俺たちは薬師に勝利したのも束の間に次戦の対戦相手である仙泉学園についての対策を食堂で行っていた。
仙泉学園:部員数は80人を超えるベスト8以上は常連の列記とした強豪校である。今年の春なんかは市大相手に一点勝負の接戦を繰り広げるなど毎年実力のあるチームを作り上げてくる。
「確かめちゃくちゃデカい投手いたよな」
「2m超えんてんじゃねぇ?」
仙泉の特筆すべき点はその"エース"…身長2m近いところから投げ下ろす角度のあるストレートに'日本一高い"ところから放たられると言われるカーブ。一年の時からエースを背負いその計り知れないポテンシャルにプロすら注目してる逸材
【大巨人】真木洋介
でもあれ…長身でカーブって…
「ん?」
皆思ったことは同じらしく真木と同じ特性を持つうちのエース…丹波さんのことを凝視していた。
「明後日、準決勝の先発だが…」
「…」
「俺は丹波で行こうと考えている。…行けるな」
「はい!!」
明後日の先発は丹波さんに決定した。まぁそれはそうなるだろうなとは皆薄々感じてはいた。なにせここまで栄純と降谷は3試合ずつ…ノリ先輩は2試合と背番号を貰ってる投手陣はフル稼働しているのだ。そこに復帰した丹波さんも加わるんだ。ここで投げなきゃいつ投げるんだってことになる。ましてやこれに勝てば次は稲実だしな。流石に稲実相手に初先発はあり得ないだろうから、監督はこの準決で丹波さんが"使える"のかどうかを試すつもりだろう。
「やったじゃん先発復帰」
「カーブ投手対決っすね」
「身長で負けてカーブでも負けるわけにはいかねぇな!」
「頭の形は勝ってるぞ」
「形は関係ねぇだろ!?」
丹波さんが復帰したということもあり3年生たちの雰囲気はより一層良くなった気がする。やはりエースってのはそれだけ特別なもんなんだな。
そして全体ミーティングが終わった後はバッテリー陣は打ち合わせがあるらしくそのまま室内練習場へ。俺は特にやることも決めてなかったため素振りでもするかとバットを持ち出し室内練習場へ向かったのだが…バッテリー陣が使用していてとても素振りできるような空気感ではなかった。そのため俺は外の室内練習場横のスペースで素振りをすることに決めたんだが…
そこには思いもしないほど大勢の人数の選手たちが素振りを行っていた。
「あれ…夏目じゃねぇか。どうしたんだこんなところで」
「そうだね。いつもは中かゲージ使ってるのに」
俺を見つけた金丸と東条が声をかけてくれた。
「いやミーティング終わりにちょっとな…室内練習場はバッテリー陣が使ってるしゲージは誘い損ねて俺1人だから使えねぇんだよ」
「あぁ〜そういうことね」
「流石のお前も先輩は誘いづらかったわけか」
「流石のってなんだよ…」
「褒めんだよ。マジで」
「…て言うかここって」
俺は気になっていたことを2人に聞く。なぜこんな狭く暗い場所でこんなにも大勢の人たちが素振りをしているのか。ゲージや室内器具など使おうと思えば今からでも使えるはずなのに
「…あぁ…それか…ここにいる人達はみんな2軍か3軍の人たちばかりなんだ」
「…」
「ほら。今の時期は流石に一軍以外は器具とか室内練習場は使いにくいでしょ?」
「…あぁ…そう言うことか。すまなーーーー」
「「謝罪はいらねぇ(いらない)」」
「!?」
俺の方から思わず飛び出た謝罪の言葉を即座に否定され少し驚く。
「俺たちに変な気使うんじゃねぇぞ。それは選ばらなかった者たちへの侮辱に繋がってくる」
「…」
「信二が言いたいのは俺たちに気なんか使わないでどんどんこれからもやりたいようにやってよってこと」
「まぁ俺たちもその内上がって見せるからな」
「そうだね」
「…待ってるぜ」
俺はこの日更に自分が着けている背番号の重みを実感した。正直そこまで同級生と関わりもなかったし仲間だとは言いつつも気にしたことは無かったが俺の知らない内に色んな人に支えられていた事に気づいたのだった。
◆
《室内練習場》
「野球なんだから打たれて当たり前、投手なんだから点を取られて当然だ」
試合後のミーティングが終わった後沢村含むバッテリー陣は室内練習場にて今日の反省会と次戦への対策を話し合っていた。指導するのはクリスと御幸だ。
「マウンドでパニックを起こしそうになったらまず周りを見ろ。自分から周りに声をかけ落ち着かせてもいい」
「マウンドの周りを歩いて心を落ち着かせる投手もいるよな。ボールに語りかけて集中力を高める人もいるし」
投手陣に伝わるようにクリスと御幸が語る。ちなみにこの場にいるのは沢村、降谷、川上の3人だ。丹波は監督室に呼ばれている。
「あの…どうやったら持っと投げさせてもらえますか?」
そう問うのは降谷だ。降谷は今日の試合3回途中、薬師打線を一巡したところで交代させられている。本人としては調子も上がってきたタイミング、更には一打席まで打たれた轟にやり返したかった旨があるのだろう
「今日変えられたのが…不満か?」
「…」
御幸の問いに降谷は首を縦にふり答える
「…今日の試合…監督は元々継投策でいく準備をしていた。それは理解しているな?」
「…はい」
「それでも尚お前が食い下がる理由は…」
「…」
「ん?」
降谷は沢村の方を見つめる。…そう言うことか。自分は僅か2イニングと途中で変えられているのに対し沢村は試合最後まで登板している。何より沢村自身も轟に一度は打たれているにも関わらずの続投である。…降谷としては納得がいかないのだろう。
「…なるほどな」
「…」
「沢村とお前の違いか…」
「…」
「…一重に信頼の差だな。」
「え?」
「確かに試合の数値だけ見たらお前は沢村に劣っているわけでは無いだろう。…でもな、コイツには夏の大会までに積み上げた信頼がある。勿論実績もな。…今ここに丹波さんが居ないから言うが監督は直前まで沢村と丹波さん、2人で迷っていたくらいだ。それ相応の信頼はしているんだろうよ」
「…」
「それに比べて…夏…弱いんだろ?お前」
「…」
「開会式の時や最近の練習風景を見て思ったがお前、夏が、暑さが苦手なんだろ。…おそらく今年北海道から出てきた弊害もあるんだろうけどな。」
「…」
「…そう言うことも含めて…今のお前と沢村の差だ。単純な成績や数字だけじゃねぇんだよ。」
「…はい」
御幸の叱責に渋々納得せざる負えない降谷。
「…お前…中々言うな」
「こんくらい言わないと納得しないっすから。投手ってのは頑固な奴が多いんすよ!」
「…ふっ…だから丹波には嫌われるんだろうな」
「え?」
「ふっ…まぁいい。…降谷、沢村、川上、休養を取るのも投手の仕事だ。監督はこの夏お前ら4人で戦い抜くつもりだぞ」
「一緒にいこーぜ…甲子園」
「まぁ、その前に今日の反省はまだまだあるけどな」
「「え!?」」
結局この日のバッテリー会議はまだまだ続き、素振りの終えた夏目が通りかかった時には投手陣の顔はとても今日勝ったチームとは思えないほどだったそうだ
◆
東京都 八王子 仙泉学園高等学校
この日、スポーツ記者の峰と大和田は仙泉の取材に伺っていた。
「ベスト8の常連で去年の春には準優勝、市大・青道に並ぶ名門校として最近知られてますよね」
「いやいやいやいや、ウチなんてまだまだですわ。…昨日もやっと勝てたし青道さんには胸を借りるつもりで行きます」
仙泉学園監督の鵜飼一良は顎を擦りながら独特の会話テンポで話す
「だいたいウチに来てる選手なんてみんな他所に声掛けられなかった選手ばかりや・・ まずコンプレックスを取り除くのに1年!そこから本格的な指導をしてたら あっという間に引退・だから何とか他の チームに勝つために 工夫がいるんやけどそれがまた大変で…あれやったりこれやったり試行錯誤の毎日ですわ…・・・ホンマなんやろな」
「「…」」
ブツブツと念仏のように話す鵜飼監督に2人は唖然とする
「明日は決勝をかけた大一番だと思いますが…」
「…青道さんはよう練習しとるし毎年良いチームに仕上げてきます。ウチの連中なんてそらぁケツ叩かな動きませんよ…ホンマに…あ、サボりよったなアイツ」
「あ、あはは」
選手の練習を見ながら、ぼやき続ける鵜飼監督
「まぁ勝負はやってみな分かりません。最初から結果が分かるなら誰も努力なんてしませんわ!!」
(今のは…本音なのか)
鵜飼一良…全国各地の高校を渡り歩き今年監督業40周年、地味ながら堅実なチームを作り上げることに定評のある名将
そしてところ変わり仙泉学園のブルペン…ここでは明日の試合に向けバッテリーが最終準備に取り掛かっていた
とても高校生には見えないほどの体格・リーチから放たれるストレート
ーーバァァァァァァン!!
「痛ってぇ…」
思わず捕手が根を上げてしまう程威力のあるボール
「なんかいつもより気合い入ってねぇか?めちゃくちゃ球重いぞ!!」
「明日は試合なんだ。そこそこにしとけよ真木」
あまりの気迫に心配したチームメイトが声をかける
「日野さん…日野さんはどうして仙泉に来たんですか?市大や青道に行かず」
「え?そんなの決まってんだろ。声が掛からなかったからだよ。声が掛かれば俺も青道に入っていたかもな」
真木の質問に対してどこか恥ずかしそうに話す日野
「…自分もです。」
「え?」
「自分も青道に入りたかったんです」
ーードパァァァァン!!
明らかに青道に対し特別な想いを抱いている男…それが真木であった。そしてその歪な想いから放たれるボールは確かな破壊力を備え青道打線を迎え撃つのであった
◆
試合前日 青道高校 Aグラウンド
俺たち一軍メンバー…その内の野手陣は明日の試合に備えAグラウンドで過度な疲労が溜まらないトスバッティングやゲージバッティングを行っていた。
「日本一高いところから放たれるカーブか…実際想像がつかねぇな」
「練習試合でも戦ったことないしね」
俺の近くでトスをしている伊佐敷先輩と小湊先輩が話す。…確かに栄純の持つカーブともまた違う軌道なのは間違いない。系統で言えば丹波さんに近いのかな?
「レギュラー陣!!全員Bグラウンドに集合!!今から角度のついた球を打つ練習をするぞ!」
練習をしている俺たちに向かって監督から言葉がかかる。角度のついたボール?カーブの練習でもすんのか?…でもどうやって
俺たちがそのままBグラウンドに向かうとそこにはーー
数人の先輩たちがシャベルや工具を使いマウンド上に土を盛っている姿が
「え、マウンドに土を」
「マウンドの高さ自体を上げて真木の長身を再現したのか…」
「昨日の夜コイツらから提案があってな…一晩かけて砂を盛ってくれたらしい」
…マジかよ。一晩て…どんだけ。いや先輩たちの表情は疲れた表情ではなくどこか晴れやかな表情だった。
ーードォン!!
「「っ!?」」
破裂音のような音が響き渡り声のした方を向くとそこには
「さぁ…誰から打つ」
先程の音の正体…マウンドからボールを投げる監督の姿が…え、てか監督が投げんの!?この人現役から何年退いたと思って…
そして打てるものなら打ってみろとばかりに意気揚々と投げ続ける監督とそれに対抗する俺たち現役選手たち
終わってみればまともに打てたのはレギュラー陣とクリス先輩、それに小湊弟だけだった。ていうかこの人さらっと100球以上投げてたな。…とことんバケモンだわこの人
◆
7月29日
西東京大会 準決勝
《青道ーー仙泉》
《準決勝第一試合、青道高校・丹波、仙泉学園・真木の両投手で開幕したこの試合ですがなんと…先取点を上げたのは仙泉学園!!》
現在3回の裏俺たちと仙泉の試合は両投手が互いに上々の立ち上がりを見せ無失点を続けるが3回の裏…ついに均衡が崩れてしまった。
そして得点を上げたのは仙泉、丹波からヒットとフォアボールでランナーを重ね、さらに浮いたストレートを見逃さず弾き返すことで先制点を叩き出したのである。
《なおもランナー1、2塁…この夏初先発のエース・丹波、これ以上の失点を避けたいところです》
甘く入ったストレートを狙われたな。丹波さんストレート自体の球速は140くらい出るんだけどいかんせん制球が甘く時折り甘く入るボールはこのレベルまで来ると見逃してはくれない。しかも相手チーム…難しいコースは見逃してきやがる。…丹波さんには相性の悪い相手かもな
ーーパァァァァァン!!
丹波さんの武器と言えばこのカーブ…これが上手くハマればこの程度の打線なら抑えられるはずだ。
お、あれは…フォークか。
追い込んだ丹波さんは甘い球を狙っている打者に対しストレートに擬態させたフォークで空振り三振を奪いピンチを脱したのであった。
「ナイスピッチ丹波さん!」「ナイピー丹波!」
丹波さんはよく投げている。…問題はあの投手をどう打ち崩すかか
「どうだ相手のボールは」
円陣を組みながら片岡監督が俺たちに尋ねる
「昨日の練習のおかげでイメージは掴みやすかったですね」
「カーブの軌道はちゃっと違うけど予想の範囲だな」
「カーブを徹底的に狙いますか?」
皆んな昨日の練習のおかけであのカーブに対しそこまで驚いてはいないそうだ。…俺はさっきの打席一球もカーブを投げて来ず全球ストレートで四球だったからな。…なんか俺に対してヤケに力が入ってたような。…気のせいか?
「打球は低く強く、塁に出たものは積極的に次の塁を狙え!!…どんな巨人だろうと足元から崩せば倒れるぞ」
「「「うぉぉぉ!!!」」」
監督からの支持は打球を低くコンパクトに叩くこと。この回…先頭は
《3番レフト…夏目くん》
この回の先頭は俺から…
ーードパァァン!!
他の打者とは違いヤケにストレートを多用してくる真木…にしても落差エグいな。…手足も長いから余計真上から投げられてるように感じる。これは低めに制球されたら並の打者では打てそうもないな。
ーーカキィィィィィィィィン!!
「っんな!?」
(ま、俺は打つけどな。)
てかこんだけあからさまにストレートばっか投げられて打てなきゃマズイだろ。 相手バッテリーは驚くような仕草をしていたが俺からすれば舐めすぎも良いところだ。…一応今大会二冠で注目されてるはずなんだけどな。やっぱ一年生だからか?
「ナイバッチ凛!」「よく打った夏目!」「ナイバ!」
打った打球は右中間真っ二つ…外野が下がっていたこともあり二塁打止まったがノーアウトで得点圏にランナーが進んだ。…そして次の打者は
『男には〜〜自分の世界が〜ある〜例えるなら〜〜』
ーーバギャァァァァァァァァン!!
「っは!?」
夏の甲子園でよく聞くブラバンの音楽が響き渡る中、轟音のような金属音が響き渡る
「回れ回れ!!」「哲も三塁狙え!」「ナイバッチ哲!!」
結城先輩が狙ったのはカーブ…大幅に曲がるカーブに軌道を合わせアウトコースに曲がり切るところを強振…バットの芯で捉えられた打球は反対方向…レフトの頭上を遥かに超えこの広い神宮のフェンスにダイレクトに衝突するツーベース。勿論二塁ランナーの俺は悠々ホームインしてたちまち同点である。
その後増子先輩がライトフライで結城先輩がタッチアップ…1死3塁のチャンスで伊佐敷先輩が真木のカーブを掬い上げライト前のポテンヒットで逆点となる2点目が入る。
「うぉぉ!逆転だ!」「ナイス伊佐敷!」「吼えろ!!」
次の打者は7番の御幸先輩だが…御幸先輩この場面で良いコースに決まったカーブを引っ掛けショートへのゲッツーで攻撃が終了してしまった。…ランナー二塁以上に居ないとこの人は並クラスの打者だからな。まぁしょうがない。
その後4回、5回と互いに0を並べる投手戦を繰り広げる。…丹波先輩の方に多少疲労が現れるが気迫でなんとか持ち直している…てとこか。
丹波先輩は次の回までかもな。…となると次の投手だが
その後俺たちは更に2点追加しこれで4:1…逆に丹波さんは6回もランナーを2人出すものの気迫のこもったピッチングでラストバッターを三振に切ってとり無失点に抑えた。
そして7回の裏…青道がマウンドに送ったのはーー
『8番丹波くんに変わりまして…川上くん。』
川上先輩だった。川上先輩は秋川、薬師と登板の機会が無かったのでコンディション面での問題は心配いらないのだ。更にここ2試合で登板がなかったといえそれは川上先輩の実力が足らなかったわけではない。実際他の試合で登板した時には無失点で抑えてきてるいるのだ。
変わった川上先輩は最初の打者に少々バタバタしてしまい四球を与えてしまうも次の打者をスライダーでゲッツーに仕留め最後の打者もストレートで詰まらせ打ち取っていた。相手の打者もサイドスローで平均球速130キロを投げてくる川上先輩に苦戦している
8回に俺たちは再びチャンスを作り1死ランナー1、3塁の場面で打者は増子先輩…
「ウガッ!!」
増子先輩は若干詰まりながらもボールをレフトに運び、三塁ランナーの小湊先輩はタッチアップの態勢に入る。…若干浅いか?仙泉は守備も良いので余り無理はしなくて良い場面だが
小湊先輩は行けると判断しスタートを切った。レフトの送球も素晴しくクロスプレイになるのだが判定は…
『あ、アウトォォォ!!』
判定は僅差でアウトの判定だった。クロスプレイだったし点差がそこまである訳ではないのでこの挑戦は責められはしないだろう。
…しかしこのプレーで既に青道側に新たな問題が生じたことをこの時の俺は知らなかった。
◆
『試合終了!!3年生丹波くんから2年生川上くんが締める見事な継投!!青道高校3年ぶりの決勝進出!!』
『礼!!』
『したぁ!!』
「お前たちが最強だ!」「行けよ甲子園!」「また応援来るからな!」
観客から多くの声援を浴びる。この試合は7:1でうちが勝利したのだった。最終回ウチは御幸先輩のところでクリスさんを送り長打を放った。そして川上先輩がそれを送り白州先輩が単打で繋げてランナーを返した。
真木さんもよく投げてたけど流石にウチ相手に1人で投げ切るのはしんどかったらしく7回あたりからピークが来ていた。…しかしそれでも変えなかったのはエースを信頼してのことなのか…それとも変えの投手が居なかったのか。まぁ終わったことを考えてもしょうがない事ではあるが…
◆
俺たちは試合後、球場に残り俺たちの次に行われるもう一つの決戦を視察していた。
「どっちが勝つかな?」
「…まぁ…順当に行けば稲実だろうな」
「…成宮さん…」
栄純は稲城実業のエース・成宮鳴を見つめながら意味深に呟いた。東京に来てから…いや…この大会が始まってから成宮さんと比べられる事が増えてきたからな。何かしら思う事があるんだろうが。
「てか相手の桜沢って…」
「桜沢はスポーツの分野では無名だが都内でも有数の進学校として知られている高校だ」
「「クリスさん!」」
俺たちの背後から声をかけてくれたのは最近ではお馴染みとなったクリスさんであった。クリスさん…忙しいのにどこから情報仕入れてんだろ
「20年連続初戦敗退…所謂弱小校のレッテルを貼られている高校であったが…」
「「…」」
「今から2年前に3人の生徒が加入する事で少しずつ力を蓄え…この夏ーー」
ーーパァン!!
「なんだあれ?」
「…」
球速は120も出ていない。…しかし打者が明らかに嫌そうにしているのが目に見えてわかる。
「…彼…桜沢のエース・長緒アキラは"ナックルボーラー"だ」
「…ナックル」
ナックルボールとは、ほとんど回転をかけずに投げることで、空気抵抗の影響を強く受けて不規則に揺れ動く変化球のこと。
打者からすると——「来た」と思った瞬間、ボールが途中でふっと横にズレたり、沈んだり、浮いたりする。まさに“生きている球”と称されるほどの魔球である。
そして桜沢のエース・長緒さんはナックルを駆使してうちに勝るとも劣らない強力稲実打線を三者凡退に切って見せた。
「これ桜沢の勝利もあるんじゃあっ」
「いやーーーー」
ーードパァァァァァァァァァァン!!
「っお、おおおお!!」「流石だ成宮!」「初回から三者連続三振!!」
稲実のエース・成宮鳴が一抹の希望すら抱かせない圧巻のピッチングを披露する
「あれが成宮…鳴」
「…あぁ」
成宮鳴…最速148キロのストレートに切れ味鋭いスライダー…更には140に迫る球速のフォークに今夏から使用し出したチェンジアップ。…全てがウィニングショットになり得る怪物投手である。
桜沢が勝つにはこの人から点を取らなきゃならないんだが…正直桜沢ではどう考えても点を取るイメージが湧かない。
『2回の表、稲城実業高校の攻撃は4番・キャッチャー原田くん』
2回の攻撃、先頭は稲実の4番の原田さん。合宿の時に一度見かけた人だ。…この人を抑えるかどうかでこの試合桜沢の勝率は大分変わってくるだろう。何せ成宮さんから今の所点を取るイメージが湧かない以上点を取られる訳には行かないからな。
「お!?」
「やるなぁ…あの投手」
「原田でも打たないほどとは」
俺たちの予想とは反して長緒さんのナックルに苦戦を要する稲実打線。…結局この回も得点を与えることはなく投手戦を予感させる立ち上がりを見せる。
◆
現在4回の表…等々、長緒さんのナックルを稲実打線が捉え始めた。
キッカケはただのエラーであった。…しかしこんな大舞台など経験もない桜沢の面々はエラーを連発し無安打にも関わらず無死1、3塁のピンチを迎える。
あれじゃあ投手はたまったもんじゃないだろうな。打ち取ったあたりをこの場面に立て続けにエラーだ。…ただ
コレは運が悪くそうなったわけではない。"あの人"のマウンドから与える圧倒的なプレッシャーを打席で浴び続けたんだ。…そしておそらくそのために初めから全開で飛ばし続けていたんだろうな
(ここを抑えれば問題ない…まだ希望はある…希望は)
しかし…唐突に無慈悲な現実が桜沢を襲う
ーーカキィィィィィィィィィィィィン!!
4番の原田さんの一発を皮切りに稲実打線が爆発…等々4回に一挙8得点…更には5回に3点も追加し、これで11:0でコールド圏内に…
そして名門のエースナンバーを背負う若きエースはここでも一才の容赦もなく
『三振!!試合終了です!!圧倒的な強さを見せつけ稲実決勝進出です!!』
「決まったな」
「…あぁ」
「成宮さんか…」
「打てそうか?」
「…ふっ…打つに決まってんだろ。…栄純こそどうなんだ?散々成宮さんと並べられてきただろ?」
「…あぁ…どっちの凄いか…それを決めに行くんだ。…楽しみでしょうがねぇよ」
「俺たちで青道を優勝に導くぞ」
「おう!!」
こうして夏の大会決勝戦の組み合わせは《青道ーー稲実》に決定した。