神殺しのデミゴット   作:ののじん

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第3話 襲撃の道

 俺は川の流れを背にしない位置へ移動して、周囲を見回す。

 水音の奥。葉擦れの向こう。

 そこに──微かな、きしみが混じった。

 

「……来るか」

 

 手が柄にかかる。

 抜くのは、見てからだ。

 

 草が、ゆっくり揺れた。

 

 1箇所じゃない。

 右前、左奥、そして正面。間合いを測るみたいに、揺れが連動している。

 

 複数。数は……少なくとも3。

 

 川のせせらぎが、急にうるさく感じた。

 耳がそっちに引っ張られる。だから逆に、目で追う。

 

 草の間に、黒い影が見えた。

 

 人ではない。

 でも獣とも少し違う。動きが“狙ってる”感じだ。回り込むのが上手い。

 

 俺は膝を少し落として、半身になる。

 背中が開かない位置。逃げ道が残る位置。

 

 草が割れた。

 

 出てきたのは、小柄な人型。

 汚れた革。短い刃。目がぎらついている。

 

 ゴブリン──に似ている。

 けど、ゲームのモデルよりも、体臭が生々しい。湿った土と汗と獣の匂い。

 

「……」

 

 言葉が通じるかは分からない。

 だから、まずは距離。

 

 俺は刀の柄を握ったまま、抜かずに一歩退く。

 相手は笑った。喉の奥で、濁った声を鳴らす。

 

 次の瞬間、左右の草も割れた。

 もう2体。やっぱり挟みに来ている。

 

 ──やるしかない。

 

 抜く。

 

 刀身がうっすら光る。川面に反射して、白い線になる。

 

 ゴブリンが一斉に動いた。

 

 正面が突っ込んでくる。

 左が回り込む。右は少し遅れて、逃げ道を潰す動き。

 

 ──身体が、先に反応した。

 

 迷う前に足が出て、視線が刃を追って、手が角度を作る。

 あの頃と同じだ。ゲームで何百回も繰り返した動きが、ちゃんと出る。

 

 息がほんの少しだけ戻る。

 

「……いける」

 

 俺は足を止めずに、正面の刃を“受けない”角度で流した。

 

 金属が擦れる音。

 同時に、左の影が跳ぶ。

 

「……っ」

 

 俺はその瞬間だけ、紫電ステップを意識する。

 

 雷になる。避ける。 

 

 身体が紫電にほどけて、世界が線になる。

 

 ズバァンッ!

 

 俺は川側へ抜けていた。

 挟みの中心が、空になる。

 

 ゴブリンたちが一拍遅れて振り向く。

 

 その“遅れ”が命取りだ。

 

 俺は一番近い1体へ踏み込み、一閃。

 

 刃が通った、という事実だけが残る。

 次の瞬間、相手の動きが止まって崩れた。

 

 俺は呼吸を乱さず、すぐに次へ視線を移す。

 

 倒れた1体を踏み越え、次へ。

 

 右の個体が刃を振り上げる。

 俺は刀を当てず、肩をひねってかわし、返す刃で腕を落とす。

 

 最後の1体が逃げようとした。

 川の向こうへ走る。

 

 俺は追わない。

 今は深追いが一番危ない。

 

 呼吸を整える。

 紫電ステップの余韻が、まだ耳の奥で鳴っている。

 

 刀身を一度だけ見る。

 欠けも、歪みもない。光もそのまま。

 

「……よし」

 

 俺は納刀し、周囲の音を拾う。

 まだ、他がいるかもしれない。森は静かすぎる。

 

 そして、気づく。

 

 戦闘の終わりを知らせるログが──ない。

 けれど、経験値の表示だけは、確かに出た。

 数字が加算されていく。レベルが上がる。そこだけは“いつもの仕様”のまま。

 

 ただ、ドロップ通知も、獲得ログも出ない。

 倒した証拠は、目の前の死体と、血の匂いだけだ。

 

「……ログは無し、か」

 

 嫌な感覚が胃の奥に沈んだまま、俺はステータスを開く。

 数値で確認しないと落ち着かない。

 

 レベル欄に指を当てた瞬間、表示が一度だけ揺れた。

 

 ──LEVEL UP

 

 派手な演出はない。

 音も鳴らない。

 

 ただ、レベルの数字だけが、静かに1つ増えていた。

 

「……上がるんだな」

 

 身体に変化はない。

 しかし、レベルが上がるとステータスポイントを10貰える。ここはゲームのままだ

 ポイントが増えたのが見えた瞬間、息が少しだけ楽になった。

 

 俺は息を吐いて、画面を閉じた。

 

「……確認するか」

 

 俺は倒れた個体に近づき、慎重に、手で装備の枠を開いた。

 宝箱じゃない。自動でアイテムBOXに入る保証はない。

 

 現実なら──拾わないと手に入らない。

 

 俺は息を吐き、まずは周囲を警戒したまま、手を伸ばした。

 

 倒れた個体の腰袋に指をかける。

 革は湿っていて、嫌な感触がした。

 

 中身は粗末な硬貨みたいなものと、乾いた肉片。

 刃こぼれした短剣。布切れ。どれも、ゲームなら即ゴミ判定だ。

 

 けど今は、ゴミかどうかすら分からない。

 この世界での価値が分からない以上、捨てる判断をしていいものかも分からない。

 

 俺は硬貨だけを選び、アイテムBOXへ入れることを意識した。

 

 指先から、すっと硬貨が消える。

 視界の端に小さく「回収」とだけ表示が出て、すぐ消えた。

 

「……入るのか」

 

 助かる。少なくとも、荷物で手が塞がらない。

 

 次に、血の匂いが風に乗って広がるのを感じる。

 寄せる。獣も、人も。

 

 長居はできない。

 

 俺は川沿いに下流へ歩きながら、短い間隔で振り返った。

 戦闘の余韻が、まだ身体に残っている。

 

 怖さはない。

 恐怖耐性のせいで、変に冷静だ。

 

 だからこそ、焦りが消えない。

 

 次が来たら?

 数が増えたら?

 紫電ステップはCT12秒。連打はできない。MPも有限。

 

 俺は装備画面を開き、不死鳥の羽根の欄を見た。

 

 死亡時蘇生(CT24時間)。

 

「……頼むぞ」

 

 本当に発動するかは分からない。

 試す気もない。だが、心のどこかで頼ってしまう。

 

 俺は装備画面を閉じ、歩幅を少しだけ速めた。

 

 川が曲がる先で、土の踏み固められた跡が見えた。

 道だ。細いけど、人の通った痕がある。

 

 俺はそこに足を乗せて、息を吐いた。

 

 ようやく“線”が手に入った。

 この線の先に、人がいる可能性が高い。

 

 その時。

 

 森の奥で、さっきとは違う音がした。

 金属が触れ合う音。小さな声。複数。

 

 俺は反射で道から外れ、木の影に身を寄せた。

 

 人だ。

 

 ゴブリンじゃない。

 でも、味方とも限らない。

 

 俺は兜のまま、息を殺す。

 目だけで、音の方向を追った。

 

 草が割れ、影が見えかけ──そこで止まる。

 

 ここで出るのは早い。

 まず、様子を見る。

 

 足音は、2つや3つじゃない。

 道の上だけでも複数。さらに森の中に、乾いた踏み音が散っている。

 

 俺は木の影で息を殺し、音の流れを読む。

 道の上を歩いている。護衛の足取りだ。

 

 その直後、空気が裂けるような叫びが走った。

 

「──っ!」

 

 女の声。短い。

 続けて、刃が擦れる音。怒鳴り声。靴が土を蹴る音。

 

 襲われている。

 

 俺は反射で一歩踏み出し、次の瞬間に止まった。

 状況が分からないまま飛び込むのは危ない。けど、迷ってる時間もない。

 

 草を掻き分け、視界の通る位置まで滑り込む。

 

 道の上。革鎧の男が2人。

 その後ろに、銀髪の少女が1人。

 さらに少し後ろで、身なりの整った侍女が荷を抱えたまま立ちすくんでいた。

 

 銀髪で黒いリボンに赤い薔薇の飾りを添えている。

 琥珀に近い赤の瞳が、賊を捉えて揺れない。

 

 黒を基調に金の刺繍が走るドレス。胸元には赤い宝石が嵌め込まれ、動くたびに艶めいた。

 戦場に似つかわしくないほど華やかで、それでも背筋は折れていない。

 

 次の瞬間、侍女が堪えきれずに声を漏らす。

 

「──っ!」

 

 悲鳴は短い。けど、切羽詰まっていた。

 

 護衛と被護衛。

 そして──道の両脇から、荒い身なりの男たちが迫っていた。数は5、いや6。

 

「金も女も置いていけ!」

「男は生かすな!」

 

 刺すような言葉が落ちて、護衛の動きが一瞬だけ固くなる。

 青い布の人影が、僅かに後ずさった。指先が白い。

 

 ……賊だ。

 

 賊の1人がこっちを見た。

 俺の存在に気づいて、口元が歪む。

 

「おい、もう1匹いたぞ」

「殺せ!」

 

 距離は、近い。

 逃げ道は川。背は森。ここで引けば、護衛側が崩れる。

 

 俺は大神降ろしを抜いた。

 刀身がうっすら光り、道の空気が一段冷える。

 

 賊が突っ込んでくる。

 短剣。鉈。槍もどき。どれも殺すための道具。

 

 俺は足を止めない。

 半身で、刃線を外す。手首だけで受け流して、間合いを奪う。

 

 次の瞬間、紫電ステップを使う。

 

 避ける。抜ける。挟ませない。

 

 身体の輪郭がほどけ、紫電に変わる。

 視界が線になって、距離が消える。

 

 次の瞬間には、俺は賊の横に立っていた。

 

「なっ……!?」

 

 護衛の男が目を見開いた。

 刃を構えたまま、ほんの一拍だけ動きが止まる。

 

 銀髪の女性も、息を呑んだのが分かった。

 

 賊の方が先に叫ぶ。

 

「消えたぞ!」

 

 刀を振る。

 結果だけが置いていかれる。動きが止まり、膝が折れる。

 

 もう1人が背後から来る。

 俺は視線だけで捉え、足を入れ替える。

 

 刃が空を切る。

 そのまま踏み込みを変えて、肩口に柄を当てて崩す。

 

 賊が叫ぶ。

 

「こいつ、なんだ!」

「化け物か!」

 

 化け物でいい。今は。

 俺は息を止め、手順だけを回す。

 

 近い相手は、近いまま処理する。

 離れる相手は、離れさせない。

 

 紫電ステップはCT12秒。連打はできない。

 だから、一回で隊列を壊す。

 

 賊の動きが散る。

 護衛がそこへ斬り込んだ。2人とも腕は立つ。だが数が多い。

 

 俺は一歩だけ前へ出て、賊の中心を切る。

 脅しじゃなく、現実に“足が止まる”結果を作る。

 

 残りが怯んだ。

 逃げようとする。

 

 逃がしたらダメだ本能がそう言っている。

 女と金を欲し、目撃者を殺せと言った連中だ。ロクな人間じゃない。

 放せば、必ずまた誰かを踏みにじる。生かしておいてはいけない類の人間だ。

 そこでスキルの存在を思い出す。

 

 俺は一歩、重心を落とした。

 

 俺は赫日刀術の飛炎(ひえん)を使うことにした。

 飛炎(ひえん)はクールタイム0秒で、飛ぶ斬撃を放つ。

 

 ただし、抜き身のまま撃つと威力は極小だ。

 ばかすか撃てば、先にMPが空になる。

 

 ──真価は、居合にある。

 納刀から抜き放つ瞬間に合わせれば、威力が跳ね上がる。

 

 鞘に収める。ほんの一瞬。

 その一瞬で、全身の力を一本の線に揃える。

 

 息を吸って、止める。

 

 飛炎(ひえん)──居合。

 

 抜き放つ動きと同時に、赤い焔が走った。

 逃げる賊の背へ追いつき、身体がふっと崩れる。

 

 間を置かず、もう一太刀。

 今度は逃げ道の先へ──光が先回りして、足が止まった。

 

 倒れる音が重なり、森へ向かう勢いが途切れる。

 

 残った賊が、止まる。

 足が地面に縫い付けられたみたいに、視線だけが泳いだ。

 

 逃げる気配が消えた瞬間──前に出るしかなくなる。

 護衛の2人が、その間合いを逃さなかった。

 

「今だ!」

 

 片方が低く叫び、もう片方が踏み込む。

 賊の隊列が崩れたところへ、鋭い刃が差し込まれる。

 

 俺は追わない。

 代わりに、“押し返すための穴”を作る。

 

 前に出ようとした賊へ、居合の飛炎を重ねる。

 踏み込む足が止まり、勢いが途切れる。

 

 護衛の剣が、その隙間を縫う。

 斬る。崩す。次へ。

 

 賊は数で押すつもりだった。

 だが、押す力を支える背骨が折れた。

 

 誰かが叫び、誰かが引く。

 引いた瞬間、もう戻れない。

 

 俺は冷えた息を吐き、間合いを詰めた。

 

 大神降ろしが走る。

 迷いはない。ためらいもない。

 

 切って捨てる。

 

 護衛の刃と、俺の刃が重なるたびに、賊の数が減る。

 最後の1人が振り向いて逃げようとした。

 

 俺は一歩だけ動き、道を塞ぐ。

 

 賊が止まる。

 引き返す。遅い。

 

 次の瞬間、賊の姿勢が崩れた。

 

 静かになった道に、俺の呼吸だけが残る。

 

 ……終わった。

 

 護衛が刃を下げ、荒い息を吐く。

 視線だけは俺から外さない。警戒は解いていないのに、剣先の角度が僅かに落ちた。

 

 その男が、短く息を整えてから言った。

 

「……助太刀、感謝する」

 

 侍女が膝を折りかけて、慌てて自分を支える。

 声は出ない。ただ、震える肩だけが、今の恐怖を物語っていた。

 

 その奥で、銀髪の少女が一歩前へ出る。

 黒地に金の刺繍が走るドレスが揺れ、胸元の赤い宝石が淡く光を返した。

 

 表情は崩れていない。

 けれど、さっきまでよりも瞳がこちらを強く捉えている。

 

 護衛の男が、彼女へ一瞬だけ視線を送り、低く呼びかけた。

 

「……お嬢様」

 

 少女は小さく頷いてから、俺に向き直る。

 

「助けてくださったこと、礼を申し上げます」

 

 声は澄んでいて、よく通る。

 礼を言うだけで場の空気が整う。そういう育ちの圧がある。

 

 少女は俺の手元──刀に一瞬だけ視線を落とし、すぐ戻す。

 

「そのお強さ……あなたは、いったい何者ですか」

 

 護衛の男が小さく咳払いをして、補足する。

 

「名を。所属を。……そして、目的を聞かせてもらいたい」

 

 当然だ。

 公爵令嬢の護衛が、正体不明の剣士を野放しにするはずがない。

 

 俺は刀から手を離し、両手を見える位置で止めた。

 脅すつもりはない、という意思表示だけははっきりさせる。

 

「赤雨だ」

 

 俺は一拍置いて、正直に続けた。

 

「所属はない。ここに来たばかりだ。……俺も状況が分からない」

 

 護衛の眉が動く。疑うのは当然。

 でも、嘘を重ねても後で詰む。

 

 ヘルミーナはすぐに結論を出さない。

 ただ、静かに問いを重ねてくる。

 

「ここに来たばかり……というのは、どういう意味なのですか」

 

 ここに来るまでの経緯を素直に言っても信じてもらえるか分からない

 俺は言葉を選ぶ。

 

「ダンジョンで罠に引っかかった、……転移の罠だ、気が付けばこの森だった。帰り方も分からない。……だから、街へ行きたい」

 

 護衛の1人が即座に口を挟む。

 

「ダンジョン? この近くにそんなものはない。……妙な嘘はよせ」

 

 言葉を選んだつもりだったが駄目だったようだ。

 

「信じるかどうかは任せる」

 

 短く言い切ると、空気が少し硬くなる。

 

「そもそも、貴様のスキルは何だ。あんなスキル──見たことがない」

 

 説明しても信じてもらえる気がしないし、細かく言えば言うほど怪しまれる。

 

 それでも、黙れば敵認定されてしまいそうだ。

 

「……回避の技だ。俺の身体を一瞬だけ“雷”みたいにして、距離を抜ける」

「雷だと……」

 

 護衛の男が、言葉を飲み込む。

 否定しかけて、できなかった。さっき見たものが、頭から消えないのだろう。

 

「……そんな術、聞いたことがない」

 

 声に警戒が混じる。

 理解できないからこそ、距離を測っている。

 

 それでも、剣先は俺に向けない。

 代わりに、護衛は短く息を吐いた。

 

「助けたことは事実だ。――感謝する」

 

 もう1人の護衛も頷く。

 

「礼を言う。この場を放っておけば、我々は押し切られていた」

 

 俺は両手を見える位置に置いたまま、短く返した。

 

「当然のことをしただけだ」

 

 護衛の眉がわずかに動く。

 警戒は残るが、敵意の角が取れた。

 

「……なら、尚更だ。素性だけは聞かせてくれ。護衛としての務めだ」

 

 その時、銀髪の少女が小さく手を上げた。

 

「やめてください」

 

 声は柔らかい。けど、逆らえない重さがある。

 護衛たちの緊張は残ったまま、それでも動きが止まった。

 

 少女は一歩だけ前へ出る。

 落ち着いた赤の瞳が、俺をまっすぐ見た。

 

「私は、この方を信じます。――命を救っていただけたのですから」

 

 言い切ってから、彼女は一度だけ息を整える。

 

「クライブ家のヘルミーナと申します」

 

 名乗り方が、上品で、迷いがない。

 家の名を口にすることが当然の人間の響きだった。




アマテラス「ふふ。賊を一掃した瞬間――胸の奥が、すうっと晴れたわい。
下卑た欲で刃を振るう者が消えるだけで、道の空気が澄むのじゃな。
よいぞ、赤雨。
悪漢を切り伏せるのは、実に痛快じゃ。……ふふ。胸が、少し高鳴ってしもうたわ」
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