詰所を出た瞬間、夜の冷たさが肺に刺さった。
さっきまでの灯りと人の熱が、背中から剥がれていく。
隊長格は外へ出たところで立ち止まり、指を折って言う。
「残す守りは3。小部屋。廊下。入口。……交代も組め。眠らせる手口が出た以上、内側も疑え」
衛兵が頷く。
「はい」
護衛が俺に目で合図した。
動く組は少数。派手に動けば、相手は引く。
隊長格が言った。
「行くのは俺と、お前と、あと2。……見つけたら押さえる。追い込みは街の外れでやる。灰の壁は目が届きにくい」
俺は頷く。
「分かった」
走り出す。
走る足音は隠さない。今は“公”が動いていることが、抑止になる。
街灯の間隔が広くなる。
通りが細くなる。
人の気配が薄くなる。
灰の壁へ近づくにつれて、匂いが変わった。
土と煤と、乾いた石の匂い。夜の湿り気がそこだけ避けているみたいに、空気が軽い。
隊長格が手を上げた。
走るのをやめ、歩きに切り替える。音を落とすというより、輪郭を消す。
視界の先、路地の向こうに車輪の影が見えた。
荷車。
軽い荷。
そして、引いているのは一人じゃない。
隊長格が低く言った。
「……あれだな」
俺は頷いた。
荷車の揺れが小さい。重い荷ではない。だからこそ速い。だからこそ、回収が簡単だ。
衛兵の1人が囁く。
「今押さえますか」
隊長格は首を振った。
「ここは“中継”だ。止めるなら、次の場所で止める。……封がある以上、受け取り側がいる。受け取り側まで出させる」
“名目”が増える。
押さえる理由が厚くなる。
逃げ道を潰すには、相手の形が見えた方がいい。
俺たちは距離を保ってつく。
足取りは一定。視線は散らす。追っているのが分からない程度に、ただ同じ方向へ歩く。
荷車は灰の壁の外れを抜け、倉庫の並びへ入った。
昼に見ればただの倉庫。夜に見れば、影の塊。灯りがないのに、奥だけが薄く明るい。
隊長格が止まる。
俺たちも止まる。
倉庫の裏手。
小さな扉が開き、荷車が中へ引き込まれる。引き込む手が3。受け取り側がいる。
扉が閉まる直前、俺は見た。
手首に巻かれた布。色が違う。金鈴亭の連中とは違う印。
別口。
奥がある。
隊長格が息を吐き、短く言った。
「……押さえる。ここだ」
衛兵が左右に散る。
表と裏。逃げ道。
さっき金鈴亭でやったのと同じ形。だから崩れない。
俺は壁。
刃は最後。
隊長格が倉庫の正面へ回り、扉を叩かずに言う。
「衛兵だ。開けろ。――詰所の印で押す」
返事がない。
ないのに、中で気配が動く。
俺は柄頭に左手を置いた。
鞘は抜かない。右手は空のまま。距離だけを詰められる位置に立つ。
次の瞬間。
倉庫の裏、低い窓が押し開けられた。影がひとつ、外へ滑り出る。
逃走役。
俺は動いた。
走りはしない。半歩、二歩、三歩。相手の進路に“壁”を置く。
影がこちらを見て、方向を変える。
変えた先に、衛兵の槍が横たわる。
詰みだ。
影の手が口元へ伸びた。
噛み毒。あの動き。
俺は踏み込んで、鞘で顎を叩いた。
痛みで口が開く。噛めない。
影がよろける。
衛兵が即座に後ろから腕を取る。
関節が固まる。逃げられない角度。
影が歯を食いしばる。
もう一度、口へ。しつこい。
俺は今度は手首を叩いた。
鞘で。刃は使わない。
指が開き、何か小さな黒い粒が落ちる。
乾いた音。
石の上を跳ねる。
隊長格の声が正面から飛ぶ。
「裏、押さえたか!」
「押さえました!」
俺は影を見下ろす。
目が笑っている。笑いの種類が違う。諦めじゃない。“時間を稼いだ”笑いだ。
隊長格が倉庫の扉を開けさせた。
中から、灯りが漏れる。小さな燭台の灯り。隠す気は薄い。見られてもいい場所だ。
中には荷車。
そして、小さな箱がひとつ。封の束がいくつか。
金鈴亭で押さえたものと、書式が似ている。
隊長格が言った。
「……ここは中継で確定だな」
衛兵が棚を調べる。
床を叩く。
壁に手を当てる。
俺は箱を見た。
開けるべきじゃない。中身で相手の手の形が変わる。今夜は“受け取り側”を取るのが先だ。
隊長格も同じ判断だった。
「箱は開けるな。封だけ数える。印を写せ。……そして荷車ごと押さえる」
衛兵が頷く。
「はい」
捕縛した影が、急に笑い声を漏らした。
口は押さえられているのに、喉で笑う。
隊長格が冷たく言う。
「何がおかしい」
影は、顎を固定されながらも、喉を鳴らした。
「……遅い」
同じ言葉。
金鈴亭のやつと同じ。
意味は一つだ。
隊長格が即座に決める。
「今夜の受け取りは、ここじゃない。……“奥の入口”が別にある。封はそこへ行く」
衛兵が言う。
「では、次は――」
隊長格が封の束を指で叩いた。
「受け取り側は、封が届かなきゃ確認に出る。出る場所は、入口だ。……場所を取る」
“今夜の次の行動は受け取り側(奥の入口)の場所取り”。
判断が、現状と一直線に繋がる。
俺は柄頭に置いた左手を、少しだけ強く握った。
抜く理由は、まだない。
だが、今夜は“最後”が近い。
隊長格が俺を見る。
「セキサメさん。ここから先は、走らない。走ったら逃げる。……息を殺して、来るのを待つ」
「分かった」
倉庫の外に、荷車を引き出す。
衛兵が縄を回し、捕縛者の顎と口を固める。噛ませない形を作る。
俺は箱から目を離さない。
理由は単純だ。
こいつらが命を捨ててでも守る“中身”が、俺たちの次の夜を決める。
隊長格が言った。
「詰所へ戻る。荷と口を運ぶ。……そして、そのまま動く。休むな」
衛兵が短く返す。
「はい」
俺は一度だけ、遠くの灰の壁を見た。
闇の中で、灰だけが白く浮いている。
あれを越えたら、“公”の手が届きにくくなる。
戦いが起きても、助けは遅い。
詰所に入ると、空気はまだ忙しいままだった。
ただ、忙しさの方向が変わっている。守りの忙しさから、狩りの忙しさへ。
隊長格が封と箱を机に置き、捕縛者を別室へ回す。
「割るのは後だ。今夜は入口を取る。……封がある以上、受け取り側は“受け取れない理由”を嫌う。そこを突く」
護衛が言った。
「次はどこだ」
隊長格が地図を引き寄せ、灰の壁のさらに外れを指す。
街の外。森の縁。道が一本だけ細く伸びる場所。
「ここだ。荷車が通る。人目が薄い。だが、完全に隠れられない。……受け取り側が立つなら、ここが一番都合がいい」
俺は頷く。
「場所取りだな」
「そうだ」
隊長格が息を吐き、短く言った。
「行くぞ」
俺は左手を柄頭に置いたまま立ち上がる。
外へ出る前に、一度だけ小部屋の方を見た。
扉は閉まっている。守りがいる。今はそれでいい。
夜へ戻る。
今度は、こっちが待つ番だ。
灰の壁の外れは、灯りが少ない。
通りの端に、古い倉庫が並んでいる。荷車が通れるだけの道幅はあるが、人がすれ違うには狭い。
隊長格が手を上げた。
足音が止まる。息も揃う。
「配置はさっき言った通りだ。表、裏、逃げ道。――中は俺が見る」
衛兵が頷き、左右へ散る。
護衛は俺の少し後ろ。縄と布を手に持っている。噛ませないための道具だ。
俺は壁になる場所に立った。
路地の出口が見える。荷車が入るなら、ここを通る。
待つ。
音は少ない。
でも、何もない夜ほど、何かが来る。
最初に来たのは、石を転がすみたいな小さな音だった。
路地の奥。影が動く。ひとつじゃない。
護衛が、息を吐かずに言う。
「……先に掃除役が来る」
隊長格の声が小さく返る。
「受け取りの前に、道を整える。……来い」
次の瞬間、上から何かが落ちた。
小さな布袋。地面で弾ける。
白い煙。
甘い匂い。薬草に似ている。眠りの匂い。
「吸うな!」
隊長格が低く言う。
衛兵が布で口を覆う。護衛も即座に同じ動きをする。
俺は息を止めた。
止めたまま、半歩だけ前に出る。煙の外側へ、相手の目線を押し出す。
影が2つ、煙の縁を使って走ってきた。
短い刃。刺すための動き。速い。
俺は抜かない。
鞘で刃先をずらす。体を半身にして、通り道を消す。
1人目の手首を叩く。
刃が落ちる。
2人目は迷わず、腰へ手を伸ばした。
噛み毒だ。口へ持っていく動き。
俺は距離を潰して、鞘の先で顎を叩いた。
歯が鳴り、口が開く。噛めない。
護衛が背後から入る。音がしない。
腕を取って、関節を固める。
「終わりだ」
護衛の声は低い。
相手は暴れるが、暴れても形が崩れない。
だが、掃除役は2人だけじゃなかった。
路地の反対側。屋根の影が揺れた。
細い光が走る。矢じゃない。投げ刃だ。
隊長格が叫ばずに言う。
「右、上!」
衛兵が盾を上げる。
金属が鳴る。投げ刃が弾ける。
次は俺だ。
狙いが来る。俺の足元へ。
小さな金属片が転がった。
すぐに熱が走る。火。
油の匂い。
火皿を投げた。燃やして混乱させる手だ。
俺は迷わず踏み込んだ。
鞘で火皿を弾き、壁へ飛ばす。炎が壁面を舐めるだけで済む。
煙と火。
それで十分に乱れる。乱れた瞬間、受け取りが来る。
――来た。
車輪の音。
細い路地の奥から、荷車が押し出される。軽い。速い。
引き手は3。顔は布で隠している。
隊長格が低く言った。
「受け取りだ。箱を動かすな。封を動かすな。……押さえる」
衛兵が前へ出る。槍が横に伸びる。
通れない。
受け取り役は止まらない。
荷車を捨てる。箱だけ抱えて走る。逃げ足が軽い。
逃げ道は一つ。
俺の方へ来る。
俺は抜かない。
足を止め、体を置く。壁になる。
受け取り役が突っ込んでくる。
肩で抜けるつもりだ。
俺は半歩だけ横にずれた。
ぶつかる力を流し、そのまま鞘で脇腹を叩く。
息が抜ける。
箱が揺れる。
落とすな、割るな。
俺は腕を伸ばし、箱の角を押さえた。地面に落ちる前に、動きを止める。
受け取り役の口が動いた。
噛む。噛み毒だ。
護衛が間合いに入る。
顎を掴み、口を開けさせる。布で塞ぐ。固定する。
衛兵が縄を回す。
手と足。早い。確実。
隊長格が荷車の方を見た。
引き手の1人が、すでに逃げている。裏へ回った。
「裏だ! 逃げた!」
衛兵が追う。
だが、逃げ足が速い。屋根伝いだ。
俺は追わない。
俺の役は壁だ。ここを崩せば、箱が動く。
隊長格が言う。
「封の束はどこだ」
受け取り役は黙った。
黙って笑う。笑い方が同じだ。時間を稼ぐ笑い。
その瞬間、遠くで短い合図が鳴った。
鳥の鳴き真似。屋根の上から。
逃げたやつが、誰かに知らせた。
護衛が低く言う。
「……奥が動く」
隊長格が即断する。
「今夜の入口だ。逃げたやつが案内役だ。……追う」
衛兵が迷う。
「ここは――」
「押さえは残す。箱は詰所へ。封は写せ。……俺とセキサメさんと護衛で追う」
俺は頷いた。
「分かった」
隊長格が走らずに動く。
速い。音が少ない。
俺たちも同じ速度でつく。
路地を抜け、灰の壁の外れへ。
灯りがさらに減る。人の目が消える。
逃げた影は、白い灰のそばを選んで走る。
足跡が残らない。灰が吸う。
俺は、胸の奥で嫌な感覚を噛み潰す。
ここから先は、助けが遅い側だ。
影が立ち止まった。
小さな祠の裏。石が積んであるだけの場所。
影が手を伸ばし、石を外した。
下に、穴がある。人が一人、やっと通れる穴。
入口。
影が振り返った。
短い刃を抜く。最後の足止めだ。
隊長格が低く言う。
「押さえる。――生け捕りだ」
俺は左手を柄頭に置いた。
抜かない。まだ抜かない。
影が飛ぶ。
俺も一歩、前へ出た。
刃は短い。刺すためだけの刃だ。
狙いは俺じゃない。俺の横を抜けて、穴へ戻るつもりだ。
半身になって進路を潰し、鞘を横に滑らせた。
刃先が逸れる。
金属の擦れる音が短く鳴った。
影がすぐに踏み替える。速い。
足が軽い。ここまで案内して、最後だけ止める役。
隊長格が低く言った。
「逃がすな。穴に入らせるな」
護衛が返す。
「顎からいきます」
影が口元に指を伸ばした。
噛む。噛み毒。やっぱりそれだ。
俺は距離を潰して、鞘の先で顎を叩いた。
硬く当てない。噛めない形を作るだけ。
影の頭が揺れる。
その一瞬で、護衛が背後に入った。
腕を取る。
関節が固まる。
影は暴れた。
暴れて、足で地面を蹴る。穴へ体ごと倒れ込もうとする。
俺は影の腰を押さえた。
押さえるだけじゃ足りない。引けば落ちる。
だから、足を掛けた。
穴の縁に届く前に、膝を止める。
影が息を吐いた。
短い、嫌な笑い。
隊長格が近づく。
視線は穴だ。影じゃない。
「……入口はここで確定だな」
護衛が影の顎を掴み、布で口を塞ぐ。
固定する。噛ませない。
「終わりだ」
護衛が淡々と言った。
影はまだ笑っていた。
笑いながら、喉で言う。
「……遅い」
隊長格が一拍置いて返す。
「黙れ。――口を割るのは後だ」
隊長格は穴の中へ目を凝らした。
暗い。湿った匂いが上がってくる。地下の匂い。
俺は穴の縁にしゃがみ、手を伸ばして石を確かめた。
罠はない。少なくとも、すぐ爆ぜる仕掛けはない。
でも、違う危険がある。
閉じられる。火を入れられる。毒を流される。逃げ道を塞がれる。
隊長格が言った。
「ここから先は、名目が薄い」
分かってる。
ここは街の外れで、地下だ。衛兵の仕事としては踏み込みにくい。
護衛が言う。
「逃げた先は、もう近い。今止めないと、全部隠される」
隊長格が歯を噛む。
俺は短く言った。
「中で火が出たら、突入でいい」
隊長格が俺を見る。
「……それが名目になる」
「そう」
隊長格は頷いた。
「よし。入る。だが、最小で。俺、セキサメさん、護衛。――外は一人残す。蓋を押さえろ」
隊長格が衛兵に指示する。
衛兵が穴のそばに膝をつき、槍を横にして構える。
「はい」
俺は穴へ足を入れた。
狭い。肩が壁に当たる。石が冷たい。
下へ降りると、通路になっていた。
天井が低い。腰を落として進む。
隊長格が後ろから降りてくる。
護衛が続く。足音は小さい。呼吸も小さい。
数歩進んだところで、前方に灯りが見えた。
弱い燭台の灯り。揺れている。
人の声がした。
低い声。急いでいる。
「……封が来てねえ」
「だから言っただろ。今日は止めろって」
「止められるか。上が怒る」
上。
受け取り側のさらに上。ここにいるのは末端じゃない。
隊長格が手で合図する。止まれ。
俺たちは壁に寄る。
通路の角の向こうに、広い空間がある。
倉庫の地下みたいな部屋。棚。箱。縄。油。火皿。
それと――灰。
床の隅に、白い粉が溜まっていた。
灰の壁と同じ白さ。街の灯りとは違う白さ。
俺は息を止めた。
嫌な冷えが指先に来る。
隊長格が小さく言う。
「……ここで加工してる」
護衛が視線を走らせる。
「人が4。奥にもう1」
俺も見た。
奥の机。小さな箱がいくつも並んでいる。封の束もある。
そして、机の横に――火皿。
すぐ燃やせる。すぐ消せる。すぐ隠せる。
隊長格が言った。
「名目はできた。灰の壁の外れで違法な加工。証拠隠滅の道具もある」
その瞬間、奥の男が顔を上げた。
こっちを見たわけじゃない。空気の変化を感じた顔。
「……誰かいる」
気づくのが早い。
訓練されてる。
次の瞬間、男が火皿に手を伸ばした。
燃やす。
今だ。
隊長格が前へ出て、低く通る声で言った。
「衛兵だ。動くな!」
部屋が止まる。止まらない。
2人が同時に動いた。火皿と、逃げ道。
護衛が飛ぶ。
火皿の方へ。顎じゃない。手首だ。火を止める。
俺は逃げ道の方へ一歩出る。
抜かない。壁になる。
逃げようとした男が突っ込んでくる。
短い刃。喉を狙う角度。
俺は鞘で刃を叩き落とした。
そのまま肩を押して、壁に当てる。
男が歯を食いしばる。
口元が動く。噛み毒だ。
俺は顎を叩く。
護衛が間合いに入る。布で塞ぐ。固定。
同時に、奥で火皿が倒れた。
油が広がる。灯りが揺れる。
燃える。
燃えたら名目どころじゃない。全部消える。
護衛が火皿を蹴って遠ざける。
隊長格が叫ばずに命じる。
「水だ! 布を濡らせ! 油を拭け!」
衛兵じゃない。ここには俺たちしかいない。
だから、やることが少ない方が強い。
俺は倒した敵の上着を掴み、布を引き裂いた。
そのまま油に押し当てる。滑る匂いが強い。
隊長格も同じ動きをする。
護衛は人を押さえながら、片手で灯りを遠ざける。
火は、まだ出ていない。
ぎりぎり止めた。
……その時だ。
奥の机の影から、最後の1人が出てきた。
動きが違う。静かで、速い。
短い鎖。先に鉄が付いている。
首を取る道具だ。
狙いは隊長格。
“公”の頭を落とす狙い。
俺は迷わず前に出た。
まず壁になる。
鎖が走る。
俺は鞘で受けた。重い。手首に響く。
相手は鎖を引き戻さない。引き戻せば一拍遅れる。
鎖を巻いて、引き倒すつもりだ。
俺は一歩踏み込み、鎖の内側へ入った。
距離を潰す。
相手の目が揺れる。
距離が近いのは嫌なのだろう。
相手が短刀を抜く。
刺しに来る。
ここは――最後だ。
隊長格を守る。突破を止める。短時間で終わらせる。
俺は柄を握った。
鞘が滑る。刃が出る。
大神降ろしの刃が、灯りを拾う。
――横に一閃。
鎖が、紙みたいに切れた。
相手の目が止まる。次の手が消える。
俺は刃を追わない。止めるだけでいい。
護衛が背後から入って、顎を取る。
布。固定。縄。
隊長格が息を吐いた。
「……押さえた」
部屋の中は静かになった。
火は止まった。逃げ道も止まった。
床の白い灰が、灯りの下で変に浮いて見える。
触れたくないのに、目が離れない。
隊長格が机の上の封を掴み、数える。
「……多いな。ここが入口で、ここが本体だ」
俺は刃を鞘へ戻した。
抜いたのは一瞬だけ。これでいい。
護衛が言う。
「箱は」
隊長格が首を振る。
「今は開けない。運ぶ。詰所で開ける。……守りを固めてからだ」
俺は頷いた。
「分かった」
外へ戻る。
灰の壁の白さが、入口の上でまだ浮いている。
今夜は押さえた。
でも、これで終わりじゃない。まだ奥がある。
俺はもう一度だけ、穴の上を見た。
ここから先は、街の外だ。
アマテラス「ふふ、赤雨よ。見事じゃ。
抜くべき時だけ抜いて、余計に壊さず、逃げ道も潰した。
あれだけの数を相手にして、形を崩さぬのは容易ではない。
今夜は、ようやったのう」