最強の双璧――青い春
呪術高専東京校の二年生教室には、四つの席があった。
窓際で気怠げに空を眺める五条悟。
その隣で静かに本を捲る夏油傑。
教壇近くで不機嫌そうに煙草の匂いを隠す家入硝子。
そして、最後列でボロボロのハンドグリッパーを黙々と握り締める、吉田さり。
当時の高専において、さりの存在は「異質な停滞」だった。
五条と夏油が「最強」への階段を駆け上がる中、術式を持たない彼女だけが、物理的な限界という壁の前で足踏みを続けていた。
「さり、あんたまた拳を割ったの?」
放課後の医務室。硝子が溜息をつき、さりの無骨な拳を反転術式で包み込む。
「あんたのそれは加減じゃなくて自傷だよ。悟や傑みたいに、パッと術式で片付けられれば楽なのにね」
硝子の言葉は、さりの胸に冷たく刺さった。二人が空を飛び、概念を操る傍らで、自分は泥に塗れて拳を突き出すことしかできない。
「さりの格闘センスは芸術的だよ。でもね、術師の戦いは結局、出力と術式の相性で決まるんだ」
夏油は憐れむような瞳で境界線を引いた。
「傑の言う通り。君がどれだけ速く動いても、僕の『不可侵』を越えることは一生ない」
五条の言葉は残酷なまでに正しかった。その日、さりは初めて、握り締めた拳が震えるのを感じた。
運命が動いたのは、その年の夏。特級術師・九十九由基が高専を訪れた。
グラウンドで、脱水症状寸前まで自分を追い込み、スクワットを続けていたさりの前に彼女は現れた。
「君、いい筋肉だね。でも、出口が見つからなくて魂が窮屈そうだ」
九十九は、さりの身体を透かすように見つめ、その本質を言い当てた。
「君には術式なんて必要ない。君の呪力循環は、外へ放つためではなく、内側を焼き尽くすためにある。『内燃』させなさい」
放つのではなく、留める。混ぜるのではなく、練る。
その瞬間、さりの中で燻っていた呪力が、初めて「正しい発火点」を見つけた。
秋。五条と夏油が不在の折、さりは山奥の廃村で「未登録の特級呪霊」と遭遇した。
呪霊が放つのは「空間の腐食」。その波動が触れた大気は黒く変色し、樹木や岩石は数千年の時を飛び越えたかのように風化し、砂となって崩れ落ちる。
「……逃げろ、吉田! あれは我々が相手をしていい代物じゃない!」
同行の一級術師が絶叫する。退路は断たれ、腐食の霧が四方から迫る。
「……私は、止まらない」
さりが地を蹴った。
――ドォォォォォン!!!
大地が爆ぜたのではない。さりの脚力が、腐食しかけていた地面の分子構造を強引に踏み固め、生じた反動エネルギーで空間の空気を爆発させたのだ。
「ギ、ガ……!?」
呪霊が困惑する。腐食の黒霧の中を、一人の少女が無傷で突き抜けてきたからだ。
さりの全身から立ち昇る陽炎。体内で爆発し、循環し続ける呪力の奔流。「内燃」による超高密度の呪力共振が、腐食という「法則」を、ただの「密度不足」として物理的に弾き飛ばしていた。
「内勁(ないけい)」
さりの掌が、呪霊の胸元に吸い付くように触れた。
――瞬間、衝撃が「線」となって貫通した。
外傷はない。しかし、内側から分子結合を直接破壊された呪霊は、悲鳴を上げる間もなく、一秒の猶予もなく塵へと還った。背後の森は、彼女の放った余波だけで数百メートルに渡って円形に消失していた。