史実に基づいていない点等があってもこいつは歴史が苦手なのだなと馬鹿にしてください。
世界は、閉じていた。
平安という名の、四百年続く停滞。
雅とは名ばかりの緩慢なる自殺。
誰もが明日を疑わず、誰もが昨日の繰り返しを望む。
神秘は薄れ、エーテルは大気から消え失せ、神々は姿を消した。
後に残されたのは、燃え尽きた灰のような物理法則と惰性で生きる人間という種だけ。
――嗚呼、反吐が出る。
男は、血を吐くように嗤った。
京の都、六波羅の屋敷。その最奥にある結界内にて。
太政大臣・平清盛は、誰にも見えぬ「空の亀裂」を睨みつけていた。
「見えているか、重盛。あれが、我々を閉じ込めている
嫡男である重盛は、父の背中に畏怖を抱きながら、首を横に振る。
常人には見えない。見えるはずがない。
だが、清盛の眼球には世界を覆う極彩色の皮膜が焼き付いている。
彼が保有する魔眼は、現在を見ているのではない。
このまま人類が「変化」を拒んだ先に待つ、数千年後の結末――|惑星が死に絶え、赤茶けた大地で人類が絶滅する未来《バッドエンド》を幻視していた。
「人はこのままでは終わる。資源を食いつぶし、魂の劣化によって自壊する」
清盛は僧衣を翻す。
その体から立ち上る熱気は、病によるものではない。
彼の内側で唸りを上げる、規格外の魔術回路が発する余剰熱だ。
宋との貿易で彼が得たものは金銀財宝ではない。大陸の魔術協会、そのさらに奥にある秘匿組織から持ち帰った「人体改造術式」だった。
「故に、我らが挑む。武士の世を作る? 違うな。貴族を倒す? 次元が低い。いいか重盛。我らが成すべきは
◆
平家。
世間は彼らを、帝の覚えめでたき武門の一族と呼ぶ。
だが、その実態は異なる。
彼らは魔術的なアプローチによって、ヒトという種の限界を超えようとする集団だった。
厳島神社。
海に浮かぶ朱の鳥居は、神域への入り口であると同時に巨大な術式回路の
夕闇が迫る海を見つめ、清盛は最愛の妻、時子に語り掛ける。
「人という器は脆弱すぎる。老い、病み、感情に狂う。だが、
「それが、貴方様の仰る『平家』の正体……」
「そうだ。平家とは一族の名ではない。到達階層の名称だ。」
清盛の計画は、狂気的かつ合理的だった。
日本列島の霊脈をハッキングし、この国に住む全人類の
それは、この惑星の正史に対する反逆。
もし成就すれば、この国は本来の歴史から切除されるべき
「急がねばならぬ。私の体も、長くは保たん。」
清盛は自身の腕を見る。血管が赤く発光し、皮膚の下を蠢く因子が透けて見える。
高熱病とは、肉体が魂の格の上昇に耐え切れず溶解する現象の予兆に過ぎない。
「帝も、神々も、この計画には気づいておらぬ。奴らは我らを『便利な番犬』程度に思っている。……笑止。番犬が鎖を噛み千切り、飼い主ごと家を建て替えるとも知らずにな。」
清盛は、水平線の彼方、沈みゆく太陽を掴むように手を伸ばした。
その掌にあるのは慈愛ではない。
燃え盛るような、変革への渇望。
そして、己が種族への絶望だった。
「見よ、時子。赫き旗は血の色ではない。あれは夕陽の色だ。古い時代が沈み、新たな暁が来るまでの、一瞬の輝きだ。」
◆
だが、どれほど崇高な魔術的理想もたった一つの俗悪なノイズによって崩壊する。
システムに混入したバグは、魔術師ではなく、一人の道化によってもたらされた。
平大納言、時忠。
彼は優秀な実務家であったが、魔術世界の理には疎かった。
清盛は、彼に計画の全貌を話していなかった。「平家こそが至高」「平家以外は価値がない」という、選民思想的な側面のみを伝えていたのだ。
「義兄上! いやあ、此度の宋との取引、大成功でございましたぞ!」
廊下を歩く時忠の足音は軽い。
彼には、清盛が見ている「滅びの未来」も、厳島神社の「儀式」も見えていない。
彼に見えているのは、積みあがった砂金と、ひれ伏す公家たちの姿だけだ。
「……時忠か。騒がしいぞ。」
「申し訳ありませぬ。ですが、あまりに愉快でしてな。今や天下は我らのもの。誰も彼もが平家の顔色を窺っておる。」
清盛は、ふと冷たい視線を義弟に向けた。
この男は、使える。実務家としては一流だ。
だが、その魂はあまりに俗だ。進化の触媒としては不純物が多すぎる。
(まあいい。計画が成就すれば、時忠のような俗物も強制的に引き上げられる。それが『平家』の慈悲だ)
清盛はそう判断し、忠告を飲み込んだ。
それが、すべての終わりの始まりになるとも知らずに。
そして運命の夜。
六波羅での酒宴。燃えるような松明の明かりの下。
時忠は盃を掲げ、赤ら顔でこう言い放った。
ただの酔った勢い。ただの傲慢。
だが、この場所は日本の中心であり、清盛によって魔力が充填された儀式場の上だった。
『――此の程、天下の権勢、皆平家に在り。然れば』
時忠の声が、魔力に乗って増幅される。
本人は気づいていない。自分の言葉が、言霊となって
『――平家にあらずんば人にあらず』
カッ、と。
清盛の眼前の空間が、紅く明滅した。
アラート。世界からの警告音。
「……なっ!?」
清盛は立ち上がる。だが、遅かった。
時忠の言葉は、「平家一門に入らなければ出世もできない」という意味で放たれた。
だが、清盛が定義した『平家=新人類』という魔術式において、その言葉は最悪の意味へと変換された。
それ即ち。
『平家という種へ進化しない旧人類は、人間としての生存権を認めず、これを焼却処分とする』
――認証。
内裏の奥深く。あるいは、高天原のさらに上層。
この国の管理者たる概念が、平家を「人類の脅威」と認定した。
《脅威判定:クラス???。人類種の大量絶滅を確認》
《対抗措置:承認。抑止力の代行者を選定します》
《該当個体:源氏。再起動シークエンスへ移行》
(――剪定を開始します)
無機質な神の声が響く。
東の空、遠く伊豆の方角で、青白い光の柱が上がったのを清盛は見た。
あれは流星ではない。
あれはかつて神代に、この星へ降り立った機神の輝き。
源氏。
魔を断つ、鋼鉄の守護者。
まだ、ただの流人である源頼朝の元へ、
「馬鹿な……時忠、貴様、何ということを……!」
清盛の絶叫は、宴の喧騒にかき消された。
平家という名の夢は、ここで潰えた。
これより始まるのは、生存を懸けた、人と、人ならざるモノとの泥沼の殺し合い。
それは、後に源平合戦と呼ばれる、神話の終わりの戦い。
あるいは――西暦1180年に発生した、特異点の記録である。