――警告。霊長類圏における深刻な汚染を確認。
――定義変更の試みを検知。対象カテゴリー『平家』による、ホモ・サピエンスの定義書き換えを棄却する。
状況は「人理焼却」には至らずとも、「人理凍結」の恐れあり。
認定。これは剪定事象の萌芽である。
抑止力は作動した。
しかし、相手は既に政権を掌握し、日本の霊脈を支配した巨大な生体魔術組織である。
通常の守護者を召喚するには、土地の霊的基盤があまりに『平家』に汚染されすぎていた。
故に、世界は外部記憶を参照する。
日本という土地に残された、古い、古い「遺物」。
神代の昔、大陸より飛来し、あるいは土着の神として祀られた「機神」の残骸。
それらを起動キーとして、対抗勢力を選抜した。
選ばれたのは、東国。
かつてより、武力と馬を崇めた武士団。
清和源氏。
伊豆国、蛭ヶ小島。
流刑の地とされたその場所で、男は土を掘っていた。
源頼朝。
父を殺され、地位を奪われ、この地に流された敗北者。
だが、彼の目は死んでいなかった。むしろ、冷徹な計算機の光を宿していた。
「佐殿。……掘り当たりました」
従者である北条時政が、泥にまみれた顔で這い出してくる。
頼朝は無言で頷き、掘削された穴——古墳のような地下空洞へと降り立った。
そこには、巨大な「腕」があった。
岩盤に埋没した、金属ともセラミックともつかぬ巨腕。
表面には幾何学的な紋様が走り、かすかに青白い燐光を放っている。
「……第五世代・対粛清用多脚戦車。コード『ハチマン』の予備パーツか」
頼朝は、まるで昨日の夕食の献立を語るかのように、その超常の物体を呼んだ。
彼の脳内には、先祖代々受け継がれてきた「源氏の血」——ナノマシンを含んだ血液記憶が、設計図を展開している。
源氏とは、ただの武家ではない。
帝の血を引くと同時に、古代の技術遺産を管理・運用するために調整された「管理者」の家系。
彼らが操るのは呪術ではない。科学だ。
神秘が薄れゆく時代において、唯一神秘を殺せる物理法則の具現。
「平家は、人を辞める道を選んだ」
頼朝が巨腕に手を触れる。
指先から火花が散り、神経接続が繋がる音が、脳髄に直接響いた。
<認証(ID):Minamoto_no_Yoritomo>
<権限:総司令クラス>
<状況:緊急事態。敵性生命体『HEIKE』の増殖を確認>
「ならば我らは、人の
ズズズ、と大地が震える。
伊豆の山々が共鳴し、地下深くに眠っていた兵装群が起動シークエンスに入る。
02. 襲撃と認証
「――見つけたぞ、源氏の生き残り.
お前も一つに、幸せになるのだ」
空洞の上から、平坦な声が響く。
ドサリ、ドサリと何かが降りてくる音。
平家の監視兵たちだ。だが、その姿は異様だった。
皮膚は紅色の漆を塗ったかのような硬質光沢を帯び、その顔はのっぺりとした「能面」のような無表情へと変貌している。
否、無表情ではない。彼らの口元は、一様に裂けるような「
京からの遠隔接続により、自我を削除され、生きたまま解脱させられた成れの果て。
敵は十体。対してこちらは、鍬を持った時政と、丸腰の頼朝のみ。
だが、頼朝は動じない。
彼は懐から、一つの端末を取り出した。
「時政。……接続は?」
「完了しております。ですが、頼朝様! この機体を稼働させるには、外部認証が必要です!」
時政が叫ぶ。
機神の遺産を動かすには、
それを制御し、運用権限を承認する「鍵」を持つパートナーが必要なのだ。
「鍵なら、ここにあります」
凛とした声が、闇を切り裂いた。
頼朝の背後。
北条時政の娘、政子が立っていた。
彼女の手には、輝く短刀――否、起動回路が握られている。
「政子殿……」
「お待たせいたしました、頼朝様。
北条の家系に伝わる『整備士』の権限、今こそお使いください」
政子は微笑む。
彼女は英霊を喚ぶ魔術師ではない。古代の機械を整備し、管理する技術者の一族。
彼女の右手の甲には、赤い紋様――生体認証コードが浮かび上がっていた。
怪物が飛び掛かる。
だが、その爪が頼朝に届く寸前、政子が起動鍵を頼朝の胸に突き立てた。
殺傷ではない。
入力。
「――承認。
全リミッター解除。
対界兵装接続、出力固定!」
政子の宣言と共に、地下空洞の「巨腕」が粒子となって崩壊し、頼朝の体へと吸い込まれていく。
頼朝の体が、流体金属のようなナノマシンに覆われていく。
それは鎧ではない。
神代の合金で編まれた、外骨格強化装甲。
それは日本刀ではない。
分子結合を断ち切る、高周波振動ブレード。
白銀の装甲。無機質なフルフェイスの兜。
その姿は、後の世に語られる「武者」の原型でありながら、あまりにも異質。
機械仕掛けの神を降ろした、鋼の英雄。
「起動。……システム・ゲンジ、オールグリーン」
兜の奥で、頼朝の声が電子的なノイズ混じりに響く。
彼はゆっくりと、政子の方を向いた。
蒼いカメラアイが明滅する。
「問おう」
頼朝の声は、もはや人のそれではない。
冷徹で、強大で、けれどどこか懐かしさを帯びた機械音声。
「――貴女が、私の
政子は涙をこぼし、強く頷いた。
「ええ。私が貴方の管理者。そして、貴方の妻です。
征きましょう、頼朝様。この狂った世界を、私たちの手で
「――契約完了」
頼朝が前を向く。
眼前の怪物たちが、本能的な恐怖に駆られて後ずさる。
「ヒッ、バケモノ……!? チガウ、アレハ、天敵ダ!」
「これより、害虫駆除を開始する。平家にあらずんば人にあらず、と言ったか。……結構」
頼朝が刀の柄に手をかける。
抜刀の動作は見えなかった。
ただ、空間に銀色の線が走っただけ。
キィィィィン――。
高周波の共鳴音が遅れて響く。
次の瞬間、十体の怪物は、分子レベルで切断され、肉塊となって崩れ落ちた。
血飛沫すら上がらない。
切断面が高熱で焼灼され、炭化しているのだ。
「対象沈黙。戦闘時間、〇・二秒」
頼朝は刀についた灰を振るい、鞘に納める。
蒼いカメラアイが、西の空――京の方角を睨み据えた。
「我らは人ではない。人の世を守る、
雨が止む。
雲の切れ間から差し込む月光が、白銀の武者を照らし出す。
歴史の歯車が、軋みを上げて回り始めた。
これは、人と、かつて人だったモノたちによる、鋼鉄の叙事詩。
赫き星の夢を砕くため、黒ガネの王が進撃を開始する。