もしも、ロキファミリアに闇深系少女が入ったら。   作:匿名。

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第12話

 だが、彼女たちが休息を与えられたわけではない。

 

 待っていたのは、戦場よりも過酷な『死の特訓』だった。

 

 場所は、フレイヤ・ファミリアの闘技場。

 

 相手は、都市最強の派閥が誇る第一級冒険者たち。

 

 「――遅い」

 

 ズバァァァンッ!!

 

 ヘディンの剣が、フィーナの脇腹を抉る。

 

 「がっ……あぁッ!」

 

 フィーナが血を吐いて吹き飛ぶ。

 

 ペナルティーにより『敏捷・器用』が低下している今の彼女には、Lv5の剣戟など視認することすら不可能だった。

 

 「フィーナッ!」

 

 アイズが即座にカバーに入ろうとするが、それをヘグニの魔剣が阻む。

 

 「……剣姫、余所見は死ぬぞ」

 

 「【癒えよ】ッ……!」

 

 地面を転がりながら、フィーナは即座に魔法を発動させる。

 

 抉れた肉が塞がり、激痛が引いていく。

 

 (……速い。これが、本来の戦い……!)

 

 今までフィーナは、高いステイタスに任せて前衛で暴れ回っていた。

 

 だが、今は違う。足が遅い。剣も振れない。

 

 彼女は、強制的に『純粋な魔導士(ヒーラー)』としての立ち回りを叩き込まれていた。

 

 敵の殺気(ヘイト)を読み、アイズの死角に入らないように位置を取り、味方が被弾する「直前」に詠唱を開始する。

 

 被弾と同時に回復を重ねる『先読みヒール』。

 

 「――【ディア・ヴェール・リヴィーレ】!」

 

 アイズに迫るアレンの追撃に対し、フィーナは新魔法を展開する。

 

 半透明の水晶のような障壁が、アイズを包み込む。

 

 ガギィィィンッ!!

 

 ヘグニの剣が、障壁に弾かれた。

 

 「……硬いな」

 

 「今です、アイズ!」

 

 「……ん! 【リル・ラファーガ】!」

 

 障壁の内側から、アイズが風を纏った刺突を放つ。

 

 攻防一体の要塞。それが、今の二人のスタイルだった。

 

 そして、特訓の最後には、最も残酷なメニューが用意されていた。

 

 それは、フィーナの『耐久』ステイタスを極限まで高めるための、文字通りの「特訓」だった。

 

 「……いいか、動くなよ」

 

 ヘディンが冷酷な目で剣を構える。

 

 フィーナは武器を持たず、防具も外して、ただそこに立っていた。

 

 防御禁止。回避禁止。

 

 ただ、斬られ、耐え、治す。

 

 「……お願いします」

 

 ザシュッ!!

 

 「ぐ、ぁぁぁぁぁぁぁッ!!」

 

 ヘディンの剣が、フィーナの太腿を貫く。骨が砕ける感触。

 

 普通ならショック死する激痛。

 

 「【癒えよ】ッ……はぁ、はぁ……!」

 

 脂汗を流しながら、フィーナは即座に回復する。

 

 「次だ」

 

 ドスッ!!

 

 今度は肩。次は腹。

 

 「が、あ、ぐぅッ……!」

 

 Lv.5の攻撃を無防備で受け続ける。

 

 ダメージを受け、回復するたびに、フィーナの背中の『耐久』ステイタスに経験値が蓄積されていく。

 

 「死ななければ強くなる」という、狂気的なレベリング。

 

 それを見守るアイズの表情は、悲痛に歪んでいた。

 

 「……ッ」

 

 代われるものなら代わりたい。けれど、これはフィーナにしかできない。

 

 彼女の耐久を上げるためには、肉体の強度を上げ続けるしかないのだ。それに耐久が無ければ死ぬのは彼女だ。

 

 「……まだ、いけます」

 

 血溜まりの中で、フィーナは笑った。

 

 その瞳は、痛みで潤みながらも、決して折れてはいなかった。

 

 「もっと……もっと硬く。アイズを守れるなら、こんな痛み、なんてことありません」

 

 その狂気じみた献身に、オッタルと稽古を終えたアレンですら、わずかに顔を引きつらせた。

 

 「……ドMか、お前は。気色悪い」

 

 「ありがとう、ございます……!」

 

 フィーナはポーションをあおり、次の斬撃を待つ。

 

 こうして、血と苦痛に塗れた日々が過ぎていった。

 

 すべては、来るべき『静寂』との決着のために。

 

 その報告がもたらされたのは、夜明け前だった。

 

 フレイヤ・ファミリアの本拠地にある作戦本部。

 

 血相を変えて飛び込んできたのは、ヘルメス・ファミリアの隠密偵察兵だった。

 

 「ほ、報告ッ!! 緊急報告です!!」

 

 「落ち着け。何があった?」

 

 フィンが冷静に促す。だが、偵察兵の顔色は恐怖で青ざめ、唇が震えていた。

 

 「し、深層……37階層より下から……『何か』が上がってきています!」

 

 「何か、とは?」

 

 「黒い……巨大な怪物です! 既存のモンスターデータに該当なし! ですが、その進行ルート上のモンスターが、すべて消滅しています……!」

 

 偵察兵は、絶望を吐き出すように叫んだ。

 

 「奴は……地上を目指しています! 今の速度なら、明日には18階層を突破し、バベルの直下へ到達します!」

 

 「……!」

 

 室内に戦慄が走る。

 

 フィンは地図を睨みつけた。

 

 オラリオ全土で多発した爆破テロ。市民をパニックに陥れ、冒険者を疲弊させた波状攻撃。

 

 それら全ては、この「本命」を通すための舞台装置だったのか。

 

 「……狙いは、地上と地下からの挟撃」

 

 フィンが低く呟く。

 

 「アルフィアとザルドだけじゃない。彼らは、ダンジョンの深淵から『災厄』そのものを引きずり出し、オラリオを物理的に地図から消し去る気だ」

 

 「冗談やないで……」

 

 ロキが爪を噛む。

 

 「そんなんが地上に出てきたら、冒険者どころか、一般市民も全滅や」

 

 「……決断の時だ」

 

 フィンは立ち上がった。その瞳に、迷いはなかった。

 

 「全冒険者を招集する。……最後の賭けに出る」

 

 数時間後。

 

 中央広場には、傷ついた冒険者たちが集結していた。

 

 ロキ、フレイヤ、ガネーシャ、ヘルメス、アストレア……派閥の垣根を超えた、オラリオの残存戦力の全てだ。

 

 だが、その表情は暗い。

 

 多くの仲間を失い、市民に罵倒され、心身ともに限界を迎えていた。

 

 その中心にある演説台に、フィン・ディムナが立った。

 

 彼は魔石スピーカーを使い、静かに、しかし力強く語り始めた。

 

 「皆、聞いてくれ」

 

 勇者の声。だが、そこにいつもの演劇めいた響きはない。

 

 あるのは、血を吐くような悲痛さと、燃え盛る闘志だけだった。

 

 「僕たちは、多くを失った。隣にいた友はもういない。守るべき市民からは石を投げられた。……逃げ出したいと思った者もいるだろう。僕もそうだ」

 

 広場がざわめく。

 

 あの勇者が、弱音を吐いた?

 

 「だが、思い出してほしい。……君たちの友は、何のために剣を取った? 何のために魔法を放ち、散っていった?」

 

 フィンは広場を見渡す。

 

 「彼らは、この都市を守るために死んだ。家族を、恋人を、明日を守るために命を燃やしたんだ!」

 

 フィンの声が熱を帯びる。

 

 「ここで僕たちが膝を折れば、彼らの死は無駄になる! 奴らの生きた証は、絶望の中に消える! ……それでいいのか!?」

 

 「……いやだ」

 

 誰かが呟いた。

 

 「ふざけるな……あいつは、あいつは必死に戦ったんだ!」

 

 「顔を上げろ、冒険者たちよ!」

 

 フィンが槍を掲げる。

 

 「敵は深淵より来る。絶望の化身だ。だが、僕たちには『意志』がある! 死んでいった者たちの想いを継ぐ、熱い血が流れている!」

 

 「戦おう! 最後の、最後の一人になるまで! このオラリオが、僕たちの誇りであると証明するために!」

 

 「うおおおおおおおおおおおおッ!!!」

 

 広場が揺れた。

 

 絶望は、怒りへ。そして使命感へと変わる。

 

 フィンの檄は、死に体だった冒険者たちの魂に、最後の火を灯したのだ。

 

演説の後、フィンは即座に部隊編成を発表した。

 

 「部隊は二つに分かれる。……『地上殲滅部隊』と『深層討伐部隊』だ」

 

 フィンは、ほぼ全ての冒険者を地上部隊に割り振った。

 

 「闇派閥の主力は、数で押してくる『信者』たちだ。彼らを放置すれば市民が死ぬ。……これを、全ファミリアの総力を挙げて殲滅する」

 

 数は脅威だが、個々のレベルは低い。連携さえ取れれば、質で勝る冒険者側が有利だ。

 

 「そして……地下より来る『黒い怪物』を叩く、精鋭部隊を選抜する」

 

 フィンが呼び出したのは、五人の名前だった。

 

 「アイズ・ヴァレンシュタイン。フィーナ・アルジス。……リヴェリア・リヨス・アールヴ」

 

 ロキ・ファミリアから三名。

 

 そして。

 

 「ヘディン・セルランド。ヘグニ・ラグナール」

 

 フレイヤ・ファミリアから、白エルフと黒エルフのコンビ。

 

 「……ふざけているのか、パルゥム?」

 

 ヘディンが眉をひそめ、眼鏡を押し上げた。

 「我々に、そのハイエルフの王族と組めと? 正気か、パルゥム」

 

 「適材適所だよ、ヘディン」

 

 フィンは揺るがない。

 

 「フィーナとアイズは、君たちのファミリアで特訓を受け、連携の基礎ができている。……そしてリヴェリアは、オラリオ最強の魔導士であり、同じエルフだ。君たちとの相性も悪くないはずだ」

 

 「……王族(ハイエルフ)か」

 

 ヘグニがフードの下で目をぎらつかせる。

 

 「魂の色が眩しい……。だが、俺の『ダインスレイヴ』と歩調が合うかな?」

 

 「ふん。……足手まといになれば、王族だろうと切り捨てるぞ」

 

 「貴様らに心配される筋合いはない」

 

 リヴェリアが冷然と言い放つ。

 

 「背中を預けるつもりはないが……敵を滅ぼす火力が欲しいなら、私の右に出る者はいない」

 

 バチバチと火花が散る。

 

 高潔な王族と、戦闘狂の眷属。

 

 水と油のような関係だが、その実力は間違いなく都市最高峰の「エルフ部隊」だった。

 

 「頼もしいね」

 

 フィンは苦笑しつつ、フィーナとアイズに向き直った。

 

 「君たちの役割は、この強力な矛を支え、繋ぐことだ。……フィーナ、君の回復魔法が鍵になる」

 

 「はい。……任せてください!」

 

 フィーナが頷く。

 

 アイズもまた、剣を握りしめた。

 

 出発直前、フィンはこの五人に特別なアイテムを配給した。

 

 「これは……?」

 

 アイズが、手渡された小瓶や奇妙な魔道具を見る。

 

 「アスフィ・アル・アンドロメダ……『万能者』が作った魔道具の数々だ」

 

 フィンが説明する。

 

 「透明化の布、爆発する魔剣、一度だけ魔法の威力を上げる効果がある試作品のマジックアイテム。……それに、最高級のエリクサーと精神力回復薬だ」

 

 「随分と豪華だな」

 

 ヘディンが鼻を鳴らす。

 

 「ああ。……もし、地下で『怪物』以外に遭遇した場合の保険だ」

 

 フィンの顔色が厳しくなる。

 

 「アルフィア、あるいはザルド。……彼らが地下で待ち構えていた場合、戦って勝とうとするな」

 

 「これらのアイテムを惜しみなく使い、逃げ回り、時間を稼げ」

 

 フィンはフィーナの目を見据えた。

 

 「君たちの目的は、黒い怪物の討伐だ。……幹部との戦闘は、地上が片付き次第、僕たちが引き受ける。それまでは、何をしてでも生き残れ」

 

 「……わかりました」

 

 それは、実質的な「捨て駒」に近い任務でもあった。

 

 地上部隊が勝利するまで、地下で孤立無援のまま、災厄と英雄の相手をし続けなければならない。

 

 「行くぞ、お前たち」

 

 ヘディンがマントを翻す。

 

 「女神(フレイヤ)の名に泥を塗るな。……死ぬなら、敵を道連れにして死ね」

 

 「……ん。行く」

 

 「はい、アイズ」

 

 五人の精鋭は、バベルの地下、ダンジョンへの入り口へと向かった。

 

 背後では、地上の闇派閥を殲滅すべく、数千の冒険者たちが雄叫びを上げて突撃を開始していた。

 

 大抗争最終日。

 

 オラリオの存亡を賭けた、二つの戦場が幕を開ける。

 

 バベルの地下、ダンジョンへの入り口。

 

 選抜された五人の精鋭たちは、巨大な縦穴の前に立っていた。

 

 「いいか、一度しか言わん。耳の穴をかっぽじって聞け」

 

 ヘディン・セルランドが眼鏡を押し上げ、冷徹な視線を向ける。

 

 「我々が目指すのは18階層『アンダー・リゾート』だ。……奴(黒い怪物)は巨大すぎる。狭い通路や入り組んだ階層では捕捉できない。奴が地上へ出るために必ず通過する広大な空間、すなわち18階層こそが、唯一の迎撃ポイントとなる」

 

 「……そこで待ち伏せ、ということか」

 

 リヴェリアが頷く。

 

 「そうだ。移動に時間はかけられん。……飛び降りるぞ」

 

 ヘディンは躊躇なく縦穴を指差した。

 

 通常なら即死する高さ。だが、今の彼らには「聖女」がいる。

 

 「……行きます」

 

 アイズがフィーナを抱きかかえ、風を纏って虚空へと身を投げた。

 

 続いてエルフたちが飛び込む。

 

 ヒュオオオオオオッ!!

 

 猛烈な風圧。数階層分を一気に落下し、地面が迫る。

 

 ドォォォォォンッ!!

 

 着地の衝撃で岩盤が砕ける。骨がきしむ音が響く。

 

 だが、その音は即座に癒やしの光にかき消された。

 

 「【癒えよ】!」

 

 フィーナが即座に魔法を発動。

 

 全員のHPが満タンになり、着地のダメージなど「なかったこと」になる。

 

 「……ふん。便利な移動手段だ」

 

 ヘディンは服の埃を払い、何食わぬ顔で歩き出した。

 

 彼らは最短ルートを突き進み、数時間かかる道のりをわずか数十分で踏破して18階層へと到達した。

 

 「……これが、18階層か?」

 

 到着した一行を待っていたのは、かつての美しい「迷宮の楽園」ではなかった。

 

 水晶の輝きは失われ、空は赤黒く染まっている。

 

 地面からは、間欠泉のように火柱が噴き上がり、岩壁は溶け落ちている。

 

 まるで深層の『龍の壺』、あるいは52階層以降の灼熱地帯を再現したかのような地獄絵図。

 

 「下からの砲撃か……!」

 

 ヘグニが黒剣を構える。

 

 地下深くにいる「黒い怪物」が放つ攻撃が、岩盤を貫通してここまで届いているのだ。地雷原のように、いつ足元が爆発してもおかしくない。 

 

 その灼熱の荒野の中心に、一人の影が立っていた。

 

 「……遅かったな」 

 

 黒いローブ。病的な白い肌。

 

 『静寂』のアルフィア。

 

 彼女は、まるでこの地獄の門番のように、彼らの行く手を阻んでいた。

 

 「……来たか、雑音ども」

 

 ヘディンは即座に陣形を指示した。

 

 「散開ッ! アイズ・ヴァレンシュタインは前衛! ヘグニは遊撃! 私とリヴェリア、フィーナは後衛だ!」

 

 「……ッ!?」

 

 リヴェリアが目を見開く。

 

 「待てヘディン! アイズを単独で前衛だと!? 相手はLv.7だぞ!」

 

 「口を慎め、王族。今は私が指揮官だ」

 

 ヘディンは冷酷に切り捨てた。

 

 「あの小娘(アイズ)が最も速く、最も勘が良い。……囮として最適だ」

 

 その布陣を見て、アルフィアの柳眉が逆立った。

 

 静かな瞳に、明確な激怒が宿る。

 

 「……子供を、盾にするのか」

 

 アルフィアの声が低く響く。

 

 「才能ある若芽を、大人の都合ですり潰す……。それが、今のオラリオのやり方か」

 

 彼女は、かつての自分たち(ゼウス・ヘラ)が守りたかった未来が、こんな無様な形であることに失望したように見えた。

 

 「……失望した。消えろ」

 

 アルフィアが指を振る。

 

 狙いは、先頭に立つアイズ。

 

 「【福音(ゴスペル)】」

 

 超短文詠唱。

 

 反応すら許さない、不可視の衝撃波の塊。

 

 それはガレスを一撃で吹き飛ばした、Lv.7の暴力そのもの。

 

 アイズは避けられない。防御しても、腕ごと吹き飛ぶ未来が見える。

 

 だが、アイズは一歩も引かなかった。

 

 背後にいる「彼女」を信じて。

 

 「――【ディア・ヴェール・リヴィーレ】!!」

 

 アルフィアの攻撃がアイズに届く刹那。 

 

 フィーナの声が戦場に響いた。

 

 ガギィィィィィィィンッ!!!!

 

 金属音とも、ガラスが軋む音ともつかない轟音が炸裂する。

 

 アイズの眼前数センチ。

 

 そこに展開されたのは、虹色に輝く多重構造の障壁。

 

 「……なッ!?」

 

 アルフィアが目を見開く。 

 

 自分の『福音』が、止められた?

 

 「ぐ、ぅぅぅぅぅぅッ!!」

 

 後衛にいるフィーナが、血を吐くように叫ぶ。

 

 障壁には亀裂が走る。ミシミシと悲鳴を上げている。

 

 物理的には、Lv.3の魔力でLv.7の攻撃など防げるはずがない。

 

 だが、割れない。

 

 砕け散らない。

 

 「……馬鹿な」 

 

 リヴェリアが戦慄する。

 

 ハイエルフとしての魔導知識が、目の前の現象を否定している。

 

 (術式強度が……異常だ。魔法の法則を無視している……! あれほどの強固な障壁を維持するには、どれほどの『想い』が必要だというのだ!?)

 

 フィーナの『耐久』ステイタスと、アイズへの『執着』。

 

 その二つが掛け合わさり、神の理すらねじ曲げる「絶対拒絶」の盾となっていた。

 

 「アイズだけは……死なせないッ!!」

 

 「……ッ!」

 

 アルフィアの思考が、一瞬停止した。

 

 自分の攻撃が「正面から」防がれたことへの驚愕。

 

 その、わずかな隙。

 

 アイズ・ヴァレンシュタインは見逃さなかった。

 

 障壁が弾いた衝撃波の余波を、風(エアリエル)で受け流し、そのまま突っ込む。

 

 「――シッ!!」

 

 神速の踏み込み。

 

 黒い剣『デスペレート』が閃く。

 

 「……小娘ッ!」

 

 アルフィアがバックステップで回避する。

 

 だが、遅れた。

 

 シュッ。

 

 アルフィアの白い頬に、一筋の赤い線が走る。

 

 血が、宙に舞った。

 

 「……」 

 

 アルフィアが、自分の頬に触れる。

 

 指先についた血を見て、彼女はぞくりとした寒気と、歓喜に似た震えを感じた。

 

 (……届いた。私に、傷をつけた)

 

 だが、アイズは追撃をかけない。

 

 即座にバックステップで距離を取り、防御姿勢に戻る。

 

 その周囲には、再びフィーナの障壁が展開されていた。

 

 「【ディア・ヴェール・リヴィーレ】……」

 

 フィーナが息を切らせながら、障壁を張り直す。

 

 一撃防ぐごとに寿命が縮むような負荷。だが、彼女の瞳は死んでいない。

 

 (……なるほどな)

 

 ヘディンは、眼鏡の奥で冷徹に戦況を分析していた。

 

 フィーナの障壁は、アルフィアの攻撃を「一度だけ」なら完全に防げる。だが、同時にLv7の魔法がこの程度なのかと違和感も抱くのであった。

 

 そしてアイズは、その一瞬の隙に攻撃を届かせる速度がある。

 

 ヘディンは、音もなくリヴェリアの背後に近づいた。

 

 そして、誰にも――アルフィアにすら聞こえない魔法的な囁き声で、ある作戦を告げた。

 

 『……ハイエルフ。極大魔法だ』

 

 『……何?』

 

 『あの障壁と小娘を囮にする。……私の合図に合わせて、最大火力を私がいう場所に叩き込め。タイミングは……』

 

 リヴェリアの翠の瞳が揺れる。

 

 『今だ』

 

 ヘディンの囁きが、リヴェリアの耳朶を打つ。

 

 アイズとフィーナが、アルフィアという死神を相手に命を削る攻防を繰り広げている最中、参謀は冷酷な計算式を弾き出していた。

 

 『……狙いはアルフィアではない。足元……地下19階層への直撃だ』

 

 『なっ……!?』

 

 リヴェリアが目を見開き、ヘディンを睨む。

 

 だが、白エルフの瞳は凍てつくように冷静だった。

 

 『考えろ。なぜ、あの「黒い怪物」は迷うことなく地上を目指している? モンスターは本来、不規則に動くものだ。……それを的確に誘導している存在がいる』

 

 『……まさか』

 

 『そう。誘導には「餌」が必要だ。それも、極上の神の血(イコル)を持つ存在がな』

 

 ヘディンの推論はこうだ。

 

 怪物を地上へ引き上げるために、闇派閥(イヴィルス)の「主神」の誰かが、怪物の鼻先で囮になっている。

 

 つまり、怪物が19階層にいるならば、その主神もまた、すぐ直下にいるはずだ。

 

 『怪物は18階層への穴を掘っている最中だろう。…ならば、こちらから「道」を開けてやればいい』

 

 ヘディンが口元を歪める。

 

 『我々の手で怪物を引きずり出し、アルフィアにぶつける。どちらにせよ、今すぐアルフィアを倒せるわけではない。……ならばこれ以上敵の策に乗ってやる必要もあるまい。こちらからイレギュラーを起こす』

 

 『……狂っているな』

 

 リヴェリアは杖を握りしめた。

 

 Lv.7の怪物がいる戦場に、さらに深層の災厄を招き入れる。

 

 一歩間違えば全滅する賭けだ。

 

 だが、リヴェリアは見た。

 

 フィーナの障壁が悲鳴を上げ、アイズの剣が弾かれる様を。

 

 このままでは、ジリ貧だ。アルフィア一人にすら勝てない。

 

 『……わかった。乗ろう、その策に』

 

 リヴェリアは覚悟を決めた。

 

「アイズ、フィーナ! 左右に散開しろッ!」

 

 ヘディンが叫ぶ。

 

 「えっ?」

 

 フィーナが反応するより早く、リヴェリアの詠唱が完成していた。

 

 彼女の視線は、アルフィアではなく、その手前の地面に向けられている。

 

 「【間もなく、焔(ひ)は放たれる。忍び寄る戦火、免(まぬが)れえぬ破滅。開戦の角笛は高らかに鳴り響き、暴虐なる争乱が全てを包み込む。至れ、紅蓮の炎、無慈悲の猛火。汝は業火の化身なり。ことごとくを一掃し、大いなる戦乱に幕引きを。焼きつくせ、スルトの剣--我が名はアールヴ】」

 

 「【レア・ラーヴァテイン】!!」

 

 リヴェリアの放つ魔法が、18階層の岩盤に叩きつけられた。

 

 同時に、ヘディンとヘグニも最大火力の魔法と斬撃を合わせる。

 

 ドゴォォォォォォォォォンッ!!!!

 

 轟音と共に、広大な地面が陥没した。

 

 アルフィアへの攻撃だと思っていたフィーナたちは呆気にとられ、アルフィアもまた、眉をひそめてその光景を見た。

 

 「これは……」

 

 土煙が晴れる間もなく、穿たれた大穴の底――19階層から、この世のものとは思えない咆哮が響き渡った。

 

 『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!!!!』

 

 黒い影が、噴き上がる。

 

 それは、全身が漆黒の甲殻あるいは泥に覆われ、無数の触手を持つ異形の怪物。

 

 深層より来たる災厄、『黒い厄災』。

 

 そして、その怪物の頭上付近。

 

 崩落に巻き込まれそうになりながら、空中を逃げ惑う人影があった。

 

 派手な衣装を纏った、闇派閥の主神の一柱だ。

 

  土煙と轟音が渦巻く18階層。

 

 黒い怪物『デルピュネ』の咆哮が響き渡る中、崩落した瓦礫の山から、一人の男が優雅に、しかし咳き込みながら姿を現した。

 

 派手な衣装。常に浮かべる皮肉な笑み。

 

 今回のオラリオ大抗争を裏で糸引く首魁、『絶対悪』の象徴。

 

 邪神エレボス。

 

 「ケホッ、ケホッ……! おいおい、なんてことをするんだい? 危うく死ぬかと思ったじゃないか」

 

 エレボスは埃を払いながら、大穴を見る。

 

 そこには、冷ややかな視線で見下ろす白エルフの姿があった。

 

 「……チッ。生きていたか」

 

 ヘディンが露骨に舌打ちをする。

 

 「そのまま送還(し)ねばよかったものを」

 

 「ヘディンくん? 君ねぇ、神殺しは禁忌(タブー)だよ? 故意に神を殺せば、オラリオ中から糾弾される。……フレイヤの品位に関わるんじゃないかい?」

 

 エレボスはおどけて見せるが、その目は笑っていない。

 

 だが、ヘディンは鼻で笑った。

 

 「禁忌? ……何を言っている」

 

 ヘディンが雷撃の球を掌に浮かべる。

 

 「ここは戦場だ。視界の悪い中、広範囲殲滅魔法を放てば……『事故』で神が巻き込まれることもあるだろう?」

 

 「……ハハッ、なるほど。過失を装った確信犯というわけか」

 

 「そうだ。……むしろ、そうなれば良いと思っていた」

 

 ヘディンは躊躇なく、エレボスの足元へ向けて雷撃を放った。

 

 ドガァァァンッ!!

 

 「おっと!」

 

 エレボスが跳び退き、護衛の闇派閥信者が身代わりとなる。

 

 「おいおい、本気かい!? 君たち、本当に神殺しを成すつもりか!?」

 

 「知ったことか。私はモンスターと闇派閥(イヴィルス)を攻撃しているに過ぎん。……貴様がそこに突っ立っているのが悪い」

 

 ヘディンは杖を振るう。

 

 無慈悲な雷の雨。

 

 それは、エレボスを守ろうとするアルフィアへの牽制であり、同時に「守らなければ殺す」という脅迫だった。

 

 「……ッ!」

 

 アルフィアの表情が一瞬、焦燥に歪んだ。

 

 彼女は最強だ。だが、その最強の力は今、二つの枷(かせ)によって封じられていた。

 

 一つは、目の前で暴れまわる『黒い怪物(デルピュネ)』。

 

 そしてもう一つは、無防備な主神エレボスを守らなければならないという『護衛の義務』。

 

 無論、ヘディンが本気で神殺しをなそうとしているとは思っていない。だが、彼のいうように狙っていなくても巻き込まれることはあるかもしれないのだ。それに、デルピュネは、神を普通に殺しにくる。

 

 『GYAAAAAAAA!!』

 

 デルピュネが、神の血の匂いに惹かれてエレボスへ触手を伸ばす。

 

 「……邪魔だ、汚物が!」

 

 アルフィアが魔法を使い、触手を弾き飛ばす。

 

 「アルフィア、後ろ!」

 

 エレボスが叫ぶ。

 

 背後からは、ヘグニとアイズが斬りかかり、上空からはリヴェリアとヘディンの魔法が降り注ぐ。

 

 アルフィアはエレボスを背に庇い、片手で怪物を抑え、もう片手で冒険者たちの攻撃をいなす。

 

 「……くっ」

 

 さすがの『静寂』も、この状況では防戦一方にならざるを得ない。

 

 ヘディンたちは、安全圏から高みの見物を決め込んでいた。

 

 アルフィアが怪物を削り、怪物がアルフィアを削る。その消耗を待てばいい。

 

 しばらくの攻防の後。

 

 影の中から、一人の男が音もなく現れた。

 

 闇派閥の幹部、ヴィトー。

 

 「……大丈夫でしたか、主神様」

 

 ヴィトーが短剣を構え、エレボスの前に立つ。

 

 「ヴィトー! 遅い!」

 

 アルフィアが叫ぶ。

 

 「早くそいつ(エレボス)を連れて避難しろ! ……ここは私がなんとかする」

 

 「御意」

 

 ヴィトーがエレボスの腕を引こうとする。

 

 だが。

 

 「逃がすか」

 

 ヘディンが指を鳴らす。

 

 周囲の地面から雷の槍が突き出し、退路を塞ぐ。

 

 そして。

 

 「……死ね」

 

 冷え切った少女の声と共に、赤い閃光が走った。

 

 フィーナだ。

 

 彼女の手から放たれたのは、魔法ではない。

 

 『火炎石』。

 

 狙いは、ヴィトーではない。アルフィアでもない。

 

 ――エレボスだ。

 

 「なっ……!?」

 

 エレボスが目を見開く。

 

 牽制ではない。脅しでもない。

 

 明確な『殺意』を持って、神の顔面へと投擲された爆弾。

 

 「主神様ッ!!」

 

 ヴィトーが身を呈して前に出る。

 

 ドゴォォォォォンッ!!

 

 爆炎が弾ける。

 

 ヴィトーが吹き飛び、エレボスも爆風で地面に転がる。

 

 「……本気か?」

 

 エレボスは、煤けた顔でフィーナを見た。

 

 そして、戦慄した。

 

 フィーナの瞳。

 

 そこには、神への畏敬も、禁忌への恐れも一切なかった。

 

 あるのは、親の仇を見るような、どす黒い憎悪と殺意だけ。

 

 (……目の前のこれは、本気で『神殺し』をやる気だ)

 

 この世界の住人ならば、無意識のうちに神への攻撃を躊躇う。それは魂に刻まれた絶対の理だ。

 

 だが、フィーナは違う。

 

 彼女は、この世界のルールに染まりきっていない。

 

 半分は『別の世界』の価値観を持つ、異邦の魂。

 

 ゆえに、彼女にとって神殺しは、ただの「復讐の範疇」でしかない。

 

 「……殺す。あなたたちが始めたことだ。……あなたたちが、私の両親を……!」

 

 フィーナが次の火炎石を取り出す。

 

 その姿は、聖女などではない。復讐に狂った修羅だった。

 

 「……やれやれ。これは予想外だね」

 

 エレボスは冷や汗を拭った。

 

 アルフィアという最強の矛を持ってしても、この「常識外れ」の殺意と、制御不能の怪物が入り乱れる戦場は分が悪すぎる。

 

 何より、自分がここにいては、アルフィアが戦えない。

 

 「ヴィトー、退くよ」

 

 エレボスは決断した。

 

 「『クノッソス』へのルートを使う。……一時、地上へ戻る」

 

 「はッ!」

 

 ヴィトーが煙幕を張る。

 

 アルフィアは、その隙に最大出力の音の衝撃波を放ち、デルピュネとヘディンたちを同時に吹き飛ばした。

 

 神は去り、残されたのは暴れ回る黒い怪物、過去の英雄、五人の英雄候補であった。

 

 ヘディンは、確信する、先ほどのアルフィアの攻撃。あれこそがLv7の本気の魔法だと。すなわち、なんらかの要因で魔法が弱体化していた、あるいは手を抜いていたということだ。

 

 そういえば、アルフィアには、魔法が通らない。無効化される。それが付与魔法で、術者自身の魔法すら弱めてしまうのだとしたら… 合点がいく。

 

 ならば、どう戦うか。

 

 神(エレボス)という足枷が外れたアルフィアは、文字通り手がつけられない。

 

 普通に考えれば、さらに苦戦を強いられる絶望の状況だ。

 

 だが、現実は違った。

 

 アルフィアは、圧倒的な実力を持ちながらも「苦戦」していた。

 

 「ヘグニ! 右へ跳べ! そのまま怪物の触手を斬り落とし、女の射線へ誘導しろ!」

 

 「わ、わかった! 闇の波動よ、俺を導け!」

 

 ヘディン・セルランドの指揮が、戦場を完全に支配し始めていたからだ。

 

 彼の戦術は極めて陰湿で、合理的だった。

 

 アルフィアを直接狙うのではなく、『黒い怪物(デルピュネ)』のヘイト(敵意)を魔法と斬撃で完璧にコントロールし、アルフィアにぶつけていたのだ。

 

 「……小賢しい妖精めッ!」

 

 アルフィアが魔法を放とうとする。

 

 だがその瞬間、ヘディンが雷撃でデルピュネの目を焼き、苦痛で暴れる怪物の巨体がアルフィアの射線を物理的に遮断する。

 

 アルフィアが怪物を吹き飛ばせば、その死角からヘグニの黒剣が飛んでくる。

 

 怪物を肉壁にし、怪物を武器にする。

 

 「嫌がらせ」に特化した白エルフの立ち回りは、アルフィアの『静寂』を乱すに十分すぎる効果を発揮していた。

 

 だが、その完璧な連携の輪から、わずかにこぼれ落ちた者がいた。

 

 フィーナだ。

 

 彼女の状況判断は間違っていなかった。

 

 しかし、ステイタスのペナルティーにより『敏捷』が極端に低い彼女の体は、思考に追いつけなかった。それに加え、第一級冒険者たちのような「極限状態での立ち回り」の経験が決定的に不足していた。

 

 「ギィィィィィィッ!!」

 

 アルフィアに弾き飛ばされたデルピュネが、狂乱に任せて無数の触手を乱れ打つ。

 

 その一本の鞭が、前衛の網目を抜け、フィーナの立つ後衛へと飛来した。

 

 「っ……!」

 

 避けられない。

 

 フィーナが防御姿勢を取ろうとした瞬間。

 

 バゴォォォォンッ!!

 

 「あ、ぁっ……!」

 

 大岩をも砕く触手の一撃が、フィーナの華奢な体を直撃した。

 

 障壁を付与していたものの、貫通する。障壁がなければ即死だっただろう。

 

 血の尾を引きながら、フィーナの体が宙を舞い、冷たい岩肌に叩きつけられる。

 

 「フィーナッ!!」

 

 アイズが悲鳴のような声を上げる。

 

 「スイッチだ! 私が防衛(カバー)に入る!」

 

 即座に動いたのはリヴェリアだった。

 

 ハイエルフの王族が前に出て、翡翠の杖を掲げ、後続の触手を魔法障壁で弾き飛ばす。ヒーラーと魔導士の立ち位置が瞬時に入れ替わる。

 

 「が、はっ……」

 

 地面に倒れ伏したフィーナの腹部からは、大量の血が溢れ出していた。

 

 内臓が破裂し、骨が砕けている。普通なら、痛みのあまり気絶するか、泣き叫ぶほどの致命傷。

 

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