俺の回復魔法が優秀すぎるせいで、仲間が全員ビキニアーマーになった   作:エアロマグロ

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第22話:着衣聖女

 遊興都市ベルトでの夜。

 カジノで身ぐるみ剥がされた俺は、傷心のまま街をぶらついていた。

 モアとマホは勝った金で買い物に行っている。

 

 賑やかな大通りを避け、裏通りの静かな酒場に入った。

 安い蒸留酒でも飲んで、今日の損失を忘れる計画だ。

 

 カウンターの隅に、見慣れない客がいた。

 安い白湯をすすりながら、全身に灰色のマントを巻きつけ、小刻みに震えている。

 フードの下からこぼれる銀に近い金髪に、見覚えがあった。

 

「……セレーネ?」

 

 隣国の高位聖女。

 以前ビキニアーマーを断罪しに来て、モアとマホに論破され、ルナにも追い回されて泣いて逃げ出した人だ。

 なぜこんな場所で白湯をすすっているのか。

 

 セレーネがのろのろと顔を上げた。

 頬がこけ、目には生気がない。

 服もボロボロで、完全に路頭に迷った放浪者だ。

 

「……あなた、あの時の……変態パーティの親玉」

 

「アスクだ。というか誰が変態の親玉だよ」

 

 強く訂正する気力も湧かないほど、彼女の様子は痛々しかった。

 俺はため息をついて、一番安いシチューを二人分頼んだ。

 

「とりあえず食え。話はそれからだ」

 

「……あ、ありがとうございます……」

 

 セレーネはシチューを一口啜ると、ボロボロと大粒の涙をこぼし始めた。

 

「……こんなに、布がいっぱい使われている服を着た人を見るのは、久しぶりです」

 

 俺の普通のローブ姿を見て泣いている。

 どうやら、ここ数日で余程ひどい目に遭ってきたらしい。

 

「で、なんでこんなところで一文無しになってるんだ」

 

 話を聞くと、想像以上にひどかった。

 四天王撃破の実績に聖法国もあっさりと屈し、『神が創り賜うた肉体を隠す衣服こそが罪であり、露出こそが真の信仰である』という新たな教義を追加したらしい。

 

「私は最後まで反対しました。こんなの異端だって。でも教皇猊下に時代遅れだと非難され……結果、聖女の位を剥奪されました」

 

「服を着ることを主張しただけで、か」

 

「服を着ることを主張しただけで、です」

 

 セレーネはスプーンを握りしめ、震える声で続けた。

 

「それだけじゃありません……。旅の途中、服がどんどん傷んで、その都度替えを買ったんですが……このあたりでは大きな布地の衣服は全部、贅沢品として課税されているんです。服を一枚買うだけで以前の三倍の値段で……気づいたら路銀がすべて服代に消えていました……」

 

 この大陸、本当に狂ってやがる。

 俺は哀れな同志に深く同情した。

 こいつはまともなことを言い続けただけなのに。

 

「……よし。俺が少し路銀を貸してやる。とりあえず、替えの服と下着を買おう。マントの下の修道服、ボロボロじゃないか」

 

「アスクさん……! 一生の恩に着ます……!」

 

 かくして俺たちは、普通の服を求めて夜の街へと繰り出した。

 

 ***

 

 だが、俺たちは甘かった。

 ビキニブームはこの遊興都市ベルトの経済をも完全に支配していたのだ。

 

「いらっしゃーい……って、お客さん厚着だね! 暑苦しいよ!」

 

 一軒目の服屋。

 店員がなぜかビキニ姿で接客している。

 この時点で一気に期待薄になったのだが、ひとまず店員にも尋ねてみることにした。

 

「布が多い服を探してるんですが……」

 

「なにそれ? ああ……大武闘家修行シャツかい? それならこれだね」

 

 店員が出してきたのは、鉛がびっしり縫い込まれた重さ二十キロはありそうな修行用の道着だった。

 

「違います! もっとこう、普通に肌を隠す感じの……!」

 

「肌を隠す? 変なお客さんだね。今どき腹筋を見せない服なんて、偏屈な年寄りしか着ないよ。最新トレンドはこれ!」

 

 店員が自信満々にお勧めしてきたのは、布面積マイナスのマイクロビキニだった。

 

「いやぁぁぁ! こんなの服じゃありません……!」

 

 セレーネが悲鳴を上げて店を飛び出す。

 二軒目、三軒目と回っても状況は同じだった。

 生地屋に行けば「布面積を減らすカッティングサービスは無料だぜ!」とハサミを持った親父に追い回され、別の服屋に行けば「下着? ああ、アウターのことね」と通じない。

 この街から、普通の服が消滅していたのだ。

 

「どうして……どうして服自体どこにも売ってないんですか……」

 

 街角でセレーネが膝から崩れ落ちた。

 俺も頭を抱えた。

 

「アスクさん……私、もうこのボロボロの修道服、限界です……。破れた胸元から風が入ってきて……」

 

 確かに、逃亡生活で彼女の服はどこから見てもまずい状態だった。

 胸元の縫い目が裂け、袖の端はほつれ、裾は泥を吸って変色している。着ているというより、かろうじて引っかかっているというほうが近い。

 

「その修道服、今夜俺に預けろ。宿に戻ったら針と糸で縫い直す。明日の朝までには形にできると思う」

 

「え……縫い物、できるんですか?」

 

「昔、モアたちの装備の修理費を浮かすために覚えた……最近はもう必要なくなったんだが……」

 

 問題は、修道服を預かる今夜の間、セレーネが着るものがなくなることだ。

 この街で新品として買えるものは、さっき散々回って確認した通り一種類しかない。

 俺は路地裏の服屋で新品のビキニを一式買い、宿から持ってきた予備のローブを取り出した。

 

「下着代わりにこれを着て、その上にこのローブを羽織れ。修道服は明日の朝には返す」

 

「こ、これは……」

 

 セレーネがビキニを震える手で受け取り、ローブと見比べながら顔を青くする。

 

「それって……ローブの下がビキニってことですよね……? それって露出狂の……」

 

「緊急事態だ。一晩だけ我慢しろ」

 

 数分後、物陰で着替えを済ませたセレーネが戻ってきた。

 ダボダボのローブを羽織り、前をきつく掻き合わせている。

 見た目は怪しい魔法使いだが、一応肌は隠れている。

 

「す、スースーしますぅ……! ローブの下、布がほとんどなくて……!」

 

「お前が泊ってる宿まで我慢するんだ。少しの辛抱だからな」

 

 俺たちは宿に向かって歩き出した。

 

 ***

 

 五分も経たないうちに異変が来た。

 

 この街の大通りは、夜になっても人が絶えない。

 そしてすれ違う人間のほぼ全員が、ビキニアーマーか、あるいはそれに類する軽装だった。

 男も女も腹筋を晒し、談笑しながら夜風を浴びている。

 それが当たり前の光景として成立している。

 

 そんな通りを、頭からつま先までローブで包んだ人間が歩いている。

 俺のローブ姿も大概だが、セレーネはさらに前をきつく合わせてうつむいているから、なおさら目立つ。

 

「おい、そこの二人組。止まれ」

 

 振り返ると、夜警の男たちが槍を構えていた。

 彼らも例に漏れず、肌が丸見えの軽装アーマーだ。

 

「なにか用ですか」

 

「……最近、この街ではカジノ用のイカサマ道具や違法薬物の密輸が横行しててな」

 

 夜警のリーダーが、油断なくセレーネを見ていた。

 

「みんなが肌を晒して歩いているこの街で、そんなにローブで全身を隠し込んでいるとは……怪しいな? 違法なものを内側に隠してるんじゃないか」

 

「ひっ……!」

 

 セレーネが肩を揺らす。

 

「待ってくれ。この子はただの旅人で、寒がりなだけだ」

 

「口でなら何とでも言える。やましいことがないなら、そのローブの中を見せて証明してみせろ!」

 

 夜警の言葉に、セレーネの顔からサッと血の気が引いた。

 やばい。

 ローブの下はビキニ一枚だ。

 

「ま、待て。そんな乱暴な——」

 

「引き下がるなら公務執行妨害で両方しょっ引くぞ」

 

 夜警たちが槍の石突きで地面をドン、と鳴らした。

 騒ぎを聞きつけた通行人たちが足を止め始めている。

 

 セレーネはしばらく唇を噛んでいた。

 やがて目をギュッと瞑り——バサァッ、と両手を左右に広げた。

 

 ローブの合わせが開く。

 夜の大通りの魔力灯に照らされ、白い素肌と黒布のビキニが、周囲の全員の目の前に晒される。

 

 夜警たちは確認した。

 中には隠し武器も違法薬物もない。

 あるのは普通のビキニだ。この街では何も珍しくない格好である。

 

「……ああ、なんだ。ビキニじゃないか。変なものも隠し持ってないな」

 

「疑って悪かった。通っていいぞ」

 

 夜警はあっさりそう言って視線を外した。

 通り過ぎる人々も、特に気にした様子もなく歩き去っていく。

 この街では、ビキニ姿で立っている女などありふれた光景に過ぎない。

 

 だが。

 

「……っ……ぁ……」

 

 セレーネは両手でローブをかき集め、前を押さえながら、その場でしゃがみ込んだ。

 顔が真っ赤を通り越して、耳まで染まっている。

 

「……ぅ……自分で、開けた……私……自分で……」

 

「セレーネ、もう大丈夫だ。行こう」

 

「あ……あぁ……神様……」

 

 次の瞬間、セレーネは恥ずかしさのあまり弾かれたように立ち上がり、宿の方向へ全力で走り出した。

 

「セレーネ!」

 

 俺は慌てて後を追う。

 夜警たちは特に振り返らなかった。周りの人間も、走る女をちらりと見て、またすぐに自分の話に戻った。

 誰も騒がない。誰も笑わない。

 この街では、ローブにビキニ姿の女が走り出すのも、どうやらありふれた光景らしい。

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