魔法少女の恩師の死体を乗っ取ったクソ外道にTS転生しちゃった 作:エターナルフォースブリザード
「……なに、これ」
日記を見た感想としては困惑と疑念が半々だった。
魔法少女、魔獣、メルティ・ルナ、死体、転移魔術。
どれも、現代日本を普通に生きていた僕にとっては聞き馴染みのない言葉ばかり。
――強いて、分かることがあるとすれば。
「……死体を、乗っ取る?」
――あぁ、死体を乗っ取るだなんてできると思わなかった!
こんな実験、政府の犬どものもとでは絶対にできなかった。なんて、素晴らしいんだっ!
これが本当だったら。
僕の身体は、この日記でルナと呼ばれている人の……。
ありえない。
そう、一蹴することはできた。
でも。
ずっと、気になっていることがあった。
お風呂に入ってるとき、何なんだろうって思って、でも触手さんに聞いたら、頭を撫でるだけで何も教えてくれなかったこと。
「この、傷」
ちょうど、胸の左側。
おそらく心臓の当たりにある縫い目。
怖くて触ったことはない、でも、もしかすると。
僕は、そこに手を当てる。
――音は、しなかった。
「……うそ」
身体が震える、息が苦しい。
なのに、胸の辺りは恐ろしいほどに落ち着いている。
まるで、ぽっかり穴でも開いてしまっているかのように。
心臓がない。
僕は初めて、そんな事実に気づいてしまった。
「なんで、おかしい。
だって僕は、生きてるじゃないか」
怖い。こんなの、人間じゃない。
これじゃあ、まるで。
化け物だ。
――気持ち悪い。
……違う。
僕は、そんなん、じゃ。
「触手、さん?」
「マスター、ナカナイデ」
いつのまにか、日が暮れていた。
その間。ずっと、音の鳴らない左胸を触っていた。
触手が僕の顔に伸びる。
握られたハンカチが、僕の瞼をゆっくりとさすった。
そのとき、透明な液体が一粒。
僕の前に落ちた。
――涙は、出る。
身体は、変になっちゃったかもだけど。
人としての、心を失ったわけではない。
悲しくなったら泣くし、嬉しかったら笑う、嫌なことがあったら怒るし、ご飯が美味しかったら喜ぶ。
……大丈夫。
化け物なんかじゃない、僕は人間だ。
「ありがとう、触手さん」
日記の内容をまとめよう。
僕が何者なのか。そして、これを書いた人がどんな人なのかは、それで分かるはずだ。
もう一度、例の日記帳を開く。
僕が死ぬ前。
覚えている最後の日から考えた、今日の日付。
僕は頭を整理するため、今ある情報を書き込んで行った。
9月10日
まず、大前提としてこの身体はメルティ・ルナという少女のものである。
彼女は魔法少女らしい。
そう、日曜の朝にやってるやつだ。
……なわけない、と言いたいところだがそれはいい。
ここは大して重要じゃない。
重要なのは、ルナの身体は死体であること。
そしてこの日記の執筆者によって"乗っ取り"が行われたことだ。
執筆者は、ルナたちと敵対関係にあったらしい。
"魔獣"、なんて言葉も何度か出ていた。
どちらかというと、"魔法少女"と"魔獣"の敵対関係というのがしっくりくる。
日記の最初には戦闘があった。
これは、魔法少女側が仕掛けたものらしい。
それも複数人で行う大規模なものだったようだ。
勝利したのは、魔獣側。
ルナは心臓を貫かれて殺され、執筆者は魔獣と共に逃亡した。
さすがに足で逃げたわけではないだろう。何か、車とか、バスみたいな乗り物で……。
――そういえば、変な丸い機械が庭にあった。
あとで、中を確かめてみてもいいかもしれない。
問題はこれからだ。
魔法少女に勝利した、執筆者。
だか、ここで予想外なことが起きる。
殺したはずのルナが動き出し、再度戦闘となったことだ。
その戦闘の末に、魔獣は全滅し、執筆者も致命傷を負う。
そして、死の間際。
執筆者は最後の足掻きとして。
――ルナの死体を乗っ取った。
おそらく、日記の様子から見て、意図していたものではないのだろう。
でも、成功してしまった。
そして、"ルナ"となった執筆者は、アジト(おそらくこの場所のこと)に戻り、つい数日前まではここで暮らしていたようだ。
おそらく、日記の最後の日である9月1日まで。
そして、何故か。
「……今は。
僕が、この身体に入ってるってことか」
僕は日記を閉じて、目を瞑る。
久しぶりに文字を書いて、少し疲れてしまった。
「んっ、触手さん、ありがとね」
触手さんに日記を渡すと、近くの棚にしまってくれた。
「……そういえば、この日記の人。
触手さんのことキモイって言ってたな」
日記に何度か出てきた触手型という言葉。アレは多分触手さんのことなんだろう。
……触手さんはキモくなんかありません。
ちょっと見た目がグロテスクでR指定ついちゃってるくらいで、中身は意外と乙女なのだ。
「よしよし、触手さんは可愛いね。
大丈夫? この日記の人にセクハラとかされてない?」
「シタ、ガワ」
そっか。ならいっか。
日記の人、すごく悪い人っぽいし。
……正直、日記の内容は深く考えたくない。
死体とか、殺すとか、物騒なことは考えるだけで気が滅入る。
こんなとき、だからこそだ。
明るく生きないと、心がおかしくなってしまう。
「ま、心臓はないけどねっ!」
僕は改めて日記の内容を思い起こす。
そうだ。何も、怖いことだけ書かれていたわけじゃないじゃないか。
僕は魔法少女なのだ。
可愛くて強い正義のヒーローである。
ならば、相応の態度で生きなければならない。
「――ふふっ、僕は魔法少女メルティ・ルナ。
邪悪を断罪するため、冥土の国から舞い戻った救世主なのだ!」
こんな感じで。
前世ではほどほどに二次元を嗜んでいた僕にとって、魔法というのはロマンとワクワクの塊だ。
「メルティ、ルナ」
そのとき、触手さんが僕の声を聞いて、呟いた。
「……触手さん、知ってるの?」
「ウウン、シラナイヨ」
いや絶対知ってるでしょその態度。
触手さんの嘘はわかりやすい。
何本かに別れた触手の三つ目。そこが喋るときは大抵いい加減なことを言っているのだ。
「こらこら、話さないと。アルハラしちゃうぞ。
お酒ならいっぱい倉庫にあったもんねー」
「マスター、サケ、ヨワイ」
「飲んだことありません! 僕まだ未成年だもんっ」
散々そんな軽口を叩きあったあと。
眠気に誘われた僕は寝室まで歩くことにした。
道中、触手さんと話す。
「あ、そうだ。庭にあったデカくて丸いやつ。
明日はアレを探索しようよ、触手さん」
そう、あのドラ⚪︎ンボールに出てきそうなやつ。
日記にも書いてあったけど、アレには何か秘密がありそうだ。
僕の言葉に触手さんが頷く。
ベッドに潜り込むと、中はもう暖かい。触手さんが温めてくれていたみたいだ。
「一緒に寝ようね、触手さん」
「ウン」
……ベッドの中、考える。
これからどうしようか。
このままずっとここで暮らすのは無理だ。
ご飯がどんどん減ってきてる。
最近は節約のためにお昼しか食べないことも多い。
――買い出し。
確か、日記にそう書いてあった。つまり、ここから別の場所に行く手段がどこかにあるはずだ。
……おそらく、日本に行く手段が。
日本に行って、触手さんと一緒に暮らすんだ。
今度は、酷い人たちと会わないでいい、平和なとこで。
目を閉じる。
疲れのせいか、眠りに落ちるのは早かった。
「よしっ! それじゃあ行ってみよう」
次の日、僕は草木が生い茂る緑の庭に立っていた。
そこに全く似つかない、白く光る丸い機械。
……僕の推測では、これが異空間ポッドってやつだ。
僕は近くにかけてあったハシゴへ向かって手を伸ばす。
そうして、中へ足を踏み入れ――
「うぅ、おんぶして。触手さん」
全然届かない。てか、デカすぎ。
ほんとに人が乗るやつなのこれ?
「ヒンジャク、ウンドウ、ブソク」
「……そういう問題じゃないと思います先生」
それを聞いた触手さんは楽しそうに、捕捉した僕の身体をゆらゆらと持ち上げだす。
浮いた身体が振り子のように宙を舞う。
「あ、足持つのはやめてっ。
すんごい格好なっちゃってるからぁ」
逆さづりはよろしくない。
白衣というのは、重力に弱いから、逆さまになると、垂れる。
つまり、丸出しだ。
下はもちろん、なんなら上まで。
ちなみにパンツは探したけどなかった。
なんでだよ。
今の僕の格好は、ずっと洗濯して着ている白衣と、触手さんがくれた魔女っ子帽子だけだ。
これじゃあ、新手の変態だよ。
重力に耐えきれず、帽子が地面に落ちる。
気に入ってたんだけど……。仕方ない、置いてくか。
そんなことを考えていると、いつのまにか足が地面についている。
絡まった白衣を顔から退け、目に入ったのは白い空間。
「おー、すごい」
大量の機械がワチャワチャと動いており、真っ白な壁は叩いてもびくともしない。
飛行機のコックピットが近い気がする。
こんなとこに来るのは生まれて初めてだ。
「テンイ、ギジュツ、ルルパネラ」
そのとき、言葉が聞こえた。
見ると、触手さんが機械のレバーやらスイッチやらをペタペタ弄っている。
「だ、大丈夫? 触手さん。
爆発したりしないよね?」
「マスター、コッチ、キテ」
触手さんの指した場所は、一際大きな機械に囲まれた、広い空間だった。
そこの床は真っ白な空間に似合わない漆黒で染められている。
近づいてみると、床に何かが貼られていることに気づいた。
「……あれ、この文字って」
貼られていたのは一枚の紙。
――書かれている文字はあの日記の文字と同じだ。
注意点
記憶操作系の魔法対策で書いておく。
そこに引かれた円に座って「ルルパネラ」だ。
身体がはみ出てると"残る"。注意しろ。
帰るときはアッチで最初にいた場所に戻ってもう一度「ルルパネラ」だ。
水の中、土の中には転移しない。多分な。
「……これって、日記の」
「マスター、ジュンビ、デキタ」
「ごめん、ちょっと待ってね触手さん」
僕は注意書を何度も見返す。
そして、脳内の情報と照らし合わせていった。
――ルルパネラ。
あの日記では転移技術と呼ばれていた。
転移。
それはつまり、ワープ装置だったり、どこで⚪︎ドアだったりするわけだ。
もちろん、僕の常識ではそんなものは22世紀にしか存在しない。
でも、魔法なんてものがある世界なら、
「も、もしかして、帰れるの? 僕、日本に」
存在、するのかもしれない。
僕はいつのまにか、円の上に立っていた。チョークのようなもので床に引かれていたのだ。
だいたい直径50センチくらい。狭い。
このちっこい身体じゃなかったらはみ出ていただろう。
触手さんも一緒だ。だけど、大きな身体のせいで、円の中にはほとんど入りきれてない。
大丈夫か聞いてみたけど、うんうんと頷くだけで、少し心配だ。
そのとき、触手さんから合図が来る。
ぺたっと頭の上に乗った吸盤の感触。
同時、喉を震わせ、声を絞り出す。
「ルルパネラ」
――瞬間。
視界が、歪んだ。