私の眼前には存在Xという死をも弄ぶクソッタレによってその尊厳すらを愚弄されている哀れな被害者がいる。ならば私は死者を偲ぶという一般的な感性に基づいて、人の尊厳を踏みにじる存在Xに鉄槌を下さなければなるまい。それが私にできる精一杯の思いやりというものだ。
殺した者が言うなと思われるかもしれないが、それは違う。
戦争にだってルールがある。帝国ではヴォルムス陸戦条約によって敵国の捕虜には捕虜としての身分を保証しなければならなかったし、幼女として転生する前の世界では核兵器や生物兵器、毒ガス兵器を始めとした兵器はそれが孕む残虐性を鑑みて全ての国が合意していたわけではないが国際的に使用と製造、貯蔵が禁止もしくは制限されていた。
それを思えば私が奴を殺した方法は銃殺だ。外国では軍人を罰する方法に導入されている由緒正しい慈悲深き死への導きである。そういった戦死者への敬意すらもあのクソッタレは踏みにじる。
戦争という非生産的で愚かな行為であってもそれは国と国とのやり取り、言ってしまえば外交の一部である。その中で暗黙の了解とも言えるのが戦争とは職業軍人が行うものであり、その敵に対しては一定の敬意を送るというモノだろう。
だからこそ戦争の条約では『民間人』と『軍人』との明確な線引きが行われるし、捕虜への虐待は認められない。もちろん法の再解釈によって基準が前後することもあるが、根本にあるのはそういった精神である。
そんな精神を奴が理解できないのは当然とも言えよう。
そしてそんな奴と対面している私もまた、この時を待っていたのだ!その機会があればといつでもライフルを肌身離さず持ち歩き、整備していたのだから!
「ハハハハハハ!!!この時をどれほど待ちわびたことか!!!存在X!!!今日こそ貴様をヴァルハラに送ってやる!!!」
「ハァ?テメェ、何言ってんだ?」
牙を抜かれた獣のようにシュンとなったがそんな演技で騙せるほど私は愚かではない。
「ここまできてとぼけるのか?随分と舐められたものだ!私をあのような世界に転生させ、それだけに飽き足らずこのような状況に私を置くとは!そうでもしなければ信仰されない、マッチポンプがお得意の貴様らしいな!!!」
「何言ってんのか分かんねぇけどよォ!!とりあえずオレはテメェをぶっ殺す!!行くぞオラァ!!!」
そう振りかぶる様は日本のいわゆる剣術とはとても呼べないものだ。悪ガキにしては得物が物騒だが、よく言えば型に嵌っていない、悪く言えばめちゃくちゃな刀捌きである。
迫る鋼鉄を払い、突き出したシャベルの先が相手の腕の肉を断つ。血が舞い、それが滴る。
それを何度か繰り返した後、私は振り下ろされた刀を血鬼術で創り出したシャベルで受け止める。ガンっと鈍い音が響き、受け止めたシャベルの柄に刀が食い込んだ。
血鬼術とは己の血肉でもって行使する技術である。そのため生み出すものは自身と同等の硬度を誇る。戦いの中でまともな傷を受けたことのなかった自分の体に傷がついたことへの衝撃もあるが、今はそこではない。
(なんて馬鹿力だ!!刀を持つな!刃毀れするぞ!物は適切に使うべきだろうが!!!)
日本刀特有の切り方ではなく、力でもってへし切るような扱い方にはなんで刀を持っているんだと言いたくなる。あの戦い方ならば棍棒でも持っていた方が脅威足り得るのではないだろうか。
だが、鬼特有の頸を落とさない限り再生するという特性を考えれば、その手法を取らないのも理解はできる。
人だろうが物だろうが適材適所が肝要であると私は確信する。
人事部で成績が優秀だからと営業部で優秀かどうかは分からない。それは求められる技術やスキルが異なっているからだ。
それと同じで力任せに振るう棍棒という極めて原始的な武器と、流派があるにしろ一定の”作法”と言うものがある刀が全く同じ扱いでいいはずがない。そんなことは剣術経験のない私ですら確信できる。
それに対して相手はどうか。
多少の心得はあるだろうにあのザマだ。奴は『柱』と呼ばれるような存在ではなかろう。これでは私のキャリア形成の糧にはなってくれない。私には無駄にできるような時間はない。私にはこの命との契約更新が迫っているのだ。料金の払い忘れのツケは自分の命で支払う必要がある。
そんなこと、断じて、断じて許容できない。
私とて生き延びなければならないのだ。
私は自由を愛し、自由を求める良識的な一般人である。私が生物であり、その意思が自由な限り、私が自ら死を望むことは有り得ない。
つまり、ここでダラダラとこの存在Xの哀れな被害者の相手をするのは婉曲な自殺に他ならない。
だからこそ、軍人としての最大限の敬意を表し、ここで速やかに眠っていただこう。
「軍人として、その死を冒涜された貴君に哀悼の意を示そう」
「あ?」
私のシャベルを断ち切れなかった相手はその柄をもう片方の手で掴み、こちらの防御を崩そうと腐心している。
鍔迫り合いをいなし、軸の逸れた相手の横っ腹に蹴りを入れる。離さなかった私のシャベルはくれてやろう。
距離の離れた相手に使うのはもちろん銃だ。それも短機関銃ではなく、一発の威力に重きを置いた私が帝国で最初に使っていたようなタイプの銃である。
狙いをすまし、放___
「は?」
私は自分の目を疑った。
奴は喰っている。
他の誰でもない、私のシャベルにその牙のようになった犬歯を突き立てている。
断ち切ったはずの腕の肉は何事もなかったかのように再生している。だが、そこに傷が走っていたことを裂けている奴の隊服が親切に教えてくれていた。
嫌悪する。私はその異形の存在を嫌悪する。それは生理的な嫌悪感だ。人が鬼を喰らう光景に私は吐き気すら覚える。
手にした銃で弾丸を撃ち込む。
撃ち込まれた反動で体が動く。だが、死んでいるようには見えない。
「般若波羅蜜多………」
「この…狂信者が!」
私は短機関銃に持ち変え、撃つ、撃つ、撃つ。
血飛沫が上がり、どうと倒れたのを確認して、私は詰まった息を吐き出した。
「まだ……だ……。」
「まだオレァ、死んでねェ………」
地面に血だまりを作り、口から血を吐き出しながら、奴はなおも立ち上がる。
黒く染まった白目に黄金の瞳を輝かせ、男は私を凝視する。
「オレァ、テメェをぶっ殺して、アニキに認められるまで…死ねねぇんだよぉ!!!」
もう一、二話で終わると思います!