夕方の食堂。
甘いもの騒動から数日。
噂はまだ完全には消えていない。
提督が席に着くと、自然と両隣が埋まる。
右に由良。
左に大和。
まるで示し合わせたような配置。
「偶然です」
大和は涼しい顔で言う。
「ほんとに?」
由良がじっと見る。
提督は無言で味噌汁をすする。
(……面倒だな)
だが、嫌ではない。
大和は落ち着いた様子で話しかける。
「提督、本日の演習報告ですが――」
仕事の話。
冷静で的確。
提督も自然とそちらに意識を向ける。
その様子を、由良は横目で見る。
箸が、止まる。
「……」
胸の奥が、もやっとする。
別に、大和が悪いわけじゃない。
仕事の話だ。
分かっている。
でも。
「提督」
少しだけ声が硬い。
「ん?」
「今日、散歩は?」
「書類次第だな」
即答。
大和が小さく微笑む。
「提督は多忙ですから」
その言い方が、ほんの少しだけ刺さる。
由良はむっとする。
「……時間、作ってくれたよ」
ぽつりと呟く。
提督が聞き返す。
「何だ?」
「なんでもない」
由良は急に立ち上がる。
「お茶、取ってくる」
足取りは速い。
提督は首を傾げる。
大和はその背を静かに見つめる。
「……追いかけなくてよろしいのですか?」
「何かあったか?」
大和はわずかに苦笑する。
「鈍感、というのも罪ですね」
「は?」
提督が立ち上がる頃には、由良は既に中庭のベンチに座っていた。
夕陽が差し込む。
提督が近づく。
「どうした」
「……なんでもない」
明らかに“なんでもない”顔ではない。
提督は隣に座る。
少し沈黙。
由良は足元を見つめる。
「大和といるとき、楽しそう」
唐突な一言。
提督は瞬きをする。
「仕事の話だ」
「うん。分かってる」
声は小さい。
「でも……ちょっとだけ、やだ」
夕陽に照らされた横顔は、いつもより幼く見える。
提督はようやく理解する。
「ああ」
由良は視線を上げない。
「提督が誰と話してもいい。でも、ちょっとだけ……」
言葉を探す。
「私の時間、なくなるみたいで」
それは独占欲というより、不安に近い。
提督は静かに息を吐く。
「由良」
名前を呼ばれ、肩がぴくりと動く。
「散歩の時間は誰のものだ」
「……私の?」
「違う」
少し間を置く。
「俺とお前のだ」
由良が顔を上げる。
「誰かに譲る気はない」
真っ直ぐな視線。
不器用だが、嘘はない。
由良の胸のもやが、少しだけ溶ける。
「ほんと?」
「ああ」
「大和にも?」
「大和は大和で別枠だ」
その言い方に、由良が少し笑う。
「ずるい」
「公平だ」
由良はそっと提督の袖を掴む。
「……じゃあ、今日は今から」
「今から?」
「散歩」
提督は空を見上げる。
まだ明るい。
「書類は?」
「後で」
少し強気な声。
提督は小さく笑う。
「わかった」
立ち上がる。
由良も立つ。
だが、すぐには歩き出さない。
「提督」
「なんだ」
「たまには、私を優先して」
その一言は、甘えだった。
提督は数秒考え、
由良の頭に軽く手を置く。
「努力する」
「また努力」
「じゃあ、約束する」
由良の顔がぱっと明るくなる。
「うん」
手を差し出す。
今度は自然に、提督が握る。
歩き出す。
その後ろ姿を、食堂の窓から大和が静かに見ていた。
羨望はある。
だが、同時に微笑みもある。
「……由良さんらしいですね」
小さく呟く。
夕陽は三人を同じ色に染める。
独占したい気持ちも、
譲れない時間も、
全部ひっくるめて。
それでも、この鎮守府は穏やかだった。
文字数がだんだん減っていくが、つづく