由良と提督と鎮守府と。   作:UMC OGASOU

8 / 9
鈍感

夕方の食堂。

 

甘いもの騒動から数日。

噂はまだ完全には消えていない。

 

提督が席に着くと、自然と両隣が埋まる。

 

右に由良。

左に大和。

 

まるで示し合わせたような配置。

 

「偶然です」

 

大和は涼しい顔で言う。

 

「ほんとに?」

 

由良がじっと見る。

 

提督は無言で味噌汁をすする。

 

(……面倒だな)

 

だが、嫌ではない。

 

大和は落ち着いた様子で話しかける。

 

「提督、本日の演習報告ですが――」

 

仕事の話。

冷静で的確。

 

提督も自然とそちらに意識を向ける。

 

その様子を、由良は横目で見る。

 

箸が、止まる。

 

「……」

 

胸の奥が、もやっとする。

 

別に、大和が悪いわけじゃない。

仕事の話だ。

 

分かっている。

 

でも。

 

「提督」

 

少しだけ声が硬い。

 

「ん?」

 

「今日、散歩は?」

 

「書類次第だな」

 

即答。

 

大和が小さく微笑む。

 

「提督は多忙ですから」

 

その言い方が、ほんの少しだけ刺さる。

 

由良はむっとする。

 

「……時間、作ってくれたよ」

 

ぽつりと呟く。

 

提督が聞き返す。

 

「何だ?」

 

「なんでもない」

 

由良は急に立ち上がる。

 

「お茶、取ってくる」

 

足取りは速い。

 

提督は首を傾げる。

 

大和はその背を静かに見つめる。

 

「……追いかけなくてよろしいのですか?」

 

「何かあったか?」

 

大和はわずかに苦笑する。

 

「鈍感、というのも罪ですね」

 

「は?」

 

提督が立ち上がる頃には、由良は既に中庭のベンチに座っていた。

 

夕陽が差し込む。

 

提督が近づく。

 

「どうした」

 

「……なんでもない」

 

明らかに“なんでもない”顔ではない。

 

提督は隣に座る。

 

少し沈黙。

 

由良は足元を見つめる。

 

「大和といるとき、楽しそう」

 

唐突な一言。

 

提督は瞬きをする。

 

「仕事の話だ」

 

「うん。分かってる」

 

声は小さい。

 

「でも……ちょっとだけ、やだ」

 

夕陽に照らされた横顔は、いつもより幼く見える。

 

提督はようやく理解する。

 

「ああ」

 

由良は視線を上げない。

 

「提督が誰と話してもいい。でも、ちょっとだけ……」

 

言葉を探す。

 

「私の時間、なくなるみたいで」

 

それは独占欲というより、不安に近い。

 

提督は静かに息を吐く。

 

「由良」

 

名前を呼ばれ、肩がぴくりと動く。

 

「散歩の時間は誰のものだ」

 

「……私の?」

 

「違う」

 

少し間を置く。

 

「俺とお前のだ」

 

由良が顔を上げる。

 

「誰かに譲る気はない」

 

真っ直ぐな視線。

 

不器用だが、嘘はない。

 

由良の胸のもやが、少しだけ溶ける。

 

「ほんと?」

 

「ああ」

 

「大和にも?」

 

「大和は大和で別枠だ」

 

その言い方に、由良が少し笑う。

 

「ずるい」

 

「公平だ」

 

由良はそっと提督の袖を掴む。

 

「……じゃあ、今日は今から」

 

「今から?」

 

「散歩」

 

提督は空を見上げる。

 

まだ明るい。

 

「書類は?」

 

「後で」

 

少し強気な声。

 

提督は小さく笑う。

 

「わかった」

 

立ち上がる。

 

由良も立つ。

 

だが、すぐには歩き出さない。

 

「提督」

 

「なんだ」

 

「たまには、私を優先して」

 

その一言は、甘えだった。

 

提督は数秒考え、

 

由良の頭に軽く手を置く。

 

「努力する」

 

「また努力」

 

「じゃあ、約束する」

 

由良の顔がぱっと明るくなる。

 

「うん」

 

手を差し出す。

 

今度は自然に、提督が握る。

 

歩き出す。

 

その後ろ姿を、食堂の窓から大和が静かに見ていた。

 

羨望はある。

 

だが、同時に微笑みもある。

 

「……由良さんらしいですね」

 

小さく呟く。

 

夕陽は三人を同じ色に染める。

 

独占したい気持ちも、

譲れない時間も、

全部ひっくるめて。

 

それでも、この鎮守府は穏やかだった。





文字数がだんだん減っていくが、つづく
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。