神殺しのデミゴット   作:ののじん

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第6話 耳の多い街

 朝は、勝手に来る。

 

 薄い光が、窓の隙間から床へ伸びていた。

 宿の木造は夜の間に冷えていて、布団の中もまだ少しだけ冷たい。

 

 俺は目を開けたまま、天井の節を数えていた。

 眠ったはずなのに、深く沈めた感じがしない。

 

 廊下の向こうで、足音がひとつ。

 止まる。

 小さな金具の擦れる音。見張りが交代しただけだろう。

 

 ――護衛は、ちゃんと仕事をしている。

 

 それが分かっただけで、胸の奥のざらつきが少しだけ落ちた。

 

 俺は上体を起こして、部屋を見回す。

 狭い。壁が近い。だが、鍵がある。

 森の夜と違って、世界が勝手に襲ってくる気配が薄い。

 

 最初に目が行くのは、刀だ。

 

 寝台の横。鞘ごと立てかけた大神降ろしは、倒れていない。

 

 アイテムボックス。革袋。

 前金の硬貨が入っている。これがあるだけで、今後の行動の幅が変わる。

 だが、借りた金だ。使うなら、必要なものからだ。

 

 水差しに触れる。

 昨日よりぬるい。夜の間に常温へ戻ったらしい。

 口をつける。喉がようやく落ち着く。

 

 階下から、音が上がってきた。

 鍋を置く音。皿が擦れる音。誰かが笑う声。

 油の匂いが、ほんの少しだけ混じってくる。

 

 朝飯の準備だ。

 

 街は、昨日の続きを当たり前みたいに始めている。

 俺だけが、置いていかれそうになる。

 

 俺は息を吐いて、ベッドの縁に座り直した。

 身体が重いわけじゃない。

 ただ――頭のどこかが、まだ夜のままだ。

 

 布団から出て、服のしわを伸ばす。

 装備の留め具を一つずつ指でなぞる。緩みがないか、確認する。

 

 “護衛”。

 

 昨夜、ヘルミーナ様と契約した。

 つまり今日から、俺の動きは俺だけのものじゃない。

 

 守る対象がいる。

 それを考えると、背筋が自然に伸びた。

 

 廊下で、また足音。

 今度は止まらない。巡回だ。

 部屋の前を通り過ぎて、少し先で止まり、引き返す。

 

 ……徹底してる。

 

 俺は鍵の方へ目を向けた。

 壊されていない。覗かれてもいない。

 

 大丈夫だ。

 

 その“当たり前”が、昨日までの森では当たり前じゃなかった。

 だからこそ、今の静けさがありがたい。

 

 俺は刀へ手を伸ばし、鞘を腰に戻す。

 抜かない。ただ、いつでも抜ける位置に置く。

 

 そして、ドアの前に立つ。

 

 外へ出る前に、もう一度だけ息を整えた。

 今日、動く。情報を取りに行く。

 その前に、まず――顔を合わせる。

 

 ヘルミーナ様たちは、もう起きているだろうか。

 扉を開けると、廊下の空気が少しだけ冷たい。

 

 木の床が軋む音が、やけに大きく聞こえた。

 朝の宿は静かじゃない。けど、部屋の中より音が整理されている。人の気配が一定だ。

 

 角のところに、護衛の片方が立っていた。

 壁に寄りかからず、背筋を伸ばしている。視線は通路の先。俺の方へは、気配で分かっているのに、必要以上に見ない。

 

 俺が近づくと、男は短く頷いた。

 

「起きたか」

「起きた」

「朝食は下だ。……お嬢様はもう動ける」

 

 “動ける”。

 昨日の戦いの後に、その言葉が出てくるのが、この人たちの現実なんだろう。

 

 俺は頷いて、階段へ向かう。

 護衛も一歩遅れてついてくる。距離は詰めないが、逃がさない距離。

 

 階下に近づくほど匂いが濃くなった。

 焼いた肉と、香草と、パンの焦げる匂い。

 腹が、遅れて反応する。

 

 食堂は思ったより狭い。

 卓がいくつか並び、旅人が朝の顔をして座っている。

 俺たちが降りた瞬間、視線が数本刺さった。装備と、護衛の立ち姿と、女連れ。

 

 目立つ。

 意識した途端、肩が固くなる。

 

 だが護衛は何でもないように歩いて、奥の卓へ進んだ。

 壁際。出口が見える位置。背中を預けられる配置。慣れてる。

 

 そこに、ヘルミーナ様がいた。

 

 銀髪を簡単にまとめ、昨日のドレスではなく、落ち着いた旅装に変わっている。

 派手さはない。けれど布地の質が違う。安物じゃないのが一目で分かる。

 

 隣には侍女。

 顔色がまだ青い。手元の湯気の立つ椀に両手を添えているのに、指先が微かに震えていた。

 

 俺が近づくと、ヘルミーナ様は椅子から立たずに、視線だけを上げた。

 

「おはようございます。眠れましたか」

 

 口調は柔らかい。

 昨日みたいに張り詰めた“決裁”の声じゃない。けど、芯は同じだ。

 

「……それなりに」

 

 嘘ではない。

 眠りは浅かったが、目は開いた。起き上がれる。

 

 ヘルミーナ様は小さく頷く。

 

「十分です。今日は長くなります」

 

 侍女が俺を見て、慌てて頭を下げた。

 声は出ない。だが、礼だけは崩さない。必死に形を保っている。

 

 俺は軽く手を上げた。

 

「大丈夫。座ってていい」

 

 侍女の肩がほんの少しだけ落ちる。

 それでも視線は俺の腰――刀に行ってしまう。怖いのは当然だ。

 

 ヘルミーナ様が、俺の向かいの席を指で示した。

 

「ここに」

 

 俺は腰を下ろす。

 背中に壁があるだけで、呼吸が楽になる。森ではなかった感覚だ。

 

 護衛の2人も左右に座った。

 ひとりは入口側。もうひとりは窓側。互いに視線を散らして、周囲を読む。

 

 店主が近づいてきて、言った。

 

「朝は、パンと粥と、肉でいいかい」

 

 護衛が答えるより先に、ヘルミーナ様が短く頷いた。

 

「それでお願いします。水も」

 

 店主は俺の方を見て一瞬だけ迷い、護衛の顔を見て頷いた。

 金は払われる。責任もある。だから出す。そういう計算。

 

 料理が運ばれてくるまでの短い間。

 ヘルミーナ様は声を落とした。

 

「昨夜言った通り、今日は情報を取りに行きます」

 

 俺は頷く。

 

「どこから動く」

「まず、街の空気を拾う。その後、確度の高い窓口へ」

 

 護衛のひとりが、低く補足した。

 

「街は広い。だが耳は多い。……お嬢様の名は出すな」

 

 ヘルミーナ様はそれを否定しない。

 ただ、俺を見て言った。

 

「あなたにも頼みます。今日から私は、あなたの雇い主です。遠慮はいりません。必要なものがあれば言ってください」

 

 必要なもの。

 

 真っ先に浮かぶのは、地図と情報だ。どこが危なくて、どこが金になるのか。

 次に、回復できる手段――薬か、宿か、休める場所。

 装備のことは……後回しにした。今は手にある。だから、まずは動ける。

 

 装備のことは……後回しにした。今は手にある。だから、まずは動ける。

 

 俺は視線を上げて、ヘルミーナ様を見る。

 この人の前では、変に格好をつける意味がない。必要なことだけ言う。

 

「地図。それと、噂が集まる場所。あと、回復手段。薬屋があるなら、場所だけでも知りたい」

 

 ヘルミーナ様はすぐに頷いた。

 

「分かりました。地図はこの後すぐに買いましょう。薬屋は、護衛が把握しているはずです。噂については……朝は教会、昼以降は酒場が良いでしょう」

 

 護衛のひとりが、短く肯定するように頷く。

 

「薬屋なら、大通りに1軒。材料屋も兼ねてる。回復薬は高いが、効く」

 

 俺は胸の中で、少しだけ息を吐いた。

 “回復”がアイテム頼りだと分かった以上、薬屋の位置は命綱になる。

 

 ヘルミーナ様は声を落として続ける。

 

「ただし、今は私の名は出しません。教会でも、酒場でもです」

「分かった。必要なら、俺が前に出る」

 

 護衛が小さく頷いた。

 俺が前に出る、というより、俺に“出させる”形にして人目を散らす。そういう仕事のやり方だ。

 

 店主が料理を運んできて、卓に置いた。

 粥の湯気が立つ。パンは硬い。肉は塩が強い。

 腹がきゅっと鳴って、俺は一口目を急いだ。温かさが喉を落ちていく。

 

 食いながら、頭の中で今日の流れを組む。

 地図屋。教会。必要なら薬屋。

 それから、金鈴亭を外から見る。癖を掴む。客層、出入り、見張り。

 夕方の北の小広場――そこまで行けるかは、教会での手応え次第。

 

 護衛のひとりが、周囲へ視線を散らしたまま言う。

 

「……店の中に、こっちを見てる目がある。露骨じゃないが」

 

 俺は匙を止めずに、視線だけを動かした。

 入口近く。旅装の男。飲み物を手にしてるが、食べていない。

 もう1つ。窓側。帽子を深く被った女。顔が見えない。

 

 尾行か、ただの警戒か。

 どっちでも、今は“確定”しない。確定した瞬間に、動きが硬くなる。

 

 ヘルミーナ様が、湯気の向こうで淡々と言う。

 

「油断は禁物ですね」

「うん」

 

 短く返し、俺はパンをちぎった。

 食べ物の味がする。人の生活の味がする。

 だからこそ、ここでの戦いは森と違う。

 

 ヘルミーナ様は食器を置き、俺を見る。

 

「食べ終わりましたら、すぐに出ましょう。人が増える前に動きたいです」

「分かった」

 

 侍女はまだ硬い顔のままだが、さっきよりは呼吸が整っている。

 食べられた。それだけで、今日は少し前に進める。

 

 俺は最後の一口を飲み込み、革袋の位置を確かめた。

 見せない。出さない。必要な時だけ使う。

 

 椅子を引き、立ち上がる。

 護衛も同時に動く。音が揃う。訓練の癖だ。

 

 ヘルミーナ様が静かに言った。

 

「では、参りましょう」

 

 俺は頷き、刀の位置を確かめる。

 抜かない。けれど、抜ける。

 その状態のまま、宿の扉へ向かった。

 

 外の光が、扉の隙間から差し込んでいる。

 朝は勝手に進む。街も勝手に進む。

 だから俺も、止まらず進むだけだ。

 

 扉を開けると、ムソニアの朝の匂いが、もう一度ぶつかってきた。

 

 石畳の冷たさが足裏から上がってくる。

 人の声が、昨日より少しだけ多い。露店の呼び込み。荷車の軋み。パンを焼く匂い。

 この街は、何事もなかったように回っている。

 

 護衛が左右に散った。

 俺とヘルミーナ様を挟み、前と後ろに気配を置く。距離は詰めすぎないが、切らない。

 守る形としては綺麗だ。

 

 俺は視線を上げずに、気配だけを拾う。

 宿の前の通りに立っていた男が、こちらの動きに合わせて歩き出した。さっき食堂で見た旅装。

 窓側の帽子の女は――見えない。外にはいない。

 

 尾行。

 断定はしない。けど、存在は覚えておく。

 

 ヘルミーナ様が小声で言う。

 

「まず、地図屋です」

「分かりました」

 

 俺たちは大通りへ向かう。

 視線が刺さる。鎧の光沢。刀の鞘。護衛の立ち姿。

 目立つ要素は多い。だからこそ、動きは淡々と、一定にする。

 

 角を曲がった先に、紙とインクの匂いが混じった。

 小さな店。入口の上に雑な札。“地図”。

 

「ここです」

 

 護衛が言い、先に一歩入る。店内を見て、問題がないと判断してから、俺とヘルミーナ様が続いた。

 店主は椅子に座ったまま、目だけを動かしている。

 

「朝から、また旅人か。今日はよく来るね」

 

 よく来る。

 偶然かもしれないし、こっちが呼んでいるのかもしれない。

 

 俺が言う。

 

「街の地図。詳しいやつ」

 

 店主の目が俺の腰からヘルミーナ様へ移った。

 一瞬だけ止まり、すぐ何でもないふりをした。

 

 服の質。姿勢。護衛の配置。

 どれか1つじゃない。重なって、匂う。

 

「詳しいのは高いよ」

「構いません。必要です」

 

 ヘルミーナ様はですますのまま、言い切った。

 店主は肩をすくめて、棚の奥から巻物を引きずり出した。

 

 机の上で広げる。

 通り、路地、橋、広場。教会、騎士団詰所。

 質屋の印もある。

 

 俺はその印を見て、視線を止める。

 金鈴亭。位置は中心寄りから少し外れ。人の流れが混ざる場所だ。

 

 護衛が地図を覗き込み、低く言った。

 

「北の小広場は、この辺りだ」

 

 俺は少し眉を上げた。

 

「北の小広場って、どこだ」

 

 護衛は指で示す。市場の外れ。人が増える時間が決まっている場所。

 “受け渡し”が起きるなら、こういうところだ。

 

 店主が、聞こえたのか聞こえてないのか分からない顔で、口を挟む。

 

「北の小広場は、夕方が賑やかだ。荷が動く。人も動く」

「……詳しいな」

「商売だよ。知らないと死ぬ」

 

 笑い方が軽い。だが目は軽くない。

 

 ヘルミーナ様が硬貨を必要な分だけ置く。

 見せない。足さない。過不足なく。

 

「ありがとうございます」

「まいど。……裏道を使うなら、ここは避けな。今朝は妙に目が多い」

 

 俺は地図を巻き、鞄へ入れた。

 店主の忠告は、冗談じゃない可能性が高い。

 

 店を出る。

 朝の光が目に刺さる。

 

 ヘルミーナ様が俺を見上げた。

 

「次は教会です。噂の流れを、できるだけ穏やかに掴みたいです」

「分かりました」

 

 護衛が前に出て、通りを選ぶ。

 人通りが多すぎない道。けれど逃げ道がある道。

 こういうのは、俺より護衛の方が上手い。

 

 歩きながら、俺は背後の気配を確かめた。

 旅装の男は、まだ距離を保ってついてくる。

 尾行で確定していい。けど、ここで振り向いて睨んだら、相手の思う壺だ。

 

 俺は何もしない。

 足だけを、少しだけ早める。

 護衛の動きが変わる。さりげなく、こちらを囲む形が締まった。

 

 教会の尖塔が見えた。

 石造りの門。出入りする人々。祈り、相談、施し。

 善意の顔をして、噂が集まる場所。

 

 入口の前でヘルミーナ様が足を止める。

 

「ここからは、言葉が武器になります」

「……分かった」

 

 俺は刀に触れない。

 代わりに、視線を上げて、人の流れを読む。

 

 護衛が短く言った。

 

「入るぞ」

 

 俺たちは教会の冷たい空気へ踏み込んだ。

 

 蝋の匂い。石の冷え。静かな祈りの声。

 ここなら、血の匂いはしない。

 だからこそ、胸の奥のざらつきが、ほんの少しだけ浮く。

 

 受付に修道服の女性がいる。

 侍女が一歩前へ出かけたが、ヘルミーナ様が軽く手で止めた。

 

「私が話します」

 

 そして、丁寧に頭を下げる。

 

「ご相談したいことがございます。神官の方に、お時間をいただけますか」

 

 修道服の女性はヘルミーナ様の声を聞いて、視線を一瞬だけ止めた。

 店主と同じ反応。やっぱり隠し切れてはいない。

 

「……少々お待ちください」

 

 控えの椅子に通される。

 その間にも、人が出入りする。

 俺たちはその人波の端に座り、目立たない顔をする。

 

 護衛のひとりが、視線だけで後方を示した。

 入口の近く。例の旅装の男が、教会の中にまで入ってきた。

 祈るでもなく、施しを受けるでもなく、壁際でこちらを見ている。

 

 俺は息を吐いた。

 

「……ついてきてるな」

 

 護衛が頷く。

 

「確定だ。だが、ここで動けば“こちらが”悪目立ちする」

 

 ヘルミーナ様が、声を落として言った。

 

「今は、相手の目的を確かめる方が先です。こちらが慌てる必要はありません」

 

 俺は頷いた。

 その落ち着きは、強がりじゃない。判断の落ち着きだ。

 

 やがて、奥の扉が開く。

 中年の神官が姿を見せ、修道服の女性が案内した。

 

「こちらへ」

 

 俺たちは席を立つ。

 旅装の男の視線が、僅かに強くなる。

 ――来い。来るなら来い。ここで“尻尾”を掴む。

 

 小部屋に通され、扉が閉まる。

 外のざわめきが薄くなり、声が通る空間になった。

 

 神官は椅子に座り、俺たちを見た。

 

「ご相談とは、何でしょう」

 

 ヘルミーナ様が一度だけ息を整え、丁寧に言った。

 

「ある物を探しています。表沙汰にはできません。ですが、取り戻さなければならないのです」

 

 神官の目が、わずかに細くなる。

 

「……物ですか。それとも、事情ですか」

 

 護衛のひとりが、前に出た。

 声は低いが、言葉は丁寧だ。慣れている。

 

「“当主の意思を示す印”が奪われました。こちらは回収が目的です。騒ぎにするつもりはありません。流れを知りたい」

 

 神官は沈黙した。

 机の上で指が一度だけ動き、止まる。

 

「……金鈴亭(きんれいてい)、という名に心当たりはありますか」

 

 ヘルミーナ様の目が一瞬だけ動いたが、すぐ戻る。

 

「……あります。関わっている可能性が高いです」

 

 神官は小さく息を吐いた。

 

「なら、簡単ではありません。あそこは物だけではなく、人の弱みも扱います。正面から行けば、証拠は消えます」

 

 俺は頷いた。

 

「だから、正面からは行かない」

 

 ヘルミーナ様が、静かに続ける。

 

「こちらは、取り戻すことだけが目的です。騒ぎを大きくするつもりはありません」

 

 神官は少しだけ考えてから、低く言った。

 

「……夕刻、北の小広場で荷が動きます。金鈴亭に繋がる者も、そこに出ます」

 

 来た。

 地図屋の話と繋がった。偶然じゃない。線になる。

 

「ただし」

 

 神官は言葉を区切る。

 

「そこで捕まえようとすると、街が動きます。相手も動きます。あなた方が先に壊される」

 

 俺は息を吐いた。

 

「尾行だな」

 

 神官は頷いた。

 

「尾行です。できれば二重に。気づかれれば終わりです」

 

 ヘルミーナ様が、丁寧に頭を下げる。

 

「教えていただき、ありがとうございます。助かります」

 

 神官は首を横に振った。

 

「礼は要りません。……ただ、街で血を流すのは最終手段にしてください」

 

 俺は短く答えた。

 

「分かってる」

 

 小部屋を出る。

 教会の空気が戻り、ざわめきが戻る。

 

 入口の旅装の男は、まだいる。

 さっきより距離が近い。隠す気が薄い。

 

 護衛が、俺にだけ聞こえる声で言った。

 

「どうする」

 

 俺は答えた。

 

「……泳がせる。今日の夕方まで、尻尾の先を繋いでおく」

 

 ヘルミーナ様が、横で静かに言った。

 

「では、次は外から金鈴亭を確認しましょう。近づきすぎず、癖だけ掴みます」

「分かりました」

 

 俺たちは教会を出た。

 街の光が、さっきより眩しい。

 

 夕方までにやることが増えた。

 やることが増えるほど、頭の中の夜が薄くなる。

 

 それが少しだけ、救いだった。




アマテラス「くく……赤雨よ。尻尾が付いとるの。
あやつは獲物を追うつもりでおるが、立場は逆にもなり得る。追われておる時ほど、歩みを乱すでないぞ――乱れた足音は、喉元を晒す音じゃ」
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