霊長類最強のレスラー「吉田 さり」   作:板前さん

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死滅回遊編
異端の特級、凱旋


地平線まで続く荒野。吹き抜ける極寒の風が、凍てついた大地を叩いている。 そこには、本来この世に存在してはならない光景が広がっていた。

 

「……各班へ通達。目標を確認。術式による不可視の壁を展開中。繰り返す、物理攻撃は無効だ」

 

タクティカルベストに身を包んだ男たちが、最新鋭の通信機に囁く。彼らは某国が組織した非正規の呪詛傭兵団。目的は、羂索から横流しされた特級呪物を用い、この地に眠る稀少資源を呪術的に独占すること。 彼らの中心には、実験体として異形に変貌した、山のような巨躯を持つ特級呪霊が鎮座していた。

 

「……五条悟が日本にいる限り、我々が日の目を見ることはない。だが、この極北の地で『力』を完成させれば……」

 

リーダー格の男が不敵に笑った、その時だった。 遥か後方、暗闇の彼方から、大気を爆ぜさせる「音」が聞こえてきた。

 

ドォォォォォォォォォォォン!!

 

地響きではない。それは、何かが超音速で大地を蹴り、接近してくる「足音」だった。

 

「何だ……!? 伏撃か! 術式を展開しろ!」

 

傭兵たちが慌てて呪力を練り上げる。だが、それよりも早く。 一筋の「影」が、物理法則を無視した速度で傭兵団のど真ん中を突き抜けた。衝撃波(ソニックブーム)だけで、頑強な軍用車両が紙屑のようにひっくり返る。

 

「……あー、やっぱりここね。」

 

砂塵の中から現れたのは、軍服でも法衣でもなく、使い古された「日本高専」のロゴが入った紺色のジャージを着た女性――吉田さりだった。

 

「女……だと? 貴様、何者だ! ここは我々の結界内だぞ!」

 

「誰って……。出向中の特級術師、吉田さりよ。結界? そんな薄いビニールハウスみたいなもの、歩いてたら破けちゃったわよ」

 

吉田は面倒そうに肩を回す。彼女の周囲の空気は、彼女自身の呪力密度があまりに高すぎるため、光が屈折して陽炎のように揺らめいていた。

 

傭兵たちが一斉に銃火器と術式を放つ。呪力で強化された徹甲弾と、空間を削り取る術式の奔流。 だが、吉田さりは一歩も動かない。

 

パキィィィィィィィン!!

 

銃弾は彼女の肌に触れた瞬間にひしゃげて落ち、空間を断つはずの術式は、呪力の圧力一つで霧散した。

 

彼女には「術式」という排出口がない。溢れんばかりの呪力はすべて筋繊維の収縮と自己補完にのみ流し込まれる。 彼女が右拳を握り、軽く踏み込む。その瞬間、「内勁(ないけい)」が爆発した。

 

「重心をもらうわよ」

 

吉田が放ったのは、ただの正拳突き。しかし、それは数トンの呪力質量を一点に集中させてぶつける、物理的な「極ノ番」に等しい。 衝撃波は特級呪霊の巨体を貫通し、その後方の山々までを震動させ、一瞬で標的を肉片へと変えた。

 

「一本」

 

大地に巨大なクレーターを残し、彼女はスマートフォンを取り出した。画面には、数時間前に届いた一通のメッセージが表示されている。

 

渋谷事変から数日。五条悟が封印され、呪霊が跋扈する地獄と化した日本に、一人の女性が降り立った。 紺色のジャージ、肩には使い古されたスポーツバッグ。 特級術師、吉田さり。

 

彼女は呪術界における「バグ」そのものだ。 通常の術師が呪力を「術式」という排出口から放出するのに対し、彼女にはその出口がない。生成される膨大な呪力はすべて内部へと還流し、筋繊維の一本一本を直接強化し続ける

 

それは「天与呪縛の反転個体」。呪力を捨てて肉体を得た伏黒甚爾とは逆に、「肉体が呪力を生成する機能そのもの」として完成された進化の帰結である。

 

「……空気が重いわね。悟がいないだけで、こうも淀むかしら」

 

彼女がこれまで国内にいなかった理由――それは五条悟との密約にある。 五条が「呪い」に対する日本の蓋であるならば、吉田さりは諸外国の軍事的脅威に対する「日本の壁」だった。彼女はたった一人で、カザフスタンの極寒地や紛争地帯で、呪力を資源として狙う他国の呪詛師連合や軍隊を完封し続けてきたのだ。

 

彼女が最初に向かったのは、五条悟を追放し、虎杖悠仁の死刑執行を再宣告した「上層部」の会議場だった。

 

「誰だ、貴様は! ここをどこだと思って……」

 

「うるさいわね。レフェリーがいないからって、勝手に試合結果を書き換えないで」

 

吉田が一歩踏み出す。 術式は使わない。ただ、筋肉の収縮と呪力操作を完全に同期させる「内勁(ないけい)」により、踏み込みの衝撃を「波」として床に伝播させた。

 

次の瞬間、物理的な接触がないにもかかわらず、老人たちを守る防護結界がガラスのように粉砕された。

 

「……ひっ、あ、ああ……」

 

「悠仁たちの死刑は無期限停止。文句があるなら、私のクラッチ(抑え込み)を解いてから言いなさい。……できないでしょうけど」

 

彼女はその腕一本で、腐敗した権威を物理的にねじ伏せた。

 

 

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