古関ウイ掌編集   作:転倒

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ローソンコラボの私服ウイを見て、勢いのまま書いた夢です。細かい設定は特になし。


欠けた月さえ

 カラン。

 グラスの氷が熱を吸い取って、位置を下へとずらしていく。隣に置いてあるホットティーは湯気も失せてしまっていた。

「あの…飲まないんですか」

「ん……ああ」

「お腹、壊しちゃいますよ」

 私の好物はアイスカプチーノだ。今日もそれに例外はなく、数分前まではMサイズの透明なグラスに注がれていた。でも、私の消化器官との相性が悪いので温かい飲み物と一緒に飲むのが常だった。

 ぬるくなったそれを口に詰め込んだ。気休め程度にでも胃腸を撫でる。

「…冷めても意外といけるね」

「ふふっ」

 底に残ったカプチーノが融解した水と溶け合い薄くなっていく。対して彼女の前に置かれたアイスアメリカーノは、半分のままで薄まっているのかも分からない。

 古関さんと私は、飲むスピードの差が大きかった。彼女が十五分程度なら私はその半分程度で飲み終わる。

 それで彼女を急かすことは、多分、一度もなかったと思う。出会った頃も、今でも。私はいつもこうやって先に飲みきった。それから、飲む彼女を眺めた。今日は珍しくそっぽを向いているけど。

「…なにか面白いものでも、ありましたか」

「別に。ぼーっと外を眺めてるだけだよ…もしかして、妬いたりした?」

「まさか…いえ、そうかもしれませんね」

 言葉尻と共に古関さんは手を這わせてゆっくりとこちらに近づく。店内に満ちたやわらかい光が、その柔肌を照らしていた。見た目だけで言えば、触れた先から壊れてしまいそうなほどに儚く思える。

 昔はこの彼女の(くせ)に惑わされたものだ。手を重ねるべきなのかどうか。そんなことを思い出すと、私の口角は思わず緩んでしまった。

 古関さんはそれに勘づいたのか、むっとした表情を見せながら引っ込めてしまった。

「ここも一体何回ぐらい通ったんだろうね」

「月二ほどですから……九一回でしょうか」

「そんなに来てたの?」

「あなたと出会う前から数えれば、もっと多いですよ」

「おー。常連さん」

「やめてください」

 色んなカフェを巡って、一番落ち着いたのがここらしい。店員さんに常連扱いされないのが気張らずに済んで心地よいんだとか。

 小さくなった氷が浮かぶ水面をじっと見つめる。グラスの縁をぐいっと唇に当てた。せっかく体温を取り戻した喉奥が身震いする。

「……ふぅ」

「…………」

 他にもお客はいたはずなのに、まるで静寂が二人を包んでいた。気味の悪さはない。このまま身を委ねて眠りこけたいぐらいだ。

 閉じた瞼を少し開いて、彼女の目を確かめる。その瞳孔に憂いはなかった。一目瞭然だった。なら、どちらが先にそれを告げるかでしかない。

 私は音を立てないよう慎重に息を()く。こういうとき、私の役回りになりがちだった。まあ、今さら文句はない。

 一言。たった一言だ。当然の帰結を、伝えるだけでいい。

「別れましょう」

「──えっ」

 確かに、私の声帯が揺れるよりも前に彼女の声が届いた。断っておくと、私の返事はショックによるものではない。ある意味ではショックかもしれないが。

「ふっ、ははっ」

「…な、なんですか」

「いや。なんだかおかしくってさ」

「せっかく人が意を決して言ったことを…」

「うん…ありがとうね」

 私が左手を置くと、古関さんはいつもの様にその掌を重ねてくれた。見た目に反してその皮膚は分厚くて安心感がある。

 私がもう片方の手でペンだこに触れても、彼女が怪訝な顔をすることはもうない。

「楽しいんですか、それ」

「うん」

「…これ、少し恥ずかしいんですよ?」

 眉間にシワを寄せつつ、彼女は赤らめた頬を逸らした。私はまた口元を解いて、このひとときに心を委ねる。

 

 

 

 カラン、カラン。

 店を出て空を仰ぎ見れば、既に日が傾き始めていた。

 冷たい風が二人を出迎えてくれる。残念ながら、私は防寒対策ばっちりなのでそれに気づかなかったけど。

「くしゅんっ」

「マフラー貸そっか」

「いえ…大丈──」

 なんだその顔は。まさか私が正直に返事を待って、それに応じて渡すか渡さないか決めると思っていたのか?

「まったく、私に対する解像度が…」

「──暖かいですね。その、ありがとうございます」

 私が茶化してやろうとする前に、古関さんは驚くほど素直な感謝を言葉にした。間の抜けた顔から一転そんな顔をされてしまっては、流石の私も弱ってしまう。

「……うん。どういたしまして」

 店から少し歩いて数分、目前に河川が見えてくる。都会にしては綺麗な水、川沿いには桜並木。カフェの後の散歩には丁度良かった。

 この時期は人影が少ないのもグッドポイントだ。

「ここの桜が咲く頃には、私も荷解きを済ませているのかな」

「小物類をテキトーに詰め込んだ段ボールが…三箱ほど部屋の隅に積まれていそうですね」

「…否定しづらい」

「日頃の行いですよ」

 言っておくと、引っ越しは些細な外因でしかない。たとえ引っ越さずとも、二人は今日を選んだように思える。性格も関係も蚊帳の外だ。

 たった一つの美しい因果。私と古関さんは故に出会えて、故に別れた。

 

 風が吹けば、視界の端でビニール袋がゆらゆらと漂う。そこから生じる不快感は十歩も歩かないうちにするりと海馬を抜けていく。

 普段の散歩であれば、古関さんの顔を見ながらで前方不注意もいいところだった。今の私は、なかなか余所見もできずに落葉木の一つ一つを目で追っている。

「……あの」

「どうしたの」

「…今日は、じっと見てきても怒りませんので」

 そうして古関さんはマフラーで口元を隠す。やっぱり最後ともなると双方いつにもない態度を取ってしまうのか。

 彼女の顔を見ていると、私までマフラーが欲しくなってしまう。

「…あれ、見て見て」

「咲いていますね」

「こんな時期に?」

「…蝋梅(ロウバイ)なら、むしろ遅咲きかもしれません。早ければ十二月には咲き始めるので」

 下を向いた螺旋(らせん)状の花弁たち。やや半透明な黄色のそれは、光を包む蝋細工のようだった。

「──甘くて良い香り」

「ウィンタースウィートとも呼ばれるくらいですから…実は、種子に毒が含まれていたりもしますが」

「おー、おっかないね。見掛けに依らないのは植物(この子)も一緒?」

 そのまま口に含んでしまえば、舌先が痺れたりするのだろうか。あるいは気付かせずに仕留めてくるのか。

 スマホに目線を落とすと「奥ゆかしさ」「愛情」「慈愛」──そういった単語が連なっていた。彼女に相応しい言葉ばかりで、私は少しばかり高揚を覚える。

「ね、花言葉は知ってる?」

「えっと…確か…」

「これだよ──似合ってないかな、古関さんに」

「そ、そうでしょうか」

 私が立ち止まりスマホのレンズを向けると彼女はすぐ意図を理解して、少し戸惑った様子を見せた後、観念してマフラーを下げてくれた。

「──いいね。忘れられない一枚になりそう」

「やっぱり消してください」

「消してほしいなら、この後ももう少し付き合ってくれる?」

 私のスマホへと伸びていた古関さんの手は、その晩餉の誘いで動きを止めた。ため息を()きつつ、マフラーの位置を戻してから彼女は答える。

「最初から、そのつもりでしたよ」

 

 

 

 カラン、カラン、カラン。

 自販機の真横に置かれたゴミ箱はすでに許容量を超えていた。溢れた空き缶の一つが、あえなく地面を転がっていく。

「はぁ…まったく」

 古関さんは悪感情を隠さないまま、転がるのも飽きてきたであろうアルミ缶を手に取った。

「ブラックでいい?」

 彼女の頷きと同時にボタンを押す。指先に迷いが生じるも、ミルクコーヒーを追加で選んだ。

 手袋越しに伝わる作為的な熱は、冷たく私を温めようとする。いつもなら感じない些細な気色の悪さが背筋を伝ってから内臓を撫でた。思わず私は缶を摘まんでポケットに入れる。

「飲まないんですか」

「んー…ま、後でね」

 缶の縁が彼女の唇にそっと触れた。その缶がほぼ真横まで傾いた辺りで、私の目は夜空に逸れていく。

 寂しいことに星は片手で数えられる程度しか見えない。欠けた月さえ、良かれと思ったビル群によって見失ってしまった。

 都会の夜景だって悪くはない。ただ、それらが天上の光を横取りしてしまってはプラマイゼロもいいところだろう。

「あっちなら…もう少し星も見えるのかな」

「少なくとも、この空より減ることはなさそうですが」

 薄らと白い暗い夜空は、まるでそこには何も無いかのようだった。いつかあったモノも、いつも無かったかのように。

「…月ぐらい見えれば、また改めて思いを伝えるきっかけになるのになー」

「ふふっ。きっかけが必要なんですか?」

 古関さんの微笑む顔を、街灯がはっきりと照らしていた。その輪郭が私の網膜にくっきりと焼き付く。

「手、出してください」

 私は自然と手袋を外してから冷えた左手を差し出した。彼女はその冷たさに少し目を丸くさせ、ぎゅっと温かい右手で包んだ。

 彼女の歩幅に合わせながら少し後方から追従する。行き先を聞き損ねたというのも真横に並ばない理由の一つではあるけど、それ以上に、古関さんにエスコートされている状況がどうしようもなく嬉しかった。

 街灯が生む影が薄くなっては濃くなって、二つになっては一つだけに見えるのを繰り返して。

「はい、座ってください」

 長椅子の前で止まると古関さんはそう言って催促する。私はちょっとだけ困惑しつつ、言われるがままに座った。

「うーん…月はまだ見えないけど」

「じっとして」

「はい」

 彼女は首に掛かったチェーンを指先でなぞる。慣れた手つきでそれを外すと、そのまま私の首に手を回した。

「──どうぞ」

「これは……」

 私は目線を落として、首に掛けられたそのペンダントを凝視した。間違いようもない。古関さんが肌身離さず着けていたロケットペンダントだ。

 三日月と星々の模様が施されたそれは、光を綺麗に反射していた。彼女がこれをどれだけ大事にしていたものなのかが感じ取れる。

「…いいの?」

「いいんですよ」

 真上から注がれる街路灯によって、輪郭のはっきりとした影が落ちていた。私はそこからゆっくりと視線を上げる。

 ──地上の月は、あまりにも明るかった。一等星さえも私には届かない。月は慣れない笑顔で、私の潤んだ目を迎え入れた。

 その紫がかった藍色の瞳。そこに私の居場所があったのなら、これほど嬉しいこともないだろう。

「ありがとう。古関さん」

「…あの」

「なに?」

 古関さんは手先をまごつかせ、目線を泳がせながら恐る恐る口を再び開く。

「……こ、古関さん呼びじゃなくて。ウイ…と、呼んでほしい、です…」

 一時期、私はウイ呼びをしたことがあった。でも、なんだかしっくりこなくて、結局古関さん呼びに戻ってしまったんだっけ。

「ウイ、さん」

「……」

「…ウイ」

「はい」

「ありがとね」

「こちらこそ。あっ、チャームを開けるのは、明日以降でお願いします」

「恥ずかしいから、ってこと?」

「…まあ、そんなところですね」

 風が吹き抜けていく。古関さんの髪が軽くなびいていた。

「へっくし!」

「…マフラー、お返ししましょうか」

「ううん。あげるよ」

 冷たい風が私の身体を貫いていく。ふと、ポケットに突っ込んだままの缶を思い出した。タブを倒して一気に口へと流し込む。

 軽くなったポケットから手袋を取り出したが、少し考えてから、私はまた押し戻した。

「着けないんですか」

「手、握ってくれるでしょ?」

「…仕方ないですね」

 

 瞬く星から目を背け、褪せぬ月を見た。

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