青道高校が遂に逆転に成功した8回の表の攻撃…稲実バッテリーは後続を打ち取り自軍の攻撃に備える。
「鳴!」
「…あれを打たれちゃあしょうがないよ…打った方を褒めるしか無い」
「…お前」
自らのウイニングショットを打たれ逆転されたものの成宮の目は未だ死んでおらずただ前だけを向いているのだった。
「それより!…頼むよ雅さん…雅さんは俺たちの4番張ってんだからさ」
「…あぁ」
逆転に成功した青道高校の守り、代打のクリスに変わりセカンドには一年の小湊がそして…マウンドにはエース・丹波…そして打席には稲実の主砲・原田が入る
『エース対主砲…本日初対戦のカードになります!逆転に成功した青道高校としては何とか守り切りたいところです!!』
◆
3:2…俺たち稲実が負けているのは全て俺のせいだ…4番に座っておきながらここまで3三振…情けなさすぎて笑けてくるぜ。
ーーギュルン!!
お前も譲るわけにはいかないってか…丹波…互いにエースと主砲…背負うものが大きい筈だが俺たちが揃ってこうも足を引っ張ってるなんてな。
でもな
そんな俺をまだ信じて投げ続けてるバカがいるんだよ。あの小せぇ背中にどれだけの物を背負い込んでいるのか、想像もつかねぇ…俺はアイツを楽にさせてやりてぇ…日本一の投手にさせてやりてぇんだ
そして
それが出来るのは"相棒"である俺だけだ!!
ーーバギャァァァァァァァァァァン!!
「「「行ったぁぁぁ!!!」」」
「夏目頼む!!」
「っ!!ぐっ!?」
原田の打球はレフトフェンス上段に…夏目がフェンスに激突しながらも捕球しようと試みるが、僅かに届かず。
『4番・原田のツーベースヒットー!!稲城実業ノーアウトから同点のランナーが飛び出しました!!』
「「「うぉぉぉ!!」」」
「流石キャプテン!!」「信じてましたよ!」「原田先輩!!」
原田の放った打球はツーベースに…そして無死ランナー二塁の場面で打席に立つのはーー
「流石だね雅さん…俺も負けないよ」
『得点圏で打席に立つのは5番・成宮!!投手ながら打率も高く一発もある強打者なので要注目です!!』
打席に立つはここまで1人で投げ続けている稲実のエース・成宮鳴
(丹波さん落ち着いて!!ここに投げ込めたら大丈夫ですから!!)
(…俺が打たれたせいで前の回も点を取られたんだ…漸く逆転したのにまた逆転される訳にはいかない)
御幸は丹波の表情を伺い心配する。丹波は同じ過ちは繰り返さないと力を入れる。
『ここは絶対に抑えたい青道高校ーーそしてその初球ーー』
「っ!?」
「んな!?」
(勝つためなら俺のプライドくらい捨ててやるさ!!)
『何と稲城実業!!ここでクリーンアップの成宮君からバントが行われました!!そしてその間に原田君は三塁へ!ここは何としても1点を欲しているのが分かります!!』
1死ランナー3塁のピンチ…外野フライでも一点を奪いにくる場面…そして打席に入るのは先ほど丹波から本塁打を放った大砲・山岡。稲実としてはこの上ないチャンスが回ってきたのである
青道守備陣は一点も許さない前進守備の陣形を取る。
(このバッターはカーブにタイミングが合っていない…ここに!)
山岡が本塁打を放った打席はカーブに対しては全て空振りであった。
ーーブウォォォン!!
「ナイスボール!!」「ナイボー丹波さん!!」
初球は低めのカーブを山岡が空振りしワンストライク、2球目はフォークを投じるがゾーンを外れボール。
そして3球目、この打席は徹底的にストレートのサインを出さない御幸
「シュッ!!」
(コースも悪くない!…このボールならっーー)
「っん!!」
ーーカキィィィィィィィィィィィン!!
「んな!?」
(踏み込んできやがった!?)
(体重がうまく乗り切らず手打ちになってしまった…しかし)
丹波が投じたカーブに対し山岡は姿勢を崩されながらもボールを打ち切る。そして打たれたボールの行方はーー
「「「レフトォォ!!」」」
「夏目頼む!!」「お前の肩なら間に合うぞ!!」「凛!!」
「っく!?」
ボールは前進していたレフト…夏目よりかなり後ろに…夏目は若干姿勢が後ろ重心になりながらも捕球体制に入る
そして白球はレフトの夏目のグラブに収まった瞬間、一切の溜めもなく放たれた。
ーーゴゴゴゴゴッ!!!
夏目の右腕から放たれた送球は弧を描かない。空気を裂くように、一直線にホームベースへと突き進む。外野の深い位置から放たれたとは思えないほど低く、速く、ショートの中継に入っている倉持の上を高速で通り抜ける。
御幸は一歩も動かずミットをホームベースの上に構え、ただその到達を待つ。
砂煙を巻き上げながら滑り込む原田
ホームベースの上で交差する運命ーー
「っ!?」
――タイミングは、完全にアウトだった。
だがその瞬間、ほんの僅かな誤差が生まれる。
ボールが、わずかに――浮いた。
レーザーのような送球のはずだった。だがホーム手前で白球は数センチだけ跳ね上がり、捕手のミットの芯を外れる。
御幸は咄嗟にミットを押さえ込むように下げる。その、ほんのコンマ0.1秒の刹那の遅れ。
砂煙の中から伸びた原田の指先が、
御幸のタッチよりも先に――
ーーホームベースへ触れていた。
『せ、セーフ!!セーフです!!稲城実業!同点!同点においつきました!!』
「「「うぉぉぉぉ!!!」」」
「す、すげぇ!!」「まだまだ終わらねえぞ青道!!」「稲実最強!!」
完璧に近かった送球。外野から放たれた一条の光のようなボール。
それでも勝敗を分けたのは、
わずか数センチの浮きと、ほんの一瞬のズレ。
この刹那のプレーのミス…いやミスと言えるほどのモノですら無かった。そもそもあの位置のタッチアップでギリギリのクロスプレーに持っていける事すら難しいのである。
しかしこのワンプレーを夏目は"一生忘れる事は無かった"
◆
「すんません!!」
「「「ん??」」」
「え、いや、あの、俺…のせいで点入っちゃったんで…」
ベンチに戻ってきた夏目は開口一番に謝罪の言葉を口にした。…しかし夏目の思っていた反応とは違い逆に戸惑ってしまった。
「何言ってんだお前?」
「え?いや俺のせいで点入っちゃったんですよ!」
まるで本当に夏目の言葉の意味が分からないと言うように不思議そうな顔を浮かべる伊佐敷に驚く夏目
「はっ!お前のせいだぁ?…自惚れてんじゃねぇぞ夏目…」
「…」
「…はぁ…じゃあ言うがよぉ…今のプレーお前は全力でアウトを狙いに行ったんじゃねぇのか?…それとも手を抜いたのか?」
「っ!んな訳ないじゃないっすか!!」
「知ってるっつの…お前が全力でやってることはよぉ…そんな後輩を責めるような先輩に見えてるのかお前には」
「…いや…でも…」
「…それでも納得できなきゃ今は打って点を取り返すことを考えやがれ。"お前なら出来んだろ"」
「…伊佐敷…先輩」
追いつかれてなお動揺の隙すら見せない先輩たちに驚く夏目であったが伊佐敷からかけられた言葉が夏目に染み込む。
"打って取り返す"
(…確かに…今の俺に出来るのは打つことだけだ…反省は後にしろ…ありがとうございます伊佐敷先輩)
◆
9回表の青道の攻撃…6番は伊佐敷から始まる攻撃は伊佐敷に単打が飛び出すもののその後の御幸をチェンジアップでショートゴロに抑えダブルプレーに…そして8番の白洲に対しても3球連続でストレートを投じセンターフライに打ち取る。
『稲城実業・成宮鳴!!正にエースと言える投球で9回を見事投げ切りました!!』
成宮は9回を打たせて取るピッチングで3人で切って落としてみせたのだった。
9回裏の稲城の攻撃、マウンド上にはこの回も続投を続けている青道エースの丹波…
「もうあの人は限界でしょ。いい加減楽にしてあげなよ」
「…鳴…前から言おうと思ってたがお前は丹波をーー」
「分かってるって…今は前とは違う。…舐めている訳じゃないよ。根拠のある自信さ。」
「…」
「全開の状態ですらちょこちょ抜けるストレートに、疲労でコントロールの効かなくなってきた変化球…そして回ごとに慣れてきたうちの打線…これでウチが打てない道理がないよね?」
「…」
言い方はともかく成宮の言うことに間違いは無かった。…なにより7回と8回で丹波が登板してからは連続で得点を挙げていることが証明となる。
「ね?…だからそろそろ打ち崩せる…てかここで打てないでいつ打つのさ。まだ俺に投げさせる気なの?まぁみんなの尻拭いならいくらでもやるけどさ!」
「「「…」」」
あまりの言い草にこめかみに青筋を浮かべる稲実メンバー
「打ちゃあ良いんだろ!打ちゃあ!」「ゆっくり寛いどけよエース様よぉ!」
「2度とデケェ口叩けねぇようにしてやる!!」
「口だけなら何とでも言えるよね?」
ワザとか無意識か、成宮の言葉で気づけば稲実ナインの心意気が上がる。
『稲城実業高校選手の交代をお知らせします。8番梵君に変わりまして矢部君』
稲城実業はレフトに入っていた8番に変わって代打で2年の矢部を送り込んだ。矢部は今大会スタメンでの出場は少ないものの代打として結果を残しており打撃のみでいえばパンチもあるレギュラークラスの成績を残していた。
「しゃあ!!」
「…」
(丹波さん…コイツは打率は低いですけど一発があります。丁寧に行きましょう。)
「…ん」
初球…御幸が構えたコースはアウトコース低めにフォークボール…そしてこれは外れてワンボール…2球目今度はインコース低めに内から入り込むフロントドアのカーブボール。
ーーパァァァァァン!!
「…」
(変化球への反応が薄い?)
このボールは見逃し1ストライク1ボール、2球続けての変化球に対し矢部はぴくりとも反応しなかったことに御幸は違和感を覚える。
(ここはもう一球カーブをお願いします)
「…」
3球目…あからさまにストレートを狙っている仕草を見せる矢部に対し御幸は変化球…それも丹波自身が1番自信を持っているであろう変化球で打ち取ることを選択した。
「シュッ!!」
「!?」
(ボールが高ぇ!これじゃあ真ん中に来ちまう!)
ーーカキィィィィィィィン!!
丹波が投げたカーブは低めに構えた御幸のミットよりもさらに高い位置に…そしてゾーンの真ん中やや高めに浮いたボールを矢部は見逃さずバットを振り抜いた。…ボールの行方は
『抜けたァァァァ!!ボールはレフトとセンターの間、左中間を真っ二つぅぅ!!この広い神宮の人工芝を白球が転がります!!そして打った打者の矢部君はすかさず2塁へ!!稲城実業サヨナラのランナーがいきなり飛び出しました!!』
「…はぁ…はぁ…はぁ」
(…丹波さん)
ーーパァァァン!!
『あぁ!!っとここでフォアボールを与えてしまいました青道エース・丹波!!苦しい展開が続きます!!…そしてここから相対するは稲実の上位打線です!!』
『1番センター・神谷くん』
「…決めさせてもらうぜ」
「…」
(…まずいな)
球場の雰囲気、流れ、相手打線のことを加味した御幸はタイムを要求しマウンドに駆け寄る。
「…丹波さん」
「…はぁ…はぁ…すまん。御幸」
「…」
(丹波さんが俺に謝るなんて…そこまで疲弊しているのか)
「…俺は…はぁ…交代するのか?」
「…正直言って今の丹波さんは本調子の状態と比べて程遠い状態だと思います。…疲労、プレッシャー…色んな要素が考えられますけど…それでも投手が…エースが投げたいと言うのであれば俺は従います。」
「……俺は…俺の手で…力で…このチームを…監督を甲子園に連れていきたい」
「…」
「…それでも…それでも…俺がチームに必要とされていないなら…喜んで下がる…だが少しでも…少しでも俺を信頼してくれるなら俺は全力で答える努力をしよう」
「…分かりました…この土壇場です…俺はエース…丹波さんも心中しますよ…ねっ!キャプテン!」
「っ!?」
御幸の声に驚き周りを見渡すとそこには
「…うちのエースは丹波…お前だ。俺は…俺たちはお前に任せる」
「ヒャハ!打たせてくれたら絶対アウトにしますよ!」
「僕は兄さんの代わりですけど僕の出来ることは全うして見せます!」
「ウガッ!打たせてこい丹波」
「…お前ら…」
周りにいたのは青道内野陣の面々…それぞれが丹波に想いを託す決断をする。そしてそれは首脳陣やベンチも同じ考えであるそうで、監督もコチラを見ながら動く気配がない。
(…お前の判断に任せる…"丹波…青道を甲子園に導け!!")
◆
ーーカキィィィィィィィン!!
「ちっ!!」
(ここに来てカーブ…変化球のキレが戻りやがった)
覚悟を決めた丹波の投球は正にエースというピッチングに相応しく稲実のリードオフマンであるカルロスをその投球で圧倒していた。
ーードパァァァァァァァァン!!
『三振!!空振り三振です!!青道エース・丹波気迫のピッチングで稲実1番神谷君を圧倒して見せました!!』
「息吹き返しやがったぞ」
「…ふ〜ん…まぁこの手のタイプは俺の方が得意だからね。任せなよ」
1死ランナー1.2塁…続く打者は稲実2番・白河である。
ーーパァァァン!!
「…」
ーーパァァァン!!
「ボールは来てますよ丹波さん!!」
(やっぱり丹波さんとコイツは相性が悪い…)
変化球で交わし三振を奪うスタイルの丹波はバットコントロールに定評があり三振をしない白河には相性が悪かった。
「くっ!?」
ーーカキィィィィィィィン!!
「…はぁ…はぁ…はぁ」
(…どうする…ここで歩かせれば満塁でクリーンアップと勝負する必要がある…かと言って甘い球なら痛打される恐れもある)
「…」
(ここは一か八か…丹波さん…気持ちですよ!!)
「…はぁ…はぁ」
御幸が構えたコースはインコース…ここで詰まらせるしか今の丹波が白河を打ち取る術はない…あとは丹波が投げ切れるかどうかだが…
「っ!?」
(若干甘いか!?…いやでもこれなら!?)
「…ん!!」
(甘い!!)
ーーカキィィィィィィィン!!
丹波の投じたストレートはボール一つ分内側へ…しかし球威もあり球速も出ている。
しかし白河はそのボールを綺麗に反対方向に流し打ちする。打球は三遊間を超えレフトに構える夏目の前へ
そして二塁ランナーの矢部はホームへ突入しようと試みるがーー
「ストップ!!ストップ!!」
「は!?」
ーーズパァァァァァァァァァァァン!!
三塁コーチャーの指示に困惑しながらも止まった次の瞬間…ホームで破裂音のような音が響き渡った。
「んな!?」
「…ふぅ…」
(簡単には行かせねぇよ)
『レフトから矢のような送球〜!!!8回の守備のリプレイを見ているかのような見事な送球でした!!』
(あの距離からノーバンかよ…つくづく俺たちの邪魔をしやがる…化け物め)
レフト前進守備から夏目がボールを捕球しそのままホームへ送球したことで事なきを得たので合った。
『しかし現在1死満塁の大ピンチを迎える青道高校!!稲城実業としてはサヨナラの大チャンス!!どうなってしまうのでしょうかこの試合!!』
『そしてここから打席に入るは稲城実業が誇る強力クリーンアップの打者たち…果たして青道高校はどう退けるのか!!』
1死満塁の場面打席に入るのは稲実の3番・宮沢…内外野一点もやれない前進守備…あとアウト2つ…次に待ち構えるは8回に丹波からツーベースを放っている原田…ここは何としても抑えなきゃならない場面…
(初球…狙ってきますよ…とにかく低めに…)
「…ふぅ」
ーードパァァン!!
『注目の初球はアウトコースストライク!!そして2球目!!』
ーーパァァァン!!
『インコースカーブを空振り2ナッシング!!早くも追い込みました青道バッテリー!!』
そして
『外にフォークボール!!カウント2ー2…稲城実業この大チャンスモノにできるか!!』
◆
カルロス・山岡・白河・それに成宮…今年の稲実の主力は2年…そう言われてることも知っている
けどな
俺たちにだって意地がある
クリーンアップの誇りがあるぜ!!
『勝負の5球目に選んだのは!!』
「うぉぉぉぉ!!」
ーーカキィィィィィィィン!!
『打ったぁぁぁ!!!打球はセンター後方!!』
(ばっ!!…ふざけんな…やめろ…やめろ…やめてくれ!!)
激闘の終焉は誰もが予想もしないほど呆気なく訪れた
◆
『試合終了ぉぉ!!9回裏劇的な幕切れ2時間15分の死闘…終止符を打ったのは稲城実業の3年・宮沢のバットから繰り出されました!!昨年夏に続き2大会連続!!西東京118校の頂点に立ったのは稲城実業高等学校!!』
打球が伊佐敷先輩の頭上を超えた瞬間から俺の耳から…世界から音が消えたように感じた。
あれ…これで終わり…
これで…俺たちの負け…なのかよ
こんな簡単に…こんな呆気なく…
「……っそ…だろ…だって…甲子園に…じゃんかよ…俺の手で…なんで…なんで!!」
一歩も動かず拳を握りしめて立ち竦む夏目
「…夏目」
「…結城…先…輩」
「…整列だ…並ぶぞ」
顔を上げ結城の顔を見た瞬間さらに頭が真っ白になる…なぜなら結城の顔に浮かんでいたのは…その冷静な言動とは裏腹に目尻に涙を溜め…何かを我慢するように下唇を噛み締めた先輩の表情であった
「…すんません…すんません…俺が…あの時」
夏目の脳裏に再び過るのは8回の裏の守備での出来事…
「…お前は良くやっているさ…不甲斐ない俺たち(三年)の責任だ…」
「…だって…あんだけ…デカいこと…言ったのに…なんで」
「…来年はお前たちが…今度こそ監督を甲子園に連れて行け」
「…」
「お前がチームを引っ張れ…夏目…大丈夫だ…お前は"俺が認めた後輩"なんだからな」
溢れる涙が止まらない夏目…
俺は…来年じゃなくて…今のメンバーで…皆んなと…甲子園に行きたかった…このチームでもっと戦いたかった
負けた…このチームが負けたんだ
◆
試合に負けて帰ってきた夜
優勝祝勝会用に用意されていた手料理にもほとんど手をつけず
3年生たちは泣き続けた…
そしてそれは翌日もーー
誰かと顔を合わせれば自然と涙が溢れた。同じ涙でも気持ちが違う…重さが違う…先輩たちの前で涙を見せて同じように泣いちゃいけない
そう思うことだけが下級生にできる唯一の事だった
◆
決勝戦から翌日の夕刻21時…俺は室内練習場前で立ち竦んでいた。…なぜここに来たかと言われれば…特に理由もなく…ただ…今は先輩たちの顔が見れなくて…逃げるように俺は自室から去って行った
「…」
ふと夜空を見上げればこんな気分でも見惚れるほど綺麗な星空が浮かぶ。あまりの綺麗さに俺は背後から近づいてくる人影に気づかなかった
「…凛」
「…栄純」
背後から近づいてきたのは栄純だった。しかし栄純にいつもの陽気な言動は見られず、昨日のように涙はもう流れていない。けれど、赤く腫れた瞼と力なく垂れた視線が、さっきまでどれほど泣いていたのかを物語っている。表情はどこか虚ろで、感情を出し切ったあとの静かな空白だけが残っていた。
俺たちは互いに無言のまま寮の隣にある河川敷を歩く
「…先輩たちもう出ていっちまったよ」
「…俺のとこもだ」
試合翌日…朝から三年生達は今まで使用していた寮室を抜け新たに三年生同士で空き部屋を使いだした。…おそらく新チームの兼ね合いもあるのだろう
「俺たちの"目標"どっちも叶わなかったな」
「…っ!?」
夏目の言う"目標"…それは今年の新入生の入部挨拶にて行われた出来事…
沢村はこのチームでエースになること
夏目はこのチームを自らの手で甲子園に連れていくこと
一重にこの目標は失われたことになる…少なくとも今年は叶わない目標となった。
「…俺は…もうあんな思いはしたくない」
「…」
「試合が終わる瞬間…ただ…ベンチで見ているしか出来なかった」
力があれば…もっと己に力があれば…
「もう…誰にもマウンドは譲らない…こんな思いをするのは一回で十分だ」
「…栄純」
「…お前はどうなんだ」
「俺は…俺は…」
俺はどうなんだろうか…俺が目指すものは…俺が目指す選手像は…なんなんだ…俺は一体何になりたいんだ
結局この日のうちにこの問いの答えが出ることはなかった。
◆
8月3日
この日、青道は新たなチームとなり再び始動を開始するためにグラウンドに集合した
「あの敗戦からお前達も多くのことを学んだと思うが引退した3年生達ほど成長した者はいなかった…練習の時から一人一人が高い志を持ち野球と向かい合ったからこそあれだけ強くなれたんだ」
「結果を出せてやれなかったのは俺の責任だ…お前達も"あの敗戦の悔しさを忘れるな"」
「「っ!!」」
「「「はい!!」」」
敗戦…どうにもこの言葉に反応してしまう
「それでは新チームキャプテンから一言!!」
俺たち青道野球部の新たな主将…結城先輩の後釜に指名されたのは…
「…うすっ…」
青道のリードオフマンにして不動の遊撃手…"倉持洋一"だった
◆
前日、監督室に呼ばれた白州と倉持は監督からとあることを聞く
「え!?御幸がキャプテンを辞退したんすか!?」
「…理由はなんですか?」
それは前キャプテンに指名を受けていた御幸が主将を辞退したとのこと。
「…この前の試合…負けたのは自分のせいだそうだ」
「「そうなこと!!」」
「…あぁ…勿論そんな事はあり得ない…俺からもそう強く伝えた…しかし本人は頑なにそれを認めようとしなかった」
「「…」」
「このチームを引っ張っていくには実力も人望を何もかもが足りていない…そう言いアイツは断った」
御幸もまたこの前の敗戦の責任を強く感じていた。…丹波が打たれたのは自分のせいではないのか…もっと投手を強くさせられるリードがあるのではないか…もっと己に打力があれば…
今は足りないものが多すぎる…自分のことで一杯一杯で主将など出来る自信も資格も無いと…
「…アイツ…そんなこと」
「…」
「そこでお前達を呼んだ理由なんだが」
「「っ!?」」
「俺はそれならと前副キャプテンにも意見を聞いてみた。…そして候補に上がったのがお前たち2人だ。」
「「っ!?俺たち!?」」
「…何を驚く必要がある?…お前たちは共に1年生の秋からレギュラー入り…これまででも多くチームに貢献してきた。そういう意味では御幸となんら変わらないからな」
「「…」」
「…俺は」「俺は!」
「っ!?」
倉持が話し始めた瞬間、被せるように声を出した白州に倉持は驚く。
「…なんだ」
「…俺は新主将には倉持を推薦します」
「っ!?おまっ!なんで!?」
「自分に自信がないのか?」
「自信…と言うより俺は倉持がキャプテンのチームを見てみたいと思いました」
「…」
「正直、自分にも自信があるとは言えないと思います。…俺は少なからず口数や表情が豊かなタイプでは無いですし…でもそれだけが理由じゃありません」
「…真っ先に俺たちを引っ張る姿が想像出来るんです。…倉持には」
「…ほう」
普段は見せない白州の素顔
「結城先輩とは違う…新たな形…怒鳴ってでも、引きずってでも、前に進ませる…実際エース候補に最も近い沢村が疲労している時にも1番近くで声をかけてました」
「…そして打線を引っ張るその力とグラウンドでの遊撃手という守備の要を護るその実力…自分は倉持を推薦します」
「…お前はどうなんだ倉持」
「…自分はいまだにあの試合を忘れられません…寝ても起きても…ずっと心の奥底で燻っているのが分かるんです」
「…」
「…ずっとあの時打てなかった後悔や自分の才能のなさを痛感しています…役に立たなかった自分に自信なんかあるわけが無い…でも」
「…」
「それでも俺を信じて任せてくれる仲間がいるなら…俺はそれに応えたい…次は必ず…俺の手で…チームを甲子園に連れて行きたい!!」
「…ふっ!…お前たちの気持ちはよく分かった」
「「…」」
「それを踏まえて…新チームの主将はお前だ…倉持」
「っ!…はい!!」
「だがそれでも不安なことや大変なことはあるだろう…だからお前が支えてやってくれ…白州」
「はい!!」
◆
皆の視線が前にいる倉持に集中する。戸惑い、期待、さまざまな感情が向けられる。
「…正直今でもあの決勝のことは夢に見るよ…己の不甲斐なさを痛感して相手の強さを痛いほど思い知った」
「「「…」」」
「引退して行った3年生たちを見ると今でも苦しくなる時がある…でもよ」
「「「…」」」
「俺たちには"リベンジ"する機会がある。…もう負けるなんて懲り懲りだ…」
「「「っ!!」」」
倉持の貌が先ほどまでの凛とした表情から荒々しい獣のような表情に変わる
「はなから負けることなんて考えるやつは居ねぇ!!やるからには勝つ!!必ず先輩たちの仇も取って甲子園に行くぞ!!良いなぁ!!」
「「「っおう!!」」」
こうして新たな青道の物語がスタートする…新たな主将に新たなチームカラー…何もかもが新鮮で刺激的な日々が始まる
とりあえず第一章が完結しました!このまま秋大まで突き進みますよぉ〜!