白い光が、庭の中心で膨らんだ。
眩しい。なのに目を逸らせない。
光そのものじゃない。
胸の奥を、手で掴まれるみたいな重さが来る。
息が浅くなる。膝が勝手に落ちそうになる。
悲鳴が上がった。
グラスが割れる音。
誰かが倒れる音。
――神性。
理屈じゃない。
感じた瞬間に、分かってしまう。
「……神だ」
誰かがそう言った。
否定は出ない。出せない。
光が裂ける。
裂け目の奥は黒い。夜より黒い。
そこから、人の形が出てきた。
大きい。
最低でも3メートル。いや、それ以上だ。
鎧の厚みも含めて、門の彫像みたいに“高さ”がある。
一歩進むだけで、庭の空気が押し下がる。
黒い鎧。
金の縁取りが、肩と胸と腰を鋭く縁取っている。
飾りじゃない。全部が刃みたいな角度だ。
兜は、角がある。
左右に短い角が伸びて、額には青い宝石が埋まっている。
宝石の光が揺れるたびに、空気が冷たくなる。
顔は見えない。
影で塗り潰されたみたいに真っ黒だ。
その黒の中で、目だけが光っている。
細い金の光が、まっすぐこちらを見ている。
背中の外套は、裂けた影だ。
布なのに、羽みたいに広がって、端がぼろぼろのまま揺れる。
風がないのに揺れる。
それだけで、普通じゃないと分かる。
足元に青い火が滲んだ。
炎というより、霧みたいに地面を這う光。
触れたところだけ、石が少し湿ったみたいに見える。
剣は長い。
人の背より長く、幅も厚い。
刃の中心に、青い光が一本走っている。
静かに脈打って、呼吸しているみたいに明るさが変わる。
その剣を、両手で真っ直ぐ立てる。
――下級神兵カラド。
俺は、その名前を知っている。
ゲームでなら、いくらでも見たし。戦ったし。倒した。
胸の奥が重くなる。
だが、恐怖は立たない。
やることは同じだ。
相手が何でも、俺は“崩さない”。
大神降ろしを構えた瞬間、刀身が燃え上がった。
赤い炎が刃に沿って走り、まるで刃そのものが息をしたみたいに揺れる。
なのに熱は来ない。煙も出ない。草も石も焦げない。
燃えているのは世界じゃなく、この刃だけだ。
俺が何かをしたわけじゃない。――神性に触れた瞬間、刀が勝手に答えた。
対神性特攻、それが発動した証拠だ。
庭の端で、エドガーが笑っていた。
余裕の笑いだ。勝ちを確信している顔。
ガイゼルが低く言った。
「セキサメ、退け。――逃げろ」
ガイゼルの声は低い。
命令というより、切り捨てじゃない。
生き残らせるための言葉だ。
俺は一瞬だけ、息を吐いた。
勝てるはずがない。
そう思うのは分かる。
この場の誰でも、そう思う。
でも、逃げたら終わる。
庭はまだ空いていない。
足が止まっている人がいる。
このまま走ったら、あいつの剣先は――人へ向く。
俺はガイゼルを見ない。
見れば迷う。
左足を前に出す。
それだけで、命令を振り払った。
「……俺が止める。ガイゼルはエドガーを頼む」
短く言って、前へ出る。
体は動く。頭も動く。
カラドが剣を持ち上げた。
俺の方を見ている。
邪魔者を消す目だ。
なら、やることは一つだ。
人の方へ行かせない。
ヘルミーナ様が、口元の布を押さえたまま一歩だけ出る。
「……兄上」
エドガーは視線を向けて、薄く笑った。
「ここまで来るとはね、妹よ」
ガイゼルが前へ出る。
「エドガー・クライブ。拘束する。同行しろ」
広間から続いてきた貴族たちが、息を呑む。
王城の庭で、空気が固まる。
エドガーは肩をすくめた。
「いいでしょう」
ワインのグラスを置く。
音が小さいのに、全部の耳に届く。
「この国は、ここで折りましょう」
エドガーの指の間に、白い欠片が見えた。
砕くみたいに握り込む。
光がさらに強くなる。
カラドの鎧が、白い庭に黒い影を落とす。
人が動けない。
怖さで、足が縫い付けられる。
俺は、その“止まり”を見て判断を切り替えた。
ここは守りの形を作る。
逃げ道を一本だけ残して、そこへ流す。
混乱させない。崩させない。
ガイゼルが怒鳴る。
「全員、下がれ! 庭を空けろ!」
命令は出る。
でも体が追いつかない者がいる。
だから、俺が前に出る。
カラドが剣を持ち上げた。
剣の影が、庭の石を横切る。
最初の一撃が来る。
速い。重い。まっすぐ。
俺は正面で受けない。
半身にずれて、刃の線を外へ逃がす。
風圧だけで頬が痛い。
石が割れる。
欠片が跳ねる。
背後で悲鳴が増える。
カラドが続けて振る。
今度は横。広く薙ぐ。
人の群れをまとめて刈れる角度だ。
止める。
赫日刀術――焔走り。
踏み込みの軌跡が赤く燃えて、距離が一気に潰れる。
俺の刃が走った場所に、遅れて炎が貼り付いた。
床も草も焦げない。燃え移らない。
斬り跡に炎の線が入り、HPをじわじわ削り続ける。
カラドが俺を見る。
やっと“邪魔”じゃなく“敵”として見た目だ。
次が来る。
縦に落とす。逃げ場を潰す一撃。
俺は飛び込まない。
受けても壊れる。
回避で温存してた手を切る。
紫電ステップ。
体が一拍だけ横へ抜ける。
剣が落ちた。
俺のいた場所が割れる。
土と石が跳ねる。
避けただけで終わらない。
すぐ戻る。壁の位置へ。
カラドは止まらない。
横薙ぎが、間髪入れず来る。
大神降ろしで受け流すしかない。
受ける。流す。
手首に重さは残った。
だが、思ったより反動はこなかった。
エドガーの方向で金属音がした。
兵が動こうとして、止まる。
怖さが勝っている。
カラドの剣先が、また人の方へ向く。
わざとだ。恐怖を増やす動き。
俺は息を短く吐いた。
軽い手で切れる技だけを使う。
赫日刀術――飛炎。居合。
刃を走らせると、炎の斬撃が前へ飛ぶ。
抜き身で放てば極小の傷しか作れない。だが、居合の形から繰り出せば威力が跳ね上がる。
隙が小さい。止まらずに撃てる。
俺が一番使う技だ。
背後の足音が増える。
逃げる流れができた。
庭が、少しずつ空いていく。
それでいい。
まず、戦える場所を作る。
カラドが踏み込む。
重いのに速い。
剣が、今度は俺だけを狙ってくる。
俺は構え直した。
迷いは捨てる。
MPも無駄にしない。回避の分は残す。
戦い方は、ダンジョンと同じだ。
強い一撃は、正面で受けない。
危ない瞬間だけ、短く避ける。
無理に削らない。崩さない。
時間を作って、勝ち筋を拾う。
エドガーの笑い声が遠くで聞こえた。
それでも俺は、目を向けない。
今は、目の前の神だけだ。
庭が、ようやく空いた。
逃げ遅れの影が消える。
悲鳴が少しだけ遠くなる。
俺は一歩、前に出た。
ここから先は、俺が受ける。
「来い」
言葉は短く。
カラドは剣を上げる。
白い庭で、刃が落ちてくる。
俺はそれを、正確に外す。
次の一手を作るために。
カラドの剣が石畳をえぐった。
割れた石が跳ねる。
土煙が上がる。
俺は、その煙の外へ体を出した。
視界を奪われたら終わる。
カラドは大きい。
最低でも3メートル。鎧の厚みまで含めれば、もっとある。
なのに動きは鈍くない。
剣の重さを“重いまま速い”で振ってくる。
息は乱れない。
恐怖もない。
体は冷静に動く。
庭の端で、まだ動けていない人がいる。
避難は進んでいるが、終わっていない。
だから俺は、下がらない。
カラドが踏み込んだ。
一歩が長い。地面が沈む。
剣が横へ走る。広い。逃げ場を消す線。
正面で受けない。
逃げるんじゃない。線をずらす。
俺は半歩だけ前へ入って、刃の腹を叩いた。
大神降ろしの赤い炎が刃に沿って揺れる。
熱は来ない。だが圧はある。
金属が鳴った。
カラドの剣先が少しだけ外へ流れる。
――今。
赤龍の具足スキル――覇龍の破斬。
踏み込んだ瞬間、地面が割れた。
俺は跳ばない。滑るように前へ出る。
刃を振る。大きくじゃない。短く、深く。
斬撃が走った。
龍の爪みたいな一撃が、カラドの鎧へ食い込む。
硬い手応え。だが、止まらない。押し切る。熱は来ない。燃え移らない。
火花が散る。
大神降ろしの炎が、刃に沿って揺れる。
ただ、“神を斬る側”だけが燃えている。
カラドの巨体が、ほんの一歩だけ遅れた。
剣の戻りが鈍る。
その一拍で、俺の次が作れる。
俺は深追いしない。
今の一撃で、十分に“反応”を引き出した。
カラドの兜が、わずかに傾いた。
目の光が揺れる。
こっちを見直すみたいな揺れだ。
反応はある。
次が来る。
カラドは剣を引き戻さない。
戻す代わりに、持ち上げる。
両腕で、縦に。
落とす気だ。
剣が頭上まで上がった瞬間、庭の空気が沈んだ。
3メートルの巨体が作る影が、俺の足元を覆う。
あれを真正面で受けたら、腕が終わる。
だから、受けない。
紫電ステップ。
音が走る。短く。
体が横へ抜ける。
次の瞬間、剣が落ちた。
地面が割れた。
石が砕け、土が跳ねる。
衝撃が足元から伝わってくる。
避けても、圧だけで膝が沈む。
俺は着地と同時に、距離を保つ。
近づきすぎない。
でも離れすぎもしない。
カラドが剣を引き抜く。
引き抜く動きだけで風が起きる。
外套の端の青い火が揺れて、霧が足元に滲む。
俺は息を吐いて、MPの残りを頭で数えた。
紫電ステップはまだ切れる。
飛炎もまだ撃てる。
覇龍の破斬は、もう一度は使えない。CTが残る。
なら、削りは飛炎で作る。
赫日刀術――飛炎。
刃を振った瞬間、薄い斬撃が前へ飛んだ。
抜き身で放てば極小の傷しか作れない。
でも、止まらずに撃てる。
斬撃がカラドの胸の装甲を叩く。
硬い。通らない。
それでも、光が一瞬揺れた。
もう一発。
赫日刀術――飛炎。
今度は角度を変える。
胸じゃない。首の付け根。肩の付け根。関節の線。
厚い鎧でも、動く場所は線が出る。
カラドの剣が横に走った。
薙ぐ線が広い。
俺は下がらない。
半歩だけ入って、刃の内側へ寄せる。
剣先じゃない。根元側。
振り抜きにくい場所だ。
金属が鳴る。
大神降ろしの炎が刃に沿って揺れる。
熱は来ない。燃え移らない。
ただ、神性を前にして刃が答えている。
カラドがもう一度、縦に持ち上げた。
さっきより速い。
同じ手を通せば潰される。
俺は、次の回避に備えて体を沈めた。
視線は剣だけ。
足元の青い霧が濃くなるのも見えた。
――まだだ。
今は、剣の落ちる線を外す。
その次に、居合で飛炎を重くする。
俺は呼吸を揃える。
足を止めない。
目の前の“神”だけを見る。
カラドの目の光が揺れた。
反応はある。
ガイゼルの声が飛ぶ。
「下がれ! 走れ!」
命令は届く。
ようやく、足が動く者が増える。
庭の外へ流れる。
俺はそれを見て、息を吐いた。
カラドが俺へ向き直る。
角のある兜。額の青い宝石。
外套の端に、青い火が揺れている。
剣が低い位置から来た。
下からすくい上げる軌道。
足を切りに来る。動けなくする狙いだ。
俺は足を止めない。
足を止めたら、次で終わる。
赫日刀術――飛炎。
刃を振った瞬間、薄い斬撃が前へ飛んだ。
飛ぶ斬撃が、カラドの視界の前をかすめる。
致命傷にはならない。
でも、狙いはそこじゃない。
カラドの動きが一拍だけ止まった。
“反射で避ける”みたいな止まり方だ。
その一拍が、俺の場所を作る。
俺は体を半身にして、下からの剣線を外へ逃がした。
足元の石が削れる。
靴の先が揺れる。だが折れない。
手首に重さは残った。
だが、思ったより反動はこなかった。
カラドは追ってくる。
大剣を引き戻しながら、次の横薙ぎを準備している。
腕の力だけじゃない。体ごと回してくる。
避難はほぼ終わった。
庭に残っているのは、騎士と、俺と、近づけない貴族だけ。
ここからは、俺のやり方でいい。
俺は一歩、わざと下がった。
下がって、すぐ止まる。
逃げる動きじゃない。誘う動きだ。
カラドが剣を振る。
横薙ぎ。広い。
俺が下がった分、剣先は“人のいない方向”へ流れる。
狙い通り。
俺は逆に踏み込む。
剣の内側へ入る。
巨体は強い。だが、内側は振り抜きにくい。
赫日刀術――焔走り。
鎧の継ぎ目を狙う。脇。肘の下。膝の裏。
関節は硬い。でも、完全に一枚じゃない。
刃が走る。
赤い線が残る。炎が貼り付く。
じわじわ削る火が、消えない。
カラドの大剣が一度止まった。
止まって、持ち上がる。
――来る。踏み潰しだ。
足が上がる。
3メートルの体重が落ちる。
避ける。短く。
紫電ステップ。
音が鳴る。
足の落ちた場所が割れて、石が砕けた。
もしそこにいたら、終わっていた。
カラドがこちらを追う。
目の光が細く揺れて、俺だけを見ている。
いい。人に向かないなら、それでいい。
……だが、MPが薄い。
紫電ステップの分だけは残したい。残さないと、次で終わる。
回復は戦闘中には来ない。休む時間もない。
俺は迷わず、アイテムボックスへ指を滑らせた。
出すのは一瞬。見せない。落とさない。
青ポーション。
小瓶の栓を親指で弾いて、喉へ流し込む。
冷たい液体が落ちて、腹の奥がすっと軽くなった。
薄くなっていた感覚が、戻ってくる。
――これで、回避を切れる。
瓶はすぐ消す。
次の瞬間には、もう構えている。
俺は刀を下げた。
居合の形には入らない。
今はMPを残す。回避のために。
この距離なら、飛ぶ斬撃に頼らなくていい。
巨体ほど、小回りが利かない。内側へ入れば、剣は振り回せない。
俺は一歩だけ踏み込んだ。
刃を短く振る。大きくは振らない。
狙いは胸じゃない。肩の付け根。肘の線。鎧の継ぎ目。
金属が鳴る。
火花が散る。
大神降ろしの炎が刃に沿って揺れる。熱は来ない。燃え移らない。
抜けない。
でも、押し返した。
カラドの上体がわずかに後ろへ揺れる。
その揺れで、足の運びが一拍遅れる。
――崩れた。
俺は踏み込む。
焔走りで刻んだ赤い線が、まだ鎧に残っている。
そこをなぞる。重ねる。
削りを“点”じゃなく“面”にする。
俺は剣を振り上げない。
大きく振れば隙が出る。
短く、速く、確実に。
カラドの剣が、俺の頭上を通った。
避けたんじゃない。内側にいるから通らない。
カラドが一歩引く。
引いた瞬間、外套の青い火が跳ねた。
足元の青い霧が濃くなる。
嫌な予感が走る。
範囲攻撃が来る。
俺は迷わず下がる。
下がって、距離を取る。
範囲の前に、回避を残す。
無駄に突っ込まない。
カラドが剣を地面へ突き立てた。
青い光が刃の筋を走る。
次に何が来るかは分からない。
いや、分かるはずだった。
カラドは何度も倒してきた。
なのに、今の溜めは見たことがない。
ゲームのモーションじゃない。
俺は刀を構え直す。
大神降ろしの赤い炎が、刃に沿って揺れる。
消えない。神性が目の前にいる限り、答え続ける。
俺は足を止めない。
呼吸を整える。
勝ち筋はある。
硬いけど、反応が出る。削れる。
“倒し切れる”
アマテラス「ほう、下級神兵が出おったか。赤雨、さっさと斬ってしまえ。
レベル差があるとはいえ。お前様の敵ではないわ。
手早く終わらせて、飯じゃ」