もしも、ロキファミリアに闇深系少女が入ったら。   作:匿名。

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第11話

 南区画からの撤退戦。

 

 瓦礫の山を越え、血溜まりを避け、三人は中央広場を目指して疾走していた。

 

 だが、その道中で目にした光景は、地獄そのものだった。

 

 「――あ、あぁ……」

 

 フィーナが走りながら、空を見上げて絶句する。

 

 夜闇を切り裂くように、一本の巨大な光の柱が天へと昇っていったからだ。

 

 それは、神が下界での肉体を失い、天界へと強制送還される際に放つ『神の光』。

 

 つまり、どこかのファミリアの主神が、今この瞬間、殺されたのだ。

 

 「……嘘だろ」

 

 ガレスが呻く。

 

 だが、絶望はそれでは終わらなかった。

 

 一本、また一本。

 

 北で、東で、西で。

 

 まるで死を告げる鐘のように、次々と光の柱が立ち昇っていく。

 

 「……ステイタスが、消えた」

 

 近くで戦っていた冒険者が、突然膝をついた。

 

 「力が……抜ける……嘘だ、神様が……死んだのか……?」

 

 主神が送還されれば、その眷属に与えられた『神の恩恵(ファルナ)』は封印される。

 

 超人的な身体能力を失い、魔法もスキルも使えない、ただの人間へと戻る。 

 

 戦場の只中で。

 

 「ヒャハハハ! 落ちた落ちたぁ!!」 

 

 「狩りの時間だ! 殺せ殺せ殺せぇ!!」

 

 闇派閥(イヴィルス)の兵士たちが、力を失った冒険者たちに襲いかかる。

 

 抵抗すらできない。鎧の重さに耐えられず倒れた戦士の首が、無慈悲に跳ね飛ばされる。

 

 魔法を使おうとして不発に終わり、絶望の中で串刺しにされる魔導士。

 

 「……ッ!!」

 

 フィーナの視界が赤く染まる。

 

 許せない。神を狙い、力を奪ってから虐殺する。あまりにも卑劣で、あまりにも効率的な悪意。

 

 (……ロキ様!)

 

 一瞬、最悪の想像がよぎる。

 

 だが、ロキは今、フレイヤと共に『戦場の原野』にいる。あの鉄壁の守りがある限り、大丈夫なはずだ。

 

 フィンの判断が、首の皮一枚で最悪の事態(ロキ・ファミリアの消滅)を防いでいた。

 

 「……邪魔」

 

 アイズが風のように駆ける。

 

 力を失った冒険者に刃を振り下ろそうとしていた敵兵を、すれ違いざまに切り捨てる。

 

 「助けます! 走って!」

 

 フィーナも続く。

 

 目に映る敵を、可能な限り排除する。 

 

 だが、多すぎる。

 

 オラリオ全土が燃えている今、三人だけで救える命など、砂浜の砂粒を数えるようなものだった。

 

 中央広場。

 

 そこは負傷者と避難民で溢れかえり、野戦病院と化していた。

 

 「団長! ガレス様たちが戻りました!」

 

 団員の叫び声に、指揮を執っていたフィンが振り返る。

 

 「……ガレス! アイズ、フィーナ!」

 

 フィンが駆け寄る。その顔には、隠しきれない疲労と、安堵の色が浮かんでいた。

 

 「よく戻った……! 無事か!?」

 

 「……なんとかな」

 

 ガレスが苦渋に満ちた顔で答える。

 

 「じゃが……アルフィアを止めることはできんかった。あやつは、化け物じゃ」

 

 「……ごめんなさい、フィン団長」

 

 フィーナが俯く。

 

 「何も、できませんでした……。目の前でたくさんの人が死んで……私たちは、逃げ帰ることしか……」

 

 悔し涙が、煤けた頬を伝う。

 

 知識があっても、準備をしていても、圧倒的な暴力の前では無力だった。

 

 自分の手は、まだこんなにも小さい。

 

 「……フィーナ」

 

 アイズが、そっとフィーナの肩を抱いた。

 

 「生きてる。……私たちは、情報を持ち帰った。それは、無駄じゃない」

 

 「アイズ……」

 

 「……泣かないで。まだ、終わってない」

 

 アイズの言葉は少なかったが、その体温がフィーナを現実に繋ぎ止めた。

 

 そうだ。まだ戦いは続いている。

 

 泣いている暇などない。

 

 フィンは、そんな二人を見て、強く頷いた。

 

 「ああ、その通りだ。君たちがアルフィアと遭遇し、生還したという事実だけで、僕たちは対策を立てられる。……胸を張ってくれ」

 

 空が白み始める頃、闇派閥の攻勢はようやく落ち着きを見せた。

 

 だが、それは平和の訪れではない。

 

 破壊し尽くし、殺し尽くした後の、死の静寂だった。

 

 「……行きます、アイズ」

 

 「……ん」

 

 フィーナは休息を拒否した。

 

 腰のポーチに、ありったけの精神力回復薬(マインド・ポーション)を詰め込む。

 

 自分の足はもう限界を超えていた。だが、魔法は使える。

 

 「乗って」

 

 アイズがフィーナを軽々と抱き上げる。お姫様抱っこ。

 

 「私が足になる。……フィーナは、魔法に集中して」 

 

 「はい。お願いします」

 

 二人は、黄金の風となって広場を飛び出した。

 

 目指すは、各所に点在する負傷者の山。

 

 「【癒えよ】!」 

 

 「【癒えよ】!」

 

 移動しながら、フィーナは魔法をばら撒く。

 

 重傷者を見つけては駆け寄り、アイズに抱かれたまま手をかざす。

 

 「あ、足が……俺の足が……」

 

 瓦礫に挟まれた冒険者が泣き叫んでいる。

 

 「大丈夫です! すぐに治ります!」

 

 フィーナの魔法が、砕けた骨を繋ぎ、裂けた筋肉を修復する。

 

 「……え?」

 

 冒険者が呆然とする。

 

 痛みがない。それどころか、徹夜で戦い続けた疲労すら消え失せている。

 

 「な、なんだこの魔法……? 上級ポーションよりすげぇ……」

 

 「次へ行きます! アイズ!」

 

 「……ん!」

 

 休む間もない。

 

 移動中にフィーナはポーションをあおる。

 

 苦い薬液を喉に流し込み、無理やり精神力を回復させ、また魔法を使う。

 

 その繰り返し。

 

 「おい見ろ、あの二人……」

 

 「金色の風と……銀色の髪の女の子?」

 

 「すげぇ、毒も麻痺も一瞬で治しやがったぞ!?」

 

 血と泥に塗れた少女たちが、戦場を駆け巡り、奇跡のような回復魔法を振りまく姿。

 

 それは、絶望に沈む人々にとって、あまりにも神々しく、そして痛々しかった。

 

 自身がボロボロになりながら他人を救うその姿は、天使というよりは、使命に縛られた聖女のようだった。

 

 「……助ける。一人でも多く」

 

 フィーナの目は血走っていた。

 

 一秒早ければ助かる命がある。自分の休憩時間は、誰かの命と引き換えだ。

 

 その強迫観念が、彼女を突き動かしていた。

 

 夜が完全に明けた。

 

 被害の全貌が明らかになるにつれ、オラリオを覆う空気は「恐怖」から「絶望」、そして「怒り」へと変質していった。

 

 死者数、不明。

 

 数柱の神が送還され、数え切れないほどの冒険者が力を失い、殺された。

 

 巻き込まれた一般市民の犠牲は、それを遥かに上回る。

 

 「もうだめだ……終わりだ……」

 

 生き残った神々ですら、瓦礫の前で膝をつき、眷属の遺体にすがって泣いていた。

 

 「私のファミリアが……子供たちが……」

 

 そして、行き場のない恐怖は、矛先を求めた。

 

 「門を開けろぉぉぉッ!!!」 

 

 中央広場に通じる大通りで、怒号が上がった。

 

 数百、数千の市民が、市壁の門へと押し寄せている。

 

 「こんな街にいたら殺される! 外へ逃がせ!」

 

 「なんで冒険者は守ってくれないんだ! お前らの役目だろう!」

 

 「門を開けろ! 俺たちを見殺しにする気か!」

 

 パニックに陥った群衆心理。

 

 だが、今、門を開ければどうなるか。

 

 外には闇派閥が待ち構えている。市民が外に出れば、虐殺の宴が始まるだけだ。

 

 それに、一度門を開放すれば、闇派閥の侵入を許すことになる。

 

 「だ、だめです! 門は開けられません! 外は危険です!」

 

 警備にあたるガネーシャ・ファミリアの団員たちが必死に止める。

 

 だが、市民たちは聞く耳を持たない。

 

 「うるせぇ! どけッ!」

 

 石が投げられる。罵声が浴びせられる。

 

 昨日まで「英雄」と崇められていた冒険者たちが、今は「無能」「人殺し」と罵られている。

 

 今のオラリオとは、その様な状態であった。

 

 オラリオの街路は、血と煤、そして人々の怨嗟の声で埋め尽くされていた。

 

 「どいてください! 救護班が通ります!」

 

 アイズが叫び、人垣をこじ開ける。

 

 その腕の中には、顔面蒼白で荒い息を吐くフィーナの姿があった。

 

 「……【癒えよ】」

 

 フィーナが震える手をかざす。

 

 瓦礫の下敷きになり、腹を裂かれた冒険者の傷が、瞬く間に塞がっていく。

 

 だが、その代償としてフィーナの顔色はさらに悪くなる。

 

 「うっ、ぐ……」

 

 フィーナは口元を押さえ、込み上げる嘔吐感を必死に飲み込んだ。

 

 精神力(マインド)の枯渇。

 

 それを補うために、彼女は短時間で致死量に近いほどの回復薬(マインド・ポーション)を摂取し続けていた。

 

 「……これを」

 

 ロキ・ファミリアの支援班が駆け寄り、最高品質の『ハイ・マインド・ポーション』を差し出す。

 

 今のオラリオにおいて、フィーナは最優先保護対象だった。

 

 彼女の魔法『ディア・リヴィーレ』は、瀕死の重傷者を一瞬で戦線復帰させる唯一無二の希望。ディアンケヒトの拠点すら機能不全に陥る中、彼女という存在そのものが「移動する最高級病院」となっていたのだ。

 

 「……ありがとうございます」

 

 フィーナは受け取り、苦い薬液を流し込む。

 

 胃が痙攣し、拒絶反応を示す。だが、彼女は無理やり胃の腑に落とし込んだ。

 

 「……次へ。急ぎましょう、アイズ」

 

 「……ん。でも、フィーナ、もう限界」

 

 「まだ動けます。……動かなきゃ」

 

 フィーナの瞳は、強迫観念に焼かれていた。

 

 だが、現実は残酷だった。

 

 どれほど強力な魔法があろうと、フィーナは一人の少女に過ぎない。

 

 魔力はあっても、それを支える精神と肉体には限界がある。

 

 そして何より、胃袋の容量には限りがある。

 

 「……ごめんなさい。もう、飲めません……」

 

 フィーナがポーションの瓶を取り落とす。

 

 目の前には、全身に火傷を負い、虫の息の少女が横たわっている。

 

 「おい! 何してる! 早く治せよ!」

 

 少女の父親と思しき男が、フィーナに掴みかかる。

 

 「ポーションならあるだろう! なんで飲まない! 俺の娘を見殺しにする気か!?」

 

 「ち、違うんです……体が、もう……」

 

 「言い訳するな! お前ら冒険者が守らなかったせいで、こんなことになったんだぞ!」

 

 「人殺し! 偽善者!」

 

 罵声が飛ぶ。石が投げられる。

 

 極限状態の市民にとって、目の前で「助かる可能性」を放棄した(ように見える)フィーナは、憎悪の対象でしかなかった。

 

 「……ッ」

 

 フィーナは唇を噛み締め、俯く。

 

 (私が……もっと強ければ。原作(みらい)を知っていたのに、何も変えられなかった……)

 

 知識があった。闇派閥の動きも、アルフィアの脅威も知っていた。一度は見捨てると決めたはずの命。

 

 だが、それでも実際目の当たりにすると助けずにはいられなかった。

 

 結果はこの惨状だ。

 

 自分の無力さと、驕りが、この地獄を招いたのではないか。

 

 罪悪感が、彼女の心を押し潰そうとしていた。

 

 「……離れろ」

 

 冷徹な声と共に、黄金の風が男を弾き飛ばした。

 

 アイズだ。

 

 彼女はフィーナを抱き寄せ、憎悪に満ちた群衆を睨みつけた。

 

 「手出しはさせない。……フィーナは、戦ってる」

 

 アイズの剣幕に、男たちがたじろぐ。

 

 アイズはフィーナを連れ、路地裏へと退避した。

 

 へたり込むフィーナの目から、大粒の涙が溢れ出す。

 

 「……アイズ、ごめんなさい… 私、偽物です……。一度は見捨てたのに、傷ついている人がいたら動かずにはいられなくて… 。知っていたのに、準備していたのに……誰も救えない……」

 

 「フィーナ」

 

 アイズはフィーナの頬を両手で挟み、無理やり顔を上げさせた。

 

 その黄金の瞳は、揺らぐことなくフィーナを射抜いている。

 

 「……全部は、救えない」

 

 「っ……」

 

 「神様でも、無理。……フィーナは、人間」

 

 アイズは、自分の服の袖でフィーナの涙を拭う。

 

 「でも、フィーナのおかげで、助かった人がいる。……私も、その一人」

 

 「アイズ……」

 

 「世界中を救えなくてもいい。……フィーナが壊れる方が、嫌だ」

 

 アイズは静かに、けれど熱っぽく告げた。

 

 「割り切って。……フィーナが倒れたら、もっと多くの人が死ぬ。だから、今は休んで」

 

 その言葉は、冷たい現実の肯定であり、同時に最大限の救済だった。

 

 すべての命は背負えない。

 

 ならば、手の届く範囲、そして何より大切な「隣人」だけは絶対に守り抜く。

 

 「……うん」

 

 フィーナは泣きながら頷いた。

 

 「私……アイズだけは、絶対に守ります。たとえ、世界中を敵に回しても」

 

 共依存の誓い。

 

 二人は泥濘の中で抱き合い、互いの体温で冷え切った魂を温め合った。

 

フレイヤ・ファミリアの本拠地、『戦場の原野(フォールクヴァング)』の作戦会議室。

 

 オラリオの命運を握る重要会議が、静かに、しかし重苦しい空気の中で行われていた。

 

 「……報告は以上だ」

 

 フィン・ディムナが、オラリオの地図に赤い印をつけながら口を開く。

 

 その顔には、指揮官としての冷徹な仮面と、人間としての苦悩が同居していた。

 

 「アイズから聞いたよ、フィーナ。……君は、市民の治療に奔走し、その結果、限界が来て倒れたそうだね」

 

 「……はい。でも、まだ動けます」

 

 フィーナが気丈に答えるが、その顔色は蝋のように白い。

 

 「だめだ」

 

 フィンは即座に却下した。

 

 「今後、君の回復魔法は『Lv.2以上の冒険者』に限定する。……市民の治療は、他の下級ヒーラーや支援班に任せてもらうよ」

 

 「なっ……!?」

 

 フィーナが目を見開く。

 

 「で、ですが……! Lv.1の冒険者や、一般市民を見捨てるということですか!? 彼らには、私の魔法が必要なんです!」

 

 「……だが、君のリソースには限りがある」

 

 フィンは淡々と、しかし残酷な事実を突きつけた。

 

 「君が倒れれば、前線を支える高レベル冒険者が回復できなくなる。そうなれば戦線が崩壊し、結局は全員が死ぬことになる。……優先順位を間違えるな」

 

 「っ……」

 

 フィーナは拳を握りしめた。

 

 フィンの言うことは正しい。論理的で、最も生存率の高い選択だ。

 

 だが、感情がそれを拒絶する。目の前で苦しむ人々を見捨てろと言うのか。私も一度はその道を選べたはずであるのに…

 

 「……わかったな、フィーナ」

 

 「……はい。わかりました…」

 

 フィーナは血が滲むほど唇を噛み締め、頭を下げた。

 

 その姿を見て、アイズがそっと彼女の手を握った。

 

 言葉はない。ただ、その体温だけがフィーナの冷えた心を支えていた。

 

 さらにフィンは続ける。

 

 「物資についても同様だ。……ロキ・ファミリアが確保したエリクサーや精神力回復薬は、すべて有効に使える冒険者のみに配給する。市民には回さない」

 

 会議室が静まり返る。

 

 誰も反論できなかった。それが、この地獄を生き抜くための唯一の解だと理解してしまったからだ。

 

ロキの私室。

 

 張り詰めた空気の中、フィーナの背中に刻まれたステイタスが露わになる。

 

 ロキは、その文字列を見て、恐怖ではなく「驚嘆」に目を見開いた。

 

【ステイタス更新結果:フィーナ・アルジス】

Lv. 3

 力:I 0 → H 210

 耐久:I 0 → C 520

 器用:I 0 → H 250

 敏捷:I 0 → H 200

 魔力:I 0 → A 860

 【特記事項】:耐久と魔力を除くステータスに大幅ペナルティー

 

 「……なんや、これ」

 

 ロキが声を漏らす。フィーナは不思議そうに首を傾げた。

 

 「ロキ様? どうかされたんですか?」

 

 ロキは指でフィーナの背中をなぞる。

 

 「ステータス上のペナルティーや。フィーナたんがアルフィア倒す、あるいは誰かがアルフィアを倒すまでずっと続く常時発動のデバフや。」

 

 「え?」

 

 「『力』『器用』『敏捷』……攻撃や回避に必要なステータスが大幅に下がっとる。フィーナたん、これからは治癒師として専念し。それと、新しい魔法覚えとるで。」

 

 ロキが示した先には、新たな魔法の名と、長く美しい詠唱文が刻まれていた。

 

 それは、攻撃でも回復でもない。

 

 ただ「守りたい」という純粋な祈りが、神の恩恵(ファルナ)というシステムに反映されたもの。

 

【魔法】

『ディア・ヴェール・リヴィーレ』

 

詠唱文

【私の願いは、ただ一つ。

――どうか彼女に、祝福を。

 

永(とわ)の聖域、ここに在れ。

 

聖想(かみ)の名をもって――

どうかあの娘に、安寧を。

この温もりだけは、失わせない。】

 

効果

 ・付与魔法。

 ・術者の【耐久】を礎とした障壁を対象に付与する。

 ・想いの強さに比例して障壁強度が増大する。

 

 「……『想いの強さに比例』やて?」

 

 ロキが呆れたように、しかし楽しげに笑う。

 

 「つまり、フィーナたんがアイズたんを想えば想うほど、その障壁は硬くなる。……ようはフィーナたんの愛の深さによって強なるいうことや」

 

 ロキの私室。

 

 ステイタス更新を終えたロキは、羊皮紙をひらひらとさせながら、ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべた。

 

 「……しっかし、凄まじい魔法やな。愛の深さで強度が変わるて。フィーナたん、あんたどんだけアイズたんのこと好きなん?」

 

 「……ッ」

 

 フィーナの顔が、熟れたトマトのように赤く染まる。

 

 だが、彼女は視線を逸らさず、隣に座るアイズの手をぎゅっと握りしめた。

 

 「……私の全てです。アイズがいない世界なら、私は生きている意味がありませんから」

 

 「うわ、重っ! 愛が重いわー! 胃もたれするわー!」

 

 ロキは大げさに仰け反ってみせたが、その朱色の瞳は真剣だった。

 

 「せやけど、それが『対価』や。他を捨ててでも、ただ一人を守り抜く。……まさに聖女の自己犠牲(エゴ)やな」

 

 ロキはアイズに向き直った。

 

 「アイズたん。フィーナたんは今、攻撃する力も、逃げる足も失った状態や。今までみたいに前衛で並んで戦うことはできへん。……あんたが守ったるんやで」

 

 「……ん。わかってる」

 

 アイズは静かに、けれど力強く頷いた。

 

 「フィーナは私の盾。……だから、私はフィーナの剣になる。誰にも、フィーナには触れさせない」

 

 「よっしゃ。ほな、フィンたちにも報告しとき。……この魔法、次の決戦の『切り札』になるかもしれへんで」

 

 その後、二人は作戦会議室へ向かい、フィンとリヴェリアにステイタスの更新内容と新魔法について報告した。

 

 「……なるほど。『想導障壁(アイギス・アフェクション)』か」

 

 フィンは羊皮紙を見つめ、親指の爪を噛んだ。その碧眼が、高速で戦術を組み立て直していく。

 

 「ペナルティーによるステイタス低下は痛手だが……それを補って余りある防御力だね。想いの強さに比例して際限なく硬くなる盾。……理論上は、アルフィアの『福音』すら防げるかもしれない」

 

 「呆れたものだな」

 

 リヴェリアが、感心と呆れが入り混じった溜息をつく。

 

 「術者の『耐久』を基礎値にするとはいえ、精神的な感情をここまで物理干渉力に変換する術式など、聞いたことがない。……フィーナ、お前の中にどれほどの執念が渦巻いているのやら」

 

 「執念ではありません、リヴェリア様。……純愛です」

 

 フィーナが真顔で即答すると、リヴェリアは「そ、そうか……」と少し気圧されたように目を泳がせた。

 

 フィーナにとっての愛とは、無償奉仕。誰かのために自分を消費すること。一般に愛と言われる、家族愛、恋情にも似たことが言えるのだろうが、フィーナは、アイズに対価を求めていなかった。

 

 求めているのはただ一つ。大切な存在に自分の全てを捧げること。

 

 誰かのために死ぬ。これがフィーナにとっての愛なのだ。人間には生存本能やら、相手より自分の方が大切という優先順位や、少しでも長く生きたいという願望がある。死を前にしたら大半の人間は自分を優先する。本能を感情をそういう一切を抑えて相手のために命を差し出せる。

 

 これがフィーナにとっての愛だ。

 

 神々であれば、フィーナの愛を贖罪と祈りが混ざった愛とでもいうだろう。

 

 「いいだろう」

 

 フィンが顔を上げる。

 

 「フィーナの役割を再設定する。君は後衛の『守りの要』だ。……アルフィアの攻撃を君が防ぎ、その隙に他のものが首を取る。そういう布陣で行こう」

 

 それからの数日間、フィーナとアイズが最前線に立つことはなかった。

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