上がり、遅れて下半身が弧を描く。

 

 ただの回転ではない。

 現実ではないかの様な圧倒的滑らかさの体重移動。

 

 身体が鵺の上を流れるように越える。

 

 空中で一瞬、下半身が前方へ向き、地面と水平に姿勢が伸びる。

 そこで生じた慣性と反動を、そのまま前進の加速へ転換する。

 

 動作は途切れない。

 

 次の瞬間には、鵺の後方にいた伏黒の間合いへ侵入していた。

 

 拳が静かに前へ出る。

 

 振りかぶりも、溜めもない。

 最短距離で、伏黒の胸へ。

 

 触れる。

 ただ正確に、心臓の位置へ拳が当てられた。

 

 伏黒の思考が遅れて理解する。

 

 速いわけではない。

 急激な加速もない。

 だが、あまりにも滑らかだ。

 

「……そういうことか」

 

 低く呟く。

 

「回避と同じく、攻撃も認識、実感しづらいのですね」

 

 総司は否定しない。

 

「外部からはそう認識される」

 

 静かな声だった。

 

 伏黒の視線が、総司の拳に落ちる。

 

 当てられただけの一撃。

 振り抜かれてはいない。

 出力も抑えられている。

 

 それでも妙に重い。

 

(……今の動き)

 

 踏み込み。

 間合い。

 打点。

 重心移動。

 呪力の乗り。

 

 どれも無駄がない。

 というより、誤差が存在しない。

 

 黒閃。

 

 呪力と打撃が極めて短い時間差で一致した時に発生する現象。

 本来、意図して出せるものではない。

 

 だが。

 

 さっきの一撃は、あまりにも正確だった。

 

「……」

 

 伏黒の目がわずかに見開かれる。

 

「攻撃も最適化されてるなら……」

 

 小さく、思考をなぞるように呟く。

 

「……黒閃、普通は黒閃が出るんじゃないですか」

 

 釘崎が振り向く。

 

「は?」

 

「呪力の乗りと打撃のタイミングがほぼ一致してたように感じる。

 狙ってる感じじゃない。

 動きそのものがそうなってる」

 

 釘崎の表情が固まる。

 

「ちょっと待って。

 それって……毎回出てもおかしくないってこと?」

 

「出ないようにしている」

 

 あまりにもあっさりとした返答だった。

 

「はあ!?」

 

「本来、最適化された打撃は黒閃の条件に近づく」

 

 総司は淡々と続ける。

 

「だからこそ黒閃は縛った」

 

 数秒、誰も言葉を発さない。

 

「……黒閃を、縛った?」

 

 伏黒の声がわずかに低くなる。

 

「元より持つものの少ない俺が副産物に依存すると、肉体の伸びが止まる」

 

 総司の声音は終始一定だった。

 

「現象に頼るより、基礎となる肉体の格を引き上げた方が合理的だった」

 

 沈黙が落ちる。

 

 釘崎が口を開きかけて、言葉が止まる。

 理解しようとして、途中で思考が途切れる。

 

「……意味わからないんだけど」

 

 数瞬の静寂。

 

 釘崎が顔をしかめる。

 

「ていうかさ」

「さっきの空中の動き、何なのよ」

 

 総司は短く答える。

 

「強化された五感で空気の面を捉えて蹴り上がっているだけだ」

 

 再び沈黙が落ちる。

 

 釘崎の思考が、今度こそ完全に停止する。

 

「……は?」

 

 空気の面。

 五感で捉える。

 蹴り上がる。

 

 言葉としては理解できる。

 だが、先ほどの空中機動と結びつかない。

 

「……いや待って」

 

 額に手を当てる。

 

「余計意味わからないんだけど」

 

 伏黒は黙ったまま総司を見る。

 

 理屈自体は通っている。

 だが前提となる感覚精度が、人間の域を逸している。

 

 肉体の格の上昇。

 常時維持される最適化。

 落下の情のカウンタープログラム。

 

 すべてが噛み合って、あの空中機動が成立している。

 

 飛行ではない。

 だが、結果として飛んでいるようにしか見えない。

 

 やがて総司は静かに拳を下ろす。

 腕が数センチ後ろへ戻るだけの最小動作。

 同時に自然な距離まで後退する。

 

「……今日はここまでだ」

 

 短く告げる。

 

 息は乱れていない。

 呪力の纏いも一切変わっていない。

 

「連携は悪くなかった」

 

 そして背を向けたまま、淡々と続ける。

 

「……あとは戦闘中に、どれだけ自分のエゴを相手に押し付けるかだ」

 

 短い時間の組手だった。

 だがそれだけで十分だった。

 

 回避は読めるもの。

 攻撃には前兆があるもの。

 呪力の流れから次の行動を先読みするもの。

 

 一年二人の中にあった呪術的な戦闘の常識は、

 静かに、そして決定的に崩されていた。




まともに戦闘してないのにもう難しい
戦闘描写を上手くかける人ってやっぱり凄かった
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