霊長類最強のレスラー「吉田 さり」   作:板前さん

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分断、最強の痛恨

その頃、結界の外縁で軍隊を引きつけているさりを遠くから見つめる影があった。羂索である。

 

「……さすがだね、吉田さり。君が外で軍隊を『救って』いるおかげで、結界の中は不純物のない、純粋な呪術戦の場に保たれている。……君が有能であればあるほど、虎杖悠仁たちの周りから『最強の盾』が失われるというわけだ」

 

羂索は微笑む。 彼は知っていた。吉田さりが「肉体の最強」であり、物理的距離という制限から逃れられないことを。そして、彼女が「国防」という五条との約束を何よりも優先することを。

 

結界の外縁で、最後の装甲車を「内勁」による振動で沈黙させたその瞬間。 吉田さりの脊髄を、冷たい衝撃が走り抜けた。

 

「……っ!? 悠仁! 恵!!」

 

数キロ先、結界の深部で爆発した、宿儺の禍々しい呪力。 吉田はすぐさま地を蹴った。時速300キロを超える神速。アスファルトが捲れ上がり、衝撃波で街路樹がなぎ倒される。 だが、どれほど彼女が速くとも、「物理的な移動」は「契約」という瞬間の概念には届かない。

 

「間に合いなさい……間に合いなさいッ!!」

 

時速300キロ、400キロ。彼女の視界の中で、新宿の街並みが線となって流れる。 だが、彼女がどれほど物理法則を凌駕しようとも、「魂の契約」という呪術の概念は、彼女が現場に辿り着く一瞬前に発動した。

 

「契闊」

 

虎杖の肉体から這い出した宿儺が、伏黒の顎を掴み、呪いの指を押し込む。 受肉。魂の強制上書き。

 

吉田が現場に飛び込んだ時、そこには呆然と膝を突く虎杖と、冷酷な笑みを浮かべて「伏黒の顔」をした宿儺が立っていた。

 

「……あ、が……さり……さん……」

 

伏黒の口から漏れた、最期の意志。 吉田の右拳が、宿儺の顔面を捉えようと空気を引き裂く。 だが、伏黒の肉体を得た宿儺は、影の中へと悠然と沈み込みながら、その瞳で彼女を射抜いた。

 

「カカッ……。貴様の『肉体』の速度、確かに恐るべきものだ。だが、魂の譲渡という理を、筋肉で掴めると思ったか? 筋肉で因果に抗おうとは、滑稽の極みだな」

 

「宿儺……ッ!!」

 

吉田の拳が地面にめり込む。 新宿の街を震わせる轟音。直径五十メートルの大穴が空くが、そこには救うべき教え子の姿はもうない。

 

「……さりさん、俺、俺が……」 虎杖の嗚咽。

 

吉田は拳から血を流したまま、宿儺が消えた暗闇を見つめ続けた。 彼女が守りたかったのは、国だけではない。五条が愛し、自分が鍛えた、この少年たちの未来だった。

 

「……あんたの言う通りね、宿儺。私の『筋肉』じゃ、まだあんたの魂を掴めなかった」

 

彼女の声は、氷のように冷たく、そして激しく燃えていた。 彼女は立ち上がり、虎杖の肩に手を置く。その手は、震えていた。怒りか、あるいは自分への不甲斐なさか。

 

「でも、次は逃さないわ。一ヶ月よ。……一ヶ月で、あんたの魂そのものを『固定』して、二度と動けなくする筋肉を練り上げてやる」

 

霊長類最強の盾は、その最大の痛恨を胸に、呪いの王を分子レベルで粉砕するための「真の最強」へと至る修行を開始する。

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