夕暮れの桟橋。
海は凪いでいて、空は淡い茜色に染まっている。
提督と由良は、ゆっくりと並んで歩いていた。
さっきの“優先して”の約束のあと、自然と足はここへ向いていた。
「……静かだね」
由良が呟く。
「ああ」
遠くで波が木材に当たる音がする。
他愛ない時間。
でも由良にとっては、特別な時間。
提督の横顔をちらりと見る。
どこか考え込んでいるように見えた。
「どうしたの?」
「何がだ」
「難しい顔」
提督は小さく息を吐く。
「考えていた」
「なにを?」
少し沈黙。
風が吹き、由良の髪が揺れる。
提督はそれを目で追い、やがて口を開いた。
「……俺は」
珍しく、言葉を選んでいる。
「二人とも大事だ」
由良の足が止まる。
「え」
心臓が跳ねる。
「大和も、お前も」
提督は海を見たまま続ける。
「守りたいと思っているし、そばにいてほしいとも思っている」
その言い方は、指揮官としても取れる。
でも――それだけではない響きがあった。
由良の胸がぎゅっとなる。
「……それって」
聞いていいのか迷う。
けれど、聞きたい。
提督はようやく由良を見る。
視線がまっすぐ合う。
「俺は器用じゃない」
ぽつり。
「だから平等にしようとする」
少し苦い笑み。
「だが、本音を言えば」
一瞬、躊躇う。
そのわずかな間が、由良の鼓動を早める。
「どちらかが傷つくのは嫌だ」
それは逃げにも聞こえる。
でも、次の言葉は違った。
「……特に、お前がな」
由良の呼吸が止まる。
「私?」
「ああ」
提督は目を逸らさない。
「お前は、無理をして笑う」
静かな指摘。
図星。
由良は何も言えない。
「大和は強い。弱さを抱えても立てる」
少し間。
「だが、お前は俺の前では強がらなくていい」
胸の奥が熱くなる。
それは指揮官の言葉ではない。
もっと、個人的なもの。
「……それって」
声が震える。
「特別ってこと?」
提督は一瞬、言葉に詰まる。
そして。
「そうだ」
はっきりと。
由良の視界が滲む。
夕陽のせいか、涙のせいか分からない。
「ずるいよ」
思わず笑う。
「それ、告白みたい」
「みたい、か?」
提督がわずかに目を見開く。
自覚がなかったらしい。
由良は一歩近づく。
距離が、ほとんどなくなる。
「私ね」
小さく息を吸う。
「独占したいって思った」
正直に言う。
「でも、提督が困るのも嫌」
手が、そっと提督の袖を掴む。
「だから、半分でいい」
提督は眉をひそめる。
「半分?」
「うん」
由良は少し照れながら笑う。
「提督の時間の、半分」
欲張らない。
でも譲らない。
提督は数秒、黙り込む。
そして、静かに手を上げる。
由良の頬に触れるか触れないかの距離で止まり――
結局、頭を軽く撫でた。
「……八割やる」
「え」
予想外。
「残り二割は執務と大和だ」
真顔で言う。
由良が吹き出す。
「配分おかしいよ」
「妥当だ」
でも、その手は離れない。
撫でられる感触が心地いい。
由良は目を細める。
「じゃあ、約束ね」
「ああ」
「撤回なし」
「努力はする」
「また努力って言った」
笑い声が重なる。
夕陽が沈みかける。
遠く、建物の影の中で。
大和が二人の姿を見つめていた。
胸は少し痛む。
だが、不思議と穏やかだ。
「……特別、ですか」
小さく呟く。
悔しさもある。
それでも。
自分は自分の形で、隣に立てばいい。
そう思える。
桟橋の上では、由良がそっと提督の手を握る。
今度は、提督も握り返す。
強くない。
けれど、確かな力で。
潮風が三人を包む。
それぞれの想いは交差しながら、
まだ、完全な答えにはならない。
だが。
提督の本音は、確かに零れた。
そして由良は、それを受け取った。
つづく