西東京大会決勝戦
《青道高校ーー稲城実業》
前予想と反して互いに強力な打線を擁しながらもそれを超える両投手達が投手戦を繰り広げる今試合。ここまでーー成宮が6回を投げ切り失点1の9奪三振、沢村が6回途中を投げ10奪三振の1失点である。
そして現在
6回途中1死の場面で打席に立つのはーー
『1番センター神谷君』
(ここはまず慎重に行くぞ沢村)
初球、アウトコースにストレート。しかし僅かに外に外れボール。更に続け様にチェンジアップを2球、ストレートを一球投げて1ー3のカウント…
(ここにきて沢村の制球が纏まりが効かなくなったか?)
(大したもんだぜお前…ウチ相手に1年がここまでやるなんて全国探してもそうはいねぇはずだ。…そろそろ楽になりやがれ)
ーードパァァァァァァァァン!!
『……ボールフォア!!』
青道にとって最悪、稲実にとって最良のランナーが飛び出してしまった。…そして続くのは
『2番ショート・白河君』
(大丈夫だ沢村…ここを抑えるぞ。外れても良いから初球は外に)
御幸はマウンド上の沢村を落ち着かせようと両手を大きく広げる。そして御幸が構えたのはアウトコース低め。カルロスの足も警戒しストレートでのサイン…
しかし
「走った!!!」
一塁ランナーのカルロスがスタートを切る。…しかしそれより問題なのは…
(んな!甘ぇ!)
ーーカキィィィィィィィン!!
沢村のボールはアウトコースより更にボール2つ分以上真ん中に、そしてそれを白河が見逃すはずもなくバットをスイングする。
打ち抜かれた打球はセンター前に…そして一塁ランナーのカルロスはその俊足を飛ばし三塁へ…これで1死ランナー1.3塁の大ピンチへ変貌を遂げる。
「…はぁ…はぁ…はぁ」
(…どうする…沢村の限界も近い…このままじゃあ)
ーードパァァァァァァァァン!!
『ボールフォア!!』
「うぉぉ!満塁だ!!」「青道大ピンチ!!」「どうするんだ青道!」
「すいません。タイムをお願いします」
『ここまで好投を続けてきた沢村君に突如として起こり始めた乱調…稲実にとってはまたとない大チャンスです!捕手の御幸君がタイムを取りマウンドに駆け寄ります!』
「…はぁ…はぁ…はぁ」
「…沢村」
「…すいません…はぁ…はぁ…自分の限界は自分でわかっているつもりです…この回だけ…この回だけ自分に任せてください…お願いします」
「…外から見ていても、制球の乱れ、疲労具合、思考力の欠如…今すぐにも交代する理由はいくらでもある」
「…」
「…それでも投げると?…打たれるかもしれないんだぞ?」
「はい!…必ず…俺が抑えます…それが…この大舞台の先発を"信じて"任せてくれた責任でもありますから」
「…ふっ…お前ってやつは…よし。腹を括れよ沢村。お前が選んだ道は生半可な道じゃねぇぞ」
(…責任…か…ここまであいつがチームを背負っているとはな)
「"覚悟"は出来てます」
御幸はマウンドから戻る際、監督がこちらを見つめていることに気づく。…そして監督に向かって大きく頷く。
(…1人では死なせねぇ…俺も一緒に背負わせてくれ沢村)
沢村の覚悟を聞いた御幸は感嘆しながらも孤独にはさせないと誓う
◆
『続投!続投です!!青道高校、このまま沢村君に託します!!…そして稲城実業…打席に入るのは4番主砲の原田君です。ここまで無安打の主将はこの場面で逆転させることができるのか!?』
続投の策を取った青道バッテリー…そしてこの場面打席に立つのは4番・原田…
『状況は俄然として稲実有利の展開、安打は勿論、失策も捕逸も許されません!!青道の守備陣にも大きなプレッシャーがかかります!!…そしてその初球!!』
ーードパァァァァァァァァン!!
初球はインコース高めにボール、球威やキレに落ち目は見られないがやはり制度は少しアバウトになってきているのは間違いないだろう。
そしてこの雰囲気…バットに当てさえすれば何かが起こってしまいそうなーー
(…なんだ…何かがおかしい)
いち早くそれに気づいたのは相対している原田であった
このプレッシャーのかかる場面、しかしマウンドに立つ沢村の姿に、力みはない。
肩も、腕も、呼吸すらも静かだ。
まるで散歩でもするかのような足取りで、"ユラユラ"とゆっくりと脚を上げる。
――遅い。
打者の感覚がそう告げる。
ーー次の瞬間
溜め込まれていた何かが、一気に解き放たれる。
腰が静かに切れ、肩が遅れて回り、最後の最後で――腕が“疾る”。鞭が空気を裂くように、音もなく加速する左腕。
ーーその瞬間
ボールだけが異様な速度で、視界を侵食する
「んな!?」
ーードパァァァァァァァァァン!!
(力感は全くないのに…体感速度は1番速い!!…何なんだ…何なんだこれは!?)
原田が驚くのも無理はない…なにせ何度もバッテリーを組んだ御幸ですら初めて受ける感覚。体感速度は最速…なのに力感は限りなくゼロに近い。静から動へ――その落差が生む錯覚…
ーードパァァァァァァァァン!!
『さ、三振!!青道高校沢村!稲実の主砲から三度三振を奪いました!!』
それは沢村にとって偶然の賜物であった。…緊迫した状況…疲弊し切った体…しかしそれに対し上がり続ける集中力…それが合わさり齎した代物。完全な脱力態勢からリリースの瞬間だけに全神経を集中させ、圧倒的な初動の差で相手を圧倒する技術。
ーードパァァァァァァァァァァァン!!
「っくそ!!」
『なんと…なんと…なんと青道高校沢村!このピンチを二者連続三振で自ら切り開いて見せました!!』
「「「うぉぉぉ!!!」」」
「神がかってる!!」「やべぇ…やべぇよ沢村!」「あれ…涙が…」「大丈夫若菜ちゃん!」
…後に世界へ挑む沢村栄純本人が語る、
『…あの瞬間が自分の投球の"原点"だったと』
◆
「…雅さん」
「…鳴」
「…正直言うと俺…今日の試合…と言うか今まで俺と"対等"に渡り合える奴がいるなんて想像もしてなかったよ」
「…」
「…それも下の世代に」
「…鳴」
「あぁ負けたくねぇ!!」
「っ!耳元でデケェ声出すな!」
「…燃えてきた」
「…ふっ…あぁ俺もだ」
沢村の投球に魅入られたのは味方だけではない。正面からぶつかり合っているこの男も更に上のステージへと登ろうとしていた。
ーードパァァァァァァァァン!!
『三振!!この回早くもツーアウト!稲城実業・成宮君!テンポの良いピッチングで青道打線を圧倒します!!』
成宮は5番の増子をセンターフライに、6番の伊佐敷をストレートで追い込み、解禁したチェンジアップで空振り三振に切ってみせたのである。…そして次の打者は
『7番キャッチャー・御幸君』
「…」
(にゃろ…またなんか狙ってやがんな一也のやつ)
(ランナーがいないとは言え侮れん奴だ。全力で抑えるぞ鳴)
稲実バッテリーは御幸に対し変化球を多用する。スライダー、カーブ、フォーク、御幸もギリギリのところで反応し対応するがカウントは0ー2で追い込まれている。
「っ!」
(しつけぇな!!)
ーーパァァァァァン!!
「っくそ!!」
(チェンジアップか!?)
最後はチェンジアップで空振り三振に打ち取り7回裏の自軍の攻撃に繋いだのだった
「さてさて…アイツはどーだってーー」
成宮の言葉と裏腹に青道高校の監督が動き出す
『青道高校選手の交代をお知らせします!沢村君に変わりましてピッチャー丹波君…ピッチャー丹波くん』
「交代かよ!!…ちぇっ…引き分けか」
「アホかお前は…ウチが勝てばそれは勝利だろうが」
「…ふん」
沢村の交代に対し不服そうな…納得のいかない表情を浮かべる成宮
『青道高校ここで投手をスイッチ!!』
『エースナンバーをつけた丹波君がマウンドに上がります』
「丹波ぁ!!」「頼むぞエース!」「丹波頼む!!」
満を辞してマウンドに上がったエースに味方サイドから大勢の声援が送られる
『7回裏の稲実の攻撃、打席には長打のある6番山岡君が入ります』
◆
ーーパァァァァァン!!
「しゃあ!!」「ナイスボール丹波!!」「追い込んだ!」
「ナイスボールです丹波さん!」
長打のある山岡に対し青道バッテリーは徹底してカーブを投じ追い込んだ。御幸としては丹波リリーフでの起用に対し少し不安を抱いていたが'この代名詞"のカーブをコースに投げれるなら大丈夫だと判断した
(カーブは問題ない…1球外に見せ球を…)
御幸が構えたのはアウトコースより更に外側…
「シュッ!!」
「んな!?」
ーーしかし
ーーカキィィィィィィィィィィィン!!
丹波の投じたストレートは御幸の構えたミットより内側に…そして山岡はコースに入ってくるボールを強振…振り抜かれた打球はーー
ーーガァァァァン!!
『は、入ったぁぁぁ!!勝ち越しのホームラン!!この回からマウンドに上がった青道のエース丹波に昨年の覇者から洗礼の一発!!カーブを2球続けた後の直球…甘く入ったストレートを山岡君は見逃しませんでした!!これで2:1!!稲城実業勝ち越しです!!』
山岡の打球はレフトスタンド中段まで飛び込む特大のソロホームランとなったのだった…
◆
大丈夫だ…落ち着け…自分のピッチングをすればいい
ーーパァァァァン!
自分のピッチングをーー
ーーパァァァァン!
すればーー
『ボールフォア!!』
「荒れてる荒れてる!」「ホームランのダメージ残ってんぞ!」「寧ろ良い交代だったな!!」
『キャッチャー御幸君たまらずマウンドに駆け寄ります!』
その後も…丹波は次の打者にも死球を与えてしまいこの回ノーアウトランナー1、2塁の大ピンチを迎える。
やはりホームランの影響か…それともここまで拮抗した試合を動かしてしまった事への後悔か…明らかに自分のピッチングが出来てはいなかった。
ノーアウトランナー1.2塁…9番打者もバントの構えを取る。
(簡単にはやらせねぇ!)
サード側に転がしたバントのボールを御幸が掴み取りサードに送球しアウトを捥ぎ取る。この御幸のワンプレーで1アウトランナー1、2塁のピンチが続く。
そして次の打者は
『1番センター神谷君』
「流石鳴が欲しがった男…にしてもアレがおたくのエースね…」
「…」
丹波は初球アウトコースに外れるボール、2球目はカーブをカルロスがスイングするもファールゾーンに切れファールボール。…そしてこの場面…丹波の気持ちを確かめる意味合いも込めて御幸はインコースに構える
「っ!」
「…」
(丹波さん…強い気持ちを!)
丹波の脳裏によぎるこれまでの葛藤や試練の日々…そして以前監督から言われた"言葉"
(自分を信じろーー)
ーーカキィィィン!!
カルロスの放った打球はサード頭上に上がりサードフライに。コースもよくこれまでより威力のあったストレートであった。そしてこれでツーアウト…打席には2番の白河が入るが…
『ボールフォア!!』
選球眼とバットコントロールに長けた白河とは丹波は相性が悪く、全てのボールをカットされ最後はストレートが外れ四球を与えてしまう。…ツーアウト満塁…この場面で打席に立つのは稲実のクリーンアップ…
『打席には3番吉沢君!!この試合の勝敗を左右しかねない大事な局面!稲城実業突き放すか!?』
そしてその初球、丹波の放ったカーブに吉沢は空振り、2球目インコースにストレートを見逃すもストライクで2ストライク…そして3球目…青道バッテリーが選んだのはーー
ーーパァァァァン!!
『バットが空をきったぁぁぁ!!空振り三振!!エース丹波気迫のピッチング!ここは三振で後続を断ち切ります!』
「ナイスピー丹波ぁ!」「ナイスピッチ丹波さん!」「ナイピー丹波!」
「お疲れ様です丹波さん!」
ベンチに戻る丹波に沢村が声をかける
「…あぁ…すまない。ありがとう」
勝者の決まる最終回まで残り2回
◆
8回表…マウンドにはやはりエースの成宮が青道の前に立ち塞がる。9番丹波…1番倉持と連続で打ち取られ早くもツーアウト。…少しずつ…着々と…青道の灯火が消えかかる
誰もがこのまま終わってしまうのかと思われたその時
青道ベンチに動きが生じた
『青道高校選手の交代をお知らせします。2番小湊君に変わり代打・滝川君…2番小湊君に変わり代打・滝川君』
青道高校はここで代打の切り札・クリスを送り出す。
「…ふぅ…」
滝川・クリス・優…今大会代打での出場しか記録されていないが驚くべきはその打撃成績。ここまで4試合に代打で出場し4打数4安打2本塁打の打撃だけなら夏目・結城クラスの怪物である。
アナウンスされたクリスは打席に向かう前に空を見上げる。これだけ会場中から声が響く中でも聞こえるほど自分の鼓動が激しいのが分かる。…これほど心臓が煩いのはいつぶりなんだろう。…そう思った時
「「クリス先輩!!」」
背後から聞こえる二つの声。…どれも聞き覚えのある声だった。1人は成宮相手に投げ合い、強力稲実打線を封じ込めた己も良く知る後輩沢村…もう1人はこの試合…いや今大会唯一成宮から得点を叩き出した俺が唯一勝てないと感じた天才・夏目。…2人のおかげでこの試合が成り立っていると言っても過言ではない立役者である。
「怪我だけは勘弁してくださいよ!!」
「そうすっよ!怪我なんてしたら栄純が泣きますから」
この試合を決めかねない重要な場面…にも関わらず2人が伝えた言葉はあまりにも場違いのような…あるいはいつもの日常と何ら変わりない軽口だった。
勝て、とも。打て、とも言わない。…しかし俺の中にその言葉が思いのほか大きく染み渡っていくのが分かる。
思わず、口元が緩む。
(……本当に、こいつらは)
後輩の言葉に前を向きながら手を振り応える。バットを握る指に、自然と力が宿った。
いつのまにか五月蝿かった鼓動は静まっていたのだった
「…ふーん…雰囲気あんじゃん」
(気をつけろよ鳴…コイツは結城クラスの打者だぞ)
(でもさ、怪我しててブランクあんでしょ?…そんな人に俺のボールが打てるかよ!)
稲実バッテリーが選んだのはアウトコース低めの真っ直ぐだった。
ーーバギャァァァァァァン!!
「んな!?」
「なにっ!?」
外角の真っ直ぐに対しクリスは―― 自分の間合いまで踏みとどまり我慢する。… やがてボールが、自分の支配する空間へ入る瞬間――
ーーバットを一閃した
そして重く、深い衝撃音から放たれた打球はライトとセンターの間、右中間を高速で切り裂いたのであった
「「「うぉぉぉ!!!」」」
「ナイバッチクリス先輩!」「流石ですクリス先輩!」「クリスさん!!」
『青道高校代打の滝川君がツーベースを放ち出塁しました!そして何と言っても次の打者はーー』
『3番レフト・夏目君』
『今日も既にホームランを放っている押しも押されぬ天才打者・夏目凛太郎!!本日4度目の対戦が開幕します!!』
一打席目は三振、二打席目はホームラン、三打席目はセンター・カルロスのファインプレーでアウト…
「決着(ケリ)つけてやる」
「はっ!やれるもんならやってみやがれ!!」
本日4度目の対戦となる夏目と成宮…その初球はーー
「っ!?」
(ボールが遅ぇ…チェンジアップか!?)
ーーカチンッ!!
稲実バッテリーが選択したのは低めのチェンジアップ…しかし夏目はこれに反応…振り抜こうとしたバットを体幹と腰の踏ん張りで極限まで抑えてバットを振り抜いた結果、バットの先にボールは命中しファールゾーンにボールが転がる
(…コイツ…鳴のチェンジアップに当てやがった)
原田は成宮のチェンジアップに初球から反応してきた事に驚き尚且つ前に飛ばしたことにも驚愕を隠せない。そしてこの打者が益々危険であることを認識するようになる。
ーードパァァァァァァァァン!!
2球目、3球目とボールが続き、4球目ーー
ーードパァァァァァァァァン!!
今打席初めてインコースに投じられたストレートはこの日最速の150キロを計測する。
『互いの意地と意地がぶつかり合います!!』
そして5球目に投じられたのはアウトコースからバックドアで逃げるスライダー…危うく降ってしまいそうになるが何とか堪える。これでフルカウント…
「…ふぅ…」
「…はぁ…はぁ…はぁ」
ここからでも分かるほど成宮も相当に"きている"。
(コイツを抑えるにはもう"あれ"しかねぇ)
(…分かってるよ雅さん)
稲実バッテリーの覚悟が決まった。
マウンドの成宮が大きく息を吐いた後投球モーションに入った。クイックモーションから大きく左腕を振り抜く。成宮の場合、最速150キロを誇るストレートであれば、投じた瞬間にコチラに向かって突き進むようにボールが進んでくるのだがーー
(来ねぇ!?)
夏目は絶対的感覚からボールの視認、反応に成功する。チェンジアップがどこにどのコースに来るのかを瞬時に判断する。そしてそれはーー
ーーパァァァァァァァァン!!
「「…」」
『ぼ、ボール!ボールフォア!!』
成宮の投じたチェンジアップはアウトコース低め僅かに外れボールとなる。僅か…ほんの僅かにボール一個分ゾーンの枠下に収まってしまったのである。
(…今のはしょうがねぇ…コースもキレも完璧だった。しかもあのストレートを見た後だ。普通は振っちまうに決まってる…アイツが異常なだけだ)
(ちぇ!お預けかよ!今日そんなんばっか!)
(まぁ俺としては助かったというべきか…正直結城よりコイツの方が不気味だからな)
原田は結城より夏目の方をより警戒していた。そしてそんな思惑を読み取ったのか目の前の男が呟く
「…アンタらハズレくじ引いたぜ」
「??」
『――さあ!試合の流れを左右する大一番で打席に立つのは青道の主将、結城哲也!ここまで成宮鳴に対して三打席、すべて封じ込められています!しかしこの男は青道の四番として…そして主将としてここ一番で幾度となくチームを救ってきた男です!ワンアウト一・二塁――長打が出れば一気に試合が動く場面!勝つの関東No. 1左腕・成宮鳴か!それとも青道の主砲・結城哲也か!三度封じられた男が、四度目の対決で牙を剥くのか――!!』
◆
俺は目の前で後輩が四球を選び1塁へ歩く姿を目に収める。今年の一年達は本当に才能に溢れていると思う。…『不作の年』…そう呼ばれた俺たち世代とは比べようも無いほどに
「…結城」
後ろで監督がコチラを見ていることに気づく。…そして先ほど言われた言葉が再び脳裏に蘇る。
『…おそらく稲実サイドはお前より夏目を強く意識しているはずだ』
『っ!?』
『…しかし青道が勝つにはお前が打つしか無いと俺は考えている』
『…』
『…確かに夏目の今大会の成績は頭抜けている。最早東京No. 1打者と呼ばれてもいい程に…ただここで夏目が打ったとしてもチームの勝ちを決定させる事は出来ない…』
『…』
『…それが出来るのは…"お前だけだ結城"』
『っ!?』
『お前が打つのと他の打者が打つのでは相手に与える影響が全く違ってくる…味方に与える影響もな。
…確かに夏目は現時点でも東京を代表するほどの打者だ…しかし青道の主砲はお前だ。お前がこのチームの精神的支柱であり大きな柱だ…お前が打つ事で相手には絶望を…味方には希望を与えることが出来る。…頼んだぞ結城。お前が打て』
『…はい!!』
◆
『4番ファースト・結城君』
「「「うぉぉぉ!!」」」
「頼みますキャプテン!!」「哲!!お前しかいねぇ!!」「打ってくれ哲!!」「お前なら打てるぞ!!」
この日1番の声援が1人の男に向けられる
「人気者だねぇ〜」
「…鳴」
「分かってるって…でもさ雅さん」
「ん?」
「ここであの人抑えたら一気にウチの勝利が近づくと思わない?て言うかそしたら俺がヒーローじゃん!!」
マウンド上で話す稲実バッテリー…このピンチの場面でさえ、いつもと変わらない姿のエースに対し呆れながらもどこか頼もしいと感じてしまう原田
「はっ…そんだけ言えんなら大丈夫だな」
「ったく誰の心配してんのさ…それより自分の心配しなよ。三振大王め」
「うるせぇよ。…次は打つ」
◆
『ーー男には〜自分の世界が〜あるーー例えるなら〜ーーひとすじ〜の流れ星〜』
ブラスバンドの音楽や味方の声援が少しずつ遠のいて行く…
ーードパァァァァァァァァン!!
次第にざわめきが遠ざかる。観客の声も、ベンチの声も、すべてが水の中のようにぼやけていく。目の前にあるのはただ一つ——投手と己のバットのみ
ボールが離れる、その瞬間だけを待つ。
そしてその時が訪れる
成宮が腕を振り下ろした瞬間、世界がスローモーションになる。
白い腕の振りは鋭い。ストレートと同じ軌道、同じ腕の振り——
ーー 遅い
脳より先に、感覚がそう告げた。ボールがふわりと空気に浮く。鋭く伸びるはずの球が、わずかに沈みながらこちらへ漂ってくる。成宮鳴の代名詞にして多くの打者が空を切ってきた魔球。
だが——
不思議と焦りはない。体の軸は崩れない。開きかけた腰をわずかに残し、バットをほんの一瞬だけ遅らせる。
ボールが落ちてくるその軌道へ、バットを滑り込ませる。
次の瞬間——
ーーカキィィィィィィィィィィィン!!
乾いた金属音が球場を裂いた。
振り抜かれた打球はセカンドの頭上を優に超え右中間の間を裂き、人工芝のグラウンドを白球が駆け抜ける。
「回れ回れ!!」「来い夏目!!」
2塁ランナーのクリスが…そして1塁ランナーの夏目がーー
『っ!2塁ランナーに続き1塁ランナーもホームイン!!試合をひっくり返す4番の一撃!!8回表ついに…青道高校逆転ーー!!!』
「「「青道!!」」」「哲!!」「お前なら出来ると信じてたぞぉ!!」
試合も終盤…主砲の一撃でついに逆転した青道高校…試合はより佳境に入って行く
次で稲実戦は終了となります!長くなってすいません!