朝。
鎮守府の食堂に、ざわめきが広がっていた。
「見ました!?」「やっぱりそうだったんですね!」
ひそひそ、ひそひそ。
提督が扉を開けた瞬間、空気が変わる。
視線。
明らかに多い。
「……何だ?」
違和感を抱きつつ席に向かうと、机の上に一枚の新聞が置かれていた。
大きな見出し。
【緊急特報!提督と由良、極秘交際発覚か!?】
「……は?」
思わず声が漏れる。
写真まで載っている。
桟橋で並んで歩く二人。
手を取っている瞬間。
「誤解を招く切り取り方をするな!!」
そのとき。
「提督」
背後から声。
振り向くと、由良が立っていた。
新聞をしっかり握りしめている。
顔は――赤い。
「これ、どういうこと?」
「俺が聞きたい」
二人の間に微妙な沈黙。
周囲の耳が、明らかにこちらを向いている。
そこへ、軽快な足音。
「おはようございます!青葉です!」
現れたのは、誇らしげな笑みの青葉。
「どうです?今回のスクープ!」
提督は新聞を突きつける。
「どこがスクープだ」
「え、でも事実ですよね?お二人で手を繋いでお散歩、約束まで――」
「誤解だ」
即答。
「誤解、ですか?」
青葉の視線が面白そうに細まる。
由良は俯いたまま、もじもじと指を絡めている。
提督は気づく。
……否定が強すぎたか?
「いや、その、だな」
言葉に詰まる。
青葉がにやりとする。
「否定が早すぎるのも怪しいですよ?」
「怪しくない」
「由良さんはどうなんです?」
急に振られ、由良がびくっと肩を震わせる。
「わ、私は……」
顔がさらに赤くなる。
食堂が静まり返る。
提督の心拍数が上がる。
「私は……」
小さな声。
「嫌じゃ、ないけど」
一瞬、世界が止まった。
「……は?」
提督の思考が固まる。
青葉のペンが走る。
「ほうほうほう!」
「書くな!」
提督が慌てて新聞を取り上げる。
由良は慌てて手を振る。
「ち、違うの!その、嫌じゃないっていうのは、提督といるのが嫌じゃないって意味で!」
「それはそれで意味深ですねぇ」
「青葉!」
周囲から小さな笑い。
由良はうつむいたまま、提督の袖をそっと掴む。
「提督……怒ってる?」
「怒ってはない」
深く息を吐く。
「だが、デマは困る」
「でも……全部デマ?」
由良がちらりと見上げる。
視線が合う。
近い。
提督は一瞬言葉を失う。
確かに手は繋いだ。
約束もした。
散歩もした。
それは事実だ。
「……全部、ではない」
小さく答える。
由良の頬がさらに赤くなる。
青葉の目が輝く。
「おやおや!?」
「だが交際はしていない」
「つまり、可能性は否定しないと?」
「話を広げるな!」
食堂がどっと沸く。
由良は耐えきれず、提督の背に隠れた。
その仕草がまた、火に油。
提督は観念したように頭をかく。
「青葉」
「はい!」
「次号で訂正記事を出せ」
「えー?」
「誤解を招く表現を謝罪しろ」
青葉は少しだけ口を尖らせる。
「……じゃあ、代わりに独占インタビューでどうです?」
「断る」
「即答!」
周囲の空気は、もう完全に娯楽だ。
提督は由良を振り返る。
「嫌だったら、はっきり否定していい」
由良は少し考え、
そして首を振る。
「……嫌じゃない」
今度ははっきり。
提督の胸がどくりと鳴る。
「でも、デマは恥ずかしい」
「それは同意だ」
由良は一歩前に出る。
小さく息を吸い、
「だから……その」
青葉が身を乗り出す。
「ちゃんとするなら、ちゃんとしてからにしてほしい、かな」
提督の思考が停止する。
「ちゃんと、とは」
「……提督が考えて」
顔を真っ赤にして、由良は食堂を出ていった。
残された提督。
静まり返る食堂。
青葉がにやりと笑う。
「これは大スクープの予感ですねぇ」
提督は深くため息をついた。
窓の外では、穏やかな海が広がっている。
戦いも、傷も、まだ残っている。
それでも。
心臓の鼓動だけは、やけに騒がしかった。
「……全く」
小さく呟く。
由良の背中を追いながら。
青葉新聞第二号が発行されるかどうかは――
提督次第だった。
続きます