青道高校と秋川学園の試合は思わぬ形の青道のピンチによって幕を上げたが好守の助けもあり見事無失点で切り抜ける。
そして青道の攻撃…立ち塞がるは青道にピンチをもたらした元凶であるこの男ーー背番号1:楊舜臣である。
(自分の足を活かすためにはまず塁にでねぇーとな…)
ウチの先頭打者である倉持先輩は初球から足を活かすためにセーフティバントを試みる。しかし予め予想していたのかサードの前進が早く倉持先輩は咄嗟にファースト側にシフトする
しかしボールを取ったのはファーストではなくーー
「楊!?」
予測していた楊がカバーに入り見事なフィールディングでアウトにする。そして続く2番打者の小湊先輩はーー
ーーカッ!!
甘いコース以外を全てカットしファールゾーンに飛ばし投手に球数を投げさせる。…7球ほど粘ったのち小湊先輩はアウトコース低めの球を選球し四球を選んだのだが
『ストライクッ!バッターアウトッ!!』
「っ!?」
判定はストライクで三振となってしまった。選球眼とバットコントロールに定評のある小湊先輩が見逃し三振となるのは初めて見たので驚いた。すれ違い様に…
「…甘いコースは一球も来ないよ」
「…でしょうね」
そして続く打者は3番の俺である。初球なんできやがるつもりだ…ここまで簡単に2人打ち取られてんだ。クリーンアップ任せられてる俺まで打ち取られるわけにはいかねぇ…どんな球にも対応してやるぜ
「んな!?」
ーーパァァァァァン!!
そう思った初球…ボールはインコース高め…それも俺の顔面スレスレに投じられた直球。しかもあの野郎…わざと投げ込んで来やがったな。帽子も取らず俺の仕草を大袈裟だと言わんばかりの仕草が気に入らねぇ…
ーーパァァァァァン!!
「っんのやろ!」
野郎…2球目も同じコースに投げ込んできやがった。どういう神経してやがんだテメェ…普通いくら制球に自信あっても死球付近に連続で投げ込んでくる高校生なんていねぇぞ。…くそっ…このまま終わってたまるかよ
◆
(この打者は最悪歩かせてもいいぞ舜)
(いや…ここまでは想定通りだ。…ここから"散らしていく")
次の打者のことを考えるとわざわざ一塁に歩かせる必要はない。どんなに優れた打者であろうと10割打てる打者は居ないんだからな
(コントロールミスさえしなければーー)
ーーバギャァァァァァァン!!
「っなに!?」
あの打ってもファールにしかならないコースを捌いたというのか!!
「2塁だ!2塁でいい!」
くそっ…見誤ったか…もっと慎重に入るべきだった。…よもやここまでの打者とはな。…いや過ぎてしまったことを悔やんでも仕方ない。…何より次の打者も…いやそれ以上かも知れない打者なのだから
◆
3回表 秋川学園の攻撃
ツーアウトランナー1.2塁…降谷は先頭打者を打ち取るもののその次の打者に単打、その次を三振に仕留めるも3番を四球で歩かせる。…そしてこの場面で打者はーー4番の楊である
「專心點… 一定要解決他」
(集中しろ…必ず仕留めてみせる)
この場面…この投手にそう何度も作れるものではないチャンスの場面、楊はこのチャンスをものにするためにかつてないほどの集中を見せていた。
初球のアウトコースの高めの直球を見逃しストライク…さらに2球目のスプリットを見逃しワンボールワンストライク…
「…還沒結束,一定會來的」
(…まだだ、必ずくる)
さらにインコースへのストレート…これを楊は空振りしいよいよ追い込むことに成功する。…しかし投手有利のカウント…さらにはこの打席一球も降谷のボールのタイミングに合っていないと言うのにも関わらず御幸はどこか嫌な気がしてならなかった。…その危機感知に誘導されるように一球アウトコースのさらに外にストレートで外すように要求する
そしてそのサインに頷いた降谷が投球モーションを開始する
ーーが
(なっ!?甘ぇ!?)
ボールは御幸が構えたコースよりもボール3つ分ほど内側に
ーーカキィィィィィィィィン!!
そしてそれを見逃すほど楊は甘くはなかった。…楊は内側に入ってきた直球を強振…捉えられたボールはライト方向へ
「…っ!?」
ーーガシャンッ!!
「「「うぉぉぉぉ!!!」」」
「ここで逆転のスリーランホームラン!」「まだまだこれからだぞ降谷!」「あのストレートをフェンスまで持ってくかよ!」
楊の放った打球はライトフェンス際…白州先輩が追いかけフェンスをよじ登るも打球は僅かにその上に…逆転の一打を献上してしまったわけである。最後の球…御幸先輩は明らかにコース外に構えていた。…にも関わらずボールは遥か内側に…
いくら降谷のコントロールが良いとは言えないとはいえこれは…楊のプレッシャーに当てられたか…それとも…
◆
ーードパァァァァァァン!!
『ボールフォア!!』
「あーくそ!ここでまたフォアボール!」「この試合何個目だ!?」「またランナー1.2塁か」
(とうとうスプリットも力が抜けなくなってきたか…)
御幸がタイムを取りマウンドに駆け寄ろうとしたそのときーー
「御幸…投手交代だ」
「!?」
「!!」
ベンチから出た片岡監督から投手交代の指令が出たのだった。
「ここで投手交代か早くねぇか」「いやでもストライク入んねぇしな」「青道には他にも投手いるから…」
監督も思い切ったな。…ここで降谷を降ろして誰を投入するつもりだ。ベンチに入ってるのはノリと沢村どちらかか
『青道高校選手の交代をお知らせします。9番降谷くんに変わりましてピッチャー沢村くん』
っ沢村か…いや沢村の前戦での投球を考えれば問題ないが…この難しい場面での継投…経験のあるノリじゃなくて沢村を選ぶってことは…
「降谷…ボール」
「…」
「…ベンチの指示だ。変われ降谷」
「おい!」
「…」
…こいつ、はぁ…仕方ねぇか
「スプリットのサイン出しても力みは抜けねぇしストレートも高くなる一方…このまま投げてもチームに迷惑をかけるだけなんだよ…早くマウンドから降りろ!」
「お、鬼だ」「鬼だね」「鬼が出たぞぉぉ!!」
「沢村うるせぇ」
だから嫌だったんだよ。俺こんなの向いてねぇし。…まぁ仕方ねえか。誰かがやらなきゃなんねぇならそれは投手の相棒である俺の仕事だ
◆
お、栄純じゃん。…てかなんか揉めてね?
「なんか揉めてるくないっすか?」
「おおかた降谷が駄々をこねてマウンドからおりねぇ…そんなとこだろ。無駄に頑固な奴らばっかだからなうちの投手陣は」
「大丈夫ですかね」
「ま、大丈夫だろ。うちには頼りになる奴らがいるからな」
「「…」」
何の迷いもなくそう告げる伊佐敷先輩に俺と白州先輩は少し唖然としてしまった。…それほどまでに信頼しているだなこの人は
そしてなんだかんだありつつもマウンドを降りた降谷の後を引き継いだ栄純…ツーアウトながらランナーは1.2塁…下位打線とはいえ勢いに乗っているのは間違いない。…ここで栄純でもら止められないとすればそれはーー
ーーパァァァァァァァァァン!!
「シャアァァ!!」
「ナイスボール沢村!」「ナイボー沢村!」「良い球行ったんぞ!」
栄純は初球インコースにストレートを決め切った。降谷とは違う勢いに球威やキレ、さらにはサウスポーから放たれる軌道に打者は唖然とする。
そしてその後もストレートを続け追い込みラストは…
「ひっ!?」
ーーパァァァァァン!?
栄純の得意コースの打者の頭付近から急速に滑り落ちるカーブで見逃し三振に切って見せたのである。打ち取られた打者は始めてみたそのボールに驚愕し尻餅を着きそうになっていたほどである。
◆
「いやはやここまでの接戦になるとはな…」
「眼鏡男子堪りませんねぇ!!」
月刊『野球王国』の記者、峰富士夫は後輩の大和田の言葉に苦笑するも目の前の接戦に驚きを隠せないでいた。
スコアボードに移された3:3の文字と幾度と並ぶ0の数…現在が5回終了し6回に入る直前だということを考えるとこのゲームが如何に好試合なのかが分かるだろう。
無論このような試合は幾度とある。互いの力量が近いもの同士であったり互いの投手が打者よりも優れていた場合…しかしこの試合はそのどちらとも違うことでさらに異質さを帯びていたのである。
この試合ーー青道高校と秋川学園…青道高校は言わずもがな西東京三強と呼ばれる東京都を代表する名門校でありその打力は全国区とすら恐れられ毎年ベスト4以上は硬いと言われる強豪校である。そして方や秋川学園…こちらは毎年1.2回戦で姿を消しており決して野球に秀でているわけではなかった。…楊という男が台湾から海を渡るまでは…
台湾の野球はお世辞にも日本並みにレベルが発達しているとは言えない。いや、勿論日本のプロでも何人か活躍している台湾出身の野球選手がいるようにレベルの高い選手も存在するが、日本の高校野球は贔屓目に見てもレベルは高い。それこそアメリカのハイスクールにも劣りはしないだろう。…だからそのレベルにまで高校2年生の時点で仕上げ1人で留学してくることに驚きと称賛・尊敬の念を抱かざる負えない。
それほどまでに名門校と1人で渡り合っている楊舜臣という男は高い実力を有しているのだ。
「勢いは五分五分ですね!もしかしたらまた秋川に傾いてそのままジャイアントキリングなんてあったりして!!」
興奮した面持ちで大和田が話す
「……いや、それはどうかな」
「どういうことですか?」
「見ていれば分かるさ、おそらく次の回…いやこの回にも決着が着いてしまうかもしれないぞ」
どこか深みを持たせた言い方で語る峰…その真相とはーー
◆
はぁ…はぁ…はぁ…一瞬たりとも気を抜けない。隙を見せた瞬間に攻め込まれる…そんな感覚…そうだ…俺はこれを待ってたんだ。こう言う野球をするために遥々異国から来たってことを漸く実感するよ。
ここまで投げた球数105球…まだ6回ということを考えればかなり投げさせられている方だろう。元々打たせて取るピッチングを主流としていることもあり1人に対し使う球数も多いのだがこの試合は特に"それ"が現れていた。
1番から9番まで全員が油断出来ない打者であるためワンアウトを奪うためにいつもより球数を消費していたのだ。…さらにはクリーンアップや要注意打者に対し特にギアを上げより多くの球数を披露していたため幾分かスタミナに余裕のあった楊であるが疲労困憊のギリギリであった。
(すいません。舜臣…あなた1人にここまで背負わせてしまって)
秋川学園の監督である尾形一成は楊の気持ち…それにここで楊を変えるということの意味を十二分に理解していた。秋川には楊以外に青道と張り合える投手はいない。とくれば楊がマウンドを降りた瞬間に自動的に敗北が決定するのは間違いなかった。
(それに…良い顔してますね舜臣)
何よりも楊自身今まで見たこともないほどに楽しそうにプレイをしているのだ。出来れば楊が満足するまで投げさせてあげたい。そしてなるべくなら勝たせてあげたい。この打者を抑えればもう一度流れはウチにーーーー
ーーガキィィィィィィィィィィン!!
しかし
唐突に…はたまた残酷に…青道高校の主砲が振り抜いたバットは拮抗した試合に風穴をあけるかのようにスタンドに吸い込まれて行ったのだった。
◆
(力及ばずか…)
そう心で呟いたのは楊舜臣…この試合結果だけ見れば8回コールド10対3でコールドゲームで敗北してしまったのである。
結城のホームランの後…あの一発で完全に集中の糸が切れてしまった楊は力つきその後の打者にヒットを許した後降板する。…そして楊の後に出て来た2番手では青道打線を抑えることはできようとなくそのまま青道打線に打ち込まれ攻撃面では沢村相手に攻略の糸を見出せず試合は終了したのだった。…確かに自力の差はあった。だか青道側にとって大きかったのはあの投手陣…一年2人がこの試合を作ったと言っても過言ではない。そしてーー
その勇姿はこの試合を見ていた観客たちにもしっかり伝わって来ており整列した際には
「よくやったぞ秋川!ナイスゲーム!」「「楊く〜ん!!」」「来年も見にくるからな楊!」
「っ!…っぐ…」
「「「舜!!」」」
「ごめんな舜!お前があれだけ頑張ってくれたのに」「俺たちいつも足引っ張ってばかりで」「もっと強い高校にいたら上まで…もしかしたら甲子園も!」
「まだ終わりじゃないですよ…秋も…来年も」
「来…年って…お前は…」
楊は今年2年…高校野球連盟の規則により必然的に来年夏の出場は叶わないのである
◆
「強かったな」
「あぁ…勝つっていうのはこういうことなんだな」
泣き崩れた相手ナインを見ながら沢村と夏目が呟く。
俺たちは試合後、次に対戦するかも知れないカードの一戦をこのスタジアムの観客席にて観戦することになった。
「お前ら市大の打線よ〜く見とけよ〜」
俺たち一年sに向かい御幸先輩が呟く
「市大ってさ…どんなチームだっけ?」
「栄純くん知らないの!?」
「そういや俺と栄純、それに降谷もか。俺たち春の試合見に行ってなかったもんな」
「…はぁ…市大はなーーーー」
「「クリス先輩!」」
いつのまにか俺たちの後ろに立っていたクリス先輩に呆れのため息を吐かれるも俺たちに説明してくれる
【市大三高】…毎年東京都で優秀な成績を残す歴史ある名門校である。さらには今年の春の選抜ではベスト8に輝き例年では稲実とともに甲子園のチケットを分け合っているほどである。選手層としては絶対的エースであり選抜でも好投を続けたが春の大会では疲れからか調子を崩していたエース真中、そして強力打線を支える主砲・大前この2人を中心に投打共に非常に優れた選手たちが並ぶ強豪校である
「んで向こうの薬師っていうのは…」
栄純がクリス先輩に問う
「…ふむ」
【薬師高校】…今大会1.2回戦とコールドで勝ち進んでいるが未だ謎の多い高校であるそうだ。昨年監督が変わり力をつけて来たことは間違いないがおそらく総合力では市大には劣る…それが客観的に見た評価だそうだ。
「あれ、向こうの4番なんて言うんだ?」
電光掲示板には薬師の4番に轟と表示されている
「選手名鑑に載ってますよ。クリーンアップ全員一年っすね」
「「一年!?」」
御幸先輩が選手名鑑を読みながら答える。
薬師高校一年・轟雷市…この男がのちに大波乱と呼ばれる一戦を引き起こし夏目と沢村にとって忘れられない男として刻み込まれることになることをこの時点ではまだ知らなかった
◆
市大三高と薬師の一戦は案の定市大の攻撃陣が火を吹くような形で開始された。薬師の先発投手は良くて中の上…ウチと同格扱いされている市大を抑えられるレベルではなく4番の大前の本塁打で初回で3点を先制する。
そして裏の回…市大の先発が全国区の真中ということもありこの回は真中の出来を各校が注目する中…その男は登場した
ーーバギャァァァァァァァァン!!
「んな!?」
「「「!?」」」
「カハ……カハハハハハハ、す、すげぇボールがギュンって!野球ってすげぇ!!」
真中のボールをいとも簡単に場外に運んだ男…"轟雷市"
「…ほぉ…やるなアイツ…」
「は、ははは。なんだアイツ!?激ヤバじゃねぇか!」
「笑ってる場合栄純くん!?」「……」
「お前は無言の圧をしまえ降谷」
一年たち…特に同世代に凛クラスの打者を"久しぶり"にみた栄純は一気に轟に対し興味を抱き、凛も何か感じたのか轟の方を凝視している
「まさかこんな終わり方になるとはな…」
「…」
「奴らどう思う栄純」
俺と栄純は試合後学校に変える前にトイレに来ていた。先ほどの試合…予想に反して乱打戦となり轟の一発で自分の投球を見失った真中さんは降板…そのまま外野にシフトし2番手が登板するも薬師は轟以外も粒揃いの打者が多く良く鍛えられているのが分かった。2番手投手すら打ち込まれ7回時点で12対11で薬師リードの展開…そしてここで決まってしまうかという場面で再びマウンドに立ったのが一回で降板した真中さんだったのだ
真中さんは気迫の投球で7回を抑えるものの8回…再び轟と対峙する。市大バッテリーは真中のウイニングショットのスライダーを駆使して轟を追い込むものの決め球のインコースのストレートを轟は降り遅れながらも強振ーー
振り抜かれた打球は低空でセンターライン…マウンドの上にいる真中の頭部に直撃するのであった。
誰もが唖然とするの中当人の真中は薄れゆく意識の中気合いのみで一塁にボールを投げ込み轟をアウトにするのであった。しかし真中はその後緊急搬送、そしてその後薬師を一点に押さえ込むものの市大は最終回に粘るも逆転までとはいかず力尽きたのだった。
「…初回…あの場面で真中さんが下がったのがそのまま結果に繋がった気がする」
「…」
「俺ならしがみついてでもマウンドから下がらない。…あんな風に下がるのだけはゴメンだ」
「…栄純」
何か怒気のような表情を浮かべ握り拳を作る栄純…そのままスタジアムを出たところで風を裂くような轟風が聞こえる
「なんだこの音」
「…おい…栄純」
そこにいたのは異常なほどデカい木製バットを軽々く振り抜き素振りする少年…轟雷市とその父親にして薬師の監督である轟雷蔵であった
「今日の投手…すごい気迫だった。…もっと、もっと…もっと打ちたい…全国にいるピッチャーもっと打ちてぇ!!まとめてぶっ飛ばしてぇ!!」
興奮しながら轟雷市が話す
「とりあえず選抜の真中は打ち砕いたんだ。後西東京で相手になるとしたら2人…」
「2人?」
「稲実の成宮鳴と青道の沢村栄純…この2人だわなぁ〜」
「成宮…沢村」
「ま、成宮打てんなら沢村は打てんだろ。ありゃあタイプも似てるから成宮の"下位互換"にしかならねぇからな」
その言葉を聞いていたのは轟雷市だけではないことをこの2人はしらない
「な、なな、ななな、なんだとあの親父ぃ!!」
「あ、落ち着け栄純!!」
「誰が下位互換だ!この野郎!!」
「分かった分かったから!」
「この俺様が爺ちゃん直伝の一発であの腐った性根を叩き直してくれる!!」
「やめろぉぉ!!」