神殺しのデミゴット   作:ののじん

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第22話 王城の庭、下級神兵

 カラドが剣を引き抜いた。

 青い霧が一気に広がる。

 

 ――来る。

 

 俺は、回避の準備だけ残して前へ出た。

 逃げない。逃げたら、霧は人へ流れる。

 

 青い霧は冷たい。

 でも、息が白くなるような冷たさじゃない。

 胸の内側を押してくる冷たさだ。

 吸い込んだら、体が遅くなる。そういう“圧”に近い。

 

 俺は口を布で覆った。

 騎士たちも同じ動きをしている。

 

 ガイゼルが低く言った。

 

「下がれ。庭を開けろ。……避難を優先しろ」

 

 命令は正しい。

 普通なら、ここで退く。

 あれは勝てる相手じゃない。

 

 でも、俺は前に出る。

 

 退けば、カラドは次の標的を探す。

 庭に残った者へ向く。

 それだけはさせない。

 

 俺は足を止めない。

 霧の薄い場所を選んで、半歩ずつ詰める。

 

 カラドが動いた。

 剣を横に払う。霧ごと払う。

 

 霧の線が、刃に沿って伸びた。

 見たことのない動きだ。

 ゲームなら、ただの横薙ぎで終わる。

 

 今のは違う。

 刃の先から、青い刃が“遅れて”伸びてくる。

 

 俺は迷わず回避を切った。

 

 紫電ステップ。

 

 音が短く鳴る。

 体が横へ抜けた。

 抜けた先の石畳が、青い刃で削れた。

 直撃していたら、鎧の上からでも終わっていた。

 

 ガイゼルが声を荒げた。

 

「やめろ! 退け!」

 

 俺は振り向かない。

 言い返す時間もない。

 

 カラドの目の光が、俺を追う。

 いい。俺だけを見ろ。

 

 俺は刀を下げた。

 居合の形には入らない。

 MPは残す。次の紫電ステップのために。

 

 踏み込む。

 巨体の内側へ。

 剣の根元へ近い場所へ。

 

 大神降ろしの炎が、刃に沿って揺れた。

 熱は来ない。燃えない。

 でも、刃だけが答えている。

 

 俺は短く斬った。

 鎧の継ぎ目。肩の付け根。肘の線。

 

 金属が鳴る。

 火花が散る。

 硬い。だが、カラドの腕が一拍遅れた。

 

 押せる。

 

 俺はさらに半歩入った。

 距離が近いのは、相手にとっても邪魔だ。

 3メートルの体は強いが、近すぎると剣が振れない。

 

 カラドが剣を持ち上げた。

 縦。落とす。

 さっきより速い。

 

 正面で受けたら終わる。

 だから受けない。

 

 俺は、剣の落ちる線を“ずらす”。

 

 刃の側面へ打ち込む。

 押し返すんじゃない。角度を変える。

 

 剣が少しだけ外へ流れた。

 

 その瞬間、足元の霧が濃くなる。

 円を描くみたいに広がっていく。

 

 また見たことのない動きだ。

 でも、やることは同じ。

 

 霧を人へ行かせない。

 中心を潰す。

 

 俺は息を止めて、霧の中心へ踏み込んだ。

 カラドの足元。剣の死角。

 

 ここなら、広げにくい。

 

 俺はアイテムボックスへ指を滑らせた。

 一瞬だけ小瓶を出す。

 

 青ポーション。

 栓を弾いて喉へ流し込む。

 冷たい液体が落ちて、体の奥が軽くなる。

 

 俺は構え直した。

 

 居合。

 この距離なら、避けにくい。

 

 赫日刀術――飛炎。

 

 抜きと同時に、斬撃が飛ぶ。

 居合から放った分、線が太い。

 カラドの胸の装甲へ叩きつける。

 

 抜けない。

 でも、押し返した。

 

 カラドの上体が、僅かに揺れる。

 揺れた分だけ、霧の広がりが遅れる。

 

 俺はその遅れを、逃さない。

 

 赫日刀術――飛炎。

 今度は角度を変える。胸の縦の光。

 鎧の中心。そこが“核”なら、止まる。

 

 青と赤がぶつかって、光が弾けた。

 カラドの目の光が、細く揺れた。

 

 反応はある。

 

 ガイゼルの声が、遠くなった。

 怒鳴っているのは分かる。

 でも今は聞かない。

 

 俺は前へ出続ける。

 止める。削る。折る。

 

 倒し切れる。

 

 カラドが、もう一度剣を引いた。

 今度は、霧じゃない。

 霧の中から、青い刃が“生える”気配がした。

 

 ――次は、踏み外せない。

 

 俺は回避の準備だけ残したまま、刀を正面に立てた。

 ここで決める。

 

 青い霧が、地面から“刃”みたいに立ち上がる。

 一本じゃない。三本、四本。

 庭の石畳を裂きながら伸びてくる。

 

 ゲームで見たことがない。

 カラドのはずなのに、別の手だ。

 

 でも、形は分かりやすい。

 範囲攻撃。踏んだら終わる。

 

 俺は跳ばない。

 跳ぶと着地が読まれる。

 だから、抜ける。

 

 紫電ステップ。

 

 音が短く鳴る。

 体が横へ抜けた。

 青い刃が、俺のいた場所を削っていく。

 石が粉になる。粉が霧に吸われる。

 

 抜けた先でも、霧はまだ濃い。

 視界が白く霞む。

 口の布の内側が冷える。

 

 カラドが踏み込んだ。

 一歩で距離が詰まる。

 大剣が横へ走る。霧ごと薙ぐ。

 

 広い。

 

 正面で受けたら終わる。

 

 俺は刃の内側へ入った。

 剣の根元へ近い位置。

 振り抜きにくい場所だ。

 

 大神降ろしの炎が、刃に沿って揺れた。

 神性を前にすると、勝手に燃える。

 俺はそれを利用するだけだ。

 

 短く斬る。

 肩の付け根。肘の線。継ぎ目。

 硬い。だが、反応がある。

 

 カラドの剣が一瞬止まった。

 止まって、縦に上がる。

 

 落とす。

 

 俺は回避を切る。

 ここは惜しまない。

 

 紫電ステップ。

 

 剣が落ちた場所が割れた。

 衝撃が足元から来る。

 避けても、腹の奥が揺れる。

 

 俺は着地と同時に、前へ入った。

 下がらない。下がれば霧が人へ流れる。

 

 庭の端で、騎士が盾を立てている。

 その後ろで、貴族たちが固まっている。

 動けない者がまだいる。

 

 だから、俺が止める。

 

 俺は刀を戻した。

 居合の形に沈む。

 飛炎はMP10。今なら撃てる。

 

 赫日刀術――飛炎。

 

 居合から放つ。線が太い。

 狙いは胸の縦の光。

 核があるなら、そこだ。

 

 斬撃が当たって、青い光が弾けた。

 火花が散る。赤い炎が刃に揺れる。

 カラドの目の光が、細く揺れた。

 

 効いてる。

 

 俺は止まらずに、もう一歩入る。

 飛炎で止めた一拍を、体で奪う。

 

 通常攻撃。

 短く。速く。確実に。

 継ぎ目を叩く。関節を叩く。

 剣を振れない距離に張り付く。

 

 カラドが腕を振りほどこうとする。

 巨体の力が来る。

 押し潰す力だ。

 

 俺は押し返さない。

 横へ逃がす。

 体を半身にして、力を流す。

 

 足元の霧が、また円を描く。

 さっきより速い。

 繰り返しだ。学習してる。

 

 ――次は、中心を作らせない。

 

 俺は剣の柄へ視線を置いた。

 霧は剣から出ている。

 なら、剣を“固定”させなければいい。

 

 カラドが地面へ刺そうとする。

 その前に、俺が動く。

 

 赫日刀術――飛炎。

 

 今度は核じゃない。

 手首。握り。柄の根元。

 居合からの一撃で、剣を刺す角度を崩す。

 

 斬撃が当たって、カラドの剣が僅かに浮いた。

 刺せない。

 霧の円が途中で途切れる。

 

 止まった。

 

 その瞬間、庭の空気が一段軽くなった。

 騎士たちの動きが戻る。

 盾が前へ出る。人が後ろへ下がる。

 

 ガイゼルの声が、近くで響いた。

 

「……もういい! 戻れ! お前が死ぬ!」

 

 俺は答えない。

 答える余裕はない。

 今、目の前の一撃を外したら、終わる。

 

 カラドが、俺を見下ろした。

 3メートルの影が落ちる。

 その目の光が、初めて“怒り”みたいに揺れた。

 

 次が来る。

 今までより重い。

 

 カラドが剣を引いた。

 霧が一気に薄くなる。

 代わりに、刃の青い光が濃くなる。

 

 集中。

 一点に集めてくる。

 今度は、広げない。貫く。

 

 俺は息を吐いた。

 MPの残りを数える。

 紫電ステップは使える。

 飛炎も撃てる。

 覇龍の破斬は、MPに余裕がない。

 

 だから、決め手は俺の腕だ。

 

 俺は刀を下げた。

 居合の形。

 目は刃の光。足はカラドの肩。

 

 来る瞬間だけ、見る。

 

 カラドが踏み込む。

 剣が真っ直ぐ来た。

 横でも縦でもない。突き。

 青い光の槍。

 

 ――外す。

 

 紫電ステップ。

 

 体が抜ける。

 青い槍が、俺のいた場所を貫いて庭の奥まで伸びた。

 石が割れ、土が跳ねた。

 あれが人へ行っていたら、終わっていた。

 

 俺は抜けた先で、もう構えている。

 突きは、引き戻しに一拍かかる。

 その一拍が、俺の番だ。

 

 踏み込む。

 狙いは胸の縦の光。

 核の線だけを見る。

 

 刃を短く振った。

 火花が散る。大神降ろしの炎が刃に沿って揺れる。

 深くは入らない。だが、押し返す。

 

 今度は、逃がさない。

 

 斬撃が当たった。

 青い光が大きく揺れ、霧が一瞬途切れた。

 

 カラドの巨体が、ほんの半歩だけ止まる。

 

 ――ここだ。

 

 俺は通常の踏み込みで距離を潰した。

 刃を短く振る。

 核の周りを削る。割れ目を作る。

 

 もう一度、飛炎を撃つか。

 それとも、温存して回避を残すか。

 

 俺は迷わない。

 

 赫日刀術――飛炎。

 

 次の斬撃が、カラドの胸の光へ吸い込まれていった。

 

 青い光が、揺れた。

 揺れて、細くなる。

 霧が一瞬だけ途切れる。

 

 カラドの足が止まった。

 3メートルの巨体が、初めて“踏ん張れない”みたいに沈む。

 

 俺はその一拍を逃さない。

 追い込む。逃がさない。

 でも、突っ込みすぎない。回避は残す。

 

 カラドが剣を持ち上げる。

 縦。落とす。

 最後の力で潰しに来る。

 

 受けない。

 

 紫電ステップ。

 

 短い音。

 体が横へ抜ける。

 剣が落ちた場所が割れて、青い霧が吹き上がった。

 

 霧は広がらない。

 広がる前に、胸の光が弱い。

 今の飛炎が、効いている。

 

 俺は抜けた先から、もう一度だけ踏み込んだ。

 狙いは変えない。胸の縦の光。

 核がそこなら、折れる。

 

 でも、MPはもう無駄にできない。

 飛炎は使った。回避も切った。

 残りは、通常で削る。

 

 刃を短く振る。

 硬い。火花。

 大神降ろしの炎が、刃に沿って強く揺れる。

 熱は来ない。燃えない。

 ただ、神性の前で刃が答えている。

 

 カラドの胸の光が、さらに細くなった。

 目の光も揺れる。

 苛立ち。焦り。そういう揺れだ。

 

 カラドが、剣を引いた。

 さっきまでの“霧”じゃない。

 光が刃へ集まる。一点に。

 

 ――突き。

 

 直線の攻撃は速い。

 避け損ねたら終わる。

 

 俺は半歩だけ退いた。

 退くんじゃない。角度を作る。

 

 突きが来る。

 

 紫電ステップは、すぐには戻らない。

 だから、ここは“体で外す”。

 

 俺は肩を落として、刃の横へ滑り込んだ。

 青い槍が、俺の脇を抜ける。

 風が背中を撫でた。

 

 近い。

 巨体の内側。

 剣の根元。

 

 ここだ。

 

 俺は刃を短く振る。

 胸の縦の光を、斜めに切る。

 線をずらす。割れ目を広げる。

 

 青い光が、音を立てずにひび割れた。

 霧が、吸い込まれるみたいに消えていく。

 

 カラドの大剣が落ちた。

 重い音。庭が震える。

 

 巨体が、膝をついた。

 3メートルの体が沈むと、影がほどける。

 

 俺は止まらない。

 倒れきる前に、終わらせる。

 

 最後の一歩。

 胸の光の中心へ、刃を真っ直ぐ入れる。

 

 大神降ろしの炎が、刃の線だけ燃え上がった。

 赤い炎が、青い光を切り裂く。

 

 光が消えた。

 

 カラドの目の光も、同時に落ちた。

 巨体が前へ倒れる。

 土が跳ね、石が鳴る。

 

 庭が静かになった。

 霧が消えて、夜の空気が戻ってくる。

 

 俺は息を吐いた。

 勝った。

 

 背後で、誰かが膝から崩れる音がした。

 騎士か、貴族か、分からない。

 でも、生きている音だ。

 

 ガイゼルの声が、少し遅れて届いた。

 

「……終わったのか」

 

 俺は刀を鞘へ戻した。

 ゆっくり。見せつけない。

 手が震えていないことだけ確かめる。

 

「終わった」

 

 カラドの体から、青い光が抜けていく。

 

 霧がほどけるように薄くなって、夜の空気へ溶けた。

 燃えない。崩れない。

 

 巨体は、そのまま庭に横たわる。

 重い鎧と大剣だけが残って、動かない。

 残るのは――静けさだけ。

 

 そして、遅れて、視線が刺さる。

 庭にいる全員の視線が、俺に集まっている。

 

 怖れじゃない。

 分からなさの目だ。

 

 俺は、それを受け止めた。

 今は言い訳をしない。

 まずは、立っている。

 

 次に来るのは、刃じゃない。

 言葉だ。

 

 俺は一度だけ、王城の灯りを見上げた。

 上で、誰かが見ている気配がした。

 

 気配は一つじゃない。

 窓の暗がり。回廊の影。

 灯りの縁で、人が止まっている。

 

 俺は見返さない。

 今は、下だ。

 

 庭の中心には、カラドが倒れている。

 巨体がそのまま残って、動かない。

 大剣も、腕の下に沈んでいる。

 

 騎士たちが距離を取って円を作った。

 槍が揃う。盾が前に出る。

 誰も近づかない。

 

 怖いからじゃない。

 “触っていいものなのか”分からない動きだ。

 

 その外側で、ガイゼルが男を押さえていた。

 腕を捻り、膝を落とさせ、逃げ道を全部消している。

 

 ――エドガー。

 

 さっきまでの余裕は、もうない。

 口元は笑おうとしているのに、頬が引きつる。

 息が浅い。目が泳ぐ。

 

 俺の視線に気づいた瞬間、エドガーは叫んだ。

 

「馬鹿な……!」

 

 声が裏返る。

 あの巨体を見ているのに、目は現実を拒んでいる。

 

「下級神兵だぞ! あれは……“神”なんだぞ! 落ちるはずがない!」

 

 隊長格が腕を捻り、膝を落とさせる。

 エドガーは痛みに顔を歪めても、叫ぶのをやめない。

 

「あり得ない、あり得ない……! 欠片は“正しい”! 手順も、量も――!」

 

 そこで言葉が詰まった。

 自分で言ってしまった。

 

 隊長格の声が冷たい。

 

「欠片だな」

「……っ!」

 

 エドガーの瞳が揺れる。

 揺れて、焦点が散る。

 

「違う! 違う、違う……! 俺はただ、使っただけだ! この国が――この国の方が間違ってる!」

 

 ガイゼルが一歩前に出た。

 声は低い。刃みたいに短い。

 

「王城でそれをやった時点で、お前が間違いだ」

 

 エドガーは噛みつくように言った。

 

「黙れ! 貴様らが……貴様らが“正しい”顔をするな! あれが落ちたら……俺の――!」

 

 最後まで言えない。

 言ったら終わりだと分かっている。

 その瞬間、喉の奥で声が潰れた。

 

 肩から力が抜ける。

 抵抗していた腕が止まり、エドガーはがくりとうなだれた。

 息だけが浅く、荒く残る。

 

 それでも目だけは上がった。

 憎しみじゃない。壊れた計算を見つめる目だ。

 

 それでも目だけは上がった。

 憎しみじゃない。壊れた計算を見つめる目だ。

 

 ガイゼルはエドガーの腕を捻ったまま、淡々と言った。

 

「終わりだ」

 

 エドガーは返事をしない。

 返せない。呼吸だけが荒い。

 

 庭の周りで、騎士たちが動き出す。

 槍の列が外側を固める。

 王族の近くには盾が寄る。

 人を下げる。道を作る。仕事の動きだ。

 

 俺は刀を鞘に収めたまま、倒れたカラドを見た。

 巨体は庭に横たわり、動かない。

 3メートルの重さが、空気を押している。

 

 近づきたくない。

 でも、目は離せない。

 

 ガイゼルが低く言った。

 

「触るな。囲え。……念のためだ」

 

 騎士が頷く。

 すぐに円が二重になる。

 近づくのは、鎧の厚い者だけ。

 

 隊長格が言った。

 

「こいつは騎士団へ引き渡す。ここは王城だ。詰所の縄で引っ張る場所じゃない」

 

 俺はそこで、少しだけ息を吐いた。

 “公”の線引きが、ここでも揺れていない。

 

 エドガーが、うつむいたまま笑い声を漏らした。

 さっきの余裕の笑いじゃない。

 喉が擦れるだけの、乾いた笑いだ。

 

「……俺は……間違ってない……」

 

 隊長格の手が止まらない。

 押さえたまま、短く返す。

 

「間違ってる」

 

 その時だ。

 

 庭の端、石柱の影が揺れた。

 人が一人、滑るように出てくる。

 走らない。音も立てない。

 

 狙いは隊長格。

 背中を取る角度。

 奪還だ。

 

 俺は反射で動いた。

 刃は抜かない。

 抜けば、この場が血になる。

 

 半歩、二歩。

 相手の進路に体を置く。

 

 影は止まらない。

 だから、ぶつけてくる。

 

 俺は半身になって受け流し、鞘で肩を叩いた。

 関節の上。力が抜ける場所。

 

 影の腕が落ちる。

 短い刃が石畳を転がった。

 

 影が舌打ちした。

 次の手に移ろうとする。

 

「囲め!」

 

 ガイゼルの声で、槍が一斉に伸びた。

 影は退けない。退いた瞬間に刺さる。

 

 影が目だけで俺を見た。

 殺意じゃない。計算だ。

 “ここで暴れても無駄”と理解した目。

 

 それでも、最後に一手だけ打つ。

 

 影の指が口元へ伸びた。

 噛み毒。

 

 俺は鞘の先で顎を叩いた。

 硬く当てない。噛めない形を作るだけ。

 口が開いて、呼吸が乱れる。

 

 そこへ騎士が組み付いた。

 2人、3人。

 倒して、腕を固める。顎を押さえる。

 縄が回る。

 

 短い乱れは、すぐに終わった。

 

 庭に残るのは、倒れた神兵の死体と、拘束された人間だけ。

 

 隊長格が息を吐いた。

 俺を見る。

 

「……助かった」

 

 俺は短く頷いた。

 

「仕事だ」

 

 ガイゼルがエドガーの前に立つ。

 兜の影で表情は見えない。

 でも、声は冷たい。

 

「エドガー・クライブ。召喚の罪、王城での暴挙、騎士団が預かる」

 

 エドガーは顔を上げない。

 上げられない。

 肩が小さく震えている。

 

 しばらくして、やっと声が出た。

 

「……下級だぞ……」

 

 まだ言う。

 まだ現実を噛めていない。

 

「下級神兵が……落ちるはずが……」

 

 ガイゼルが言った。

 

「落ちた。お前の計算が、ここで終わった」

 

 エドガーの喉が鳴った。

 言い返したいのに、言葉が出ない。

 

 隊長格が拘束を解かないまま、騎士に引き渡す。

 引きずらない。歩かせる。

 形を崩さないまま、罪だけを固める。

 

 エドガーは歩かされながら、最後にだけ顔を上げた。

 王城の上。

 俺がさっき感じた“見ている気配”の方角。

 

 そして、小さく呟いた。

 

「……くそ……」

 

 騎士たちがエドガーを連れていく。

 隊長格もついていく。

 俺は、その後ろに回った。

 

 倒れたカラドの巨体が、視界の端に残る。

 動かない。

 でも、ただの死体とも違う。

 

 この庭に残った重さが、次の夜を呼ぶ。

 

 俺は鞘の柄頭に左手を置いたまま、歩いた。

 

 ――終わった。




アマテラス「ふん、やりおったのう。
下級とはいえ、王城の庭で斬り伏せた度胸は本物じゃ。
お前様、今夜はゆっくり休め……明日は面倒ごとが来るぞ」
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