2018年11月10日。
死滅回遊の戦端が開かれようとする中、東京郊外の隠れ家。 そこにいたのは、五条悟という精神的支柱を失い、さらに「自分の身体が宿儺に奪われた」という罪悪感に苛まれる虎杖悠仁と、姉の救出を焦る伏黒恵だった。
「さりさん、でも今は一刻を争う事態で……」 伏黒の焦燥混じりの言葉を、吉田は鋭い眼光で制した。
「あんたたちの心が折れそうなのは、魂を載せる『器』が脆いからよ。いい、呪術は魂の形だけど、それを支えるのは肉体という土台なの。土台がガタついてる奴に、誰を救えるっていうのよ」
吉田は虎杖の前に立つ。
「悠仁。あんた、自分が宿儺を抑え込んでると思ってない? 逆よ。あんたが『最強の器』でいられるのは、あんた自身の生存本能が宿儺を上回っている時だけ。……今日から三日間、私の『内燃合宿』に参加してもらうわ。死なない程度に殺してあげる」
特訓は、呪力を完全にオフにした状態での「重心の奪い合い」から始まった。 虎杖は驚愕した。身体能力には自信があったが、吉田に軽く肩を置かれただけで、まるで巨大な山に押し潰されるように膝が笑ったのだ。
「ぐあぁっ! 重い、重すぎるっ! さりさん、これ本当に呪力使ってないんすか!?」
「呪力は使ってないわ。でも、細胞一つ一つを『内燃』させて、重力を味方につけているだけよ」
吉田が見せたのは、呪力操作の極致――「内勁(ないけい)」。 彼女が掌で大岩に触れる。次の瞬間、術式による爆発でも切断でもなく、岩の「分子構造」そのものが彼女の放った振動エネルギーに耐えきれず、内側から粉々に崩壊した。
その様子を横で見守っていた日下部が、震える手で煙草を燻らす。
「……恐ろしいな。あの方は呪力を外に捨てない。すべて体内で循環させ、衝撃の伝達効率を100%にまで高めてやがる。乙骨、よく見ておけ。あの人のタックルは、数トンの呪力質量を一点に集中させる『物理的な極ノ番』だ。五条の蒼が『引き寄せる』なら、あの人の筋肉は『存在するだけで全てを押し潰す』ブラックホールだぞ」
過酷な訓練の夜、吉田は虎杖と二人で焚き火を囲んだ。
「……さりさん。俺、自分が怖くなる時があるんです。宿儺が中で笑ってる気がして」
「悠仁。あんたの器がデカいのは、宿儺を閉じ込めるためじゃない。あんた自身の人生を、誰よりも重く積み上げるためよ。あんたの足が地面を掴んでいる限り、宿儺だってあんたの意志からは逃げられないわ」
その言葉は、どんな慰めよりも虎杖の魂を強く繋ぎ止めた。
11月14日。
羂索の謀略により、各国軍がコロニーへ突入を開始する。
「あんたたちは中で『天使』を探しなさい。……この不純物どもは、私が全員場外へ放り投げてくるわ」
吉田さりは、上空を埋め尽くす攻撃ヘリと、地鳴りを上げて突入を試みる装甲部隊の前に立ちはだかっていた。
「警告は済ませたわ。……ここから先は、私のマットよ!」
ヘリのガトリング砲から放たれる30mm機関砲弾が、雨のように彼女に降り注ぐ。 本来、軍用車両を紙細工のように引き裂く弾丸が、彼女の紺色のジャージを掠め、肌に触れた瞬間に「キン、キン」と硬質な音を立てて弾け飛んだ。
彼女の筋肉は、脳からの電気信号を待たず、衝撃を感知した瞬間に「内燃」を爆発させて自己補完を行う。 彼女は一跳びで高度百メートルに達すると、攻撃ヘリのローターを素手で掴み取った。そのまま力任せに、しかし乗員が死なない程度の呪霊の残骸の上へと「着陸」させる。
「な、なんだあの女は!? ミサイルを……手で叩き落としただと!?」 無線の絶叫が響く。彼女は数千人の軍勢を一人で無力化するという、国家規模の「公務」を遂行していた。