昼の食堂は、いつもより賑やかだった。
原因は明らかだ。
青葉新聞第二号――
【続報!提督の心は誰のもの!?】
提督は無言で新聞を畳んだ。
「……青葉」
「はい?」
「あとで来い」
「やった、取材ですね!」
「違う」
食堂に笑いが起きる。
その向かい側では、由良が顔を真っ赤にして俯いている。
「……もうやだ」
小さく呟く。
その隣に座るのは大和。
退院後、執務のみ復帰。
今日は体力慣らしも兼ねて食堂へ来ていた。
「お気になさらず。噂は風のようなものです」
落ち着いた声。
だが、その指先はカップの縁をなぞっている。
ほんの少しだけ、硬い。
提督はそれを見逃さない。
(……二人とも、気にしているな)
自分が原因なのは間違いない。
深く息を吐き、立ち上がる。
「待っていろ」
そう言って厨房へ向かう。
数分後。
両手にトレーを持って戻ってきた。
「え?」
由良が顔を上げる。
トレーの上には、鳳翔特製の限定パフェが二つ。
さらに、大和の前には特別に用意された上品な和菓子と抹茶。
「提督……?」
「甘いものは気分転換になる」
ぶっきらぼうに言う。
「今日くらいは好きなものを食べろ」
由良の目が丸くなる。
「これ、限定じゃ……」
「頼んできた」
大和も驚いたように瞬きをする。
「私にも……」
「退院祝いだ」
さらりと言う。
食堂の視線が一斉に集まる。
「……甘やかしすぎでは?」
青葉がにやにやと呟く。
「うるさい」
由良はスプーンを手に取る。
一口。
「……おいしい」
ふわりと表情がほどける。
その笑顔に、周囲の空気まで柔らぐ。
大和も静かに抹茶を口にする。
「……沁みますね」
ほんの少しだけ、目元が優しくなる。
提督は自分の席に戻り、質素な定食をつつく。
「提督は食べないの?」
由良が聞く。
「俺はいい」
「だめ」
即答。
由良は自分のパフェを一口すくい、差し出す。
「はい」
「……子供か」
「いいから」
視線が合う。
少し照れくさそうな顔。
提督は観念して口を開ける。
甘い。
想像以上に。
「どう?」
「甘い」
「感想が雑」
笑いが起きる。
大和が、静かにその様子を見ている。
胸の奥に、小さな波。
嫉妬ではない。
――羨ましさ、かもしれない。
その視線に気づいた提督は、ふと箸を止める。
そして大和の皿から小さく和菓子を切り分ける。
「大和」
「はい?」
「これも甘いぞ」
差し出す。
一瞬、驚いた顔。
「……提督が?」
「甘やかしついでだ」
食堂がざわつく。
大和はほんのわずかに躊躇し、
「では……失礼して」
口にする。
上品な甘さが広がる。
だがそれ以上に、胸の奥が温かい。
「……ありがとうございます」
微笑む。
その表情は、以前より柔らかい。
由良がじっと二人を見る。
「提督、平等だね」
「当然だ」
「優柔不断とも言う」
青葉の一言に、提督が睨みをきかせる。
由良はくすっと笑い、スプーンを置く。
「でも、今のはちょっと嬉しかった」
大和も静かに頷く。
「ええ。とても」
二人の声が重なる。
提督は少しだけ困った顔をする。
「……今日は特別だ」
「毎日でもいいよ?」
由良が冗談めかす。
「財布がもたん」
笑い声が広がる。
重かった空気は、いつの間にか消えていた。
甘い香りと、穏やかな午後。
提督は二人を見比べる。
まだ不安もあるだろう。
まだ揺れもある。
それでも今、目の前で笑っている。
「……まあ」
小さく呟く。
「たまになら、甘やかしてやる」
「今、たまにって言った」
「聞こえているぞ」
由良が笑う。
大和も、静かに笑う。
青葉がペンを走らせながら言う。
「第三号の見出しは決まりましたね。“提督、二人を同時に甘やかす”」
「やめろ」
しかしその声に、本気の怒気はない。
食堂の窓から、柔らかな光が差し込む。
戦いのない日。
噂に振り回される日常。
そして、少しだけ甘い時間。
提督はため息をつきながらも、どこか満足そうだった。
続く