魔法少女の恩師の死体を乗っ取ったクソ外道にTS転生しちゃった 作:エターナルフォースブリザード
これが、魔法少女?
僕は叩きつけられた身体を無理やり、起こす。
周囲に舞った砂ぼこりが肺に入って、ゲホゲホとむせ返りながら、前を向く。
目の前で、触手さんが戦っていた。
身体を何倍にも膨れ上がらせて、少女の打撃から、身を守っている。
「……確かに、斬ったのに。
なんで死なないの?」
少女は困惑したように声を上げつつも、地を蹴る。
宙に浮いた身体。
手に握られているのは、月の光に照らされた、純白の大剣。
それには、実体がなかった。
光の粒子が現れては消え、触手が斬られるその一瞬にだけ、刃と化し、青い血を撒き散らす。
――魔法。
僕は初めて、そんなものを見た。
「止めないと、触手さんと、あの子を」
そのとき、前から声が聞こえた。
「お、おい、あのガキどうする」
「……一応、縛り上げとくか。何かされても困る」
さっきまで触手に怯えてた大人たちがこっちに向かってくる。
手には刃のついた農具のようなものを持ってて、何人も、歩いてくる。
「あぁ、もう、なんで」
どうしてこうなるんだ。
見るなよ、そんな目で僕を。
「邪魔、しないで」
今度は僕が触手さんを、助けないといけないのに。
大人たちは立ち上がった僕を見て、警戒してるのか近づいてこない。
僕は足を踏み出そうと、壁から手を離した。
……そのとき。
声がした。
――そうだ。戦うんだ。
「……? 誰?」
近くには、誰もいない。
けれど、確かに聞こえる。
誰かが喋ってる。僕の、頭の中で。
――魔力だ、魔力を使うんだ。キミは、こんなところでやられるわけにはいかないだろう。
脳に響くのは、一つの声。
男か女かも分からない、機械的で、単調な声。
「魔力って、何の話、なの」
――身体の奥に感じるだろう。
有り余る力を、魔力を。
「……身体の、奥?」
――助けるんだ、アイツを。
決めたんだろう、キミが。
「助け、る」
何が何だか、分からない。
だけど、触手さんを助けられるなら、なんでもいい。
――そう、それでいい。
私の意志を受け継ぐのはキミしかいない。
「お、おい。
なにを一人でぶつぶつ――」
「……気をつけろよ、何かしてくるかもしれない」
そのとき、僕は理解した。
――さあ、悪辣なる人間どもに、教えてやろう。
この身体の神秘を、魔力の真髄を。
規格外の力を、魔法という存在を。
――我々の恨みを、我々の怒りを。
魔獣と人間の因縁を今、ここ……
「ごめんっ! 今忙しいからまた後でねっ!」
――は?
――お、おい、馬鹿、話を……待て、無視するな……!
「あー、うるさいなっ! 一旦黙って!
集中できないでしょ!」
だけど、今はそんなことどうでもいい。
僕がやることは一つ、触手さんを助けることだ。
――ま、待っ……
なんかごちゃごちゃ言ってるけど無視だ。
僕は脳に響く声を無理やり黙らせ、目の前の大人たちに視線を合わせる。
身体が大きな、若い男の人が多い。
敵意に満ちた鋭い眼差しが、僕を睨みつける。
こんな小さな僕の身体じゃ、普通に考えて敵うわけがない。ひょこっと持ち上げられておしまいだろう。
でも、身体の奥から、力を感じる。
あのうるさい人が脳に現れてからだ。
――これが、魔力。
胸の左側が熱い。
魔力を感じられるようになって、分かってきた。
この身体がどうやって動いているのか。
……いや。
動かしているものが、何なのか。
失った心臓。
その代わりをしていたのはメルティ・ルナの莫大な魔力。
いや、きっと魔法なんだろう。
それが、彼女の。
「……ごめんね、メルティ・ルナ。
今は、キミの身体の力を借りるよ」
からっぽの胸に触れる。
今の未熟な僕じゃ、ここからしか魔力を掴めない。
……息が、苦しい。
そりゃ、そうだ。
心臓代わりの魔力を奪って、手に貯めてるんだから。
手が震える、血流が止まって、身体中が焼けるほど痛い。
頭が、揺れる。
呼吸が止まる。息のやりかたが、わからない。
視界が、黒い。なにもみえない。
あぁ、まずい。
意識が、飛ん、じゃ
――起きろ、馬鹿。
「……どいて、僕の、邪魔、しないで、人間っ!」
刹那、解放された魔力によって、鈍い衝撃波が、路地裏を襲った。
「や、やりすぎちゃった?」
僕は壁に突き立てられた大人たちに近寄る。
その顔は驚いたように強張ったまま、目を閉じている。
……だ、大丈夫。
ちょっと身体をぶつけただけで、血とかは出ていない。
しばらくは背中が痛いかもしれないけど、それくらいは我慢してもらおう。
「……ごめんなさい」
意識のない彼らを放っておくのは、申し訳ないけど。
でも、僕にはやらないといけないことがある。
ふらつく足取りで顔を上げる。
身体中が痛い。
歩くたびに、鼻血がポタポタと床に垂れる。
止まってた血流が、再び動き出したからだろう。
だけど、行かないと、ダメだ。
「触手さんを、助けないと」
僕は路地裏から伸びる触手を辿って、轟音が響く道路へと向かった。
触手さんの身体は、何本にも斬り裂かれていた。
青い血がアスファルトを染めて、斬られた触手がピクピクと動いている。
「まだ、倒れないのね」
魔法少女、リリカ・リナ。
彼女は、傷一つ負っていなかった。
でもその顔には焦りが見える。
切っても切っても、触手は勢いを失うことなく、自分に向かってくるからだ。
触手が伸びる。
太い触手を囮にして、何本もの細い触手が彼女を拘束しようと手足に襲いかかる。
だが、その全てが彼女の身体に触れる前に地に落ちた。
手に握られた光の大剣、魔法によって。
再び、膠着が始まる。
互いに相手の動きを伺い、カウンターを狙う。
――そう、思われた。
「……これは、あまり使いたくないのだけど」
彼女は大剣を手放す。
それは、まるで戦いを放棄するような、そんな仕草。
でも、違う。
「仕方ない、か」
手から落ちた大剣が、巨大な光に変わって、空に浮かぶ。月光に照らされた刀身は、光を増し、丸い一つの塊へと変わっていく。
あれは、まずい。
なんでか、分かる。
そうだ、身体が、知っている。
あれを受けたら、どうなるかを
月と重なった円形から、眩い光線が姿を現す。
光はもう、直ぐまで来ていた、
「……さよなら。
ルナティック――」
「だ、ダメですっ!」
僕は反射的にその光が向かう方向へ飛び出していた。
「――っ、キミ、邪魔を」
直後、光は軌道を変える。
それは、僕のすぐ隣に向かって進み。近くに置いてあったゴミ箱に着弾した。
ドロドロと溶け、青い光の粒子を撒き散らす鉄の塊。
数秒前まで、ゴミ箱だったはずのそれを見て、慄く。
当たったら、死んでいたんじゃないか。
僕は、そんな事実に身体を震わせながら、少女の方をみる。
……魔法少女リリカ・リナ。
彼女の黒い瞳が僕の顔を見下ろす。
――そのとき。
宙に浮かんだ光が、突如消失した。
「なんで、先生が」
彼女の目は、まるで信じられないものを見たかのように、愕然としている。
様子がおかしい。
先ほどまでの冷淡な声色がまるで嘘のように震えている。
「あ、ぁ、いき、てたんですか?
せんせい?」
「え?」
彼女の声に、思わず疑問の息が漏れた次の瞬間。
――僕の前を巨大なものが横切った。
大きすぎて、一瞬分からなかったけど。
でも、青い血がぽたぽたと落ちて、分かった。
触手さんだ。
目の前の少女の身体が吹っ飛ぶ。
自身の数倍の質量を持つ触手に、弾き飛ばされたからだ。
何メートルも離れたマンションの壁に激突した後、床にバタンと倒れ、動かなくなる。
「マスター、ジカン、カセグ」
どこからか、そんな声が聞こえた瞬間。
辺りから悲鳴が溢れる。
「ひぃっ! まだ、生きてるぞあの魔獣っ!」
「ふ、増えてる! 切られたやつから、新しいのが生えてっ!」
道路に散乱した斬られた触手。それが唐突に動き出す。
『ブンレツ、サイセイ、フエル』
そうだ、僕は知っている。
触手は切られると、その断面から再生して、分裂する。
みるみるうちに身体を再生させた触手は、互いに重なりあって、巨大化し、住宅街を覆っていく。
あっという間に、月の光が消えて、影が徐々に僕らを包み込んでいった。
「……こ、こんなに大きくなれたの? 触手さん」
「マスター、ドウスル」
そう思ったとき、下から声が聞こえた。
そこにいたのは触手さん本体。ルルパレラで転移したときと同じ大きさ、同じ姿だ。
クラゲの傘みたいな見た目のソレは、近くの排水溝からヌメヌメとした液体とともに出てきた。
そうか。あの子と戦っている間。
本体は隠れて、触手だけを伸ばしていたんだ。
僕が手を伸ばすと、触手さんは身体に飛び乗って、肩にぺったりくっついた。
触手さんは、僕の指示を待つかのように、くっついて離れない。
決断は早かった。
「――帰るよっ! 触手さんたち!」
僕は喉全てを震わせて、空を覆う触手たちに向かって叫ぶ。
「全員集合! 誰にも怪我させないようにこっちに来てっ!」
そう言った瞬間。
触手たちは一斉に僕の方向へ向かってくる。長いのも、短いのも、細いのも、太いのも。
ただ、家を覆った子とか、離れすぎている子はこっちまで来てない。
なんでって思ったけど、原因はすぐに分かった。
本体と繋がってないのだ。
おそらく、一定の距離から離れた個体は合流ができないんだろう。
「マスター、ダイジョウブ、カエロウ」
「……うん」
今は、仕方ない。
あの子たちを置いていくのは不安だけど、走るしかない。
そう、思ったとき。
僕は見てしまった。
逃げ惑う人々の足元。
――踏みつけにされる、少女の姿を。
僕は、左胸に触れて、呟く。
「――動くな」
魔力の糸を、大人たちの足へ向かって伸ばす。
それは、うねうねと動いて、逃げようとする彼らの身体を宙に浮かべた。
「……そのまま、じっとしてて、酷い人たち」
僕は、少女のもとへ駆け出す。
長い髪と、白衣を引きずりながら、地面に倒れた彼女の首に触れた。
……大丈夫、息はある。
血もほとんど出てない、おそらく壁にぶつかって、気絶しちゃっただけだ。
「ケガ、サセナイ」
「……ありがとう、触手さん」
ここに、放っておくわけには行かない。
「ごめんね、こんなことに、なっちゃって」
踏みつけられた靴跡は、彼女の肌に痛々しく刻まれている。
僕はゆっくりと魔力を伸ばして、彼女の身体を宙に浮かべた。
「この子をお願いっ! 触手さん!
……食べちゃダメだよっ!」
「ハイ、マスター」
身体を触手さんに預けて走り出す。
ルルパレラで最初に降り立った、あの路地裏まで。
そうして路地裏の前に来たとき。
宙づりにした人たちの一人と目があった。
――視線に込められたのは、恐怖と怯え。
「ち、近づくな、化け物っ!」
僕は、無視して走る。
途中、邪魔する人が何人かいた。
みんな、魔力でどけた。
怪我は、させてないと思う。
走って、走って、走って。
絶え絶えの息と、止まらない鼻血を吐き出しながら、最初の場所に辿り着く。
それと同時に僕は喉を掴んで声を絞り出す。
「ルル、パレラ!」
――瞬間、視界が歪んだ。
真っ白な空間。
機械だらけのその場所には大量の触手がうごめいている。
……良かった、戻ってこれた。
触手さんも一緒だ。
分裂した個体も、回収できる分は回収した……けど。
「な、何体か置いて来ちゃったね」
「ケガ、サセナイ、イッテアル」
住宅街を覆った、大きな子たちは置いていったままだ。
うぅ、大丈夫かな、あの子たち。
……家より大きかったし、隠れたりできないよね。
「こ、今度、回収しに行かないと」
「ダイジョウブ、ダイジョウブ」
能天気な声が耳に響いて、僕は思わず低い声を出してしまう。
「……触手さんも、お話あるからね」
路地裏での光景が蘇る。
二度と思い出したくない嫌な思い出だけど、でも、言わないといけない。
「――オコッテマスカ、マスター」
「……そうだね。
でも、その前に言わないといけないや」
だけど、その前に一つだけ伝えよう。
「ありがとう、触手さん。
怖い人たちから、助けてくれて」
酷い話、かもしれないけど。
僕はあの人たちが死んだ瞬間、その事実より先に、思ってしまったんだ。
触手さんが、助けてくれたって。
「だ、だけどっ! 食べちゃダメっ!
怪我させちゃダメ、殺しちゃ、ダメ」
「……僕たちは、化け物じゃないんだから」
「ゴメンナサイ、マスター」
もう、あんなことは起こしちゃダメだ。
それは彼らのためでもあり、僕らのためでもある。
――そのために、僕も変わらないといけない。
触手さんにいつまでも頼ってたら、ダメだ。
僕自身がもっと、強い人に、ならないと。
疲労からか、身体が上手く動かず、僕は壁にもたれかかった。
……魔力を使うとき、無茶しすぎたみたいだ。
そう思ったとき、僕の頭に声が響いた。
それは、あの路地裏で語りかけてきたのと同じ声。
――おい、聞け、僕。
「……なに、うるさい人」
――あの人攫いのことは気にするな。
奴らがやろうとしたことは、この世のどんなことよりも、残虐で、非道で、最悪な行為だ。
もし、あのまま連れていかれたら、政府に売られて、死よりも苦しい地獄を味わう羽目になっていた。
「そう、キミに言われても、ね」
――はぁ。素っ気ないな。助けてやったのを忘れたか。あんな状況で意識を飛ばした馬鹿を起こしたのは誰だと思っている。
「それは、ありがとう。
……だけど、僕はキミのことが好きじゃない。
できればもう、頭に現れないでくれると助かる」
――分かった分かった。もう、いい。
お前とそこのキモイのの選択は、間違ってない。
それだけだ。じゃあな。
身体から、力が抜ける。
声はもう、聞こえない。
「……だから、触手さんはキモくないもん」
「マスター、ダレ、ハナシテル?」
「ううん、なんでもないよ」
あの声の人が誰かは分かっている。
でも、そのことを触手さんに伝えても、良いことはないだろう。
「……ここ、は」
そう思ったとき、隣から声が聞こえた。
「良かった、起きたんだ」
声の持ち主は魔法少女リリカ・リナ。
なんて呼ぼうか、リナちゃん? いや、馴れ馴れしいかなぁ。
てか、連れてきちゃったけど大丈夫だよね?
暴れだして、家の中めちゃくちゃにされたりしないよね?
不安を抱いた僕は視線を向ける。
彼女は状況を理解できていないようで、キョロキョロと周りを見渡しては、ウネウネ動く触手に警戒している。
「えっと、リナちゃん?」
――でも、僕の声を聞いた瞬間。
彼女の纏う空気が変わった。
「……ぁ、せん、せい」
「……先生?
えっと、なんの話――」
瞬間、僕の身体を締め付けるような抱擁が襲った。
ぎゅっと、密着した身体からは、熱い体温が伝わってくる。
「あ、へっ!? な、なに?」
だ、抱きしめられてる、のか?
僕は思わず彼女の顔に注視する。
「――やっと、迎えにきてくれたんですね」
彼女は、泣いていた。
透明な雫がポタポタと僕の肌に落ちる。
その顔は、ぐしゃぐしゃで、さっきまでの戦闘で見せていた凛とした表情とはまるで違う。
「……もう、どこかに行っちゃうのはやだよ。先生」
子供のような、か細い声。
それは、切実で、幼くて、焦がれを見せる、淡い感情だった。