由良と提督と鎮守府と。   作:UMC OGASOU

9 / 9
ホンネ

夕暮れの桟橋。

 

海は凪いでいて、空は淡い茜色に染まっている。

 

提督と由良は、ゆっくりと並んで歩いていた。

 

さっきの“優先して”の約束のあと、自然と足はここへ向いていた。

 

「……静かだね」

 

由良が呟く。

 

「ああ」

 

遠くで波が木材に当たる音がする。

 

他愛ない時間。

 

でも由良にとっては、特別な時間。

 

提督の横顔をちらりと見る。

 

どこか考え込んでいるように見えた。

 

「どうしたの?」

 

「何がだ」

 

「難しい顔」

 

提督は小さく息を吐く。

 

「考えていた」

 

「なにを?」

 

少し沈黙。

 

風が吹き、由良の髪が揺れる。

 

提督はそれを目で追い、やがて口を開いた。

 

「……俺は」

 

珍しく、言葉を選んでいる。

 

「二人とも大事だ」

 

由良の足が止まる。

 

「え」

 

心臓が跳ねる。

 

「大和も、お前も」

 

提督は海を見たまま続ける。

 

「守りたいと思っているし、そばにいてほしいとも思っている」

 

その言い方は、指揮官としても取れる。

 

でも――それだけではない響きがあった。

 

由良の胸がぎゅっとなる。

 

「……それって」

 

聞いていいのか迷う。

 

けれど、聞きたい。

 

提督はようやく由良を見る。

 

視線がまっすぐ合う。

 

「俺は器用じゃない」

 

ぽつり。

 

「だから平等にしようとする」

 

少し苦い笑み。

 

「だが、本音を言えば」

 

一瞬、躊躇う。

 

そのわずかな間が、由良の鼓動を早める。

 

「どちらかが傷つくのは嫌だ」

 

それは逃げにも聞こえる。

 

でも、次の言葉は違った。

 

「……特に、お前がな」

 

由良の呼吸が止まる。

 

「私?」

 

「ああ」

 

提督は目を逸らさない。

 

「お前は、無理をして笑う」

 

静かな指摘。

 

図星。

 

由良は何も言えない。

 

「大和は強い。弱さを抱えても立てる」

 

少し間。

 

「だが、お前は俺の前では強がらなくていい」

 

胸の奥が熱くなる。

 

それは指揮官の言葉ではない。

 

もっと、個人的なもの。

 

「……それって」

 

声が震える。

 

「特別ってこと?」

 

提督は一瞬、言葉に詰まる。

 

そして。

 

「そうだ」

 

はっきりと。

 

由良の視界が滲む。

 

夕陽のせいか、涙のせいか分からない。

 

「ずるいよ」

 

思わず笑う。

 

「それ、告白みたい」

 

「みたい、か?」

 

提督がわずかに目を見開く。

 

自覚がなかったらしい。

 

由良は一歩近づく。

 

距離が、ほとんどなくなる。

 

「私ね」

 

小さく息を吸う。

 

「独占したいって思った」

 

正直に言う。

 

「でも、提督が困るのも嫌」

 

手が、そっと提督の袖を掴む。

 

「だから、半分でいい」

 

提督は眉をひそめる。

 

「半分?」

 

「うん」

 

由良は少し照れながら笑う。

 

「提督の時間の、半分」

 

欲張らない。

 

でも譲らない。

 

提督は数秒、黙り込む。

 

そして、静かに手を上げる。

 

由良の頬に触れるか触れないかの距離で止まり――

 

結局、頭を軽く撫でた。

 

「……八割やる」

 

「え」

 

予想外。

 

「残り二割は執務と大和だ」

 

真顔で言う。

 

由良が吹き出す。

 

「配分おかしいよ」

 

「妥当だ」

 

でも、その手は離れない。

 

撫でられる感触が心地いい。

 

由良は目を細める。

 

「じゃあ、約束ね」

 

「ああ」

 

「撤回なし」

 

「努力はする」

 

「また努力って言った」

 

笑い声が重なる。

 

夕陽が沈みかける。

 

遠く、建物の影の中で。

 

大和が二人の姿を見つめていた。

 

胸は少し痛む。

 

だが、不思議と穏やかだ。

 

「……特別、ですか」

 

小さく呟く。

 

悔しさもある。

 

それでも。

 

自分は自分の形で、隣に立てばいい。

 

そう思える。

 

桟橋の上では、由良がそっと提督の手を握る。

 

今度は、提督も握り返す。

 

強くない。

 

けれど、確かな力で。

 

潮風が三人を包む。

 

それぞれの想いは交差しながら、

 

まだ、完全な答えにはならない。

 

だが。

 

提督の本音は、確かに零れた。

 

そして由良は、それを受け取った。





つづく
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。