「頭を垂れてつくばえ。平伏せよ」
重力が大きくなったように足が折れる。
(どうしてこうなったーーー?!?!)
少しばかり時を戻そう。
帝国軍人となった私、ターニャ・フォン・デグレチャフは前線で剣林弾雨の日々を過ごしていたのだ。戦争は忌むべき禁忌だが、後方での悠々とした暮らしを送るためには必要な過程である。クソッタレな存在Xを見返す為にも戦功は必須。
そして先程だ。目を覚ますと街灯のような灯りがあるではないか。さらには帝国では見ない木造建築。またしても存在Xの暴虐かと込み上げる怒りに歯を食いしばっていた。
すると何も無い所から黒い和服の女が降りてきたのだ。管制でもいないものかとすっかり染み付いてしまった思考が過ぎる。
そして先程のつくばえ、である。
「鬼舞辻様でしたか。申し訳ありません。お姿も気配も以前とは異なっていましたので……」
「誰が喋って良いと言った?貴様共の下らぬ意志で物を言うな。私に聞かれたことのみを答えよ」
まず問いたい。あなたは私にとっての誰ですか?と。つくばえなどと命令するのは今時聞くことはない。命令なのだから必然、上の身分の者であろうが、そんなことをしようものなら今日何らかのハラスメント行為であると判断されるのは必定。更には大したリターンもない。はっきり言って無駄なリスクのみを孕んだ愚かである。
とまぁ、色々と言いたいことは山積みだが、一旦横に置こう。私に命令してきたという事実から女を私の上司であると断定。それも低姿勢を義務付けた点と周囲の建築から察するに歴史、もっと言えば武家の流れを色濃く継いだ某だろう。
何より不味いのは口調から不機嫌がはち切れんばかりに溢れているのだ。
「累が殺された。下弦の伍だ。私が問いたいのは一つ。何故下弦の鬼はそれほど迄に弱いのか。」
ここにいるのは無惨と呼ばれた女を除いて五人。下弦など月の名称でしか聞いたことが無いが、幹部制の組織なのだろう。そうなると私にも数名程度の秘書なり部下がいてもおかしな話では無い。
「十二鬼月に数えられたからと言ってそこで終わりではない。そこから始まりだ。」
上昇志向の高さは評価して貰えるというわけだ。何も分からない中に落ちてきた貴重な情報である。大切にしなければなるまい。毛布でも持ってきてくるんでやりたい。
「より人を喰らい強くなる。私の役に立つための始まり。」
またこの世界でも人殺しなのか?やはり今回もクソッタレの存在Xのせいと見て間違い無いと思える。
超常を操作するのは神か悪魔かくらいであろうが、こんな善人に立て続けに殺人を要求するなど神であろうはずがない。したがって存在Xは悪魔である。証明完了QED
至極簡単な背理法である。
さて、重要な評価基準のお話を聞くことができた。私の役に立てば評価が頂けると。だが問題がある。目標はなんだ?組織というのは目標や目的がなければ烏合の衆と変わらない。まずはそこを共有して頂けると非常にありがたい限りだ。会社というのは利益追求の団体である。給料を頂けるならばその範囲で社長の役に立つのは社員の義務と言っても良いくらいだ。
社員のための会社とも言うが、それは過程の話である。内を固めることによる将来的な会社としての発展を目指した投資。それが社員を大切にすることの主な理由である。
「ここ百年上弦の顔ぶれは変わっていない。鬼殺隊の柱を倒してきたのは常に上弦だ。それでどうだ?下弦は何度入れ替わった?」
つまり今ここにいる連中は成果を上げていないということだろう。要は職務怠慢ということだ。それもサラッと言ったが百年である。こんな奴らをそこまで放置しておくのは人事部の怠慢と言っても許されよう。人事異動の必要性を強く訴えるべきである。
ん?待て。今、私はその給料泥棒の一人になっているのか?だとすれば非常に不味い。労基が無さそうなのは雰囲気から察することができる。つまり今すぐにでも有用性を主張しなければ懲戒免職の憂き目はすぐそこに迫っている。そして組織にとって不要なのは悲しくも私の知らない百年で証明済みである。
私なら迷わず解雇する。生前人事として何人にも実質的にクビを言い渡したのだ。フラッシュバックするのはビルの一室で解雇候補に向けて話す懐かしの自分の姿である。
「そんなことを俺たちに、なんだ?言ってみろ……………まずい?何がだ?言ってみろ」
申し訳ないのだが一人の世界に入り込むのはやめていただけるとありがたい。一応答えは出ているので答弁を振られてもプレゼンすることはできる。
………自らの不要性について懇々と話すことができるだろう。一思いにクビにしてくれと言いたくなるほど惨めである。
「お許しください!鬼舞辻様!」
許すも何も恨むのは過去の己たちであろう。だが、謎の生き物に下半身を喰われている現状を見れば気の動転は慮って然るべきかもしれない。
無事、一名解雇。問題はクビではなく首を切られたことだ。会社ではなく、人生からの永久追放である。
「私よりも鬼狩りの方が怖いか?」
「いいえ!!」
悲痛に叫ぶのは左後ろの者である。
「貴様はいつも鬼狩りの柱と出会った時、逃亡しようとしている」
これは弁明の余地も無い。敵前逃亡が銃殺刑なのはどの国でも変わらない。これ以上は聞く価値も無い。
背後で起きた一陣の風。見れば先程までいた男がいないではないか。
ミーティングの途中で断りもなく抜け出すとは新人教育も碌にできていない。というかそんなこと教えられるまでも無いと思うのだが。
採用担当を問いただしたいところだ。
「もはや十二鬼月は上弦のみで良いと思っていた。下弦の鬼は解体する」
首を持って鬼舞辻と呼ばれた女が言った。
人事部の壊滅具合とは裏腹に社長は正常なようだ。
この一件を通して社長が人事部に口を出すのは確実と言えよう。タダメシ喰らいの五人の犠牲で業務改善できるなら儲けものかもしれない。
問題はその五人に私が含まれていることである。だが状況は限りなく詰みである。情報を整理してあふれるのは自らが不要であることの証明のみ。
「最後に何か言い残すことは?」
「何もありません」
そう口を突いて出たのだ。