もしも、ロキファミリアに闇深系少女が入ったら。   作:匿名。

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第10話

 ギルド本部、大会議

 

 張り詰めた空気の中、ヘルメスが広げたオラリオの地図に三つの印が付けられた。

 

 「――ここだ。俺たちが見つけた、闇派閥(イヴィルス)の主要拠点候補は三箇所」

 

 ヘルメスが指差す。

 

 一つは、工業区画の地下深くにある廃棄プラント。

 

 一つは、貧民街のさらに奥、迷宮の入り口に近い地下水道跡。

 

 そして最後の一つは、街の外れにある古い屋敷の地下。

 

 「情報の確度は高い。……ここを叩けば、奴らの兵站と指揮系統に大打撃を与えられるはずだ」

 

 「ならば、手分けして潰すのみじゃな」

 

 ガレスが腕組みをして唸る。

 

 その場にいた各ファミリアの首脳陣による協議の結果、作戦担当が決定された。

 

 工業区画のプラントは、最大戦力を擁するロキ・ファミリア。

 

 地下水道跡は、個の力で制圧可能なフレイヤ・ファミリア。

 

 屋敷は、連携に優れたアストレア・ファミリアとガネーシャ・ファミリアの合同部隊。

 

 「決行は三日後。……各個撃破と同時に、敵の連携を分断する」

 

 ロイマン・ギルド長が宣言し、会議は解散となった。

 

 その後、フィンは極秘裏に動いた。

 

 向かった先は、同盟を結んだ『戦場の原野(フォールクヴァング)』。

 

 その馬車には、不満げな顔をした女神ロキが同乗していた。

 

 「……なんでウチが、フレイヤの所に居候せなアカンのや」

 

 「ロキ、我慢してくれ。敵の狙いが『爆破テロによる主神送還』かもしれない以上、君を黄昏の館に置いておくリスクは冒せない」

 

 フィンはロキを説得し、フレイヤの居城へと送り届けた。主神を守る事に関してはフレイヤファミリアに勝るファミリアは存在しないのだ。

 

 出迎えたのは、フレイヤとその眷属たち。

 

 「あらロキ、いらっしゃい。わたしのベッド、半分空けておいてあげたわよ?」

 

 「誰が寝るか! ソファで十分や!」

 

 軽口を叩き合う二柱の女神だが、その周囲を固める布陣は鉄壁そのものだった。

 

 ロキ・ファミリアからは、副団長にしてオラリオ最強の魔導士、リヴェリア・リヨス・アールヴ。

 

 フレイヤ・ファミリアからは、元団長の『母(ミア)』ことミア・グランドと、都市最速のアレン・フローメル。

 

 「リヴェリア。……ここを頼む」

 

 「ああ、任された。ロキの髪の毛一本、触れさせはしない」

 

 「フン、足手まといの女神が増えただけだ」

 

 アレンが悪態をつくが、その槍に隙はない。

 

 最強の防衛ラインが完成した。

 

 これで、フィンは後顧の憂いなく、攻撃に専念できる。

 

 三日間。

 

 オラリオは奇妙な静寂に包まれていた。

 

 だが、それは平和などではない。互いに喉元へナイフを突きつけ合うような、ギリギリの均衡。

 

 フィーナとアイズは、その間も調整を続けていた。

 

 言葉は少ない。

 

 ただ、互いの武器の手入れをし、精神統一を行い、来るべき殺戮の刻(とき)を待つ。

 

 「……震えてる?」

 

 アイズが、フィーナの手を握る。

 

 「……少しだけ。でも、武者震いです」

 

 フィーナは強がって見せるが、その瞳の奥には昏い決意が宿っていた。

 

 (殺す。……敵であるなら、一人残らず。そうしなければ、私たちが殺される)

 

 そして、運命の時刻が訪れた。

 

 深夜。工業区画、廃棄プラント。

 

 ロキ・ファミリアの主力部隊が、音もなく包囲網を敷いていた。

 

 主要参加メンバーは、フィン、ガレス、そしてフィーナとアイズ。

 

 Lv.1の団員とリヴェリアは、今回の作戦からは外されている。

 

 「……突入」

 

 フィンの短い合図と共に、分厚い鉄扉がガレスの斧によって粉砕された。

 

 警報が鳴り響く。

 

 中からわらわらと湧いてくる、闇派閥の構成員と、彼らが操るモンスターたち。

 

 「敵襲だ!! 迎え撃て!!」

 

 「ロキ・ファミリアだ! 殺せ!」

 

 怒号と殺気が交錯する。

 

 だが、その喧騒はすぐに、悲鳴と絶望へと塗り替えられた。

 

 「――邪魔」

 

 先陣を切ったのは、黄金の風。

 

 アイズ・ヴァレンシュタイン。

 

 彼女は襲いかかる男の剣を弾くことすらせず、その首を刎ねた。

 

 鮮血の花が咲く。

 

 躊躇いがない。慈悲がない。

 

 ただ障害物を排除するように、次々と敵の命を刈り取っていく。

 

 「ひ、ひぃッ! なんだこの女!?」

 

 「化け物かッ!?」

 

 逃げようとする背中に、銀色の影が迫る。

 

 フィーナだ。

 

 彼女のレイピアは、正確無比に敵の「急所」のみを狙っていた。

 

 眼球から脳髄へ。あるいは、こめかみ、延髄。

 

 苦しむ暇すら与えない即死攻撃。

 

 「がっ……」

 

 「……次」

 

 フィーナは倒れる敵を見ようともしない。

 

 返り血で頬を濡らしながら、機械的に次の標的へと向かう。

 

 その姿は、可憐な少女などではない。熟練の処刑人そのものだった。

 

 そして、何より団員たちを戦慄させたのは、団長フィンの姿だった。

 

 「捕虜はいらない。……殲滅だ」

 

 フィンは、降伏の素振りを見せた敵兵の心臓を、無表情で槍で貫いた。

 

 「ぐ、ぁ……勇者、が……無抵抗の者を……」

 

 「君たちが爆弾を抱えていることは知っている。……同情はしない」

 

 引き抜かれる槍。崩れ落ちる命。

 

 普段なら「情報を吐かせるために生け捕りにしろ」と命じるはずの彼が、今は率先して殺戮を行っている。

 

 「お、おい……団長、マジかよ……」

 

 後続のといった中堅団員たちが、顔を青ざめて立ち尽くす。

 

 敵とはいえ、ここまで徹底的な殲滅戦は見たことがない。

 

 フィン、アイズ、フィーナの三人が作り出す死の嵐は、あまりにも異質で、あまりにも凄惨だった。

 

 (やるしかない。……彼らは、生かしておけば自爆する)

 

 フィンは心を殺し、槍を振るう。

 

 彼らが身につけている衣服の下には、魔石と火炎石の粉末が詰め込まれた爆弾が隠されていることを、フィンは察していた。

 

 起爆させる隙を与えてはならない。殺すしかないのだ。

 

制圧は、一方的な蹂躙として終わろうとしていた。

 

 プラントの最深部。

 

 生き残った闇派閥の幹部らしき男が、血まみれで壁際に追い詰められていた。

 

 「く、くそっ……! ロキ・ファミリア……! なぜバレた!?」

 

 「終わりだ。……起爆装置から手を離せ」

 

 フィンが切っ先を突きつける。

 

 男は歪んだ笑みを浮かべた。

 

 その手には、赤い魔石が埋め込まれた『撃鉄装置』が握られている。

 

 「へ、へへ……。バレてようが関係ねぇ……! 俺たちの命は、大いなる『悪』への供物だ!!」

 

 「させないッ!」

 

 フィーナが飛び出す。

 

 だが、男の指が動く方が速かった。

 

 いや、男がスイッチを押すのと同時に、遠くから重低音が響いた。

 

 ドォォォォォォォンッ!!!!

 

 遠方での爆発音。

 

 それを合図にしたかのように、プラント内に倒れていた「死にきれていない」敵兵や、他の団員が捕縛しようとしていた敵兵の体が、赤く発光した。

 

 「――讃えよ!! 混沌を!!」

 

 カッ!!!!

 

 「伏せろぉぉぉッ!!!」

 

 ガレスの絶叫が響く。

 

 連鎖爆発。

 

 爆弾が一斉に起動し、生きた人間が爆弾となって弾け飛ぶ。

 

 肉片と衝撃波が、狭いプラント内を暴れまわる。

 

 「きゃぁぁぁぁっ!!」

 

 「ぐわぁぁぁッ!!」

 

 ロキ・ファミリアの団員たちが吹き飛ばされる。

 

 フィンはとっさに近くにいた団員を庇い、ガレスが盾となって爆風を受け止める。

 

 「……ッ!!」

 

 フィーナはアイズに抱きしめられ、風の防壁で守られた。

 

 だが、その目の前で、ついさっきまで戦っていた敵兵が、自らの命諸共爆散する光景が焼き付いた。

 

 爆煙が晴れると、そこは地獄絵図だった。

 

 施設の半分が崩落し、敵味方の区別がつかないほどの肉片が散乱している。

 

 ロキファミリアの面々も何人かの犠牲を出してしまった… 。

 

 「……ふざ、けるな……ッ!」

 

 フィーナが呻く。

 

 両親を奪ったあの日の光景。それが、今ここで再現された。

 

 命をなんだと思っている。自分たちの命さえも、ただの爆弾として使い捨てる狂気。

 

 「許さない……! 絶対に、許さない……ッ!!」

 

 フィーナが叫ぼうとしたその時、アイズが強く彼女を抱きしめた。

 

 「フィーナ、だめ。……落ち着いて」

 

 「でも、アイズ……!」

 

 「今は、逃げる。……ここも、崩れる」

 

 アイズの冷静な声に、フィーナはハッと我に返る。

 

 プラントの支柱が歪み、崩落が始まっていた。

 

 「総員、撤退だ! 負傷者を担げ! 外へ出るぞ!」

 

 フィンの号令で、ロキ・ファミリアは崩れゆく施設から脱出した。

 

 地上に出た彼らが見たものは、オラリオの空を焦がす紅蓮の炎だった。

 

 北、東、南。

 

 フレイヤ・ファミリアが向かった地下水道、アストレアたちが向かった貴族街。

 

 そして、それ以外の場所――ギルド本部周辺や、市壁付近からも、黒煙が立ち上っている。

 

 「……同時多発テロか」

 

 フィンが唇を噛み切るほどに強く噛み締めた。

 

 拠点を叩くことには成功したかもしれない。だが、敵の自爆(スイッチ)を止めることはできなかった。

 

 「……始まったな」

 

 ガレスが煤けた顔で空を見上げる。

 

 爆音と悲鳴が入り混じる混沌の都市。

 

 その混乱の最中、西の空から、絶望的なプレッシャーが押し寄せてくるのを、フィーナたちは感じ取った。

 

 「……来る」

 

 アイズが剣を握りしめる。

 

 爆炎を合図に、ついに『怪物たち』が動き出したのだ。

 

 ズガガガガガガッーン!!!!

 

 大地が悲鳴を上げていた。

 

 オラリオのあちこちから黒煙が立ち上り、爆風が建物をなぎ倒していく。

 

 逃げ惑う市民の悲鳴、侵入したモンスターの咆哮、そして闇派閥(イヴィルス)の狂信的な鬨(とき)の声。

 

 それらが混ざり合い、耳を覆いたくなるような不協和音となって都市を覆い尽くしていた。

 

 「……くそっ、数が多すぎる!」

 

 工業区画から撤退したフィンたちは、市街地を抜け、都市の中央広場――ギルド本部とバベルの塔がそびえ立つ場所へと向かっていた。

 

 道中、目につく限りの敵を排除し、逃げ遅れた市民を誘導するが、状況は悪化の一途を辿っている。

 

 「団長! 西区画、壊滅状態です!」

 

 「東区画からも救援要請! 冒険者たちが持ちこたえられません!」

 

 飛び交う報告は絶望的なものばかりだった。

 

 フィンは槍を握る手に力を込める。

 

 今すぐ前線に飛び出し、槍を振るいたい。だが、今の彼に求められているのは「個の武勇」ではなく「全体の指揮」だ。

 

 指揮系統が寸断されれば、オラリオは組織的な抵抗力を失い、各個撃破されて終わる。

 

 「……中央へ急ぐ。あそこを最終防衛ラインとする!」

 

 フィンは心を鬼にして叫んだ。

 

 中央広場に到着すると、そこは混沌の坩堝(るつぼ)だった。

 

 指揮官を失った小規模ファミリアの冒険者たちが右往左往し、負傷者が石畳に溢れている。

 

 「僕が指揮を執る! 動ける者は防衛線を構築! 負傷者はバベルへ運べ!」

 

 フィンの声が、魔道具によって広場に響き渡る。

 

 勇者の声。それが聞こえただけで、パニックに陥っていた人々に理性が戻る。

 

 その時、フィン元に伝令が来る。

 

 相手は、フレイヤ・ファミリアの参謀、ヘディン・セルランド。

 

 『状況は把握している。実に不愉快だが、……北と西の戦線は、我々が半分受け持つ。フレイヤ様が貴様と結んだ同盟のためにもな』と伝令が伝える。

 

 都市の半分をフレイヤ・ファミリアが支えてくれるのなら、フィンは残りの半分の戦力の運用に集中できる。

 

 フィンは南の方角を睨みつけた。

 

 そこからは、ひときわ異質な、肌を粟立たせるような静かな威圧感が漂ってきていた。

 

 「ガレス! そしてフィーナ、アイズ!」

 

 「おう!」

 

 「はい、団長」

 

 「……ん」

 

 「南区画だ。……そこには『彼女』がいる可能性が高い」

 

 「……アルフィアか」

 

 ガレスが髭を震わせる。

 

 「ああ。並の冒険者では時間稼ぎにすらならない。……ガレス、君が壁になってくれ。そしてフィーナとアイズ、君たちは遊撃だ。決して無理はするな。……生きて帰ることが勝利条件だ」

 

 「承知した!」

 

 「……了解です」

 

 三人は中央広場を離れ、地獄の最前線である南方へと疾走した。

 

南メインストリート。

 

 そこはすでに、人の住む場所ではなくなっていた。

 

 瓦礫の山。燃え盛る家屋。そして、累々と積み重なる冒険者と市民の死体。

 

 「ヒャハハハ! 死ね死ねぇ!!」

 

 闇派閥の構成員たちが、逃げ遅れた親子を追い詰めている。

 

 「――邪魔」

 

 風が吹いた。

 

 次の瞬間、笑っていた男の首が宙を舞う。

 

 アイズだ。

 

 黄金の髪をなびかせ、返り血を浴びることも厭わず、無慈悲な一閃で敵を絶命させる。

 

 「次は右」

 

 「……ん。わかった」

 

 フィーナが背中合わせに立ち、冷静に次の標的を指し示す。

 

 彼女自身も、襲いかかる敵の剣を紙一重でかわし、その眼球にレイピアを突き立てていた。

 

 脳髄を破壊する、確実な即死攻撃。

 

 「ひ、ひぃッ! なんだこのガキども!?」

 

 「悪魔かッ!?」

 

 闇派閥の男たちが恐怖に顔を歪める。

 

 可憐な少女たちが、眉一つ動かさずに人を殺して回る光景は、彼らにとっても異常だった。

 

 「……悪魔で結構です」

 

 フィーナは冷たく言い放つ。

 

 「あなたたちが人間でないのなら、私たちも人間である必要はありません」

 

 「……フィーナ、傷」

 

 アイズが、フィーナの腕のかすり傷に気づく。

 

 「あ、本当だ。……【癒えよ】」

 

 一瞬で傷が消える。

 

 「……ふふ、治った。ありがと、アイズ」

 

 「……ん。フィーナの肌、傷つけさせない」

 

 死体の山の上で、二人は普段と変わらない、甘く依存しきった会話を交わす。

 

 その光景を見て、ガレスは複雑な思いを抱いていた。

 

 (……強くなった。じゃが、危ういな)

 

 ガレスは戦斧で敵を吹き飛ばしながら、二人を見守る。

 

 彼女たちの強さは、互いを守るためだけに特化しすぎている。

 

 もし片方が欠ければ、もう片方も自壊するだろう。

 

 だが、感傷に浸る時間はなかった。

 

 突如として、戦場の音が消えたからだ。

 

 爆音も、悲鳴も、炎が爆ぜる音さえも。

 

 すべてが遠ざかり、世界が真空に包まれたかのような静寂。

 

 コツ、コツ、と。

 

 瓦礫を踏む足音だけが、脳髄に直接響く。

 

 「……来たか」

 

 ガレスが脂汗を流し、戦斧を構え直す。

 

 通りの向こう。

 

 逆光の中に、一人の女性が立っていた。

 

 黒いローブ。長い灰髪。

 

 そして、その瞼は閉じられている。

 

 『静寂』のアルフィア。

 

 彼女は、まるで散歩でもするかのように戦場の只中に佇み、閉じた目のまま小さく呟いた。

 

 「……五月蠅い」

 

 囁くような、だが冷徹な拒絶。

 

 その一言で、周囲の空気が凍りついた。

 

 「私は雑音が嫌いだ。……消えろ」

 

 「やはり来よったか……! アイズ、フィーナ! 下がっておれ! こやつは次元が違う!」

 

 ガレスが咆哮し、地面を蹴る。

 

 Lv.5上位の全力を込めた、突撃。大地が割れるほどの踏み込み。

 

 だが、アルフィアは瞼を開くことすらしなかった。

 

 ただ、指先を軽く振っただけ。

 

 「【福音(ゴスペル)】」

 

 ドォォォォォォンッ!!!

 

 不可視の衝撃波。

 

 超短文詠唱魔法『サタナス・ヴェーリオン』。

 

 ガレスの巨体が、見えない巨人の手で叩かれたように弾き飛ばされた。

 

 「ぐ、がぁッ!?」

 

 鎧がひしゃげ、民家の壁を三つ突き破って転がる。

 

 「ガレスさんッ!」

 

 フィーナが叫ぶ。

 

 即座に魔法の照準を合わせる。

 

 「【謳え、残響……】」

 

 「……ほう?」

 

 アルフィアの眉が、わずかに動いた。

 

 詠唱の速度。魔力の練度。

 

 一瞬でガレスのダメージを回復させようとする判断の早さ。

 

 何より、攻撃が当たる前から詠唱を始めていた(待機していた)ことへの気配。

 

 「……回復を待機させていたのか。小賢しい」

 

 ヒュッ。

 

 アルフィアの手から、圧縮された音の塊が放たれる。

 

 狙いはフィーナ。

 

 「フィーナッ!」

 

 アイズが反応した。

 

 風を纏い、フィーナの前に滑り込む。防御など考えない、肉壁としての守護。

 

 ズドォォンッ!!

 

 「きゃぁぁぁぁっ!」

 

 二人の体が、木の葉のように吹き飛ばされる。

 

 アイズの腕が折れ、フィーナも余波で肋骨が軋む。

 

 だが。

 

 「【癒やせ】!」

 

 空中を舞いながら、フィーナは魔法を発動させた。

 

 光が二人を包む。

 

 地面に叩きつけられた時には、すでに傷は塞がっていた。

 

 「……無事、アイズ?」

 

 「……ん。平気」

 

 二人は即座に起き上がり、構え直す。

 

 「……」

 

 アルフィアは閉じた瞼の奥で、わずかな苛立ちと、興味を感じていた。

 

アルフィアが一歩踏み出す。

 

 その隙を突き、瓦礫の中から復活したガレスが、死角から襲いかかった。

 

 「よそ見をするなァァッ!」

 

 戦斧がアルフィアの首を狙う。

 

 だが、彼女は慌てない。

 

 足元に転がっていた、名もなき冒険者の遺体が持っていた安物の長剣。それを爪先で蹴り上げる。

 

 キンッ。

 

 ただの鉄くず同然の剣が、Lv.5の全力の一撃を受け流した。

 

 技術。

 

 才能の化身である彼女は、剣を持たせればザルドをも凌駕する。

 

 「遅い」

 

 剣閃が走る。

 

 ガレスの胸甲が紙のように切り裂かれ、鮮血が噴き出す。

 

 「が、ぁっ……!?」

 

 ガレスが膝をつく。致命傷に近い深手。

 

 「【癒えよ】!」

 

 だが、次の瞬間には光が降り注ぎ、ガレスの傷が塞がる。

 

 フィーナだ。

 

 彼女は距離を取りつつ、戦場のすべてを回復範囲に収めていた。

 

 「……チッ」

 

 アルフィアが小さく舌打ちをする。

 

 倒しても、倒しても、即座に元通りになる。

 

 「きりがない」

 

 だが、その心中に、ある感情が去来した。

 

 自分たち『ゼウス・ヘラ』の時代は終わった。

 

 ならば、自分たちの役割は何だ?

 

 (私は、『次代の英雄』のために踏み台となる)

 

 アルフィアは、二人の少女と一人のドワーフが放つ、諦めない光を感じ取っていた。

 

 多くの者から大切なものを奪い、恨まれ、憎しみをかい、そして超克の先へと駆り立てる。

 

 未来を託すために。世界を救うために。

 

 (ならば、試そう。貴様たちの可能性を)

 

 アルフィアは剣を捨て、両手を広げた。

 

 空気が凍りつく。

 

 世界が震えるほどの魔力が、彼女の細い体に収束していく。

 

 その兆候を見た瞬間、ガレスの顔色が土気色になった。

 

 「い、いかんッ!! 総員、退避ィィィッ!!」

 

 ガレスが突っ込む。

 

 阻止しなければ、全員死ぬ。

 

 だが、遅い。

 

 天才の詠唱は、静謐にして、絶対的な破滅の旋律。

 

 「【祝福の禍根、生誕の呪い、半身喰らいし我が身の原罪】」

 

 アルフィアの口から紡がれる言葉は、呪詛であり、祈りだった。

 

 「【禊(みそぎ)はなく。浄化はなく。救いはなく。鳴り響く天の音色こそ私の罪】」

 

 「【神々の喇叭(らっぱ)、精霊の竪琴(たてごと)、光の旋律、すなわち罪禍の烙印】」

 

 魔力が臨界点を超える。

 

 空間が悲鳴を上げる。

 

 「【箱庭に愛されし我が運命(いのち)よ砕け散れ。私は貴様(おまえ)を憎んでいる】」

 

 「【代償はここに。罪の証をもって万物(すべて)を滅す】」

 

 そして、最後の鍵が回された。

 

 「【――哭け、聖鐘楼(ジェノス・アンジェラス)】」

 

 魔法ではない。それは災害だった。

 

 天から巨大な鐘の音が降り注ぎ、破壊の音波が全方位に解き放たれる。

 

 物理的な防御など意味を成さない。空間そのものを圧砕するような波動。

 

 「グオオオオオオオオオッ!!」

 

 ガレスが吹き飛ぶ。今度ばかりは受け身も取れず、白目を剥いて気絶する。

 

 周囲の建物が粉々に砕け散り、逃げ遅れた闇派閥の兵士たちも、冒険者たちも、等しく塵となって消し飛ぶ。

 

 「……ッ!!」

 

 フィーナとアイズは、ガレスの声を聞いて、魔法の中心地からかなり離れていたことが幸いした。

 

 それでも、衝撃波は二人を襲う。

 

 アイズがフィーナを抱きしめ、背中を向ける。

 

 『エアリエル』を最大出力で展開し、障壁とする。

 

 バリバリバリッ!

 

 風の鎧が剥がされ、アイズの背中が裂ける。

 

 フィーナもまた、内臓が破裂しそうな衝撃を受ける。

 

 「……ぅ、あ……」

 

 静寂が戻った時。

 

 立っている者は、アルフィアだけだった。

 

 周囲は更地と化している。

 

 アルフィアは、ゆっくりと瞼を開けた。

 

 そこには、互いに支え合いながら、震える足で立ち上がろうとする二人の少女がいた。

 

 ボロボロで、血まみれ。

 

 だが、フィーナの手からは、まだ回復の光が溢れていた。

 

 「……逃げ、るよ……アイズ……」

 

 「……ん」

 

 勝てない。

 

 次元が違う。このままでは全滅する。

 

 フィーナは残った最後の魔力を振り絞り、ガレスさんに回復を飛ばして意識を取り戻させる。

 

 そして、懐から取り出したのは、闇派閥から奪った『火炎石』。

 

 「……喰らえッ!」

 

 フィーナはアルフィアに向け、ではなく、その手前の瓦礫の山に向けて石を投げつけた。

 

 ドォォンッ!!

 

 小規模な爆発。舞い上がる粉塵と黒煙。

 視界が遮られる。

 

 「……煙幕? 浅はかだな」

 

 アルフィアが腕を振れば、煙など消し飛ぶ。

 

 だが、その数秒が欲しかった。

 

 「ガレスさん! 走って!」

 

 「おおおッ!」

 

 アイズがフィーナを抱え、ガレスが殿(しんがり)となって、三人は煙の中を全力で疾走した。

 

 中央広場へ。フィンの元へ。

 

 生き恥を晒してでも、情報を持ち帰るために。

 

 アルフィアは、逃げゆく背中を追わなかった。

 

 ただ、ケホッと小さく咳き込み、口元の血を拭った。

 

 「……悪くはない」

 

 その背中には、未来のために悪を演じ、死地へと向かう者の、凄絶な孤独が漂っていた。




アストレアファミリアの面々の言葉遣いなどの、キャラ理解が浅いです…ごめんなさい… 。
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