「まさかここまでの投手が青道に入学したとはな…」「なんて言ったっけ?沢村…沢村栄純だ」「この辺の子じゃないよな?聞いたことないし」「でもこれ…もしかして今の投手陣の誰よりも良いんじゃ…」
この試合を観戦しているOBたちや観客たちの感想も分からないわけではない。…なにせ相手は大阪桐生…それを無名の一年生がここまでーー五回表時点で4:0の無失点に抑えているのだ。
勿論沢村自身の調子が決して良いわけではなくボールの状態も良くないため本来の三振を狙いに行く本格派のスタイルを封印し御幸のリードと投球のテンポや制球重視の打たせて取るピッチングで打ち取っている。
しかしこれで黙っているような高校が甲子園準優勝まで上り詰めれるわけがないのもまた事実である。…ここから沢村に関西の名門校が牙を剥く
◆
ここまで得点が取れないとは考えていなかった桐生ベンチでは選手が円になり真ん中の監督を囲んで話し合っていた。
「ほんま何しとんや1年相手に…」
「「「…」」」
「…まぁええ。…ええ加減認めろ言うとんねん。…学年なんて関係あらへん。あの投手はすでに"こっち側"に来とるで。」
「「「っ!?」」」
「格下や言う認識を今すぐ改めろ。…せやな…奴を稲実の"成宮"あれに見立てて今から対戦しろ」
「成宮…」「あいつが…」「…」
「もうええやろ。十分ウチの打線押さえ込んで自信もついた筈や。ここら辺で退場してもらおやないか!」
「「「はい!!」」」
◆
ーー5回表ーー桐生の攻撃
沢村は先頭打者をストレートとカーブで追い込むも…3球目…少し甘く入ったストレートを打ち返されランナー1塁
さらに2番にもヒットを許し一気にノーアウトランナー1.3塁のピンチを迎える。そして打者はーー
「…」
初回と3回で対戦した時よりも凶悪な笑みを浮かべた桐生の4番・館である
「ここまでだな。…おそらく監督も今日のお前たち…降谷と合わせての完投を基準に考えていた。あの人を打ち取ろうが打たれようがおそらくこの回でお前は降りる」
「…けど」
「あぁ。この人を抑えればもう少し行けるかもしれないな」
「っ!?」
「はなからそのつもりだろ?…なら全力で抑えに行こうぜ相棒」
「相…棒」
「ん」
そう言ってグラブを差し出す御幸に思わず呆気に取られるもゆっくりとグラブを近づけ互いのグラブをタッチする。…沢村がこの行為に驚いたのは何も御幸の普段のキャラとの違いや初めての出来事に驚いたわけではない。…似ているのだ。己が幼少の頃から切磋琢磨し続けてきた"相棒"に
そして
初球アウトコースを僅かに外れるストレートでボール。そして2球目、アウトコースからのインズバでインコースにストレートを投じ、館もバットを振り抜くが振り遅れ空振りのストライク
これでワンストライクワンボール…バッテリーが選んだのは…
ーーカキィィィィン!!
アウトコース低めに沈むチェンジアップだった。…本来ならタイミングを外しゴロに打ち取るか、構えた位置よりボールが低ければボールになるようなコースだったが館はその体幹力でギリギリまで引きつけ長身の体を目一杯使いフルスイング…
打ち上げられた打球はレフトの奥深くーー
「っくそ!」
ーーガシャァァァァン!!
レフトの夏目がギリギリまで下がり全力で跳躍するが僅かに届かずフェンスダイレクトに直撃しランナー2人が生還するタイムリーツーベースとなったのである。…打たれた要因としてはチェンジアップを選択した故の球の軽さ…しかしこればかりは打った打者を褒めるしかないようなボールではあった
「…悪い沢村…これは俺の選択ミスだ」
「…いえ!そんな…打たれた自分の責任です…それよりも」
「……いや……監督はそう思っていないそうだぜ?」
「…え?」
元々この回で下がると言う目処が立てられていた沢村であったので先ほどのピンチを抑えられなかった時点で交代を告げられると考えていたが…監督の方に目を向けると…交代ではなく伝令が告げられ小湊春一が走り寄ってきていた
「ハルっち…」
「どうしたの栄純くん…まさか点を取られたぐらいでもう諦めたりしてないよね?」
「っ!?」
「監督としては今の状況をプラスに捉えて欲しいそうだよ」
「…」
監督の片岡はこの状況をむしろプラスに捉えているのであった。それはいくら期待のある一年生とはいえ公式戦…それも今回のような少数の得点差が大事になってくるようなゲームで沢村が得点を許してしまった場合…その立ち直り方や振る舞い…それらの状況を経験する機会になったからである。
「『この回はお前に任せる』…だってさ。どうするの栄純くん」
「…やってやる…やってやろうじゃねぇか!安心して見ていてくださいって伝えといてくれハルッち!!」
「…ふふ…やっといつもの栄純くんに戻ったね!」
「ならチャチャっとここを乗り切って監督を安心させてやろうぜ」
「はい!」
そう言い残し小湊はベンチへ戻っていく。
「…大丈夫なのか沢村の奴は」
「大丈夫ですよ。…というか栄純はいつも大体大丈夫です。だからそんな栄純を少ない時間でも一緒にいて理解した監督は信じたんじゃないですかね。更なる成長を信じて」
「…ふっ…中々言うじゃねぇか」
「…相棒なんで」
ーードパァァァァァァン!!
「シャア!!!」
「ナイスだ沢村このやろう!」「よく凌いだな!」「ナイピー栄純!!」「ヒャハ!お前にしては出来すぎなくらいだ!」
栄純は次の打者をストレートで詰まらせセカンドフライ、さらに最後の打者をフルカウントまでボールを使うものの最後はカーブで見逃し三振に切って取り無事この回を終えることに成功したのであった。
「…よく投げ切ってくれた。今日はここまでだな」
「なんなら最後まで行きますが!?」
「それはない」
「…降谷!!」
「っ!?」
「次の回からはお前でいく。予め御幸とコンタクトを取っておけ。いいな?」
「…はい!」
予定通りここで栄純は降板するらしい。となるとやはり予定通り次は降谷の出番というわけか。…大丈夫か?アイツは一軍…もっというと全国クラス相手に登板するのはこれが初めてなんじゃ……。まぁ俺がどうこう言ったところで始まんねぇか。俺は俺の出来ることをするだけだ。まだ仲間を気にしている余裕なんて俺には無いんだからな。
「ナイスピッチだったな栄純」
「凛…いやこのくらいでへばるなんてまだまだだぜ。それよか相手に流れを渡したまま降谷の野郎に繋いだのが申し訳ないぜ」
「…はは…やっぱお前には敵わないな」
「??」
「いや…こっちの話さ。それよりもお前がここまで頑張って投げてくれたんだ。このまま勝ち星をつけてあげたいからもっと得点を広げてくるぜ」
「??おう!頼んだぜ凛!」
俺はベンチ奥でタオルで体を拭いていた栄純に声をかけた後ネクストバッターサークルに向かう。
俺はここまで2打数1安打で1打席目は相手のボールを読み運良くホームランに出来たが二打席目で相手の投手の変化球を捉えきれずショートゴロに抑えられていた。
俺の前の打者の増子先輩が三振に打ち取られ俺の番やってくる。…初回以降相手エースの館さんは立ち直ってしまいここまで初回を除けば無失点に抑えられている。そして極め付けは4回の結城先輩の打席…あの結城先輩がストレートに振り遅れ三振を喫してしまっていたのだ。…おそらく150は出ていたであろう。
俺は審判とキャッチャーに一礼して打席に入る。まずは初球…
ーーズドォォォォン!!
「っ!?」
インコースにストレート…マジで早いぜ…今までの中でも体感は1番早いストレートだ。そして2球目、3球目とストレートで押してくる相手のボールを見逃しワンストライクツーボール…カウント的には打者有利のカウントだが…
ここまで全球ストレート…とすれば…狙うか
そして投じられる4球目…軌道と速度的には低く、鋭く伸びてきたストレートに見えた。俺は迷いなくバットを振り抜く。
ーーだが次の瞬間、ボールは意思を持ったかのように急激に沈んだ。
空を切る音だけが、乾いた打席に響く。
(………フォークボール……)
くそっ…完全に裏をかかれてしまった。…これで追い込まれてしまい投手有利のカウントに裏返ってしまった。
(……ふぅ…考えても打てないならいっそのこと何も考えない方がいいぜ………俺なら打てる筈だ……俺のセンスを信じてみるか)
次に館が投げたボールは再びフォークボール…これを俺は
ーーカチッ!!
ボテボテながらバットに当てることに成功しボールはファールゾーンの三塁側に転がっていく
(もっとだ…もっと研ぎ澄ませ……あ、そうだ………"あの時"は出来た筈)
この状況で脳裏に思い出すは昨年の選抜大会…もっとも印象に残った男との対決…観衆には俺が打ち込み有利に終わらせたように見えているだろうな。……実際は逆だ。……"あの時"の俺はどこかおかしかった。…いや"俺たち"…は…か。感覚的には今までに無いほどの集中力…なんでも打てるような気がした。それこそ甲子園優勝校のエースの球でも…なんならプロの球でもこの目で見えている限り打てるような気がしたほどの"絶対的感覚"
(全身の神経の一つ一つに意識がはり巡らされ思いのままに動く感覚……あぁ……これだ……この感覚)
自分でもその状態がなんなのかは分からない。その状態に陥ることのできるトリガーも…ただ分かることは……その状態に突入した俺に打てない投手はいないってことだけだ
ーーカキィィィィィィィィン!!
◆
最速150キロに迫るストレートそしてスライダーに140キロで落ちる高速のフォーク…全てのボールがハイアベレージで構成される投手能力…しかしこの打席の夏目は全球種を迎撃する心待ちでいた。
ーーが
ここで投じられた館のフォークはこの時142、8キロを計測した。
【一見ファストボールとしか判断がつけようが無いほどの速度と軌道…一気に地面付近まで急降下する"魔球"とかした】
普通の高校生なら(いや大学生だとしても)目で追うことすら叶わない代物だが打撃の絶対感覚を体現出来る夏目は"これ"の視認に成功
急降下するボールに対するスイングに修正する
「……」
しかしこのままでは当てることはできても飛ばすことは出来ない
だが極限まで研ぎ澄まされた夏目の感覚はここでもう一段階進化を見せる
「…」(…ここだ)
"泳ぎながらバットのヘッドを疾らせる"プロでも超トップクラスの打者しかなし得ない高等技術を実践ーー体が流れすぎてもいけないーー手打ちになってもいけないーー数ミリ、数コンマのズレすら許されない優れた身体能力と瞬時の判断能力が要求される
【天才による絶技である】
だがこの絶技を身体の完成していない中学生が完璧に使いこなすのは至難の業であったため僅かに体重が乗り切らなかった。
そしてこの高次元の細やかなミスを夏目は心底悔いたのであった
◆
「今日はほんまありがとうな!色々勉強なったわ!」
「いや、こちらこそいい刺激になった」
「にしてもほんまごっつい一年どもやな〜」
大阪桐生との練習試合が終了し帰宅のバスに乗り込む直前に青道ナインは見送りに来ていた。
「…そうだな。頼もしい限りだ」
「そうやな〜。って自分なんでそんや不満そうやねん!?」
「…別にそんなことないっすよ」
桐生のキャプテンが指摘するように夏目はいつもの明るい感じではなく珍しく落ち込んでいるような表情を浮かべていた。
「…おそらく最後の"ツーベース"…あれが気に入らなかったんだろうな」
「え!?いや、いやいやいや!あのノッてる状態の館から打てる奴が全国に何人おる思てんねん!ましてや一年やぞ自分!ほんなもんツチノコ探すより難しいっちゅうねん!!」
「…」
「ツッコんでくれ!?それかもう殺してくれ!俺が滑ったみたいになるやろ!」
この賑やかなキャプテンと結城に夏目が話している外側で沢村や降谷も桐生のエースである館と対面していた。
「今日はありがとうございました!色々と勉強になりました!!」
「……おう。……お前もとても一年には思えなかったぞ」
「いえいえ!自分なんてまだまだです!」
「…東京には"成宮"っていうお前の一つ上になるサウスポーがいた筈だ」
「…成宮??」
「…今日のお前にはそれに限りなく近いような気迫を感じた」
「……」
「…またやろう。次は甲子園で」
「…はい!!必ず!!」
館は沢村のマウンド姿に自分が見た中でNo. 1のサウスポーの例を出した。…それは沢村に対する期待の表れが無意識のうちに出ていたのかもしれない。
◆
「にしても今日は本当にいい試合になりましたね〜」
「ええ。本当に。特に一年の2人…沢村くんは5回を投げ切って2失点…夏目くんは桐生のエースである館くんから3打数2安打…」
「…選手たちは合宿の終盤で決して調子が良くない中これだけの成績を残してくれました。…沢村や夏目に関してもそうです。本当に楽しみな奴らです」
「…降谷くんもあの状態でよく投げ切りましたね」
「…前の沢村が凄すぎて隠れているようですけど本来1年のこの時期ということを考えればすごいんですけどね〜。」
「…」
沢村の後を引き継いで登板した降谷は9回まででまさかの9失点…そもそもストレートしか持っていない中さらに疲労による疲れも大きく直球自体も140ほどしか出ていなく桐生という全国区相手にはそれだけでは通用しなかった。
しかし先日…握りを指導してもらった新球種…SFF(スプリット・フィンガー・ファストボール)を土壇場で披露し最後は見事桐生打線を0点に抑えて見せたのだ。
「…沢村にしても降谷にしてもまだ未完成…ここからの成長に期待です」
「…ふふ…そうですね」「川上も忘れてはいけませんよ!川上も!」
◆
合宿最終日ーー青道・稲実・修北、3チームによる総当たり戦のダブルヘッターの試合
第一試合 青道ーー稲実
青道の先発は川上…川上は右のサイドスローで球速や球威で推していくというよりも制球や変化球でかわしていくタイプの投手であるがーー
ーーカキィィィィン!!
「あちゃあああ!!また打たれたよ!」「これで8失点目!!大丈夫か?もう夏は目の前だぞ」「昨日の一年が良かっただけにこれじゃあな〜」
合宿の疲れもあり球が思いのほか走らずさらにキレも悪い中では制球がどんなに良くてもこのクラスの高校打線には通じずここまで打ち込まれていた。さらに言えば…この川上を打ち込んでいる打線…それは
【稲城実業】…同じ東京の西地区にして最大のライバル…ここ数年間は稲実と市大三高に甲子園出場を独占されていた。
さらに向こうは主力メンバーを温存してなお青道の投手陣の一角である川上を打ち込んでいるのだ。…この状況は決して良いものでは無いことは誰の目から見ても確かであったが…監督の判断はーー
結局この試合を通し監督は川上をマウンドから下げなかった。誰が見ても川上が限界なのかは分かっていた。…しかしそういう状況で最後まで投げ切れる気力があるかどうかを監督は判断したかったのだろう。
そして結果として川上はこの試合を1人で投げ切った。特に最後の9回は捕手の宮内と協力しどこか吹っ切れたような投球を見せたのは良かったように見えた。
そして現在俺たちは次の試合に向けてベンチを片付け中である
「栄純そっち持ってくれ!」
「おう!」
「この後稲実と修北の試合を弁当食べながら観戦するらしいからね。御幸先輩が言うには次は稲実のベストメンバーが見られるかもって」
「へぇ〜…3チームでの総当たり戦…俺らこう言うの初めてだよな。なんかスゲェーワクワクしてきた!!」
「…はは…そうだな」
そして俺たちが話しているところに現れる二つの影ーー片方は小柄な体格に白髪をたて靡かせた整った顔立ちの少年…もう片方はずっしりとした体格にいかにもパワーヒッターなのがわかる風貌の青年
「ねぇそこの君たち」
「「ん?」」
「関東大会出てた1年コンビって君たちのこと?」
「あの〜どちらーー」
「はい!そうですとも!この私めが青道期待のゴールデンルーキー!!名を沢村栄純と申しますとも!」
「「…」」
「…なんかすんません…ほんと」
「…ま、強ぇならなんでもいいや…ふむふむ…身長は俺より"少し"俺より高い程度…それで140投げんでしょ?マサさん!去年の俺最速何キロだっけ!?」
「あ?…去年のお前なら出てて140が良いとかじゃねぇか?ていうか身長自体が少しの差じゃねぇだろ」
「ふん!去年のことなんて覚えてないもんね!今年の俺なんてそれより10キロは伸びてるんだからね!!」
「身長のくだりは無視かよ」
そんな会話をし出す2人を見た俺と栄純は
「…なぁ…この人たち誰だ?」
「…さぁ?…けどユニフォーム見た感じ…」
「あんま相手にしなくていいぜお前ら」
「「??…御幸先輩!!」」「一也!?」
「「一也!?」」
「やはりこの男…稲実のスパイだったか!たまに見せる俺を陥れゲラゲラと笑ってる姿を見てどこか怪しいと思ってたんだ!」
「なんでだよ…はぁ…こいつが成宮…"成宮鳴"だよ」
「「この人が成宮…」」
「"さん"な!!俺お前らより先輩な!」
「あれ、そだっけ?背だってこんなに小っちゃいのに」
「っ殺す!」
2人が戯れているのを外側で見ていた2人のそばにさらにもう1人やってくるのが見えた
「信じられないかも知らないがあれが本当に"成宮鳴'なんだよ」
「「クリス先輩」」
「沢村…特にお前は同じサウスポーとしてあいつの投球をしっかりと見ておけ」
「…」
「去年の夏の予選準決勝…うちの打線は2番手で出てきたアイツの球を最後まで捉えることが出来なかったんだ。…俺たち青道にとって因縁の相手…アイツを打ち崩さない限り甲子園の切符を手に入らない。」
クリスが語るように成宮鳴という男はそれほどまでに特別であった。
【稲城実業 2年生 エース 成宮鳴】
最速148キロの直球にキレのあるカーブ…地面に突き刺さるようなフォーク縦と横の変化球に力のあるストレートまさに本格派左腕のお手本となるようなピッチングを見せる。
そしてこの日
東都のプリンスは更なる進化をライバルに見せつける
「っ……」
「にししっ!見てるよ〜みんなオイラを見てるよ〜」
「この馬鹿…この後監督に怒られるの確定だからな」
「良いじゃん。どうせなら格の違いを見せつけておかないと」
成宮が最後に見せたもの…"それ"はMAX148キロのストレートをより際立たせる球速差が大きくさらに…落差も大きいまさに魔球と言われるような域に達するボールだった。そしてその名を【チェンジアップ】…この時点で栄純よりも早いストレートのおかげで落差やキレはともかく球速差による破壊力は絶大なものであっただろうな
そしてこの日青道にとって更なる悲劇が襲いくることを俺たちはまだ知らなかったーー
◆
ダブルヘッター 第三試合 青道ーー修北
この試合の先発は3年丹波…昨年の秋からエースナンバーを背負いしこの男は特別な思いを抱きこの試合に臨んでいた。
ーー昨晩、丹波は室内練習場にクリスを呼び出していた。
「どうしたんだこんな夜中に」
「…あぁ…」
「??」
いつもとはあまりに違う雰囲気の丹波にクリスはますます疑問感を大きくさせていた
「……俺は…俺はエースに戻れると思うか?」
「…??どう言うことだ?」
「…いやなに…今年の一年たちを見ていたらな。…あまりに眩しい気がしてな」
「…丹波…」
丹波は例年の一年生…それこそ目の前にいるクリス以来となる関東大会から一軍に合流するなど驚異的な活躍を続ける一年2人にどこか嫉妬…または劣等感のようなモノを抱き始めていた。
「…俺たちの代はお前以外不作の代って言われてたよな。…」
「…」
「…俺なんて特にそう思ったよ。…なにせこれまでリトル・シニアと青道に来るまでエースナンバーすら背負ったことのない控え投手だったからな。…そして言っちゃあ悪いが俺たちとその下…今の2.3年には特別優れた投手はスカウトに引っ掛からなかった。」
「…」
「…だから必然的に俺がエースナンバーを背負うことになったが……ふっ…現状青道がなんて言われてるのかお前も知っているだろう?」
「…」
「『投手力に欠ける打のチーム』…これほど投手にとって屈辱的な呼び名はないな……ただ…それでもどこか納得してしまう自分が居たのも確かだ。…毎日毎日監督に怒られる毎日…」
「…」
「…体は大きくなって球速も多少上がったがどこか精神的な部分で頼りない…そんなこと俺自身も分かっているんだ…それでも…それでもなんとかしようって思っていても根っから染み付いた俺の性根は中々覆らない…そして遂には最終学年…最後の夏目前まで来ちまったわけだ」
「…」
「春には俺がエースナンバーを背負ったが現状候補となってるいるのは俺か沢村か…こんなことを考えている俺がエースナンバーを背負う資格があるのだろうか」
「…正直に言うぞ…現状…練習試合の成績だけを見て考えるならエースとして相応しい成績を残しているのは沢村だ」
「っ!?」
「…ただ」
「…」
「それを決めるのは監督だ…そして俺としてはお前にエースナンバーを背負って欲しいと考えている」
「っ!?な、なんで…」
「お前は全ての責任を投げ出す…一年の後輩に任せるつもりなのか?」
「!?」
「確かにエースはチームの全てを背負いマウンドに立つ特別なモノだろう。…ただ…それに対する負荷や重圧も比じゃないだろう。…それを一年背負わせると言うことは俺には理解できない」
「…」
「…丹波…お前がこれまで並々ならぬ想いを抱いていてのはよく理解できた。…こんなこと俺に言われても嬉しくないと思うが」
「??」
「誰になんと言われようと俺たちの代のエースはお前だ。丹波」
「!?」
「ここまで来たら背に腹は抱えられない。最後の最後まで足掻こうじゃないか…"お前にはそれが出来る体"があるんだから」
「…すまない」
「…いいさ…気にするな」
そうだ。クリスはやりたくても出来ないんだ。…クリスは2年の夏前にそれまでに負ってしまったケガを隠し続けた代償として早くても来年…少なくとも高校野球はもう…それなのに俺は…自分のことばかり…何をやってんだ俺は
「クリス…俺もやるだけのことをやってみるよ…お前のためにも」
「…ふっ…俺のためというのはやめてくれ」
「な、なんでだよ」
「なんかホモっぽいぞ今の発言」
「んな!?」
◆
ーーパァァァァン!!
「ストライーク!バッターアウト!!」
「ナイスボール!」「いいぞ!丹波!」「ナイピ!」
この日かつてないほどの気迫と新しい球種を備えた丹波のピッチングは素晴らしくまさにエースというものが見えるほどのピッチングだった。…誰しもがこの男の復活…そして成長を喜びこれで問題なく夏の大会を迎えられると思われたその時ーー
ーーガチッ!!
汗で指先が滑ってしまい制球感覚がなくなり制御出来なくなってしまったボールはーー打席で構える丹波顎先に命中してしまうのであった
「「「…丹波!!!」」」